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ミュージック・スタート

 夏の海は、朝からまぶしかった。

 金城財閥が所有する海辺のリゾートには、色とりどりのパラソルが並び、白い砂浜には大勢の海水浴客が集まっていた。


 海開きから数日。

 青い海と白い砂浜。

 夏の日差し。

 そして、今日は特別な催しがある。

 カイサーンの怪人が現れた悪夢を吹き飛ばすためにも、コンサートは中止できなかった。


 金城財閥主催の海辺のチャリティーコンサート。


 その中心に立つのは、世界的ミュージシャンにして富轟戦隊ダイフゴーの一員、フゴーブラックこと京極怜音(きょうごくれのん)だった。


 特設ステージの上で、黒いシャツを着た怜音がギターを鳴らした。

 軽く弦を弾いただけで、集まった観客から歓声が上がる。


「キャー! 怜音様!」


「こっち向いてー!」


「今日も最高!」


 ステージ前には、彼を慕う美女軍団が並んでいた。

 水着姿の美女たちは、リハーサルの段階から笑顔でステージを盛り上げている。

 怜音はギターを肩に担ぎ、観客へ向かって片手を上げた。


「今日はチケット代はいらないぜ!」


 観客がざわめくと、怜音はにやりと笑った。


「音楽は心で聴くものだ。みんなの気持ちを募金してくれ。海を守る活動と、困っている子どもたちのために使わせてもらう」


 大きな拍手が起きた。

 砂浜の中央には、巨大な募金箱が置かれていた。

 金城財閥が用意した、透明な強化ガラス製の巨大募金箱である。

 中に入れられた紙幣や硬貨が、太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。


 財前守は青いアロハシャツ姿で、パラソルの下に座り、ノートパソコンを開いていた。

「募金額、開始三十分で予想の一・八倍。怜音の集客力は相変わらずだな」


 彼は冷静に数字を確認している。

 その横では、花園真珠(はなぞのましろ)が、いつもの黒いメイド服に白いエプロン姿で飲み物を配っていた。

 海辺にもかかわらず、真珠はまったく服装を崩していない。


「冷たいお飲み物でございます。熱中症にはお気をつけくださいませ」


 真珠はひとりひとりに丁寧に頭を下げる。

 招待客たちは、金城家のメイドの完璧な接客に感心していた。


「海辺でメイドさんなんて、すごいわね」


「さすが金城財閥のイベントだ」

挿絵(By みてみん)

