海底皇女あらわる
暗い海の底に、白い船が沈んでいく。
豪華な客室。
割れたシャンデリア。
海水に呑まれていく大階段。
逃げ惑う人々の叫びは、波の音にかき消されていった。
それは、十年前の出来事だった。
*
二十年前。
まだ五歳の頃、金城家の別荘の庭で、五歳の金城豊は泥だらけになって遊んでいた。
「豊くん、こっち!」
同じ年の花園真珠が、小さな手で豊を呼ぶ。
まだ彼女はメイドではなかった。
金城家と交流のある家の娘で、幼い二人に身分の違いなど分からない。
豊は木の枝を剣のように振り回した。
「ぼくは金城城の王様だ!」
「じゃあ、私は?」
「真珠は……一番つよい騎士!」
「お姫様じゃないの?」
「だって真珠、木登りできるだろ」
真珠は笑って、スカートの裾を気にせず木に登った。
「じゃあ、豊くんを守ってあげる」
「ああ。ぼくも真珠を守る」
二人はまだ身分に縛られない対等な関係だった。
ただ、一緒に笑う友達だった。
庭の向こうでは、両家の大人たちが微笑んでいた。
その幸せな時間が、ずっと続くと信じていた。
*
だが、九年後。
十四歳になった豊と真珠は、金城邸で泣いていた。
激しい嵐の夜だった。
大人たちも悲痛な顔をしていた。
金城家の顧問弁護士が、震える声で告げた。
「豊様。真珠さん。落ち着いて聞いてください」
豊は言った。
「父上と母上は?」
真珠も続けた。
「私の父と母も、同じ船に……」
弁護士は目を伏せた。
「昨夜、北太平洋を航行中だった豪華客船が沈没しました。救助活動は続いておりますが……」
言葉が詰まる。
豊の表情が固まった。
「生存者は」
「確認されている生存者名簿に、両家のご両親のお名前はありません」
真珠の手から、ハンカチが落ちた。
「嘘……」
豊は何も言えなかった。
父も母も、真珠の両親も、海に呑まれた。
豪華客船の海難事故だと報じられた。
原因は不明、タイタニック号のように氷山に衝突したのかと言われたが、太平洋を漂流する氷山など確認された事が無い。
原因もわからず、船は突然沈んだ。
その日から、豊は金城財閥の若き後継者になった。
真珠は金城家に住み込み、メイドとして働くことになった。
友達だった二人の間に、主人と使用人という壁ができた。
それでも二人は、同じ夜を忘れなかった。
*
さらに深い海の底。
海底王国カイサーンでも、その事件は裁かれていた。
玉座の前に、若きクラーケンが引きずり出される。
その触手には、まだ豪華客船を引き裂いた時の傷跡が残っていた。
玉座に座るのは、海底人類の王、蟹大王。
大きな甲羅と威厳ある鋏を持つ老王だった。
「クラーケン」
蟹大王の声は低く、重かった。
「そなたは地上の船を襲い、多くの命を奪った。カイサーンは古来より地上へ無干渉を貫いてきた。それを破った罪は重い」
クラーケンは叫んだ。
「地上人は海を汚している! 毒を流し、油を流し、我らの世界を腐らせている! なぜ罰してはならぬ!」
「怒りは理解する。だが無差別に命を奪えば、憎しみは新たな憎しみを生むだけだ」
「甘い!」
クラーケンは触手を床に叩きつけた。
「王よ、あなたは甘すぎる! 地上人類は滅ぼすべき敵だ!」
蟹大王は目を閉じた。
「ならば、そなたを幽閉する。十年でも、百年でも、憎しみが静まるまで」
クラーケンは兵士たちに取り押さえられた。
「覚えておけ、蟹大王! いつか海の民は私の正しさを知る! 地上人類を滅ぼす日が来る!」
その叫びは、海底牢獄の闇へ消えた。
だが、クラーケンの憎しみは消えなかった。
十年の歳月をかけ、彼は牢獄の中で同じ怒りを持つ者たちを集めた。
地上人抹殺派。
海を汚した地上人に復讐すべきだと信じる者たち。
やがてクラーケンは、海の悪魔に見そめられた。
