表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/29

海底皇女あらわる

 暗い海の底に、白い船が沈んでいく。


 豪華な客室。


 割れたシャンデリア。


 海水に呑まれていく大階段。


 逃げ惑う人々の叫びは、波の音にかき消されていった。


 それは、十年前の出来事だった。


     *


二十年前。

まだ五歳の頃、金城家の別荘の庭で、五歳の金城豊(きんじょうゆたか)は泥だらけになって遊んでいた。


「豊くん、こっち!」


 同じ年の花園真珠(はなぞのましろ)が、小さな手で豊を呼ぶ。


 まだ彼女はメイドではなかった。


 金城家と交流のある家の娘で、幼い二人に身分の違いなど分からない。


 豊は木の枝を剣のように振り回した。


「ぼくは金城城の王様だ!」


「じゃあ、私は?」


「真珠は……一番つよい騎士!」


「お姫様じゃないの?」


「だって真珠、木登りできるだろ」


 真珠は笑って、スカートの裾を気にせず木に登った。


「じゃあ、豊くんを守ってあげる」


「ああ。ぼくも真珠を守る」


 二人はまだ身分に縛られない対等な関係だった。

 ただ、一緒に笑う友達だった。

 庭の向こうでは、両家の大人たちが微笑んでいた。

 その幸せな時間が、ずっと続くと信じていた。


     *


 だが、九年後。

 十四歳になった豊と真珠は、金城邸で泣いていた。


 激しい嵐の夜だった。

 大人たちも悲痛な顔をしていた。

 金城家の顧問弁護士が、震える声で告げた。


「豊様。真珠さん。落ち着いて聞いてください」


 豊は言った。


「父上と母上は?」


 真珠も続けた。


「私の父と母も、同じ船に……」


 弁護士は目を伏せた。


「昨夜、北太平洋を航行中だった豪華客船が沈没しました。救助活動は続いておりますが……」


 言葉が詰まる。


 豊の表情が固まった。


「生存者は」


「確認されている生存者名簿に、両家のご両親のお名前はありません」


 真珠の手から、ハンカチが落ちた。


「嘘……」


 豊は何も言えなかった。


 父も母も、真珠の両親も、海に呑まれた。


 豪華客船の海難事故だと報じられた。


 原因は不明、タイタニック号のように氷山に衝突したのかと言われたが、太平洋を漂流する氷山など確認された事が無い。

 原因もわからず、船は突然沈んだ。


 その日から、豊は金城財閥の若き後継者になった。


 真珠は金城家に住み込み、メイドとして働くことになった。


 友達だった二人の間に、主人と使用人という壁ができた。


 それでも二人は、同じ夜を忘れなかった。


     *


 さらに深い海の底。


 海底王国カイサーンでも、その事件は裁かれていた。


 玉座の前に、若きクラーケンが引きずり出される。


 その触手には、まだ豪華客船を引き裂いた時の傷跡が残っていた。


 玉座に座るのは、海底人類の王、蟹大王。


 大きな甲羅と威厳ある鋏を持つ老王だった。


「クラーケン」


 蟹大王の声は低く、重かった。

「そなたは地上の船を襲い、多くの命を奪った。カイサーンは古来より地上へ無干渉を貫いてきた。それを破った罪は重い」


 クラーケンは叫んだ。


「地上人は海を汚している! 毒を流し、油を流し、我らの世界を腐らせている! なぜ罰してはならぬ!」


「怒りは理解する。だが無差別に命を奪えば、憎しみは新たな憎しみを生むだけだ」


「甘い!」


 クラーケンは触手を床に叩きつけた。


「王よ、あなたは甘すぎる! 地上人類は滅ぼすべき敵だ!」


 蟹大王は目を閉じた。


「ならば、そなたを幽閉する。十年でも、百年でも、憎しみが静まるまで」


 クラーケンは兵士たちに取り押さえられた。

「覚えておけ、蟹大王! いつか海の民は私の正しさを知る! 地上人類を滅ぼす日が来る!」


 その叫びは、海底牢獄の闇へ消えた。

 だが、クラーケンの憎しみは消えなかった。

 十年の歳月をかけ、彼は牢獄の中で同じ怒りを持つ者たちを集めた。


 地上人抹殺派。


 海を汚した地上人に復讐すべきだと信じる者たち。

 やがてクラーケンは、海の悪魔に見そめられた。