 少し離れた波打ち際では、金城豊(きんじょうゆたか)海宝瑠璃(かいほうるり)が海で遊んでいた。

 豊は白いシャツを羽織った水着姿。

 瑠璃は上品なデザインの水着に薄いパレオを合わせ、令嬢らしさを崩していない。

 豊が海水を手ですくって、軽く瑠璃へかけた。


「きゃっ、豊様!」


 瑠璃は驚きながらも、楽しそうに笑った。


「お返しですわ!」


 瑠璃も水をすくって豊にかける。

 二人は婚約者であり、誰が見ても恋人同士らしく、夏の海を楽しんでいた。

 真珠は遠くからその様子を見て、少しだけ目を伏せた。

 けれど、すぐに笑顔を作る。


「お客様、こちらへどうぞ」


 メイドとして、彼女は自分の役目を果たす。


     *


 その頃、ダイフゴー基地。

 檻の中で、蟹女は丸くなっていた。


「カニ……」


 地上の海辺では楽しそうな音楽が鳴っている。

 地上へ警告に来て以来、蟹女はまだ信用されていなかった。

 敵ではないかもしれない。

 だが、カイサーンの関係者であることは間違いない。

 そのため、今日は檻の中で留守番である。

 基地のモニターには、海辺のチャリティーコンサートの様子が映っていた。

 蟹女は、画面の中の真珠を見つけた。


「カニィ」


 真珠が笑っている。

 それだけで、少し安心した。

 だが、画面の向こうの海に、黒い泡が浮かんでいることに、蟹女はまだ気づいていなかった。


     *


 海底王国カイサーン。

 クラーケンは玉座で、地上の様子を水晶の鏡に映していた。


「音楽に浮かれ、金を集め、海の苦しみを忘れて騒ぐ地上人どもめ」


 触手が不気味に揺れる。

 その前に、一体の怪人が進み出た。

 背中に巨大な殻を背負った怪人。

 鋭い鋏と六本の脚。

 殻の中からぎょろりと目を光らせる、ヤドカリの怪人。

 怪人ヤドカリ男である。


「ヤドヤド。クラーケン様、このヤドカリ男にお任せを」


 ヤドカリ男は、殻を揺らして笑った。

「地上人どもが集めた金の箱、あれはよい殻です。大きく、頑丈で、そして中には金がぎっしり。まさに私の新居にふさわしい!」


 クラーケンは笑った。

「よい。地上人どもの善意ごと奪い去れ」


「ヤドヤド。善意も金も、住み心地のよい殻に変えてくれます」


 ヤドカリ男は泡の中へ消えた。


     *


 コンサートが始まった。

 怜音のギターが鳴る。

 夏の空へ、明るいロックの音が響いた。

 美女軍団がステージで踊り、観客は手拍子を打つ。

 怜音はマイクに向かって歌った。


「海の風が呼んでいる

 夢の波が光ってる

 手を伸ばせ、今ここから

 ミュージック・スタート!」


 観客が歓声を上げる。

 真珠は客席後方で飲み物を配りながら、その歌を聴いていた。


 真珠は微笑んだ。

「怜音様は、普段は軽そうに見えますけれど……」

「歌っている時は、本当に真剣でございますね」


 守はパソコンを見ながら言った。

「寄付金の増加速度がすごい。楽曲一曲あたりの募金効率が通常のチャリティーイベントの三倍だ」


「守様、それは褒めておられるのですか?」


「もちろんだ。数字は正直だからな」


 波打ち際では、豊と瑠璃も歌を聴いていた。

 瑠璃は日差しを受けながら、優雅に拍手する。


「怜音さん、やはり人を惹きつける力がありますわね」


「ああ」


 豊はステージを見た。

「あいつは軽く見えるが、音楽に関しては本物だ」


 怜音は曲を終え、観客へ向かって叫んだ。

「みんな、ありがとう! その気持ち、全部大切に届けるぜ!」


 観客たちは次々と巨大な募金箱へ向かった。

 子どもが握りしめていた百円玉から、年配の夫婦がそっと入れた封筒まで。

 それぞれの気持ちが、透明な箱の中に積み重なっていく。


 その時だった。

 砂浜の下が盛り上がった。


 ざざざざっ。


 砂をかき分け、巨大な殻が現れた。


「ヤドヤドヤド!」


 募金箱の横から、ヤドカリ男が飛び出した。


「この大きな箱、気に入った! 今日からこれが私の家だ!」


 観客が悲鳴を上げる。


「怪人だ!」


「逃げろ!」


 ヤドカリ男は巨大募金箱にしがみつく。


 爪で取っ手をつかみ、背中の殻のように背負おうとした。


「ヤドヤド! 金の詰まった透明な殻! 最高の住まいだ!」


 怜音の顔色が変わった。


「おい、待て!」


 彼はステージから飛び降りた。


「それはみんなの気持ちだぞ!」


 ヤドカリ男は笑う。


「だからこそ価値があるヤド。金も善意も、私の殻になるヤド!」


 怜音はギターを構えた。


「ふざけるな!」


 真珠が叫ぶ。


「お客様を避難させます!」


 豊と瑠璃は波打ち際から駆け戻る。


 守はパソコンを閉じた。


「募金箱の重量、すでに二百キロ以上。怪人の筋力なら持ち去れる」


 豊が叫ぶ。


「変身するぞ!」


 五人はそれぞれ変身ブレスを掲げた。


「富轟チェンジ!」


「ダイフゴー!」


 赤、青、黒、黄、桃の光が砂浜に弾ける。


「巨万の勇気! フゴーレッド!」