牢獄を破り、カイサーン城へ戻った時、彼はもはやただの罪人ではなかった。
闇を従える魔王になっていた。
蟹大王は殺されたが、カイサーンの民には、こう告げられた。
「蟹大王は、地上人類が海に流した毒によって命を落とした」
王の娘は、クラーケンの息子である烏賊王子と結ばれた。
いずれは蟹大王の娘が女帝となる。
それまで、宰相クラーケンが海底人類を統治する。
民はクラーケンの言葉を信じた。
そして、地上侵攻が始まった。
*
現在。
ダイフゴー基地。
水木茂雄博士は、巨大モニターに映る十年前の豪華客船事故の資料を見ていた。
金城豊、花園真珠、財前守、京極怜音、海宝瑠璃も集まっている。
檻の中では、蟹女が静かにこちらを見ていた。
博士は重い声で言った。
「あの豪華客船沈没事故は、ただの海難事故ではなかった可能性が高い」
豊は拳を握った。
「博士。まさか、カイサーンが」
「断定はできん。だが、今回のカイサーン出現以降に観測された深海エネルギー反応と、十年前の事故現場で記録されていた異常磁場が一致している」
真珠は顔を伏せた。
「では、坊ちゃまと私の両親は……」
豊は何も言わなかったが、水木博士は続けた。
「私は、あの事故の後に決めた。どんな事故が起きても、金城財閥の者を、そして人々を守れる強化服を作ると」
博士は五人を見た。
「それがフゴースーツだ」
瑠璃が静かに言った。
「事故の教訓から生まれた力……」
怜音が珍しく茶化さずに黙っていた。
守は端末を操作しながら言う。
「敵が十年前から地上と接触していたなら、今回の侵攻は偶発的なものではない。計画された復讐だ」
豊は檻の中の蟹女を見た。
「お前は、何か知っているのか」
「カニ……」
蟹女は悲しそうに鳴いた。
言葉は通じない。
だが、その声には十年前の闇を知る者の重みがあった。
その時、基地の警報が鳴った。
『緊急警報。海岸地区にカイサーン反応』
モニターに映像が出る。
海辺の広場に、三つの影が立っていた。
ひとりは、銀黒の甲冑をまとった美しいイカの青年怪人。
クラーケンの息子、烏賊王子。
その隣に、赤い甲羅をまとった女怪人。
蟹大王の娘を名乗る、蟹皇女。
そして二人の前に、鱈の顔をした怪人が控えていた。
怪人鱈男タラである。
烏賊王子がカメラへ向かって告げた。
「聞け、地上人類。そして富轟戦隊ダイフゴー」
蟹皇女が一歩進み出る。
「わらわはカイサーンの皇女、蟹皇女。父、蟹大王の無念を晴らすため、地上人類を討つ者なり」
蟹女が檻の中で跳ね起きた。
「カニィ!」
彼女は鉄格子にしがみいた。
「カニ! カニ、カニィィ!」
その様子に、真珠が駆け寄った。
「蟹女様?」
蟹女は必死にモニターを指さした。
「カニィ! カニ、カニィ!」
それは叫びだった。
違う、あれは蟹女ではない。
だが、誰にも通じなかった。
瑠璃は蟹女の表情を見て、眉をひそめた。
「……何か、様子がおかしいですわ」
豊は決断した。
「蟹女も連れて行く」
「坊ちゃま?」
「このままでは何も分からない。あいつらの前に出せば、何かが起きる」
博士は少し迷ったが、うなずいた。
「拘束装置つきの移送檻を使え。だが注意しろ」
蟹女は豊を見た。
「カニ……」それは、感謝にも、決意にも聞こえた。
*
海岸広場。
曇った空の下、海は不気味に黒く波打っていた。
烏賊王子は優雅に腕を組み、蟹皇女はその横で赤い鋏を広げている。
鱈男タラは、どこか落ち着かない様子で二人の後ろに立っていた。
そこへ、ダイフゴーの五人が到着する。
金城豊。
財前守。
京極怜音。
海宝瑠璃。
花園真珠。
そして、移送檻に入れられた蟹女。
蟹女は檻の中から蟹皇女を見た瞬間、激しく身を乗り出した。
