ニセフゴーピンク
金城邸の朝は、いつものように整っていた。
磨き上げられた大理石の床。
銀の燭台。
大広間に飾られた花。
そのすべてを、花園真珠は静かに確認していた。
「坊ちゃま、朝食の準備が整いました」
真珠はいつものメイド服姿で、金城豊に深く頭を下げた。
豊は新聞から顔を上げる。
「ああ、ありがとう」
ほんの短い会話だった。
だが、前回の戦い以来、二人の間には少しだけ気まずい空気が残っていた。
豊は真珠を抱きしめた。
そして、思わず額に口づけてしまった。
真珠はそのことを思い出すたびに、胸が熱くなる。
だが同時に、海宝瑠璃の視線も思い出してしまう。
婚約者の前で、あれは許されることではなかった。
「真珠」
「はい、坊ちゃま」
「昨日のことだが……」
豊が言いかけた時、真珠は静かに微笑んだ。
「お気になさらないでください。わたくしは、金城家のメイドでございます」
その返事は恋人では無い、メイドの真珠だった。
必死になって普段通りを取り繕っていたが、豊は耐えられなくなって真珠を遠ざけようと雑用を命じた。
「悪いが買い出しを頼む……」
「かしこまりました」
真珠は頭を下げ、買い物かごを手に金城邸を出て行った。
その後ろ姿を、豊はしばらく見送っていた。
*
金城邸の門の外。
真珠が角を曲がって見えなくなった瞬間、植え込みの影がゆらりと動いた。
そこから、一人の女怪人が現れる。
薄く平たい身体に木の葉のような模様。
海底の岩陰に紛れる魚、コノハウオを思わせる姿。
カイサーンの擬態怪人、コノハウオ女だった。
「コノコノ……あれがフゴーピンク、花園真珠」
コノハウオ女は、真珠が歩いていった方向を見て笑った。
「姿も声も仕草も、全部いただくわ」
彼女の身体が揺れる。
鱗の模様が変化し、輪郭が人間の姿へ近づいていく。
数秒後。
そこには、花園真珠とまったく同じ姿をした女が立っていた。
肩ほどの清楚な髪。
黒と白のメイド服。
柔らかな表情。
声まで同じだった。
「坊ちゃま、お茶でございます……ふふ」
偽物の真珠は、金城邸の門をくぐった。
*
地下のダイフゴー基地。
蟹女はいつものように、開いた檻の近くで座っていた。
今日の皿には白身魚が盛られている。
「カニィ」
蟹女は機嫌よく食べていた。
そこへ、偽物の真珠が入ってくる。
「蟹女様、お食事は足りていますか?」
「カニ!」
蟹女は嬉しそうに返事をした。
いつもの真珠だと思っていた。
声も同じ。
顔も同じ。
匂いも、香水でごまかされている。
蟹女は疑わなかった。
偽物の真珠は、蟹女の頭を軽くなでるふりをした。
「いい子ですね」
「カニィ」
その目は笑っていなかった。
コノハウオ女の目的は一つ。
金城豊の暗殺。
カイサーンにとって、フゴーレッドであり金城財閥の若き総帥である豊は、最優先で排除すべき存在だった。
しかも今、豊は真珠に特別な感情を抱いている。
その隙を突く。
コノハウオ女はそう考えていた。
*
豊は基地の私室で、十年前の海難事故に関する資料を見ていた。
豪華客船沈没。
カイサーン反応。
クラーケン。
父と母の名が記された犠牲者名簿。
彼は資料を閉じ、深く息を吐いた。
そこへ、扉が静かに開いた。
「坊ちゃま」
真珠の声だった。
豊は振り向いた。
「戻ったのか、早かったな」
入ってきたのは、真珠だった。
いや、真珠に化けたコノハウオ女だった。
「はい。少し、坊ちゃまとお話ししたくて」
豊はわずかに眉を動かした。
真珠が自分からそんなことを言うのは珍しい。
「どうした」
偽物の真珠は、ゆっくり近づいた。
