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真珠の勇気

 波は穏やかで、空は青く、海は静かだった。

 だが、ダイフゴー基地の警報は、その静けさを破るように鳴り響いた。


『緊急警報。海辺の崖付近にカイサーン反応』


 巨大モニターには、海岸線の映像が映っていた。

 切り立った崖の上に、カイサーン戦闘員たちがうごめいている。


 金城豊はすぐに立ち上がった。


「出撃する」


 財前守は端末を操作しながら言った。


「反応は複数。怪人級の反応も確認」


 京極怜音はギターケースを肩にかける。


「朝からライブ会場が崖とは、趣味が荒いな」


 海宝瑠璃は手袋を整えた。


「海辺なら、蟹女も連れて行くべきではありませんこと?」


 檻の前に座っていた蟹女が、ぱっと顔を上げた。


「カニ?」


 花園真珠は蟹女を見て微笑んだ。


「蟹女様も、一緒に参りましょう」


「カニ!」


 蟹女は嬉しそうに鋏を鳴らした。


 豊は五人を見渡す。


「行くぞ。富轟戦隊、出動だ!」


     *


 海辺の崖、潮風が吹き上げ、足元の岩を濡らしていた。


 ダイフゴーの五人と蟹女は、崖の上に到着した。


 人影はない。


 ただ、海鳥の声と波の音だけが響いている。


 真珠は周囲を見回した。


「カイサーンの姿が見えませんね」


 守が端末を確認する。


「反応はこの付近だ。だが、散っている。意図的に隠れている可能性が高い」


 その瞬間、崖の岩陰から戦闘員たちが一斉に飛び出した。


「ギョギョー!」


 豊が叫ぶ。


「伏せろ!」


 カイサーン戦闘員たちは、網と槍を持って襲いかかってきた。


 さらに、海の中から鋭い影が飛び上がる。


 全身にフジツボのような装甲をまとった怪人だった。


 怪人フジツボ男。


「フジジジジ! ダイフゴーを崖から海へ叩き落としてやる!」


 豊はフゴーブレスへ手を伸ばす。


「変身だ!」


 五人が構えようとした、その時だった。


 フジツボ男が殻の破片を弾丸のように撃ち出した。


「フジツボ散弾!」


 破片が飛び散る。


 真珠は豊をかばおうとして一歩前へ出た。


「坊ちゃま!」


 その瞬間、破片の一つが真珠の腕に当たった。


「あっ!」


 真珠の手首から、フゴーブレスが外れ、銀色のブレスレットは岩場を転がり落ちた。


「真珠!」豊が叫ぶ。


 真珠は急いで手を伸ばした。

 だが、その背後に戦闘員が迫っていた。


「ギョッ!」


 フゴーブレスを拾おうとした真珠に戦闘員がぶつかった。


「きゃああっ!」


 真珠はそのまま崖から落ちた。


 白いエプロンが、海の青の中へ吸い込まれていく。

挿絵(By みてみん)

