学校の怪異
ダイフゴー基地の朝は、いつもより静かだった。
中央モニターでは、昨日の戦闘記録が流れていた。
暗殺者ウミウシ女の剣撃。
蟹女の鋏で折れた剣。
そして、吹き飛ばされたウミウシ女。
財前守は端末を見ながら言った。
「結論として、蟹女の最大戦闘能力は再評価が必要だ」
京極怜音はソファに寝転がりながら笑った。
「昨日から蟹女先輩だからな」
「カニ?」
蟹女は檻の前に座り、大きなマグロの切り身を食べていた。
扉は開いているが、蟹女は逃げない。
皿の前に座り、満足そうに鋏で切り身をつまんでいる。
「カニィ」
花園真珠は優しく微笑んだ。
「よほどお気に召したのですね」
金城豊は腕を組んで蟹女を見た。
「調子に乗らせすぎるなよ」
「カニィ?」
蟹女は胸を張った。
豊は少し顔を引きつらせた。
その時、海宝瑠璃の携帯電話が鳴った。
瑠璃は上品に電話を取る。
「はい、海宝です」
相手の声を聞いた瞬間、瑠璃の表情が変わった。
「……綾乃さん?」
豊が振り向く。
「知り合いか」
瑠璃は小さくうなずいた。
「大学の後輩ですわ。一年下の方です」
電話の向こうの声は、かなり怯えているようだった。
瑠璃は表情を引き締める。
「落ち着いて。ゆっくり話してくださいまし」
しばらく聞いていた瑠璃は、静かに言った。
「分かりました。今日、大学へ参ります」
電話を切る。
真珠が心配そうに尋ねた。
「瑠璃様、何かございましたか」
瑠璃は少し考えてから答えた。
「母校で、妙なことが起きているそうですわ」
「妙なこと?」
「夜の講堂から、誰もいないのに歌声が聞こえる。庭園の噴水が海水に変わる。古い校舎の廊下に、巻き貝を引きずるような音が響く……」
怜音が起き上がった。
「学校の怪談ってやつか」
守は端末に入力する。
「海水、巻き貝。カイサーンの可能性がある」
豊が言った。
「俺たちも行く」
瑠璃は首を振った。
「最初はわたくし一人で参ります。お嬢様学校に、男性陣がぞろぞろ押しかけては騒ぎになりますわ」
怜音が胸を押さえた。
「俺なら歓迎されると思うが」
「なおさら騒ぎになります」
真珠が言った。
「わたくしはお供いたしましょうか」
瑠璃は少しだけ考えた。
「いえ。まずは後輩から事情を聞きます。何かあれば連絡いたしますわ」
蟹女が皿を抱えたまま鳴いた。
「カニィ?」
瑠璃は蟹女を見る。
「あなたは基地でお留守番ですわ。学校に怪人を連れて行くわけには参りません」
「カニ……」
蟹女は少し残念そうに鳴いた。
真珠がなだめる。
「蟹女様、今日は基地でお待ちくださいませ」
「カニィ」
*
瑠璃の母校、聖白百合女子大学は、都内にありながら広い庭園を持つ名門女子大だった。
古い赤レンガの校舎。
手入れされた芝生。
噴水のある中庭。
学生たちは皆、落ち着いた服装で歩いている。
海宝瑠璃にとって、そこはほんの少し前まで日常だった場所である。
だが、久しぶりに足を踏み入れると、不思議な感覚があった。
学生ではなく、卒業生として戻ってきたのだ。
「瑠璃先輩!」
声をかけてきたのは、清楚なワンピースを着た女子学生だった。
西園寺綾乃。
瑠璃の一年後輩で、在学中からよく相談に来ていた少女である。
「綾乃さん、お久しぶりですわ」
「来てくださってありがとうございます。誰に相談していいか分からなくて……」
「まずは落ち着いてお話ししましょう」
二人は大学内のレストランへ向かった。
良家の子女が通う名門大学らしい贅沢なレストランだった。
瑠璃は紅茶を一口飲み、綾乃を見た。
「それで、怪異とは具体的に何が起きているのです?」
綾乃は不安そうに周囲を見回し、小声で話し始めた。
