蛙の王女様
金城邸の庭は、朝露に濡れていた。
手入れの行き届いた芝生。
池の周囲に植えられた松と石灯籠。
大財閥の邸宅にふさわしい、静かで立派な日本庭園だった。
その庭園の片隅で、赤い甲羅の怪人が竹ぼうきを握っていた。
「カニィ……」
蟹女である。
彼女は今日、金城邸の庭掃除を命じられていた。
理由は簡単だった。
朝食の時、蟹女が廊下を横歩きしている途中で、花瓶を三つ倒したからである。
花園真珠は優しく言った。
「蟹女様、罰ではございません。お手伝いでございます」
海宝瑠璃は冷たく言った。
「罰ですわ」
蟹女には、どちらの言葉も分からなかった。
だが、とにかく掃除をしなければマグロの切り身が出ないことだけは理解した。
「カニ、カニィ」
蟹女は不器用に竹ぼうきを動かす。
しかし、鋏でほうきを持つのは難しい。
掃こうとしているのか、庭を掘っているのか、分からない動きになっていた。
その時だった。
庭の池が、ぼこり、と泡立った。
「カニ?」
蟹女は動きを止めた。
水面に波紋が広がる。
ぼこり。
ぼこり。
次の瞬間、池の中央から巨大な影が跳ね上がった。
「ゲコォ!」
水しぶきが庭に降り注いだ。
池から現れたのは、巨大なカエルだった。
ただのカエルではない。
人間の少女のような上半身。
緑色の滑らかな肌。
頭には小さな王冠のような水草飾り。
背中には大きなカエルの模様。
大地の湿り気と命の気配をまとった、謎の蛙娘だった。
「ゲコ、ゲコ」
蟹女は驚いて鋏を構えた。
「カニィ!」
蛙娘は敵意を見せなかった。
池の縁にちょこんと座り、蟹女を見上げる。
「ゲコ、ゲコ、ゲコ、ゲコ」
「カニィ、カニィ」
「ゲコ?」
「カニ、カニィ」
「ゲコゲコ」
「カニィ!」
二匹は、しばらく謎の会話を交わした。
もちろん人間には理解できない。
だが、蟹女には何かが伝わったらしい。
彼女は竹ぼうきを放り出し、蛙娘の手を引いた。
「カニ!」
「ゲコ!」
二匹は並んで金城邸の地下へ向かった。
*
ダイフゴー基地。
金城豊は、前回の戦闘記録を見ながら腕を組んでいた。
財前守は端末で怪人データを整理している。
京極怜音はソファでギターを鳴らし、海宝瑠璃は紅茶を飲んでいた。
花園真珠は、いつものようにメイド姿で基地の掃除をしている。
そこへ、蟹女が戻ってきた。
「カニィ!」
その後ろから、蛙娘がぴょこんと現れる。
「ゲコ」
全員が沈黙した。
豊が蛙娘を指さした。
「おい、変な生き物が増えてるぞ」
真珠は丁寧に頭を下げるような声で説明した。
「蟹女様が連れてきました」
「説明になっていない」
守が蛙娘を観察する。
「カエルなのか?」
蛙娘は胸を張った。
「ゲコ、ゲコ」
蟹女も隣で胸を張る。
「カニ、カニィ、カニ、カニィ」
豊は眉をひそめた。
「えっ、ただのカエルじゃない……のか?」
怜音が豊を見る。
「金城、言葉が分かるのか?」
「バケモノの言葉なんか分かるわけないだろ」
瑠璃はカップを置いた。
「ですが、なんとなく……『私はお姫様です』と主張しているように聞こえますわ」
蛙娘は満足そうにうなずいた。
「ゲコ」
守が真顔で言った。
「カエルの王女様なのか?」
蛙娘はさらに胸を張る。
「ゲコゲコ」
蟹女も同意するように鋏を鳴らした。
「カニィ」
豊は頭を押さえた。
「蟹の次は蛙の王女様か」
真珠は蛙娘へタオルを差し出した。
「池から上がられたばかりですから、お身体をお拭きいたしましょう」
「ゲコ」
蛙娘は当然のようにタオルを受け取った。
瑠璃は少し顔をしかめる。
「粗末に扱うと、罰が当たるかもしれませんわね」
怜音が笑った。
「本物の王女様かもしれないしな」
守は端末へ入力した。