「相場を制する知略! フゴーブルー!」


「漆黒の旋律! フゴーブラック!」


「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」


「奉仕の真心! フゴーピンク!」


 五人が並び立つ。


「富轟戦隊 ダイフゴー!」


     *


 ヤドカリ男は募金箱を背負いながら、じりじりと海へ向かう。


「ヤドヤド。さらば地上人。これはいただいていくヤド」


 フゴーレッドが二丁拳銃を構えた。

「そこまでだ!」


 だが、フゴーブラックが叫んだ。

「待て、撃つな!」


「ブラック?」


「みんなの気持ちが詰まっている!」

 フゴーブラックはギターアックスを構え、走り出した。


「この野郎、募金箱を返せ!」

 ギターアックスがヤドカリ男に叩きつけられる。

 だが、ヤドカリ男は素早く募金箱を盾にした。


「ヤドッ!」


 フゴーブラックは寸前で攻撃を止めた。


「くっ!」


 ヤドカリ男は笑った。


「攻撃できないヤド? 地上人の善意は、よい盾になるヤド!」


 フゴーブルーが冷静に言う。


「敵は募金箱を防御装備として利用している。通常攻撃は危険だ」


 フゴーピンクは避難誘導を続けながら叫ぶ。


「お客様、こちらへ! 落ち着いて避難してくださいませ!」


 フゴーレッドはヤドカリ男を睨む。


「ブラック、焦るな!」


「分かってる!」


 フゴーブラックは歯を食いしばった。

 自分のコンサートで集まった募金。

 自分のファンが入れてくれたお金。

 それを傷つけるわけにはいかない。

 ヤドカリ男はその迷いを見抜き、募金箱を左右に振った。


「ヤドヤド! 撃てるものなら撃ってみるヤド!」


 戦闘員たちも砂浜から現れ、観客の残した荷物を荒らし始めた。


 フゴーレッドが叫ぶ。

「ブルー、戦闘員を止めろ!」


「了解」


 フゴーブルーの大砲銃が火を噴く。

「ブルー・マーケットキャノン!」


 砂浜に衝撃波が走り、戦闘員たちをまとめて吹き飛ばした。

 フゴーピンクはピンクサーベルで戦闘員を払い、避難路を確保する。


「ここは通しません!」


 フゴーイエローは弓を構えながら、ヤドカリ男の動きを観察していた。

 怪人は募金箱の宿に体を隠している。

 だが、完全ではない。

 背負った箱と怪人本体の間に、わずかな隙間がある。

 瑠璃は鋭く言った。


「ブラック、貝殻の入り口が最大の弱点よ」


「入口?」


「ヤドカリは殻の中に隠れます。けれど、出入りする場所が必ずありますわ。そこを狙えば、殻から飛び出すはずです」


 フゴーブラックは一瞬だけ笑った。

「さすがイエロー。上品な顔して、けっこうえげつないところを見るな」


「褒め言葉として受け取っておきますわ」


 フゴーイエローは弓を引いた。


「イエロー・ゴールドアロー!」


 金色の矢が放たれる。


 矢は募金箱そのものには当たらず、ヤドカリ男が体を入れている入口の隙間に正確に刺さった。


「ヤドォォォ!?」


 ヤドカリ男は飛び上がった。


「痛いヤド! 入口に刺さったヤド!」


 慌てたヤドカリ男は、巨大募金箱から飛び出した。


 その腹は、殻に守られていた部分だけに、柔らかく無防備だった。


 フゴーブラックが叫ぶ。


「そこだ!」


 ギターアックスが音を立てて振り下ろされる。


「ブラック・ロックアックス!」


 重い音波斬撃が、ヤドカリ男の腹を直撃した。


「ヤドォォォ!」


 ヤドカリ男は砂浜を転がった。


 フゴーレッドが叫ぶ。


「今だ、みんな!」


 五人の武器が合体する。

 黄金に輝く必殺砲、富轟バスターが完成した。


「富轟バスター!」


 フゴーブラックが前に出た。

「みんなの気持ちを盗む奴に、俺の音は聞かせない!」


 フゴーレッドが叫ぶ。

「富は力にあらず!」


 フゴーブルーが続く。

「守るための責任なり!」


 フゴーイエローが声を張る。

「輝け、気高き誇り!」


 フゴーピンクが剣の柄に手を添える。

「すべての命に、真心を!」


 五人の声が重なる。

「ダイフゴー・ゴールドバースト!」


 黄金の光弾が放たれ、ヤドカリ男を直撃した。


「ヤドォォォ! 新居がぁぁぁ!」


 ヤドカリ男は大爆発を起こした。

 だが、その爆炎の向こうで、黒い泡がうごめいた。

 海の悪魔の力が現れた。


     *


 カイサーン城。

 クラーケンは水晶の鏡を見ながら触手を広げた。


「ヤドカリ男よ、ただでは終わらせぬ」


 海の悪魔の黒い霧が砂浜へ伸びる。


「その卑しき執着を、巨大なる殻へ変えよ!」


     *


 砂浜が揺れた。

 爆発したはずのヤドカリ男の破片が集まり、周囲の物体を引き寄せていく。

 砂浜の海の家、パラソル、看板、浮き輪、屋台の屋根が集まり、巨大な殻を形作った。

 あらゆるものを巻き込み、巨大な殻が完成していく。

 その中から、巨大ヤドカリ男が現れた。


「ヤドォォォ! 今度こそ、この浜辺全部を我が家にするヤド!」