「最初は、音だけだったんです。夜の旧講堂から、誰もいないはずなのに歌声が聞こえるって」
「歌声?」
「はい。でも、歌というより、巻き貝の中で反響するような声で……」
瑠璃は眉をひそめる。
「それから?」
「庭園の噴水が、朝になると海水に変わっていました。金魚が全滅してしまって……」
「ひどい」
「それだけではありません。図書館の古文書室に、濡れた足跡が残っていたんです。貝殻みたいな形の足跡が」
瑠璃は静かにナイフを置いた。
「ただの怪談ではなさそうですわね」
綾乃はうなずく。
「先生方は、誰かのいたずらだと言っています。でも、昨日、私……見たんです」
「何を?」
「旧校舎の地下へ、黒い影が入っていくのを。人間ではありませんでした。背中に大きな貝のようなものがあって……」
瑠璃の目が鋭くなった。
カイサーン。
そう考えるのが自然だった。
「綾乃さん。その地下には何がありますの?」
「古い資料保管庫です。昔、この大学の創設者一族が集めた海外の美術品や書物がしまわれています。中には、海洋探検に関する資料もあるそうです」
「海洋探検……」
瑠璃はすぐに携帯電話を取り出した。
豊へ連絡しようとした、その時だった。
レストランの窓の外で、噴水が突然吹き上がった。
だが、水の色がおかしい。
青黒い。
そして、潮の匂いがした。
学生たちが悲鳴を上げる。
「な、何?」
「噴水が!」
噴水の中央から、巻き貝のような影が現れた。
瑠璃は立ち上がった。
「綾乃さん、ここにいてください」
「先輩!」
「いいえ。やはり一緒に来て。ひとりにする方が危険ですわ」
瑠璃は綾乃の手を引き、レストランを出た。
*
旧校舎の地下。
そこには、カイサーンの戦闘員たちが集まっていた。
古い資料保管庫の箱が開けられ、中から航海図や古い海洋図鑑が散らばっている。
その中央に立っていたのは、サザエをモチーフにした女怪人だった。
怪人サザエ女。
背中には巨大な巻き貝の殻。
髪のように伸びる海藻。
手には貝殻を削った杖。
彼女は古い巻物を広げて笑っていた。
「サザザザ……見つけたわ。人間どもが隠していた古い海図。この大学の創設者一族は、昔カイサーンの近海に近づいていたのね」
戦闘員が尋ねる。
「これでクラーケン様のお役に立つギョ?」
「もちろん。この資料を使えば、地上人類が過去に海底へどれだけ近づいていたか分かる。クラーケン様の地上人類断罪の証拠となるわ」
そこへ、瑠璃と綾乃がやってきた。
瑠璃は物陰から様子を見ていたが、床の濡れたタイルに足を滑らせてしまう。
小さな音が響いた。
サザエ女が振り向く。
「誰!」
戦闘員たちが一斉に向かってくる。
瑠璃は綾乃をかばう。
「走りますわ!」
二人は地下室を飛び出し、旧校舎の廊下を駆け抜けた。
背後からサザエ女が追ってくる。
「見たからには逃がさないわよ、サザザザ!」
綾乃が息を切らす。
「瑠璃先輩、あれは何なんですか!」
「怪談の正体ですわ!」
二人は校舎を抜け、庭園へ飛び出した。
芝生の上に転がるように出た瞬間、サザエ女の杖が振り下ろされる。
「そこまでよ!」
その刹那、白と黒の影が横から飛び込んだ。
「はっ!」
花園真珠だった。
メイド服のまま、見事な跳び蹴りがサザエ女の胸に命中する。
「サザァッ!」
サザエ女は後ろへ吹き飛ばされた。
瑠璃が目を見開く。
「真珠さん!」
真珠は着地し、すぐに瑠璃と綾乃の前に立った。
「瑠璃様、ご無事ですか」
「ええ。助かりましたわ」
「坊ちゃまたちもすぐに参ります」
その言葉通り、庭園の向こうから豊、守、怜音が駆けつけてきた。
「瑠璃!」
豊が叫ぶ。
「豊様、敵は旧校舎の地下に資料を探しに来ていました」