 牢獄を破り、カイサーン城へ戻った時、彼はもはやただの罪人ではなかった。


 闇を従える魔王になっていた。

 蟹大王は殺されたが、カイサーンの民には、こう告げられた。


 「蟹大王は、地上人類が海に流した毒によって命を落とした」


 王の娘は、クラーケンの息子である烏賊王子と結ばれた。

 いずれは蟹大王の娘が女帝となる。

 それまで、宰相クラーケンが海底人類を統治する。


 民はクラーケンの言葉を信じた。

 そして、地上侵攻が始まった。


     *


 現在。


 ダイフゴー基地。


 水木茂雄博士は、巨大モニターに映る十年前の豪華客船事故の資料を見ていた。


 金城豊、花園真珠、財前守、京極怜音、海宝瑠璃も集まっている。


 檻の中では、蟹女が静かにこちらを見ていた。


 博士は重い声で言った。


「あの豪華客船沈没事故は、ただの海難事故ではなかった可能性が高い」


 豊は拳を握った。

「博士。まさか、カイサーンが」


「断定はできん。だが、今回のカイサーン出現以降に観測された深海エネルギー反応と、十年前の事故現場で記録されていた異常磁場が一致している」


 真珠は顔を伏せた。

「では、坊ちゃまと私の両親は……」


 豊は何も言わなかったが、水木博士は続けた。

「私は、あの事故の後に決めた。どんな事故が起きても、金城財閥の者を、そして人々を守れる強化服を作ると」


 博士は五人を見た。

「それがフゴースーツだ」


 瑠璃が静かに言った。


「事故の教訓から生まれた力……」


 怜音が珍しく茶化さずに黙っていた。


 守は端末を操作しながら言う。


「敵が十年前から地上と接触していたなら、今回の侵攻は偶発的なものではない。計画された復讐だ」


 豊は檻の中の蟹女を見た。


「お前は、何か知っているのか」


「カニ……」


 蟹女は悲しそうに鳴いた。

 言葉は通じない。

 だが、その声には十年前の闇を知る者の重みがあった。


 その時、基地の警報が鳴った。


『緊急警報。海岸地区にカイサーン反応』


 モニターに映像が出る。


 海辺の広場に、三つの影が立っていた。


 ひとりは、銀黒の甲冑をまとった美しいイカの青年怪人。


 クラーケンの息子、烏賊王子。


 その隣に、赤い甲羅をまとった女怪人。


 蟹大王の娘を名乗る、蟹皇女。


 そして二人の前に、鱈の顔をした怪人が控えていた。


 怪人鱈男タラである。


 烏賊王子がカメラへ向かって告げた。


「聞け、地上人類。そして富轟戦隊ダイフゴー」


 蟹皇女が一歩進み出る。


「わらわはカイサーンの皇女、蟹皇女。父、蟹大王の無念を晴らすため、地上人類を討つ者なり」


 蟹女が檻の中で跳ね起きた。

「カニィ!」


 彼女は鉄格子にしがみいた。

「カニ! カニ、カニィィ!」


 その様子に、真珠が駆け寄った。

「蟹女様?」


 蟹女は必死にモニターを指さした。

「カニィ! カニ、カニィ!」


 それは叫びだった。

 違う、あれは蟹女ではない。

 だが、誰にも通じなかった。


 瑠璃は蟹女の表情を見て、眉をひそめた。

「……何か、様子がおかしいですわ」


 豊は決断した。


「蟹女も連れて行く」


「坊ちゃま?」


「このままでは何も分からない。あいつらの前に出せば、何かが起きる」


 博士は少し迷ったが、うなずいた。


「拘束装置つきの移送檻を使え。だが注意しろ」


 蟹女は豊を見た。


「カニ……」それは、感謝にも、決意にも聞こえた。


     *


 海岸広場。


 曇った空の下、海は不気味に黒く波打っていた。


 烏賊王子は優雅に腕を組み、蟹皇女はその横で赤い鋏を広げている。


 鱈男タラは、どこか落ち着かない様子で二人の後ろに立っていた。


 そこへ、ダイフゴーの五人が到着する。


 金城豊。


 財前守。


 京極怜音。


 海宝瑠璃。


 花園真珠。


 そして、移送檻に入れられた蟹女。


 蟹女は檻の中から蟹皇女を見た瞬間、激しく身を乗り出した。


「カニ! カニ、カニィ!」


 蟹皇女は口元をゆがめた。


「まあ、あれが地上へ逃げた哀れな蟹ですのね。カニィ、カニィ」

挿絵(By みてみん)

