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蟹女死す

 ダイフゴー基地は朝から不思議な騒音に満ちていた。

 蟹女と蛙娘の水場のそばに座っていた。


「カニ、カニィ」


「ゲコ、ゲコ」


 二匹は相変わらず、人間には分からない会話をしている。

 蛙娘は大地の神の使徒。

 蟹女は、海底王国カイサーンから逃げてきた怪人。

 けれど、ダイフゴーの五人には、よく分からない怪物だった。


 花園真珠は皿を持ってきた。


「蟹女様、今日のお食事でございます」


「カニィ!」


 蟹女は嬉しそうに鋏を鳴らす。


 金城豊はその様子を見ながら言った。


「最近、すっかり基地に馴染んだな」


 財前守が端末を見ながら答える。


「行動範囲、食事時間、反応パターン、すべて安定している。すでに基地の常駐構成員と見なしてよい」


 京極怜音が笑った。


「つまり、正式メンバーってことだろ」


 海宝瑠璃は腕を組む。


「正式メンバーというには、少々礼儀が足りませんわ。昨日も庭の石灯籠を鋏で挟んでおりましたし」


「カニ?」


 蟹女は何を言われているのか分からず、首をかしげた。


 真珠は微笑む。


「でも、蟹女様はいつも一生懸命でございます」


「カニィ」


 その時だった。


 基地に警報が鳴り響いた。


『緊急警報。海岸地帯に巨大なカイサーン反応』


 守の端末が赤く点滅する。


「反応が大きい。通常怪人より強い」


 モニターに映ったのは、海岸に立つ女怪人だった。


 ハンマーのように横へ広がった頭部。


 鋭い歯。


 筋肉質な身体。


 金槌頭鮫、ハンマーヘッドシャークを思わせる怪人。


 金槌頭鮫女(ハンマーヘッド)である。


 彼女は海岸の岩を拳で砕き、ゆっくりと顔を上げた。


「ダイフゴー。出てこい。クラーケン様に逆らう者を、今日こそ海の底へ沈めてやる」


 豊は立ち上がる。


「行くぞ」


 蟹女も立ち上がった。


「カニ!」


 蛙娘が不安そうに鳴いた。


「ゲコ……」


 蟹女は蛙娘を見て、軽く鋏を鳴らした。


「カニィ」


 まるで、大丈夫だと言っているようだった。


     *


 海岸は、荒れた波に包まれていた。


 黒い雲が空を覆い、海は不気味にうねっている。


 ダイフゴーの五人と蟹女が到着すると、金槌頭鮫女ハンマーヘッドは待ち構えていた。


「来たか、地上の富豪ども」


 豊が前へ出る。


「お前が今回の怪人か」


 ハンマーヘッドは冷たく笑った。


「怪人? 違うな。私はクラーケン様直属の処刑人。金槌頭鮫女ハンマーヘッド」


 蟹女が一歩下がった。


「カニ……」


 いつもの怪人とは気配が違う。


 暗殺者ウミウシ女とはまた別の、正面からすべてを叩き潰す力。


 瑠璃が小さく言った。


「ただ者ではありませんわ」


 守が端末を見る。


「筋力反応、装甲強度、すべて過去最高値」


 怜音がギターケースを構える。


「最強の敵ってわけか」


 豊が叫ぶ。


「変身だ!」


「富轟チェンジ!」


「ダイフゴー!」


 赤、青、黒、黄、桃の光が弾ける。


「巨万の勇気! フゴーレッド!」


「相場を制する知略! フゴーブルー!」


「漆黒の旋律! フゴーブラック!」


「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」


「奉仕の真心! フゴーピンク!」


 五人が海岸に並び立つ。


「富轟戦隊!」


「ダイフゴー!」


 ハンマーヘッドは一歩踏み出した。


「名乗りは済んだか。ならば死ね」


     *


 フゴーレッドが二丁拳銃を撃つ。


「レッド・ミリオンショット!」


 光弾が連射される。


 だが、ハンマーヘッドは逃げない。


 肩と胸で光弾を受け、そのまま歩いてくる。


「効かん」


 フゴーブルーが大砲銃を構えた。


「ブルー・マーケットキャノン!」


 巨大な光弾が直撃する。


 爆煙が上がる。


 しかし、煙の中からハンマーヘッドが無傷で現れた。


「この程度か」


 フゴーブラックが飛び込む。


「ブラック・ロックアックス!」


 ギターアックスを振り下ろす。


 ハンマーヘッドは片腕で受け止めた。


「遅い」


 次の瞬間、ハンマーヘッドの拳がブラックの腹に入った。


「ぐあっ!」


 フゴーブラックは砂浜を転がる。


 フゴーイエローが弓を放つ。


「イエロー・ゴールドアロー!」


 フゴーピンクが同時に斬りかかる。