「暫定分類、蛙娘。敵性不明。蟹女との意思疎通らしき反応あり」
豊はため息をついた。
「また基地に謎の怪物が増えたな」
「カニ!」
「ゲコ!」
蟹女と蛙娘は、なぜか得意げだった。
*
人間たちは知らない。
蛙娘は、ただの怪物ではなかった。
海の悪魔と対立する、大地の神が遣わした使徒である。
海の悪魔が深海の怨念と憎しみを操る存在なら、大地の神は土と水と命を守る古き神だった。
池。
沼。
雨。
泥。
芽吹く草。
大地の神は、静かに地上を見守っていた。
そして今、海の悪魔の力が強まりすぎたため、その使徒として蛙娘を送り込んだのである。
だが、人間にはそれが分からない。
蟹女にも、すべてが分かっているわけではない。
ただ、蛙娘が敵ではないことだけは感じ取っていた。
「カニ、カニィ」
「ゲコゲコ」
二匹は基地の隅で並んで座り、よく分からない会話を続けた。
真珠はその前に小皿を二つ置く。
蟹女にはマグロの切り身。
蛙娘には水を張った皿と、なぜか金城邸の庭で採れた小さな虫。
蛙娘は目を輝かせた。
「ゲコ!」
豊は思わず顔を背けた。
「食事風景は見ない方がいいな」
瑠璃は扇子を広げるように手を添えた。
「品がありませんわ」
蟹女はマグロを食べながら抗議する。
「カニィ」
どうやら、蛙娘をかばっているらしい。
怜音はギターを爪弾きながら言った。
「蟹女に友達ができたってことでいいんじゃないか?」
真珠は微笑んだ。
「そうですね。蟹女様も嬉しそうです」
蟹女は少し照れたように鋏を鳴らした。
「カニ」
*
その頃、海辺の地下排水路では、カイサーンの怪人がうごめいていた。
全身にナマコのような斑点を持つ怪人、ナマコ男である。
ぬるりとした身体を引きずりながら、戦闘員たちに命令していた。
「ナマナマ……クラーケン様の命令だ。地上の井戸と池を海の悪魔の毒で汚染する」
戦闘員が尋ねる。
「それで地上人を苦しめるギョ?」
「それだけではない。大地の水脈を汚せば、大地の神の力も弱まるナマ」
ナマコ男は黒い壺を掲げた。
中には、海の悪魔の黒い粘液が入っている。
「まずは金城邸の池からだ。あそこには妙な気配がある」
戦闘員たちはうなずいた。
「ギョギョー!」
ナマコ男は不気味に笑った。
「もし大地の神の使いが現れたなら、始末するナマ」
*
ダイフゴー基地に警報が鳴り響いた。
『緊急警報。金城邸庭園付近にカイサーン反応』
豊が立ち上がる。
「庭園だと?」
守が端末を見る。
「反応は池の周辺。複数の戦闘員と怪人級反応あり」
瑠璃が蛙娘を見る。
「まさか、この蛙を狙って?」
蛙娘はぴょんと立ち上がった。
「ゲコ!」
蟹女も立ち上がる。
「カニィ!」
豊は決断した。
「行くぞ。蛙娘も連れて行く」
怜音が笑う。
「今日は蛙の王女様護衛任務か」
真珠は蛙娘にそっとタオルをかける。
「お寒くありませんか?」
「ゲコ」
瑠璃は少し呆れた。
「真珠さん、相手は蛙ですわ」
「でも王女様かもしれませんので」
「それを言われると困りますわね」
*
金城邸の庭園では、すでにカイサーン戦闘員たちが暴れていた。
池の周りに黒い壺を並べ、海の悪魔の粘液を流し込もうとしている。
ナマコ男が壺を掲げた。
「ナマナマ! この池を海の悪魔の毒で染めてやるナマ!」
そこへダイフゴーの五人と蟹女、蛙娘が駆けつけた。
「そこまでだ!」
豊が叫ぶ。
ナマコ男は振り返り、蛙娘を見るなり目を見開いた。
「そのカエル……大地の神の使いか!」
「ゲコ、ゲコ、ゲコ」
蛙娘は堂々と鳴いた。
蟹女も隣で鋏を鳴らす。
「カニ、カニィ」
ダイフゴーの五人は顔を見合わせた。
守が困惑する。
「敵は日本語を話しているのに、蛙娘と蟹女の言葉は理解できない」
怜音が肩をすくめる。