 語尾がわざとらしい。


 真珠は小さく首をかしげた。


「今の……蟹女様の声と少し違うような」


 蟹女はさらに叫ぶ。


「カニィ! カニ、カニ、カニィ!」


 蟹皇女は声を荒げた。


「黙りなさい、裏切り者! タラバァ……」


 そこまで言って、蟹皇女は慌てて口を押さえた。


「……カニィ」


 怜音が眉を上げた。


「今、タラバって言わなかったか?」


 守が端末で音声波形を確認する。


「発声パターンが蟹女とは異なる。むしろ別種の音韻に近い」


 烏賊王子の目が冷たく光った。


「くだらぬ分析だ」


 豊が前へ出た。


「お前が烏賊王子か」


「いかにも。私はカイサーンの正統なる王子。父クラーケンの命により、地上人類を裁きに来た」


「十年前の豪華客船沈没事故も、お前たちの仕業か」


 烏賊王子はかすかに笑った。

「父上が地上人類の罪を初めて裁いた日だ」


 その言葉に、豊の目が鋭くなった。

 真珠の手が震える。


「あなたたちが……」


 烏賊王子は続けた。

「地上人に情けをかけた蟹大王は貴様ら地上人に殺された!」


 蟹女が檻の中で激しく首を振った。

「カニィ! カニ、カニィ!」


 烏賊王子は蟹女を指さした。

「その裏切り者を始末しろ」


 命じられた鱈男タラが、前へ出た。

「タラッ!」


 鱈男タラは斧のような魚骨剣を構える。

 だが、蟹女に近づいた瞬間、その動きが止まった。

 檻の中の蟹女が、必死に彼を見つめている。


「カニ……カニィ……」


 鱈男タラは、その目を知っていた。

 まだ蟹大王が生きていた頃、幼い姫が城の中庭で海藻の花を集めていた姿。

 その時、護衛の端にいた鱈男タラは、一度だけ声をかけられたことがあった。

 その時の目と、同じだった。


「まさか……」


 鱈男タラの声が震える。


「姫様……?」


 烏賊王子の表情が凍った。

「何を言っている、鱈男」


 蟹女は檻の格子を握りしめた。

「カニ、カニィ!」


 鱈男タラは蟹皇女を振り返った。

「では、あちらにおられる蟹皇女様は……」


 蟹皇女は慌てたように鋏を振った。

「何を言っているのです、タラ! わらわこそが本物の蟹皇女カニィ!」


 瑠璃はじっと蟹皇女を見ていた。

 そして、ふいに声を上げた。

「そいつは蟹女ではありませんわ」


 豊が振り向く。


「瑠璃?」


 瑠璃は蟹皇女を指さした。


「足が八本しかありません。うちの蟹女は十本ありますわ」


 蟹女が目を丸くする。


「カニ?」


 瑠璃は続けた。


「蟹に似ていますけれど、あれは蟹ではありません。蟹そっくりなヤドカリの仲間ですわ」


 守が端末を確認する。


「瑠璃の指摘は正しい、アレは蟹にそっくりなヤドカリ、タラバガニだ!」


 怜音が笑う。

「さすが本物しか食べないお嬢様だな」


 鱈男タラが烏賊王子に向かって叫んだ。

「騙したな!」


 その瞬間、烏賊王子の腕が閃いた。

 銀色の刃が、鱈男タラの胸を切り裂いた。


「タラァッ!」


 鱈男タラは膝をつく。

 烏賊王子は冷たい声で言った。

「ええい、バレた以上、生かしておけん。ダイフゴーもろとも死ね」


 蟹皇女の顔が歪む。

 演技していた声が崩れ、地の声が出た

「タラバァ!」


 彼女は本物の蟹女へ向かって叫んだ。

「お前を殺して、わらわが本物の皇女になるのだ!」


 蟹女は檻の中で震えた。

「カニィ……」


 豊は変身ブレスを掲げた。

「行くぞ、みんな!」


 五人は叫んだ。

「富轟チェンジ!」


「ダイフゴー!」


 赤、青、黒、黄、桃の光が弾ける。


「巨万の勇気! フゴーレッド!」


「相場を制する知略! フゴーブルー!」


「漆黒の旋律! フゴーブラック!」


「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」


「奉仕の真心! フゴーピンク!」


 五人が並び立つ。


「富轟戦隊 ダイフゴー!」


     *


 蟹皇女――いや、タラバ蟹女が檻へ襲いかかった。


「どきなさい! そいつを殺せば、わらわが本物だ!」