「真珠!」


 豊が手を伸ばすが、フジツボ男が前に立ち塞がった。


「行かせんフジ!」


 その横を、赤い影が飛び抜けた。

「カニィィ!」


 蟹女が迷わず真珠を追って、崖から海へ飛び込んだ。

 水しぶきが高く上がる。


「蟹女まで!」


 瑠璃が息をのむ。

 豊は怒りに燃えた目でフジツボ男をにらんだ。


「どけ!」


 四人は変身する。


「富轟チェンジ!」


「ダイフゴー!」


 赤、青、黒、黄の光が弾ける。


「巨万の勇気! フゴーレッド!」


「相場を制する知略! フゴーブルー!」


「漆黒の旋律! フゴーブラック!」


「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」


 しかし、ピンクはいない。

 五人そろわない名乗りは、いつもより寂しく響いた。


 フゴーレッドは二丁拳銃を構えた。

「真珠と蟹女を探す。こいつらを突破するぞ!」


     *


 海の中。


 真珠は荒い波に呑まれていた。


 崖から落ちた衝撃で意識が遠のく。


 海水が口に入り、視界が暗くなる。


 その身体へ、蟹女が必死に泳いで近づいた。


「カニィ!」


 蟹女は真珠の身体を掴み、沈まないように抱えた。


 潮の流れは強い。


 真珠は意識を失っている。


 蟹女は大きな鋏で真珠を傷つけないよう慎重に抱きかかえ、必死に水を蹴った。


 波が二人を崖下から遠くへ流していく。


 岩にぶつかりそうになりながらも、蟹女は真珠を守り続けた。


「カニ……カニィ……!」


 やがて、二人は人気のない小さな海岸へ流れ着いた。

 蟹女は、真珠をお姫様抱っこのように抱えたまま砂浜へ上がった。

 蟹女は濡れた真珠を砂浜へそっと寝かせる。


「カニィ! カニィ!」


 真珠が動かない。

 蟹女は慌てて、真珠の背を叩く。


「カニ! カニィ!」


 真珠が咳き込んで海水を吐き出した。

「けほっ……!」


 蟹女は安心したように座り込んだ。

「カニィ……」


 それから、流木を集めて火を起こした。

 どうやって覚えたのかは分からない。

 おそらく、基地のモニターで見た人間の行動を真似したのだろう。

 不器用ながら、蟹女は真珠の身体を冷やさないよう、たき火のそばへ移した。


     *


 一方、崖の上。


 戦闘を終えた四人は、崖下の海を探していた。


 フジツボ男は一時撤退し、戦闘員も姿を消している。


 だが、真珠と蟹女は見つからなかった。


 豊は海を見下ろし、拳を握りしめる。


「真珠……」


 守は端末で潮流を計算していた。


「海流は東へ流れている。二人が流されたなら、この周辺にはいない可能性が高い」


 怜音も珍しく真剣だった。


「手分けして探そう。海岸線を全部当たる」


 瑠璃は黙っていた。


 豊が真珠の名を呼ぶたび、胸の奥が痛んだ。


 彼が真珠をどれほど大切に思っているか、隠しようもなかった。


 婚約者である自分ではなく、メイドの真珠を。


 その焦りと嫉妬が、瑠璃の口を動かしてしまった。


「……あんなヤツ、捨てて新しいメイドを雇いましょう」


 空気が凍った。


 豊が振り返る。


「何だと」


 瑠璃は止まれなかった。


「使用人一人に、そこまで取り乱す必要はありませんわ」


 豊の目が鋭くなる。


「何てことを言うんだ!」


 瑠璃は唇を震わせた。


 言ってはいけないことだと分かっていた。


 けれど、嫉妬が止まらない。


「今ごろ蟹の餌になってるわよ」


 次の瞬間、豊の表情から温度が消えた。


「瑠璃」


 低い声だった。


「二度とそんなことを言うな」


 瑠璃は息をのんだ。


 豊はそれ以上何も言わず、背を向けて歩き出した。


「俺は海岸を探す」


 怜音が気まずそうに頭をかく。


「今のは、さすがにきついぜ」


 守も静かに言った。


「感情的発言としても、合理性を欠いている」


 瑠璃は何も言い返せなかった。


 ただ、豊の背中を見つめるしかなかった。


     *


 人気のない海岸。