「どういう言語体系なんだよ」
瑠璃は真剣に言った。
「ナマコ男は蛙娘の正体を知っているようですわ」
豊はナマコ男をにらむ。
「お前、その蛙が何者か知っているのか」
ナマコ男は黒い壺を抱えたまま後ずさった。
「知っているとも。大地の神の使いは、海の悪魔の力を弱める厄介な存在ナマ!」
真珠が蛙娘を見る。
「やはり、ただの蛙様ではなかったのですね」
蛙娘は得意げに鳴いた。
「ゲコ」
蟹女も誇らしげに言う。
「カニ!」
豊は頭を振った。
「詳しい話は後だ。まずは池を守る!」
五人は変身ブレスを掲げた。
「富轟チェンジ!」
「ダイフゴー!」
赤、青、黒、黄、桃の光が弾ける。
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
五人が庭園に並び立つ。
「富轟戦隊!」
「ダイフゴー!」
*
戦闘員たちが一斉に襲いかかる。
「ギョギョー!」
フゴーレッドは二丁拳銃を構えた。
「レッド・ミリオンショット!」
光弾が戦闘員を吹き飛ばす。
フゴーブルーは大砲銃で池の周囲の壺を撃ち抜いた。
「ブルー・マーケットキャノン!」
黒い粘液が庭石へ飛び散るが、蛙娘が跳ねた。
「ゲコ!」
蛙娘の足元から緑色の光が広がり、黒い粘液を土へ吸い込ませずに浄化していく。
守が驚く。
「毒性反応が消滅している。蛙娘に浄化能力がある」
フゴーブラックがギターアックスを振る。
「ブラック・ロックアックス!」
音波が戦闘員をなぎ払う。
フゴーイエローは弓を構え、ナマコ男へ矢を放った。
「イエロー・ゴールドアロー!」
ナマコ男はぬるりと身体を曲げてかわす。
「ナマナマ! そんな矢は当たらんナマ!」
フゴーピンクがピンクサーベルで斬りかかる。
「ピンクサーベル!」
だが、ナマコ男の身体はぬめっており、剣が滑る。
「ぬるぬるして斬りにくいです!」
ナマコ男は笑った。
「ナマコの身体はつかめぬナマ!」
蟹女が前に出る。
「カニィ!」
大きな鋏でナマコ男を挟もうとするが、ナマコ男はするりと抜けた。
「カニ!?」
蟹女は驚いて自分の鋏を見た。
蛙娘が跳ねて、ナマコ男の前に立つ。
「ゲコ、ゲコ」
ナマコ男が顔をしかめた。
「大地の使いめ、邪魔をするなナマ!」
蛙娘が口を大きく開いた。
「ゲコォ!」
強烈な音波が放たれ、ナマコ男のぬめりが一瞬乾いた。
ブルーが叫ぶ。
「今だ! 表面粘液が減少!」
レッドが叫ぶ。
「みんな、決めるぞ!」
五人の武器が集まる。
二丁拳銃。
大砲銃。
ギターアックス。
弓。
ピンクサーベル。
黄金の必殺砲、富轟バスターが完成した。
「富轟バスター!」
五人が力を込める。
「ダイフゴー・ゴールドバースト!」
黄金の光弾がナマコ男を直撃した。
「ナマァァァ! 大地の使いめぇぇ!」
ナマコ男は爆発した。
*
だが、爆煙の中へ黒い海風が流れ込む。
クラーケンの声が響いた。
「海の悪魔よ、ナマコ男のぬめる魂を捧げ賜う」
庭園の池が激しく泡立つ。
巨大なぬめった影が立ち上がった。
巨大ナマコ男である。
「ナマナマナマ! この庭園ごとぬめりの海に沈めてやるナマ!」
レッドが叫ぶ。
「ここで戦えば屋敷が壊れる。海辺へ誘導する!」
蛙娘が池の縁へ跳ね、両手を広げた。
「ゲコ!」
地面が緑色に光る。
巨大ナマコ男の足元に大地の亀裂が走り、海の方へ滑るように誘導路ができた。
ブルーが驚く。
「地形操作能力まであるのか」
ブラックが笑う。
「本当にただの蛙じゃないな」
巨大ナマコ男はそのまま海辺の埋立地へ追い込まれていく。
レッドが通信を入れた。
「博士、豪商軍だ!」
*
ダイフゴー基地の格納庫が開く。
五体の富豪メカが出撃する。
「ドゾウー、発進!」