「カニ! カニ、カニィ!」
蟹皇女は口元をゆがめた。
「まあ、あれが地上へ逃げた哀れな蟹ですのね。カニィ、カニィ」
語尾がわざとらしい。
真珠は小さく首をかしげた。
「今の……蟹女様の声と少し違うような」
蟹女はさらに叫ぶ。
「カニィ! カニ、カニ、カニィ!」
蟹皇女は声を荒げた。
「黙りなさい、裏切り者! タラバァ……」
そこまで言って、蟹皇女は慌てて口を押さえた。
「……カニィ」
怜音が眉を上げた。
「今、タラバって言わなかったか?」
守が端末で音声波形を確認する。
「発声パターンが蟹女とは異なる。むしろ別種の音韻に近い」
烏賊王子の目が冷たく光った。
「くだらぬ分析だ」
豊が前へ出た。
「お前が烏賊王子か」
「いかにも。私はカイサーンの正統なる王子。父クラーケンの命により、地上人類を裁きに来た」
「十年前の豪華客船沈没事故も、お前たちの仕業か」
烏賊王子はかすかに笑った。
「父上が地上人類の罪を初めて裁いた日だ」
その言葉に、豊の目が鋭くなった。
真珠の手が震える。
「あなたたちが……」
烏賊王子は続けた。
「地上人に情けをかけた蟹大王は貴様ら地上人に殺された!」
蟹女が檻の中で激しく首を振った。
「カニィ! カニ、カニィ!」
烏賊王子は蟹女を指さした。
「その裏切り者を始末しろ」
命じられた鱈男タラが、前へ出た。
「タラッ!」
鱈男タラは斧のような魚骨剣を構える。
だが、蟹女に近づいた瞬間、その動きが止まった。
檻の中の蟹女が、必死に彼を見つめている。
「カニ……カニィ……」
鱈男タラは、その目を知っていた。
まだ蟹大王が生きていた頃、幼い姫が城の中庭で海藻の花を集めていた姿。
その時、護衛の端にいた鱈男タラは、一度だけ声をかけられたことがあった。
その時の目と、同じだった。
「まさか……」
鱈男タラの声が震える。
「姫様……?」
烏賊王子の表情が凍った。
「何を言っている、鱈男」
蟹女は檻の格子を握りしめた。
「カニ、カニィ!」
鱈男タラは蟹皇女を振り返った。
「では、あちらにおられる蟹皇女様は……」
蟹皇女は慌てたように鋏を振った。
「何を言っているのです、タラ! わらわこそが本物の蟹皇女カニィ!」
瑠璃はじっと蟹皇女を見ていた。
そして、ふいに声を上げた。
「そいつは蟹女ではありませんわ」
豊が振り向く。
「瑠璃?」
瑠璃は蟹皇女を指さした。
「足が八本しかありません。うちの蟹女は十本ありますわ」
蟹女が目を丸くする。
「カニ?」
瑠璃は続けた。
「蟹に似ていますけれど、あれは蟹ではありません。蟹そっくりなヤドカリの仲間ですわ」
守が端末を確認する。
「瑠璃の指摘は正しい、アレは蟹にそっくりなヤドカリ、タラバガニだ!」
怜音が笑う。
「さすが本物しか食べないお嬢様だな」
鱈男タラが烏賊王子に向かって叫んだ。
「騙したな!」
その瞬間、烏賊王子の腕が閃いた。
銀色の刃が、鱈男タラの胸を切り裂いた。
「タラァッ!」
鱈男タラは膝をつく。
烏賊王子は冷たい声で言った。
「ええい、バレた以上、生かしておけん。ダイフゴーもろとも死ね」
蟹皇女の顔が歪む。
演技していた声が崩れ、地の声が出た
「タラバァ!」
彼女は本物の蟹女へ向かって叫んだ。
「お前を殺して、わらわが本物の皇女になるのだ!」
蟹女は檻の中で震えた。
「カニィ……」
豊は変身ブレスを掲げた。
「行くぞ、みんな!」
五人は叫んだ。
「富轟チェンジ!」
「ダイフゴー!」
赤、青、黒、黄、桃の光が弾ける。
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
五人が並び立つ。
「富轟戦隊 ダイフゴー!」
*