「ピンクサーベル!」


 だが、ハンマーヘッドは頭部の横に広がった硬い装甲で矢を弾き、ピンクサーベルを拳で叩き落とした。


「きゃあっ!」


 ピンクが倒れる。


 レッドが叫ぶ。


「真珠!」


 その隙を、ハンマーヘッドは見逃さなかった。


 金槌のような頭部が光る。


「金槌頭砕撃」


 ハンマーヘッドは海岸の岩を蹴り、一直線にレッドへ突進した。


 避ける間がない。


 レッドの胸元へ、巨大な頭部の一撃が迫る。


 その瞬間。


 赤い影が飛び込んだ。


「カニィィィ!」


 蟹女だった。


 蟹女はレッドの前に立ちふさがり、両鋏を広げた。


 ハンマーヘッドの一撃が、蟹女の甲羅へ直撃する。


 鈍い破裂音。


 蟹女の背中の甲羅に、大きな亀裂が走った。


「カニ……!」


 蟹女の身体が大きく揺れる。


 割れた甲羅の奥から、淡く金色に輝く命の光がこぼれた。


 それは血ではなく、海の民の命そのもののようだった。


 レッドは目を見開いた。


「蟹女!」


 蟹女はそのまま倒れ込む。


 ハンマーヘッドは鼻で笑った。


「裏切り者が地上人をかばったか、愚かな蟹だ」


 レッドが怒りに震えた。


「貴様ぁ!」


 だが、守が叫ぶ。


「レッド、今は蟹女を!」


 ハンマーヘッドは満足したように背を向ける。


「今日のところは見逃してやる。次は全員を砕く」


 黒い波が彼女を包み、姿を消した。


     *


 砂浜に、蟹女が横たわっていた。


 変身を解いた豊は、彼女を抱きかかえる。


「蟹女! しっかりしろ!」


 真珠も変身を解き、駆け寄る。


「蟹女様!」


 蟹女の甲羅は割れていた。

 そこから金色の光が少しずつこぼれ、風に溶けていく。

 守が端末で状態を調べる。


「生命反応が急速に低下している……このままでは」


「何とかしろ!」


 豊が叫ぶが、守は悔しそうに歯を食いしばる。


「人間の医療データが通用しない。海底人類の生体構造が分からないんだ」


 怜音は拳を握った。


「くそ……!」


 瑠璃は青ざめていた。


 いつも蟹女に冷たく冗談を言っていた彼女が、何も言えない。


 真珠は涙を流している。


「蟹女様、死なないでください」


 蟹女は、豊の腕の中で小さく鳴いた。


「カ……ニ……」


 そして、ゆっくりと口を開いた。

 今まで、どれだけ訴えても人間には「カニィ」としか聞こえなかった声。

 その声が、初めて言葉になった。


「人間に……生まれたカっニィ……」


 五人は息をのんだ。


 怜音が泣き笑いのような顔で叫んだ。

「なんだよ……初めて喋った言葉がソレかよ」


 真珠は蟹女の手を握る。

「死なないで……」


 守は震える声でつぶやいた。

「俺たち……ずっとコイツのこと、蟹女って呼んでたな」


 豊が顔を上げる。

「僕たちの仲間なのに」


 瑠璃の目から涙がこぼれた。

「名前ぐらい……付けてあげれば良かった」


 真珠が涙をぬぐい、震える声で言った。


「いまさらだけど、名前を付けてあげましょう」


 瑠璃は蟹女を見つめた。

「リュビィ」

 瑠璃は静かに言った。

「ロシア語で、愛って意味よ」


 蟹女はかすかに目を開いた。

「リュ……ビィ……」


 それが、蟹女としての最後の言葉だった。

 豊は彼女を強く抱きしめた。


「なんだよソレ……墓に刻むのかよ」


 涙が止まらなかった。

「いくらでも払う。誰か、リュビィを助けてくれ!」


 空へ向かって叫ぶ。

「何百億円あったって、蟹一匹の命すら買えないんだ!」


 豊の声が、荒れた海に響いた。

「命は金じゃ買えないんだ!」


 その叫びに、波が静まった。


     *


 海と大地から光が現れた。

 砂浜に、青い光と緑の光が満ちていく。

 ダイフゴーの五人は、涙に濡れた顔を上げた。


 そこに、二つの巨大な影が現れた。

 一つは、海そのもののような女性の姿。


 髪は波。


 瞳は深海。


 身にまとう衣は、白い泡と青い潮。


 海の女神。


 もう一つは、大地のような老人の姿。


 髪は草木。


 肌は土。


 背には山の影。


 大地の神。


 蛙娘がどこからともなく現れ、砂浜で深く頭を下げた。


「ゲコ……」


 蟹女――リュビィの身体を光が優しく包み込む。


 海の女神の言葉が響いた。

「大地の民よ、私は母なる海の女神」


 大地の神が続けた。


「海の民よ、ワシは父なる大地の神」


 豊たちは言葉を失った。

 海の女神は、豊の腕の中のリュビィを見つめた。