守が端末を開く。
「カイサーン反応。やはり海産物怪人だ」
怜音がギターケースを肩にかける。
「女子大にまで出てくるとは、趣味が悪いぜ」
サザエ女は立ち上がり、殻を震わせた。
「ダイフゴー、よく来たわね。ここを地上人類の罪を暴く裁きの学び舎にしてあげるわ!」
瑠璃は変身ブレスを掲げた。
「神聖な母校を汚す無作法者。許しませんわ!」
五人が並ぶ。
「富轟チェンジ!」
「ダイフゴー!」
赤、青、黒、黄、桃の光が弾ける。
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
五人が庭園に並び立つ。
「富轟戦隊!」
「ダイフゴー!」
*
大学の庭園で、戦闘が始まった。
カイサーン戦闘員たちが芝生を踏み荒らしながら襲いかかる。
「ギョギョー!」
フゴーレッドの二丁拳銃が火を吹く。
「レッド・ミリオンショット!」
光弾が戦闘員を吹き飛ばす。
フゴーブルーは大砲銃を構えた。
「ブルー・マーケットキャノン!」
噴水の周りに集まった戦闘員たちがまとめて倒される。
フゴーブラックはギターアックスを振るう。
「ブラック・ロックアックス!」
音波が校舎の窓を震わせ、敵をなぎ払った。
フゴーピンクはピンクサーベルで瑠璃の後輩たちを守るように戦う。
「皆様、下がってください!」
だが、今回の主役はフゴーイエローだった。
彼女は弓を構え、庭園の中央に立った。
「ここは、わたくしが学んだ場所です。礼儀も、誇りも、人を守る心も」
サザエ女が笑う。
「サザザザ! お嬢様の学校ごっこなど、海の怒りの前には無意味!」
「無意味ではありませんわ」
イエローは金色の矢をつがえる。
「ここで学んだものが、今のわたくしを支えております」
矢が放たれる。
「イエロー・ゴールドアロー!」
矢はサザエ女の貝殻を狙った。
だが、サザエ女は殻の中に身を隠す。
金色の矢は硬い殻に弾かれた。
「サザザ! この殻は鉄壁よ!」
ブルーが分析する。
「殻の硬度が高い。正面攻撃は効きにくい」
ブラックが言う。
「なら中身を叩くか」
サザエ女は貝殻から無数の潮水弾を放った。
「潮吹き弾!」
庭園に潮水が降り注ぐ。
芝生が海水に濡れ、花壇がしおれていく。
イエローが怒りを込めて叫ぶ。
「花を枯らすとは、許しませんわ!」
ピンクが並ぶ。
「瑠璃様、殻の隙間を狙いましょう」
「ええ、真珠さん」
二人は同時に走った。
ピンクがサーベルでサザエ女の杖を弾く。
その瞬間、イエローが横へ回り込み、殻の開口部へ矢を放つ。
「イエロー・ゴールドアロー!」
「サザァッ!」
サザエ女がよろめいた。
レッドが叫ぶ。
「今だ、みんな!」
五人の武器が集まる。
二丁拳銃。
大砲銃。
ギターアックス。
弓。
ピンクサーベル。
黄金の必殺砲、富轟バスターが完成する。
「富轟バスター!」
五人が力を込める。
「ダイフゴー・ゴールドバースト!」
黄金の光弾がサザエ女を直撃した。
「サザァァァ!」
サザエ女は爆発した。
だが、次の瞬間、海の方角から黒い霧が流れ込む。
クラーケンの声が響いた。
「海の悪魔よ、サザエ女の硬き殻を捧げ賜う」
爆煙の中から、巨大な巻き貝がせり上がる。
サザエ女が巨大化した。
「サザザザ! 大学ごと海の底へ沈めてあげるわ!」
レッドが叫ぶ。
「ここでは戦えない。海辺へ誘導する!」
*
巨大サザエ女は、海へ向かって移動を始めた。
ダイフゴーは人々を避難させながら追う。
やがて戦いの場は、海辺の広い埋立地へ移った。
レッドが通信を入れる。
「博士、豪商軍だ!」
ダイフゴー基地の水木博士が応答する。
『了解。豪商軍、出撃!』
基地の格納庫が開く。