 観客たちが再び悲鳴を上げる。

 フゴーレッドが叫んだ。


「豪商軍!」


 地下基地から五体の富豪メカが発進する。


「ドゾウー!」


「コバンダー!」


「キンカー!」


「ギンカー!」


「ドウカー!」


 五体のメカが空を駆ける。


豪商合体(ごうしょうがったい)!」


 土蔵、小判、金貨、銀貨、銅貨。


 五つの富が一つになる。


「完成!」


豪商軍(ゴウショーグン)!」


 巨大ロボが砂浜に降り立った。


 巨大ヤドカリ男は、さらに巨大な殻を背負って突進してくる。


「ヤドヤド! ロボも我が家に飾ってやるヤド!」


 豪商軍はハードカレンシーソードを抜いた。


 だが、フゴーブラックはコクピットで言った。


「レッド、殻ごと斬るな。中に海の家の看板や客の荷物が混じってる」


 フゴーブルーが計器を見る。


「確かに、私物やイベント機材の反応がある。全損は避けたい」


 フゴーイエローが言った。


「ならば、さきほどと同じですわ」


 フゴーピンクがうなずく。


「入口を開ければよろしいのですね」


 フゴーレッドは笑った。


「よし。ブラック、仕上げはお前に任せる」


 豪商軍はヤドカリ男の突進を受け止めた。


 砂浜が沈む。


 波が弾ける。


 ヤドカリ男は殻にこもる。


「ヤド! この防御、破れるものか!」


 豪商軍は剣の柄で殻の入口をこじ開ける。


 フゴーイエローが照準補助を行い、フゴーブルーが出力を調整する。


 隙間が開いた。


 フゴーブラックが叫ぶ。


「今だ!」


 豪商軍の胸から音波エネルギーが響く。


 怜音のギターの旋律が、巨大ロボの中で鳴り響いた。


「ブラック・グランドビート!」


 低音の衝撃波が殻の内部に響き、ヤドカリ男を中から押し出した。


「ヤドォォォ! 家から追い出されたヤドォォ!」


 ヤドカリ男の柔らかい腹が、再び露出する。


 フゴーレッドが叫ぶ。


「決めるぞ!」


 豪商軍の剣に、五つの富の光が集まる。


「必殺!」


「ハードカレンシー!」


 黄金と銀の光をまとった剣が、巨大ヤドカリ男を一刀両断した。


「ヤドォォォ! 募金箱の家に住みたかっただけなのにぃぃ!」


 巨大ヤドカリ男は爆発した。


 砂浜に大きな爆風が広がる。


 だが、巨大募金箱は無事だった。


 中の募金も、少しも失われていなかった。


     *


 夕方。


 チャリティーコンサートは一時中断したが、怜音の強い希望で再開された。


 壊れたステージは金城財閥のスタッフが驚くほどの速さで修復し、観客たちも戻ってきた。


 むしろ、ダイフゴーの活躍を見た人々は、前よりも多く募金を入れていた。


 怜音はステージの上で、少し傷のついたギターを抱えていた。


「みんな、怖い思いをさせて悪かった」


 観客は静まり返る。


 怜音は続けた。


「でも、みんなの気持ちは守った。金も大事だ。だけど、もっと大事なのは、それを誰かのために使おうって気持ちだ」


 彼は笑った。


「だから、最後にもう一曲やるぜ。今日のための曲だ」


 ギターが鳴った。


 夕焼けの砂浜に、優しい旋律が広がる。


 美女軍団も、今度は派手に踊るのではなく、観客と一緒に手拍子をした。


 豊と瑠璃は並んでステージを見ていた。


 瑠璃が微笑む。


「怜音さん、少し見直しましたわ」


 豊もうなずいた。


「あいつは、音楽だけは裏切らない」


 守は募金額を確認していた。


「最終募金額、当初予測の四・二倍。怪人襲撃による中断を考慮しても、異常な成功だ」


 真珠は観客へ飲み物を配りながら、楽しそうに歌を聴いていた。


「素敵な音楽でございますね」


     *


 ダイフゴー基地。


 檻の中の蟹女は、モニターを見ていた。


 夕焼けの浜辺で歌う怜音。


 守られた巨大募金箱。


「カニィ……」


 蟹女は小さく鳴いた。

 地上の人間たちは、金を集める。

 けれど、それは奪うためだけではない。

 誰かを助けるために、金を使う者もいる。


 父が言っていた。

 地上にも、海にも、善い者と悪い者がいる。

 その意味が、蟹女には少しだけ分かった気がした。

 画面の中で、怜音が最後のコードを鳴らす。


「ミュージック・スタート!」


 観客の歓声が、夕暮れの海に響いた。

 こうして、海辺のチャリティーコンサートは大成功で幕を閉じた。

 しかし、カイサーンの侵略はまだ始まったばかりである。


---


## 次回予告


 海宝瑠璃の花嫁衣装に、真珠の胸がざわめく。


 金城家へ嫁ぐ令嬢。


 金城家に仕えるメイド。


 二人の女の心に忍び寄る、真珠貝の怪人アコヤネーラ。


 嫉妬、誇り、そして秘めた想い。


 心の奥に沈んだ濁った真珠が、怪しく輝き出す。


 次回、富轟戦隊ダイフゴー。


## 花嫁とメイドの真珠


 その輝きは、愛か、毒か。


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