 フゴーイエローがその前に立ち塞がった。


「させませんわ」


 タラバ蟹女が鋏を鳴らす。

「お前、さっきまでその蟹を疑っていたではないか!」


「ええ、疑っていました」

 イエローは弓を構える。


「けれど、ニセモノはもっと許せません!」


 タラバ蟹女が飛びかかる。

 イエローの矢が火花を散らし、タラバ蟹女の鋏を弾いた。

 フゴーピンクは檻のロックを解除しようとする。


「蟹女様、今お助けします!」


「カニィ!」


 フゴーレッドは烏賊王子へ二丁拳銃を向けた。

「十年前の事故、全て前たちの仕業か!」


 烏賊王子は剣を構える。

「地上人類に語る真実などない」


 レッドの銃弾と烏賊王子の刃がぶつかり、火花が散る。

 フゴーブルーは大砲銃を構え、カイサーン戦闘員をまとめて吹き飛ばす。


「ブルー・マーケットキャノン!」


 フゴーブラックはギターアックスを振るった。

「ブラック・ロックアックス!」


 音波の斬撃が戦闘員をなぎ倒す。


 だが烏賊王子は強かった。


 銀色の剣がレッドを押し返す。


「どうした、地上の富豪。その程度か」


「俺は……」


 レッドの声が震える。


「十年前から、お前たちに奪われていたのか」


 烏賊王子は冷たく笑った。


「奪われた? 違う。地上人類は罰を受けたのだ」


 その言葉に、ピンクが顔を上げた。


「罰……?」


 声は静かだった。


 だが怒りがあった。


「私たちの両親は、罪人ではありません」


 ピンクサーベルが光る。


「ピンクサーベル!」


 ピンクの剣閃が烏賊王子の肩をかすめた。


 レッドはピンクを見た。


「真珠」


「坊ちゃま。今は戦いましょう」


「ああ」


 二人は並んだ。


 レッドの二丁拳銃。


 ピンクのサーベル。


 烏賊王子は一瞬、押された。


 その間に、イエローがタラバ蟹女を追い詰める。


「そこまでですわ!」


「タラバァ!」


 タラバ蟹女は醜く叫んだ。


「わらわは皇女になる! わらわこそカイサーンの女帝になるのだ!」


 イエローは冷たく言った。

「本物は、名乗らなくても本物です」


 その言葉に、蟹女は檻の中で小さく鳴いた。

「カニ……」


 ブルーが叫ぶ。

「敵の陣形が崩れた。決め時だ」


 ブラックがギターアックスを掲げる。

「一曲で終わらせるぜ!」


 レッドが叫ぶ。


「みんな、武器を合わせろ!」


 五人の武器が集まる。


 二丁拳銃。


 大砲銃。


 ギターアックス。


 弓。


 ピンクサーベル。


 黄金の必殺砲、富轟バスターが完成した。


「富轟バスター!」


 五人が力を込める。


「ダイフゴー・ゴールドバースト!」


 黄金の光弾が放たれた瞬間、烏賊王子は舌打ちし、タラバ蟹女の腕を掴んだ。


「烏賊王子?」


「盾になれ」


「え?」


 烏賊王子はタラバ蟹女を前へ突き出した。


 富轟バスターの光が、タラバ蟹女を直撃する。


「タラバァァァ!」


 タラバ蟹女は吹き飛び、地面に転がった。


 烏賊王子はその隙に逃げた。

 タラバ蟹女は焼け焦げた甲羅を震わせ、逃げる烏賊王子へ手を伸ばした。


「烏賊王子……わらわを見捨てるのか!」


 烏賊王子は冷たく言った。

「役立たずのニセモノに用はない」


 タラバ蟹女の目が絶望に染まる。

「そんな……わらわは、あなたのために……」


 烏賊王子は空へ手を掲げた。

「海の悪魔よ、生贄を受け賜え!」


 黒い海風が吹いた。

 瀕死のタラバ蟹女の体を、どす黒い力が包み込む。

 甲羅が膨れ上がり、鋏が巨大化する。

 巨大化した足が地面を砕く。


「タラバァァァァ!」


 巨大タラバ蟹女が海岸に立ち上がった。

 烏賊王子は黒い霧の中へ消えていった。


「ダイフゴー。次に会う時は、この程度では済まぬ」


 レッドが追おうとするが、巨大タラバ蟹女が行く手を阻む。


 五人の声が重なる。

豪商軍(ゴウショーグン)!」


     *


 ダイフゴー基地の格納庫が開き、五体の富豪メカが出撃する。


「ドゾウー、発進!」