 たき火のそばで、真珠はゆっくり目を開けた。


 夕方の光が、砂浜を赤く染めている。


「……ここは」


 体を起こそうとして、胸が痛んだ。


 そのそばで、蟹女が心配そうに覗き込んでいた。


「カニィ」


「蟹女様……」


 真珠は周囲を見回した。


 誰もいない。


 豊たちもいない。


 自分と蟹女だけ。


 たき火がぱちぱちと音を立てている。


「あなたが、助けてくれたの?」


「カニィ」


 蟹女は大きくうなずいた。


 真珠は目を伏せた。


「ありがとうございます……」


「カニ」


 蟹女は少し得意そうに胸を張った。


 だが、真珠の表情は晴れなかった。


 彼女は自分の手首を見た。


 そこにあるはずのフゴーブレスはない。


「私だけ、変身できませんでした」


「カニ?」


「いつもそうです。坊ちゃまをお守りすると言いながら、結局は守られてばかり。私だけ足手まといだな……」


 蟹女は真珠を見つめる。


「カニィ、カニィ」


 真珠は少し笑った。


「なに? どうしてフゴーピンクになったのか聞いているの?」


「カニィ」


 蟹女は真剣そうにうなずく。


 もちろん、言葉が通じているわけではない。


 けれど、そう聞いているような気がした。


 真珠は膝を抱えた。


「あなたは喋れないから、話しても平気か……」


 蟹女は首をかしげる。


「カニ?」


 真珠はたき火を見つめた。


「私、坊ちゃまを愛してるの」


「カニィ……」


 蟹女は静かに鳴いた。


 それは驚きではなく、聞いているという返事のようだった。


「でも、坊ちゃまには瑠璃様がいます。家同士で決めた婚約者です。瑠璃様はお美しくて、気高くて、坊ちゃまの隣に立つのにふさわしい方です」


「カニ……」


「私はメイドです。高校生の時から金城家で働いて、坊ちゃまにお仕えすることだけを考えてきました。好きだなんて、言ってはいけないんです」


 真珠は自嘲するように笑った。


「なのに、フゴーピンクになった時だけは、坊ちゃまの隣で戦える。使用人ではなく、仲間として」


 声が震える。


「だから、嬉しかった。怖かったけれど、嬉しかったんです」


 蟹女はゆっくり近づき、真珠の横に座った。


 大きな鋏で、真珠の肩に触れようとして、危ないと思ったのか途中で止める。


「カニィ」


 真珠は微笑んだ。


「慰めてくださるのですか?」


「カニ」


「ありがとう。言葉は通じないのに、不思議ですね。あなたとは、少しだけ気持ちが通じている気がします」


 蟹女は嬉しそうに鳴いた。


「カニィ」


 二人だけの秘密だった。


 豊への想い。


 変身できない不安。


 守りたい気持ち。


 言葉は通じない。


 けれど、たき火のそばで、真珠と蟹女は確かに通じ合っていた。


     *


 だが、その静けさは長く続かなかった。


 砂浜の向こうから、戦闘員の声が聞こえた。


「ギョギョー!」


 真珠は立ち上がる。


「カイサーン!」


 岩場の陰から、フジツボ男と戦闘員たちが現れた。


「フジジジジ。見つけたぞ、変身できないフゴーピンク」


 真珠は手首を隠すように押さえた。


 フゴーブレスはない。


 変身できない。


 蟹女が前に出る。


「カニィ!」


 フジツボ男は笑った。


「蟹女も一緒か。ちょうどいい。二匹まとめて始末してやるフジ!」


 戦闘員たちが一斉に襲いかかる。


 蟹女は鋏を構え、真珠をかばった。


「カニィ!」


 蟹女の鋏が戦闘員を弾き飛ばす。


 一体、二体、三体。


 だが数が多い。


 戦闘員たちは網を投げ、蟹女の脚に絡みつかせる。


「カニッ!」


 蟹女は踏ん張るが、次々に囲まれる。


 その隙を突いて、フジツボ男が真珠へ迫った。


「まずはお前からフジ!」


 真珠は後ずさる。


 武器もない。


 フゴーブレスもない。


 いつものピンクサーベルもない。


 だが、背後にはたき火と海しかない。


 逃げ場はなかった。


 フジツボ男の腕が振り下ろされる。


 その瞬間、真珠は身をかがめた。