いつもの控えめな歩き方ではない。
視線が妙に絡みつく。
「昨日のことを、考えておりました」
「昨日?」
「坊ちゃまが、わたくしを抱きしめてくださったことです」
豊の表情が固まる。
「真珠」
偽物の真珠は胸元のボタンに手をかけた。
「わたくし、嬉しかったのです」
ボタンが一つ外れる。
肩が少しのぞく。
豊は立ち上がった。
「何をしている」
「坊ちゃまは、わたくしのことを大切に思ってくださっているのでしょう?」
偽物の真珠は、さらに近づく。
メイド服の裾が、ふわりと揺れた。
足元に、外されたエプロンが落ちる。
「でしたら、今だけはメイドではなく、一人の女として見てくださいませ」
その声は甘かった。
仕草も、顔も、真珠そのものだった。
しかし、豊の目は冷えていった。
「お前は誰だ」
偽物の真珠の動きが止まる。
「……坊ちゃま?」
「真珠は、そんなことをしない」
豊は低く言った。
「俺の弱さにつけ込むような真似を、あいつは絶対にしない」
偽物の真珠の目が細くなる。
豊はフゴーブレスへ手を伸ばした。
「正体を現せ」
偽物は舌打ちした。
「コノッ……見破るのが早すぎる!」
真珠の姿が揺らぎ、肌に木の葉のような模様が浮かぶ。
だが完全に正体を現す前に、コノハウオ女は煙幕のような鱗粉を放った。
「コノハ隠れ!」
部屋が白い煙に包まれる。
豊が銃を抜く。
「待て!」
コノハウオ女は基地の廊下へ逃げ出した。
*
一方、本物の真珠は買い物を終えて金城邸へ戻ってきていた。
「ただいま戻りました」
廊下を歩いていたその時、向こうから自分と同じ姿の女が走ってきた。
真珠は足を止めた。
「え……?」
向こうの真珠も足を止めると同じ言葉を口にした。
「え……?」
二人の真珠が、廊下で向かい合った。
その瞬間、豊が追ってきた。
「そいつを止めろ!」
さらに守、怜音、瑠璃まで駆けつけた。
全員が固まる。
怜音が最初に声を上げた。
「真珠が二人いるぞ!」
守は眼鏡を押し上げた。
「視覚情報では完全一致。声紋確認が必要だ」
瑠璃は二人を見比べる。
「どちらかが偽物ですわね」
蟹女は首をかしげる。
「カニ?」
二人の真珠が同時に言った。
「わたくしが本物です!」
声まで同じだった。
豊は二人をじっと見た。
さきほど色仕掛けをしてきた方が偽物であることは分かっている。
だが煙の中で入れ替わった可能性がある。
決めつければ、本物を傷つけるかもしれない。
守が提案する。
「質問で判別しよう。本人しか知らない情報を聞く」
瑠璃がすぐに言った。
「豊様が昨日あなたにしたことは?」
本物の真珠が真っ赤になった。
「そ、それは……」
偽物の真珠も同じように頬を染める演技をした。
「瑠璃様、そのようなことをここで……」
怜音が小声で言う。
「偽物も演技うまいな」
蟹女が二人を見比べ、困ったように鳴いた。
「カニィ……」
真珠の姿をした二人は、互いににらみ合った。
本物が言った。
「わたくしは変身できます」
豊がうなずく。
「やってみろ」
本物の真珠はフゴーブレスを掲げた。
「富轟チェンジ!」
桃色の光が弾け、フゴーピンクへ変身する。
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
だが、偽物の真珠も笑った。
「その程度なら、わたくしにもできます」
偽物の身体が桃色の光に包まれた。
次の瞬間、目の前にもう一人のフゴーピンクが現れる。
スーツも。
ヘルメットも。
ピンクサーベルも。
すべて同じだった。
ブラックが頭を抱える。
「今度はピンクが二人かよ!」