 赤い土蔵メカが飛び出す。


「コバンダー、行くぜ!」


 黒い小判メカがうなりを上げる。


「キンカー、参りますわ!」


 黄色い金貨メカが光る。


「ギンカー、軌道安定!」


 青い銀貨メカが加速する。


「ドウカー、出ます!」


 桃色の銅貨メカが海風を切る。


豪商合体(ごうしょうがったい)!」


 ドゾウーが胴体へ。


 コバンダーが右腕へ。


 キンカーが左腕へ。


 ギンカーが右足へ。


 ドウカーが左足へ。


 額に「富」の紋章が輝く。


「完成!」


豪商軍(ゴウショーグン)!」


 巨大ロボは海岸に降り立った。


 巨大タラバ蟹女が鋏を振り上げる。


「タラバァ! 本物になるのは、わらわだ!」


 豪商軍はハードカレンシーソードを抜いた。


 巨大な鋏と剣がぶつかる。


 火花が散る。


 タラバ蟹女は八本の脚で横へ素早く動き、豪商軍の背後を狙う。


「動きが速い!」


 ピンクが叫ぶ。


 ブルーが分析する。


「横歩き特化の移動パターン。だが脚数が少ない分、旋回時に隙がある」


 イエローが鋭く言った。


「左へ誘い込みますわ!」


 ブラックが笑う。


「いいねえ。偽物退治のフィナーレだ」


 レッドが操縦桿を握る。


「行くぞ!」


 豪商軍はわざと後退し、タラバ蟹女を誘い込む。


「タラバァ!」


 タラバ蟹女が突進した瞬間、豪商軍は右足ギンカーで踏み込み、左足ドウカーで姿勢を固定した。


「今ですわ!」


 キンカーの左腕が光り、タラバ蟹女の鋏を弾く。


 コバンダーの右腕が拳を叩き込む。


「タラバァァ!」


 タラバ蟹女がよろめく。


 レッドが叫ぶ。


「決めるぞ!」


 五人の操縦席が黄金の光に包まれる。


「必殺!」


 ハードカレンシーソードが輝く。


「ハードカレンシー!」


 黄金と銀の光をまとった剣が、巨大タラバ蟹女を一刀両断した。


「タラバァァァァ!」


 叫び声が海岸に響く。


 巨大タラバ蟹女は爆発し、黒い霧となって消えた。


 豪商軍は爆炎を背に立ち、剣を空へ掲げた。


     *


 戦いが終わった後。


 ダイフゴー基地。


 蟹女は、再び檻の中にいた。

 ただし、今日の檻の扉は開いていた。

 まだ完全な自由ではない。

 だが、誰も彼女を縄で縛ってはいなかった。


 豊たちは檻の前に集まっている。


 豊は瑠璃を見た。


「瑠璃。よくアレが偽物だって分かったな」


 瑠璃は扇子を広げるような仕草をして、胸を張った。

「わたくし、本物しか口に致しませんので」


 怜音が笑った。

「さすが旧家の御令嬢。蟹の見分け方まで一流か」


 守は真面目に言った。

「実際、脚部構造の指摘は正確だった。あの場でなければ見逃していた」


 豊は続けた。

「それに、君が蟹女をかばうとは思わなかった」


 瑠璃は一瞬だけ気まずそうに蟹女を見た。

「ニセモノが許せなかっただけです」


「カニ……?」


 蟹女が首をかしげる。

 瑠璃は檻の前に立った。


「誤解しないでくださいまし。あなたを信用したわけではありませんわ」


「カニィ……」


「ただ」


 瑠璃は少しだけ視線を逸らした。

「あなたは本物ですから」


 蟹女は目を丸くした。

「カニ?」


 瑠璃はわざと冷たい声で続けた。

「本物の蟹なら、カニ鍋にいたしましょう」


「カニィ!? カニィ、カニィ!」


 蟹女は慌てて檻の奥へ逃げた。


 真珠が困ったように言う。

「瑠璃様、蟹女様が本気にしております」


 瑠璃は口元に手を当てた。

「おーほほほほ! 冗談ですわ」


 蟹女は涙目で震えながら鳴いた。

「カニィ……」


 豊は小さく笑った。


 真珠も微笑んだ。


 まだ十年前の真実はすべて明らかになっていない。


 烏賊王子は逃げた、カイサーンとの戦いは続く。

 だが、今日初めて、蟹女はただの怪物ではないと証明された。


 ほんの少しだけ。


 ダイフゴーと蟹女の距離は近づいたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