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第二話 表裏

第二話 表裏


 この店の開店時間は11時から夕方の4時までと、社会人の一息つける時間としている。


朝7時に店の裏に入り2時間かけて客席、トイレ、器具を清掃する。アーケードがあるお陰で冬の雪かきが無い事は大いに助かる。

残り1時間でお湯を沸かし始め、それぞれのブレンドの味を客用のカップで確かめる。


これは人に見せる作業じゃない。


今日も店の開店と共に黒板を出す。



「青木さん、いつものお届け物です。」


開店から30分。青と白の縞模様のシャツを着た配送業の人が段ボール箱を床に置いていく。


「ありがとね。今日の気温が朝から高いし、アイスコーヒーで良ければ飲んでいってよ。」


誠実ブレンドをエスプレッソ。アメリカーノタイプアイスコーヒーをグラスにて提供する間に全ての箱を下ろし、確認をしている間に配達員は飲み干した。


「あー美味しいです。無糖なんですよね?これ。」


「サインは終わったよ。ガムシロップは必要だったかい?」


「飲み干したので、シロップは今日は要らないです。じゃ、ご馳走様でした。」


次の配達に向かう配送員を見送ると、バックヤードに箱を運ぶ。


箱の中身は焙煎された珈琲豆。焙煎元は数カ所になる。豆の卸元は纏めた方が良いですよとアドバイスを受けても、美味しいを追求した結果なものだから我ながら馬鹿だと思う。


「美味しいの一言の為に。辞められないな。」


誠実ブレンドは、グァテマラ豆フレンチロースト80%、モカフレンチロースト20%。エスプレッソを前提に使っている。


いい人ブレンドは、エチオピア豆をシティロースト50%、ブラジルのシティロースト30%、モカのイタリアンロースト20%。ドリップを前提に使っている。


コミ障ブレンドは、ブラジル豆シティロースト70%、ドミニカ豆イタリアンロースト30%のミックスをバタード(無塩バターにて焙煎)と言う異端。このブレンドの為だけに焙煎元に通い詰めた程だ。なおブラジル式の鍋抽出、紅茶茶漉しを使う癖強なカフェオレ向け。


抽出がどれも違う。だからこそ、飲みたい味の選択肢で迷わない。


どのブレンドも他の店では無かった。


「青木先輩、珈琲を飲みに来ました。」


唐突に店のドアが開き、赤子を抱えた若い女性とその親であろう男女が入る。


「いらっしゃいませ。カウンター席しかありませんのでどうぞ。」


まだ客席スペースにある段ボール箱から手を離し、カウンターに戻る。


「赤子用にお湯が必要なら言ってください。」


「娘が産休前にお世話になったと聞いて、わざわざ寄りたいと。」


人の良さそうな男性が話しかけてくれる。


「お父さん、まず注文しなきゃって。」


「メニューは3つだけ?食事もデザートも無い?じゃあ、アイスコーヒーで。」


「私はカフェオレが飲みたいわ。」


「もう!どっちもメニューを読まないんだから!青木さんのお任せで、アイスコーヒー2つ、カフェオレ1つです。」


注文書に印をつけると、誠実ブレンドの豆を粉にする。


「一年前、田渕さんが産休で北海道に戻られると聞いた時は、本当に驚きました。」


グラスとサーバーに氷を詰めてマドラーでステアすると、その水を切る。


「青木さん。あの時は言えませんでしたが妊娠の相手は総務部の女性と結婚した神谷さんなんです。」


驚きつつもエスプレッソを抽出しお湯で割るとサーバーにて急冷し、そのコーヒーをグラスに注ぐ。


「彼が不誠実すぎて指導をしていた身としては申し訳ない。」


コルクのコースターを敷き、ストローとガムシロップポーション、35%生クリームの入ったミニポッドを提供する。


コミュ障ブレンドを粉にして、ペーパードリップの準備をした。


「重ねて申し訳ありません。カフェオレはホットでしたか?アイスでしたか?」


「アイスが良いわ」


片手鍋に粉を入れ、水を注ぐ。

ガスコンロに火がつくと、


「つかぬ事をお伺いしますが、失意の娘に会社の法務部門を案内したのは青木さんとお伺いしたのですが?」


「いやぁ小さな過去の事は忘れてしまい、申し訳ありません。」


「愛梨、本当に良い上司だったんだな。」


鍋の縁に泡が立つ。軽く浮いた粉を撹拌すると火から鍋を下ろしドリッパーに注いだ。

別の鍋に牛乳と生クリームを入れ、火にかける。

グラスとサーバーに氷を詰めてマドラーで撹拌すると溶けた水を捨てる。

鍋から湯気が立つと火を止め鍋にコーヒーを注ぎ入れた後、サーバーで急冷した。


一部始終を見ていた赤子を抱いた女性、田渕愛梨は驚き声音をひとつ高くする。


「青木さん、これを一杯千円でしているって利益出ないじゃ無いですか。」


「そうだね。私のお勧めしたい美味しいを地域の人に理解してもらえる金額が千円だったんだよ。これより安くすると無駄に長居される溜まり場、上げると小銭の処理がね。」


苦笑いと共にコルクのコースターを敷き、ストローとガムシロップポーションを提供する。


「いつかはポーションではなく自家製シロップにしたいのですが、細菌はこわいので。」


「遠出だったから赤子ゆいかも寝ててくれて。」


「ベトナムコーヒーぽくて、ベトナムコーヒーじゃない不思議なカフェオレね。」


あと5分で正午となる瞬間の3つのアイスコーヒーの減りは寛ぐ気分と同じでゆっくりだった。

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