「コバンダー、行くぜ!」
「キンカー、参りますわ!」
「ギンカー、軌道安定!」
「ドウカー、出ます!」
五体のメカが空を舞う。
「豪商合体!」
赤い土蔵メカ、ドゾウーが胴体へ。
黒い小判メカ、コバンダーが右腕へ。
黄色い金貨メカ、キンカーが左腕へ。
青い銀貨メカ、ギンカーが右足へ。
桃色の銅貨メカ、ドウカーが左足へ。
額に「富」の紋章が輝く。
「完成!」
「豪商軍!」
巨大ロボは海辺に降り立った。
巨大ナマコ男はぬるぬるした身体で、豪商軍の剣を避ける。
「ナマナマ! そんな剣、当たらんナマ!」
豪商軍のハードカレンシーソードが振られるが、ナマコ男の身体は滑って受け流す。
ブルーが分析する。
「粘液で斬撃が逸らされている。摩擦係数が低すぎる」
ピンクが言う。
「蛙娘様の音波があれば、粘液を止められるかもしれません」
その時、コクピットのモニターに蛙娘が映った。
海辺の岩場に立ち、胸を張っている。
「ゲコ!」
蟹女も隣で鋏を振る。
「カニィ!」
ブラックが笑った。
「二匹ともやる気だぜ」
レッドがうなずく。
「頼むぞ!」
蛙娘が大きく息を吸った。
「ゲコォォォ!」
大地の神の音波が放たれ、巨大ナマコ男のぬめりが一瞬止まる。
蟹女が岩場から跳ね、巨大ナマコ男の足元へ鋏を叩き込んだ。
「カニィ!」
ナマコ男がよろめく。
「ナマッ!?」
レッドが叫んだ。
「今だ!」
豪商軍が剣を構える。
五人の操縦席が黄金の光に包まれる。
「必殺!」
ハードカレンシーソードが輝く。
「ハードカレンシー!」
黄金と銀の光をまとった剣が、巨大ナマコ男を一刀両断した。
「ナマァァァ! ぬめりが足りないナマァァ!」
巨大ナマコ男は大爆発した。
豪商軍は爆炎を背に、剣を空へ掲げた。
*
戦いの後。
ダイフゴー基地には、正式に蛙娘用の水槽が設置された。
水槽というより、小さな池である。
金城財閥の技術力で、わずか数時間で作られた特製水場だった。
蛙娘はその中に座り、満足そうに鳴いた。
「ゲコ」
蟹女はその隣に座っている。
「カニィ」
二匹はまた謎の会話を始めた。
「ゲコ、ゲコ」
「カニ、カニィ」
「ゲコゲコ」
「カニィ」
豊は腕を組み、二匹を見下ろした。
「本当に居着くのか」
真珠は丁寧に答えた。
「はい。蛙娘様のお部屋も必要かと存じます」
「いつから蛙娘様になった」
瑠璃は冷静に言った。
「大地の神の使いかもしれないなら、無礼は禁物ですわ」
守は端末を見ながら言う。
「カイサーン怪人が明確に恐れていた。敵対勢力に属する存在である可能性が高い」
怜音は笑った。
「つまり、蟹と蛙が仲間に加わったってことか」
蟹女は得意げに鋏を鳴らした。
「カニ!」
蛙娘も胸を張る。
「ゲコ!」
豊は深くため息をついた。
「ダイフゴー基地は、いつから怪物屋敷になったんだ」
真珠はにこやかに言った。
「にぎやかでよろしいではありませんか」
その時、蟹女と蛙娘が同時に鳴いた。
「カニィ!」
「ゲコ!」
まるで同意しているようだった。
こうしてダイフゴー基地には、また一匹、謎の怪物が増えてしまった。
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## 次回予告
最強の敵、金槌頭鮫女ハンマーヘッドが現れる!
圧倒的な攻撃の前に、ダイフゴーは苦戦。
そして蟹女は、フゴーレッドをかばい、致命傷を受けてしまう。
何百億円あっても命は買えない現実が富豪達を襲う。
悲しみに沈むダイフゴーの前に現れる、海と大地の神々。
母なる海と、父なる大地の平和のため、蟹女に新しい命が与えられる。
次回、富轟戦隊ダイフゴー。
蟹女死す
さらば蟹女。
生まれ変われ、愛の戦士リュビィ。