五体のメカが飛び出す。
「ドゾウー、発進!」
「コバンダー、行くぜ!」
「キンカー、参りますわ!」
「ギンカー、軌道安定!」
「ドウカー、出ます!」
五体のメカが空を舞う。
「豪商合体!」
赤い土蔵メカ、ドゾウーが胴体へ。
黒い小判メカ、コバンダーが右腕へ。
黄色い金貨メカ、キンカーが左腕へ。
青い銀貨メカ、ギンカーが右足へ。
桃色の銅貨メカ、ドウカーが左足へ。
額に「富」の紋章が輝く。
「完成!」
「豪商軍!」
巨大ロボは海辺に降り立った。
サザエ女は巨大な殻にこもる。
「サザザザ! この殻は巨大ロボの剣でも破れないわ!」
豪商軍はハードカレンシーソードを抜き、殻を斬りつける。
火花が散る。
だが殻は割れない。
ブルーが分析する。
「殻の外側は硬すぎる。弱点は開口部だ」
イエローが言った。
「ならば、わたくしが誘い出します」
ピンクが心配する。
「瑠璃様?」
「母校を汚した落とし前、つけていただきますわ」
豪商軍はわざと距離を取り、剣を下げた。
サザエ女が殻の中から顔を出す。
「諦めたのかしら、サザザザ!」
その瞬間、キンカーの左腕が光った。
イエローの操縦席に、黄金の弓の照準が浮かび上がる。
「今ですわ!」
豪商軍はハードカレンシーソードを弓のように構え、黄金のエネルギーを放つ。
サザエ女の開口部へ直撃した。
「サザァッ!」
殻が開く。
レッドが叫ぶ。
「決めるぞ!」
五人の操縦席が黄金の光に包まれる。
「必殺!」
ハードカレンシーソードが輝く。
「ハードカレンシー!」
豪商軍の剣が、開いた殻ごとサザエ女を切り裂いた。
「サザァァァ! わたしの殻がぁぁ!」
巨大サザエ女は大爆発した。
豪商軍は爆炎を背に立ち、剣を空へ掲げた。
*
夕方。
聖白百合女子大学の庭園では、教職員と学生たちが片付けをしていた。
被害は出たが、金城財閥の支援で庭園はすぐに修復されることになった。
綾乃は瑠璃に頭を下げた。
「瑠璃先輩、本当にありがとうございました」
「無事で何よりですわ」
「先輩、卒業してもやっぱりすごいです。昔と同じで、凛としていて……」
瑠璃は少しだけ笑った。
「昔より、少しだけ騒がしい人生になりましたけれど」
綾乃は小さく笑う。
「でも、素敵です。人を守る先輩、格好よかったです」
瑠璃は庭園を見渡した。
学生時代、自分はここで礼儀と教養を学んだ。
卒業した今は、戦士として戻ってきた。
守るべきものは、家柄や誇りだけではない。
人々の平穏な日常。
学び舎の静けさ。
後輩たちの未来。
「綾乃さん」
「はい」
「怪異が出たら、またすぐ相談なさい。ただし、次は最初から警備を呼ぶこと」
「はい、先輩」
*
その夜、ダイフゴー基地。
蟹女はいつもの場所で、真珠からもらった魚を食べていた。
「カニィ」
今日の出番はほとんどなかった。
基地で留守番しながら、モニターに映る戦闘を見ていただけである。
怜音が言った。
「今日はおとなしかったな、蟹女」
「カニ?」
守が端末を見ながら言う。
「基地内の行動記録は、食事、昼寝、モニター視聴のみ」
豊がうなずく。
「平和でいい」
瑠璃が蟹女を見た。
「あなた、学校へ連れて行かなくて正解でしたわ」
「カニィ?」
「庭園が蟹だらけになるところでしたもの」
「カニ!」
蟹女は抗議するように鋏を振った。
真珠が笑いながら止める。
「蟹女様、瑠璃様は冗談をおっしゃっているのです」
瑠璃は扇子を広げるように手を添えた。
「おーほほほ。半分だけですわ」
「カニィ……」
蟹女は少し不満そうに、マグロを口へ運んだ。
ダイフゴー基地に、穏やかな笑い声が広がった。
だが、海の底では次の罠が動き始めていた。