蟹皇女――いや、タラバ蟹女が檻へ襲いかかった。
「どきなさい! そいつを殺せば、わらわが本物だ!」
フゴーイエローがその前に立ち塞がった。
「させませんわ」
タラバ蟹女が鋏を鳴らす。
「お前、さっきまでその蟹を疑っていたではないか!」
「ええ、疑っていました」
イエローは弓を構える。
「けれど、ニセモノはもっと許せません!」
タラバ蟹女が飛びかかる。
イエローの矢が火花を散らし、タラバ蟹女の鋏を弾いた。
フゴーピンクは檻のロックを解除しようとする。
「蟹女様、今お助けします!」
「カニィ!」
フゴーレッドは烏賊王子へ二丁拳銃を向けた。
「十年前の事故、全て前たちの仕業か!」
烏賊王子は剣を構える。
「地上人類に語る真実などない」
レッドの銃弾と烏賊王子の刃がぶつかり、火花が散る。
フゴーブルーは大砲銃を構え、カイサーン戦闘員をまとめて吹き飛ばす。
「ブルー・マーケットキャノン!」
フゴーブラックはギターアックスを振るった。
「ブラック・ロックアックス!」
音波の斬撃が戦闘員をなぎ倒す。
だが烏賊王子は強かった。
銀色の剣がレッドを押し返す。
「どうした、地上の富豪。その程度か」
「俺は……」
レッドの声が震える。
「十年前から、お前たちに奪われていたのか」
烏賊王子は冷たく笑った。
「奪われた? 違う。地上人類は罰を受けたのだ」
その言葉に、ピンクが顔を上げた。
「罰……?」
声は静かだった。
だが怒りがあった。
「私たちの両親は、罪人ではありません」
ピンクサーベルが光る。
「ピンクサーベル!」
ピンクの剣閃が烏賊王子の肩をかすめた。
レッドはピンクを見た。
「真珠」
「坊ちゃま。今は戦いましょう」
「ああ」
二人は並んだ。
レッドの二丁拳銃。
ピンクのサーベル。
烏賊王子は一瞬、押された。
その間に、イエローがタラバ蟹女を追い詰める。
「そこまでですわ!」
「タラバァ!」
タラバ蟹女は醜く叫んだ。
「わらわは皇女になる! わらわこそカイサーンの女帝になるのだ!」
イエローは冷たく言った。
「本物は、名乗らなくても本物です」
その言葉に、蟹女は檻の中で小さく鳴いた。
「カニ……」
ブルーが叫ぶ。
「敵の陣形が崩れた。決め時だ」
ブラックがギターアックスを掲げる。
「一曲で終わらせるぜ!」
レッドが叫ぶ。
「みんな、武器を合わせろ!」
五人の武器が集まる。
二丁拳銃。
大砲銃。
ギターアックス。
弓。
ピンクサーベル。
黄金の必殺砲、富轟バスターが完成した。
「富轟バスター!」
五人が力を込める。
「ダイフゴー・ゴールドバースト!」
黄金の光弾が放たれた瞬間、烏賊王子は舌打ちし、タラバ蟹女の腕を掴んだ。
「烏賊王子?」
「盾になれ」
「え?」
烏賊王子はタラバ蟹女を前へ突き出した。
富轟バスターの光が、タラバ蟹女を直撃する。
「タラバァァァ!」
タラバ蟹女は吹き飛び、地面に転がった。
烏賊王子はその隙に逃げた。
タラバ蟹女は焼け焦げた甲羅を震わせ、逃げる烏賊王子へ手を伸ばした。
「烏賊王子……わらわを見捨てるのか!」
烏賊王子は冷たく言った。
「役立たずのニセモノに用はない」
タラバ蟹女の目が絶望に染まる。
「そんな……わらわは、あなたのために……」
烏賊王子は空へ手を掲げた。
「海の悪魔よ、生贄を受け賜え!」
黒い海風が吹いた。
瀕死のタラバ蟹女の体を、どす黒い力が包み込む。
甲羅が膨れ上がり、鋏が巨大化する。
巨大化した足が地面を砕く。
「タラバァァァァ!」
巨大タラバ蟹女が海岸に立ち上がった。
烏賊王子は黒い霧の中へ消えていった。
「ダイフゴー。次に会う時は、この程度では済まぬ」
レッドが追おうとするが、巨大タラバ蟹女が行く手を阻む。
五人の声が重なる。