ブルーが端末を向ける。
「擬態精度が高い。外見だけでは判別不能」
イエローは苛立ったように言った。
「まぎらわしいですわ!」
二人のフゴーピンクは同時にピンクサーベルを構えた。
「偽物はあなたです!」
「いいえ、あなたこそ!」
桃色の剣がぶつかり合い、火花が散る。
*
基地の訓練ホールで、二人のフゴーピンクが戦った。
同じ姿。
同じ武器。
同じ声。
だが、動きには違いがあった。
偽物のピンクは、鋭く、速い。
狙うのは急所ばかりだった。
本物のピンクは、それを受け流す。
以前の真珠なら押し負けていただろう。
だが第十一話の戦いを越えた真珠は、もうただ守られるメイドではなかった。
変身できないまま怪人に立ち向かった経験が、彼女の心を強くしていた。
「あなたは、わたくしの姿を真似ることはできても」
本物のフゴーピンクは剣を受け止める。
「わたくしの心までは真似できません!」
偽物が笑う。
「心? メイドの心など、主に従うだけでしょう!」
本物のピンクの動きが止まった。
偽物は畳みかける。
「好きな男に好きとも言えず、婚約者に遠慮して、ただ仕えるふりをしているだけ。なんて哀れな女!」
レッドが怒鳴る。
「黙れ!」
本物のピンクは、静かに剣を握り直した。
「ええ。わたくしは哀れかもしれません」
偽物が踏み込む。
その刃を、本物は半歩でかわした。
「けれど、わたくしは自分の弱さから逃げません」
ピンクサーベルが光る。
「メイドとしても、戦士としても、守りたい方々を守ります!」
偽物が舌打ちする。
「きれいごとを!」
本物のピンクは低く構えた。
「ピンクサーベル奥義」
桃色の光が刃に集まる。
「サーヴァント・スラッシュ!」
一閃。
光の斬撃が偽物のピンクを切り裂いた。
「コノォォォ!」
桃色のスーツが剥がれるように崩れ、擬態が解けた。
現れたのは、木の葉のような模様を持つ魚怪人。
コノハウオ女だった。
蟹女が鋏を鳴らす。
「カニィ!」
まるで、やっと分かったと言っているようだった。
コノハウオ女はよろめきながら叫んだ。
「よくも私の擬態を破ったわね!」
ピンクはピンクサーベルを構える。
「あなたが真珠の姿を汚したからです」
レッドが前へ出る。
「みんな、決めるぞ!」
五人が変身し、並び立つ。
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
「富轟戦隊!」
「ダイフゴー!」
五人の武器が集まる。
二丁拳銃。
大砲銃。
ギターアックス。
弓。
ピンクサーベル。
黄金の必殺砲が完成する。
「富轟バスター!」
コノハウオ女が逃げようとする。
「コノハ隠れ!」
だがブルーが叫ぶ。
「熱反応補足。逃がさない」
レッドが引き金を引く。
「ダイフゴー・ゴールドバースト!」
黄金の光弾がコノハウオ女を直撃した。
「コノォォォ! 擬態こそ我が美学ぅぅ!」
コノハウオ女は爆発した。
*
爆煙の中へ、黒い海風が流れ込む。
クラーケンの声が響いた。
「海の悪魔よ、コノハウオ女の欺きし影を捧げ賜う」
黒い霧が渦を巻き、基地の外へ流れ出す。
海岸の方角で、巨大な影が立ち上がった。
巨大コノハウオ女である。
身体は木の葉のように平たく、周囲のビルや岩肌に同化しようと色を変えている。
「コノコノコノ! 今度は街ごと化けてやるわ!」
レッドが叫ぶ。
「豪商軍だ!」
*
ダイフゴー基地の格納庫が開く。
五体の富豪メカが出撃する。
「ドゾウー、発進!」
「コバンダー、行くぜ!」
「キンカー、参りますわ!」
「ギンカー、軌道安定!」
「ドウカー、出ます!」