「この子は、海に生まれながら、大地の者を守った」


 大地の神はうなずく。


「地上の命を守るために、海の命を捧げた」


 二柱の神の声が重なる。


「母なる海と父なる大地の和平のために、命の祝福を授けよう」


 豊の腕の中で、リュビィがまばゆい光に包まれた。

 割れた甲羅が光へ変わり溶けていく。

 鋏が白い人の手へ変わる。

 赤い怪人の身体が、静かに溶けていく。


 豊は叫んだ。

「リュビィ!」


 光が収まると、豊の腕の中にいたのは、もう蟹の怪人ではなかった。


 金髪の白い肌と青い瞳を持つ、美しく白い肌の少女だった。


 彼女はゆっくりと目を開けた。

「……カニ?」


 五人は固まった。

 リュビィは豊の腕の中で首をかしげた。

 そして、少しぎこちなく、人間の言葉を話した。


「わたし……リュビィ?」


 真珠が涙を浮かべたまま笑った。

「はい。あなたのお名前です」


 リュビィは嬉しそうに微笑んだ。

「リュビィ……」


 いつのまにか、海の女神と大地の神は、静かに姿を消していた。

 豊は腕の中のリュビィを見つめた。

 そして、ようやく笑った。


「おかえり、リュビィ」


     *


 その夜、ダイフゴー基地は、妙な緊張と興奮に包まれていた。


 蟹女から人間に生まれ変わったリュビィは何も持っていない、生まれたままの姿だった。

 いや、生まれ変わった姿だった。


 とりあえず、お屋敷にあった白いワンピースを着せてみた。

 真珠が着せた服だった。


 長い金髪と白い肌に青い瞳。


 見た目だけなら、まるで外国の令嬢である。


 リュビィは胸を張った。


「日本一の美少女に生まれ変わりました」


 全員が黙った。


 怜音が信じられない顔で言う。

「信じられねえ……あの蟹女が美少女に生まれ変わった」


 守が冷静に眼鏡を押し上げる。

「コイツ、生まれ変わる時に神の力で美少女にしてもらっただろ」


 瑠璃も冷淡に言い切った。

「神の力を使うなんて、酷いインチキ美少女ですわね」


 リュビィは胸を張ったまま言った。


「カニ?」


 豊は思わず笑った。

「今日からリュビィって呼ばれたら返事しろよ」


 リュビィは少し考えた。

「リュビィ」


 豊が指さす。

「リュビィ」


「はい!」


 全員が少し驚いた。


 真珠が手を合わせる。

「まあ。ちゃんとお返事できました」


 リュビィは得意げに笑う。


「はい。リュビィです」


 その時、真珠がにこやかな顔で言った。


「リュビィ。貴女はもう人間ですから、今日から働かないとご飯はもらえませんよ」


 リュビィの笑顔が凍った。


「……ご飯?」


「はい。今までは蟹女様でしたので、ペット扱いでしたが。人間になった以上、働かざる者食うべからずでございます」


 リュビィの目に涙が浮かんだ。


 彼女は豊を見た。


 豊は腕を組む。


「真珠の言う通りだな」


 リュビィは瑠璃を見る。


 瑠璃は扇子を広げるように手を添えた。


「人間の社会とは厳しいものですわ」


 リュビィは守を見る。


 守は端末を見ながら言った。


「労働と報酬の関係は経済の基本だ」


 リュビィは怜音を見る。


 怜音は笑って肩をすくめた。


「ま、がんばれ元ペット」


 リュビィは涙をため、悲哀のこもった声で鳴いた。


「カニィィ……」


 一瞬、基地が静まり返った。


 豊が吹き出した。


「やっぱりコイツは蟹女だ!」


 怜音が腹を抱えて笑う。


「中身は変わってねえ!」


 守も珍しく口元を緩めた。


「外見変化と人格変化は別問題ということだな」


 瑠璃もこらえきれず笑った。


「美少女でも、中身は蟹ですわね」


 真珠も優しく笑う。


「リュビィ様、まずはお皿洗いから始めましょう」


「カニィ……」


 リュビィはしょんぼりしながらも、どこか嬉しそうだった。


 もう檻の中の蟹女ではない。


 名前を持つ仲間。


 人間として生まれ変わった、愛の命。


 ダイフゴー基地に、久しぶりに明るい笑い声が響いた。


---


## 次回予告


 蟹女から人間へ生まれ変わったリュビィ。

 だが、彼女に与えられた命には、まだ隠された力があった!

 母なる海と父なる大地の祝福を受け、愛の力で新たなる戦士が誕生する。


 その名は、愛の戦士リュビィ!


 ダイフゴーに六人目の戦士が登場!


##愛の戦士リュビィ


 愛が、新たな奇跡を呼ぶ。


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