「豪商軍!」
*
ダイフゴー基地の格納庫が開き、五体の富豪メカが出撃する。
「ドゾウー、発進!」
赤い土蔵メカが飛び出す。
「コバンダー、行くぜ!」
黒い小判メカがうなりを上げる。
「キンカー、参りますわ!」
黄色い金貨メカが光る。
「ギンカー、軌道安定!」
青い銀貨メカが加速する。
「ドウカー、出ます!」
桃色の銅貨メカが海風を切る。
「豪商合体!」
ドゾウーが胴体へ。
コバンダーが右腕へ。
キンカーが左腕へ。
ギンカーが右足へ。
ドウカーが左足へ。
額に「富」の紋章が輝く。
「完成!」
「豪商軍!」
巨大ロボは海岸に降り立った。
巨大タラバ蟹女が鋏を振り上げる。
「タラバァ! 本物になるのは、わらわだ!」
豪商軍はハードカレンシーソードを抜いた。
巨大な鋏と剣がぶつかる。
火花が散る。
タラバ蟹女は八本の脚で横へ素早く動き、豪商軍の背後を狙う。
「動きが速い!」
ピンクが叫ぶ。
ブルーが分析する。
「横歩き特化の移動パターン。だが脚数が少ない分、旋回時に隙がある」
イエローが鋭く言った。
「左へ誘い込みますわ!」
ブラックが笑う。
「いいねえ。偽物退治のフィナーレだ」
レッドが操縦桿を握る。
「行くぞ!」
豪商軍はわざと後退し、タラバ蟹女を誘い込む。
「タラバァ!」
タラバ蟹女が突進した瞬間、豪商軍は右足ギンカーで踏み込み、左足ドウカーで姿勢を固定した。
「今ですわ!」
キンカーの左腕が光り、タラバ蟹女の鋏を弾く。
コバンダーの右腕が拳を叩き込む。
「タラバァァ!」
タラバ蟹女がよろめく。
レッドが叫ぶ。
「決めるぞ!」
五人の操縦席が黄金の光に包まれる。
「必殺!」
ハードカレンシーソードが輝く。
「ハードカレンシー!」
黄金と銀の光をまとった剣が、巨大タラバ蟹女を一刀両断した。
「タラバァァァァ!」
叫び声が海岸に響く。
巨大タラバ蟹女は爆発し、黒い霧となって消えた。
豪商軍は爆炎を背に立ち、剣を空へ掲げた。
*
戦いが終わった後。
ダイフゴー基地。
蟹女は、再び檻の中にいた。
ただし、今日の檻の扉は開いていた。
まだ完全な自由ではない。
だが、誰も彼女を縄で縛ってはいなかった。
豊たちは檻の前に集まっている。
豊は瑠璃を見た。
「瑠璃。よくアレが偽物だって分かったな」
瑠璃は扇子を広げるような仕草をして、胸を張った。
「わたくし、本物しか口に致しませんので」
怜音が笑った。
「さすが旧家の御令嬢。蟹の見分け方まで一流か」
守は真面目に言った。
「実際、脚部構造の指摘は正確だった。あの場でなければ見逃していた」
豊は続けた。
「それに、君が蟹女をかばうとは思わなかった」
瑠璃は一瞬だけ気まずそうに蟹女を見た。
「ニセモノが許せなかっただけです」
「カニ……?」
蟹女が首をかしげる。
瑠璃は檻の前に立った。
「誤解しないでくださいまし。あなたを信用したわけではありませんわ」
「カニィ……」
「ただ」
瑠璃は少しだけ視線を逸らした。
「あなたは本物ですから」
蟹女は目を丸くした。
「カニ?」
瑠璃はわざと冷たい声で続けた。
「本物の蟹なら、カニ鍋にいたしましょう」
「カニィ!? カニィ、カニィ!」
蟹女は慌てて檻の奥へ逃げた。
真珠が困ったように言う。
「瑠璃様、蟹女様が本気にしております」
瑠璃は口元に手を当てた。
「おーほほほほ! 冗談ですわ」
蟹女は涙目で震えながら鳴いた。
「カニィ……」
豊は小さく笑った。
真珠も微笑んだ。
まだ十年前の真実はすべて明らかになっていない。
烏賊王子は逃げた、カイサーンとの戦いは続く。
だが、今日初めて、蟹女はただの怪物ではないと証明された。
ほんの少しだけ。
ダイフゴーと蟹女の距離は近づいたのだった。