五体のメカが空へ舞う。
「豪商合体!」
赤い土蔵メカ、ドゾウーが胴体へ。
黒い小判メカ、コバンダーが右腕へ。
黄色い金貨メカ、キンカーが左腕へ。
青い銀貨メカ、ギンカーが右足へ。
桃色の銅貨メカ、ドウカーが左足へ。
額に「富」の紋章が輝く。
「完成!」
「豪商軍!」
巨大ロボは海辺に降り立った。
巨大コノハウオ女の姿が背景に溶ける。
山肌の色。
海の色。
ビルの影。
次々と模様を変え、居場所を隠す。
ブルーが計器を見た。
「視覚センサーが乱されている。擬態能力が巨大化で強化されている」
ブラックが言う。
「見えない敵と戦うのは、趣味じゃないぜ」
イエローが弓の照準を合わせようとする。
「どこですの!」
ピンクは静かに目を閉じた。
基地で戦った時の感覚を思い出す。
偽物は、見た目だけなら完璧だった。
けれど、心までは真似できなかった。
擬態には必ずズレがある。
「皆様、音です」
レッドが聞き返す。
「音?」
「本物の景色なら、風の音と波の音が自然に響きます。でも偽物は、音まで完全には隠せません」
ブルーがすぐにセンサーを切り替える。
「音響解析へ移行。右前方、波音の反射が不自然」
レッドが叫ぶ。
「そこだ!」
豪商軍が剣を振る。
空間が揺らぎ、巨大コノハウオ女が姿を現した。
「コノォッ! なぜ分かった!」
ピンクは操縦席で言った。
「本物は、見た目だけではありません」
レッドがうなずく。
「決めるぞ!」
五人の操縦席が黄金の光に包まれる。
「必殺!」
ハードカレンシーソードが輝く。
「ハードカレンシー!」
黄金と銀の光をまとった剣が、巨大コノハウオ女を切り裂いた。
「コノォォォ! 私の擬態がぁぁ!」
巨大コノハウオ女は爆発した。
豪商軍は爆炎を背に、剣を空へ掲げた。
*
戦いが終わった後。
ダイフゴー基地では、少し気まずい空気が流れていた。
真珠はいつものメイド服に戻っている。
もちろん、ボタンはきちんと留められ、エプロンも整っている。
豊は真珠に向き合った。
「真珠」
「はい」
「偽物とはいえ……その、嫌な目に遭わせた」
真珠は首を振る。
「坊ちゃまのせいではありません」
怜音がにやりと笑う。
「それにしても、豊。よく偽物だって分かったな」
豊は即答した。
「真珠はあんなことをしない」
真珠は頬を赤くした。
「坊ちゃま……」
守が冷静に言う。
「信頼による識別。数値化は難しいが、有効だった」
瑠璃は腕を組んでいた。
「つまり、豊様は真珠さんのことをよく分かっている、と」
その声は静かだったが、棘があった。
豊は言葉に詰まる。
真珠も目を伏せた。
蟹女だけが状況を分かっていない。
「カニ?」
瑠璃は蟹女を見た。
「あなたも、次からは偽物に気づきなさい。いつもお世話してくれる相手でしょう」
「カニィ……」
蟹女はしょんぼりした。
真珠がすぐにかばう。
「蟹女様は悪くありません。相手の擬態が巧妙だったのです」
「甘いですわね」
瑠璃はそう言いつつも、それ以上責めなかった。
真珠は蟹女に微笑んだ。
「でも、次は気づいてくださると嬉しいです」
「カニ!」
蟹女は力強くうなずいた。
豊はその様子を見ながら、静かに思った。
偽物が現れたことで、かえって本物の真珠の強さを知った。
彼女はもう、ただ守られるメイドではない。
自分の姿を汚す偽物を、自分の剣で打ち破った戦士なのだ。
だが同時に、豊は瑠璃の視線にも気づいていた。
信頼。
恋心。
婚約。
そのすべてが、少しずつ複雑に絡まり始めている。
戦いは終わった。
だが、心の擬態は簡単には解けない。