 攻撃をかわし、砂を掴んでフジツボ男の顔へ投げつける。


「フジッ!」


 フジツボ男がひるむ。


 真珠は立ち上がり、流木を手に取った。


「私は……」


 声が震える。


 だが、足は下がらなかった。


「私は、変身できなくても、逃げません!」


 真珠は流木を構え、フジツボ男へ飛びかかった。


「はあっ!」


 流木がフジツボ男の腕に当たる。


 硬い装甲に弾かれ、真珠の手がしびれる。


 それでも、真珠はもう一度打った。


 蟹女が叫ぶ。


「カニィ!」


 真珠が戦っている。


 それを見て、蟹女も力を振り絞った。


 網を鋏で引き裂き、戦闘員たちを弾き飛ばす。


 フジツボ男は怒った。


「ただのメイドが調子に乗るなフジ!」


 真珠へ殻の棘を放とうとした、その時だった。


 赤い光弾がフジツボ男の腕を撃った。


「そこまでだ!」


 岩場の上に、フゴーレッドが立っていた。


 続いてブルー、ブラック、イエローも現れる。


 豊が叫ぶ。


「真珠!」


「坊ちゃま!」


 守が砂浜に落ちていた銀色のブレスを投げた。


「これを探していた」


 真珠は受け取る。


 フゴーブレスだった。


 豊は言った。


「よく耐えた」


 真珠は涙をこらえながらうなずいた。


「はい!」


 五人が並ぶ。


 豊が叫んだ。


「今度こそ、五人そろっていくぞ!」


「富轟チェンジ!」


「ダイフゴー!」


 赤、青、黒、黄、桃の光が弾ける。


「巨万の勇気! フゴーレッド!」


「相場を制する知略! フゴーブルー!」


「漆黒の旋律! フゴーブラック!」


「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」


「奉仕の真心! フゴーピンク!」


 五人が砂浜に並び立つ。


「富轟戦隊!」


「ダイフゴー!」


     *


 フゴーピンクは、いつもより前へ出た。


 ピンクサーベルを構え、フジツボ男を見据える。


「先ほどの続きです」


 フジツボ男が笑う。


「変身したところで、メイドはメイドフジ!」


「メイドだからこそ」


 ピンクは低く言った。


「守るべき方のために、最後まで立ちます!」


 ピンクサーベルが光る。


「ピンクサーベル!」


 鋭い斬撃がフジツボ男の殻に火花を散らす。


 レッドが二丁拳銃を撃つ。


「レッド・ミリオンショット!」


 ブルーの大砲銃が唸る。


「ブルー・マーケットキャノン!」


 ブラックのギターアックスが音波を放つ。


「ブラック・ロックアックス!」


 イエローの矢が飛ぶ。


「イエロー・ゴールドアロー!」


 フジツボ男がよろめく。


 ピンクが最後に踏み込んだ。


「もう、足手まといではありません!」


 ピンクサーベルの一撃が、フジツボ男の胸の装甲を砕く。


「フジィィ!」


 レッドが叫ぶ。


「みんな、決めるぞ!」


 五人の武器が合体する。


 二丁拳銃。


 大砲銃。


 ギターアックス。


 弓。


 ピンクサーベル。


 黄金の必殺砲、富轟バスターが完成した。


「富轟バスター!」


 五人が力を込める。


「ダイフゴー・ゴールドバースト!」


 黄金の光弾がフジツボ男を直撃した。


「フジィィィ!」


 フジツボ男は爆発した。


 だが、その爆煙に黒い海風が吹き込む。


 クラーケンの声が響いた。


「海の悪魔よ、フジツボ男のしぶとき殻を捧げ賜う」


 爆煙の中から、巨大な影が立ち上がる。


 巨大フジツボ男だった。


「フジジジジ! 今度はこの海岸ごと岩場にしてやるフジ!」


 レッドが叫ぶ。


「豪商軍だ!」


     *


 ダイフゴー基地の格納庫が開く。


 五体のメカが出撃する。


「ドゾウー、発進!」


「コバンダー、行くぜ!」


「キンカー、参りますわ!」


「ギンカー、軌道安定!」


「ドウカー、出ます!」


 五体の富豪メカが空を舞う。


豪商合体(ごうしょうがったい)!」


 赤い土蔵メカ、ドゾウーが胴体へ。


 黒い小判メカ、コバンダーが右腕へ。


 黄色い金貨メカ、キンカーが左腕へ。


 青い銀貨メカ、ギンカーが右足へ。


 桃色の銅貨メカ、ドウカーが左足へ。


 額に「富」の紋章が輝く。


「完成!」


豪商軍(ゴウショーグン)!」


 巨大ロボは海岸に降り立った。


 巨大フジツボ男は全身から硬い殻を撃ち出す。


「フジツボ砲!」


 豪商軍はハードカレンシーソードで弾き返す。


 火花が散り、海岸の岩が砕ける。


 ブルーが分析する。


「装甲は硬いが、根元の接合部が弱い」


 ブラックが言う。


「なら剥がしてやろうぜ」


 ピンクが操縦桿を握る。


「わたくしが隙を作ります」


 レッドがうなずいた。


「真珠、頼む」


「はい、坊ちゃま!」


 豪商軍は巨大フジツボ男の攻撃をかわし、左足ドウカーで踏み込む。


 ピンクの操作で、機体が低く沈んだ。


 フジツボ男の砲撃が頭上をかすめる。


「今です!」


 右腕コバンダーが殻を掴み、左腕キンカーが引き剥がす。


「フジィ!」


 弱点が露出する。


 レッドが叫ぶ。


「決めるぞ!」


 五人の操縦席が黄金の光に包まれる。


「必殺!」


 ハードカレンシーソードが輝く。


「ハードカレンシー!」


 黄金と銀の光をまとった剣が、巨大フジツボ男を切り裂いた。


「フジィィィ! しぶとさだけでは勝てんフジィィ!」


 巨大フジツボ男は大爆発した。


 豪商軍は爆炎を背に、剣を空へ掲げた。


     *


 戦いが終わった砂浜。


 夕日が海を赤く染めていた。


 豊は変身を解くなり、真珠へ駆け寄った。


「真珠!」


「坊ちゃま」


 次の瞬間、豊は真珠を強く抱きしめていた。


「無事でよかった……本当に」


 真珠は驚き、目を見開いた。


「坊ちゃま……皆様が見ております」


「構うものか」


 豊の声は震えていた。


「失うかと思った」


 真珠の目に涙が浮かぶ。


「申し訳ございません。ご心配をおかけしました」


「謝るな」


 豊は真珠の肩を抱いたまま、思わず彼女の額に唇を寄せた。


 ほんの一瞬。


 だが、それは確かにキスだった。


 真珠は硬直した。


 蟹女は目を輝かせた。


「カニィ!」


 意味はよく分かっていないが、二人が仲良くしているのが嬉しかったのだろう。


 鋏をぱちぱち鳴らして喜んでいる。


 怜音は口を半開きにしていた。


「おいおい、豊。婚約者の前でそれはいいのか?」


 守も眼鏡を押し上げる。


「社会的、家族的、婚約関係的に極めて問題がある行動だ」


 豊はようやく我に返った。


 真珠は真っ赤になってうつむいている。


 そして、少し離れた場所に瑠璃が立っていた。


 彼女は何も言わなかった。


 だが、その目には明らかな嫉妬が宿っていた。


 真珠が無事だったことを喜びたい。


 仲間として安心したい。


 そう思う気持ちは確かにある。


 けれど、それ以上に。


 豊が真珠を抱きしめ、キスをした事実が、胸の奥を焼いた。


 瑠璃は唇を結ぶ。


 言葉にすれば、自分が醜くなる。


 だから何も言わない。


 ただ、黙って二人を見つめていた。


 蟹女だけが空気を読まず、嬉しそうに跳ねている。


「カニ、カニィ!」


 怜音が苦笑した。


「蟹女、お前だけだぞ。そんなに無邪気に喜べるの」


 豊は真珠から少し離れた。


「すまない」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


 真珠へか。


 瑠璃へか。


 それとも、もう戻れない関係にしてしまった自分自身へか。


 夕日の中、五人と一匹の影が長く伸びた。


 真珠は今日、変身できなくても立ち向かった。


 蟹女は真珠を守った。


 そして豊は、自分の心を隠しきれなかった。


 戦いは終わった。


 だが、三人の関係には、また新しい波が立ち始めていた。


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