表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/29

うなれ豪商軍

 黒い海の底から、泡がのぼる。

 暗い水の向こうで、黄金の光が弾けた。

 五つの影が並び立つ。


 重々しいナレーションが響く。

『富豪、それは大金星の下に生まれし者たち』

『彼らは富める者の義務を果たすため、人類を守る戦士となった』


『富轟戦隊』

『ダイフゴー!』


 光の中で、五人の戦士が名乗りを上げる。


「巨万の勇気! フゴーレッド!」


「相場を制する知略! フゴーブルー!」


「漆黒の旋律! フゴーブラック!」


「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」


「奉仕の真心! フゴーピンク!」


 その背後で、五体の巨大メカが空を裂いて飛び立つ。


 財宝を守る土蔵のメカ、ドゾウー。


 小判の右腕、コバンダー。


 金貨の左腕、キンカー。


 銀貨の右足、ギンカー。


 銅貨の左足、ドウカー。


 五つの富が一つになり、巨大な影が立ち上がる。


 豪商軍(ゴウショーグン)


 海を越え、大地を踏みしめ、悪を打ち砕く巨神である。

挿絵(By みてみん)

     *


 海底王国カイサーン。

 その民たちは、自分たちが悪に従っているとは思っていなかった。

 彼らは信じていた。

 先王である蟹大王は、地上人類が海へ流した毒によって命を落としたのだと。

 地上人類は海を汚し、王を奪い、なおも知らぬ顔で暮らしているのだと。

 だから、海底の民は怒った。

 そして、クラーケンを正当な指導者だと信じた。


 王を失ったカイサーンをまとめ上げ、地上人類への正義の戦いを始めた英雄だと信じていた。


 カイサーン城の玉座の間。


 巨大なイカの怪人クラーケンは、十本の触手を玉座に絡ませ、集まった怪人たちを見下ろしていた。


 その隣には、若いイカの怪人が立っている。

 鋭い目をした美しい青年怪人。

 クラーケンの息子、烏賊王子である。

 そして、その烏賊王子のそばには、赤い甲羅をまとった女怪人が寄り添っていた。

 カイサーンの者たちは、彼女を蟹大王の娘だと信じていた。

 先王の血を引く姫が、烏賊王子と結ばれ、クラーケンの新体制を認めている。


 その事実こそが、カイサーンの民にとって、クラーケン政権の正統性を示すものだった。


 烏賊王子が静かに尋ねた。

「地上へ逃げた蟹怪人は、まだ捕まらぬのですか」


 クラーケンは低く笑った。

「心配するな。あれはただの逃亡者だ。カイサーンの民は誰も、あれを重要な者だとは思っておらぬ」


 赤い甲羅の女怪人は、静かに目を伏せた。

「地上の者たちは、あの蟹を受け入れるでしょうか」


「受け入れるものか」クラーケンは触手を揺らした。

「地上人は、言葉の通じぬ異形の者など受け入れぬ、今ごろバケモノとして殺されているだろう」


     *


 一方、地上では人間には感じられない気配が街を覆っていた。

 海の底から這い上がってくるような、ぬめる悪意。

 海の悪魔の気配である。


 ダイフゴー基地の奥。

 金属の檻の中で、蟹女はうずくまっていた。


 カイサーンの侵略を知らせに来た彼女は、言葉が通じないまま捕らえられ、今も檻の中に閉じ込められている。


「カニ……」


 蟹女は顔を上げた。

 赤い甲羅に覆われた頭と赤い顔は人間のようでも異形の存在だった。

 蟹の目が、恐怖に見開かれた。


 海の悪魔の気配が近づいている。


 また誰かが襲われる。


「カニィ!」


 蟹女は檻の格子を掴んだ。

 鉄格子がきしみ、曲がっていく。

 蟹女は全身の力で格子を押し広げた。

 人間の力どころか、熊ですら破れない檻が破れた。


 五人と水木博士は、前回の戦闘データを確認するため、上層の会議室に移動していた。

 この部屋には他に誰も居なかった。


「カニィィ!」


 蟹女は檻から抜け出した。

 ただ、誰かを海の悪魔から助けたかった。


     *


 夏休み前の午後。

 海辺に近い街の外れに、かつて小さな漁港だった場所があった。

 今は埋め立てられ、コンクリートの護岸と排水口が並んでいる。

 波打ち際には、空き缶、ビニール袋、発泡スチロールの欠片が打ち寄せられていた。


 海面には油膜が浮かび、白く濁った泡が排水口の周囲に溜まっている。

 そこへ、小学生の少年、小野寺翔太(おのでらしょうた)が歩いてきた。


 小学五年生。


 ランドセルを背負い、片手には図書館で借りた工学の専門書を抱えていた。

 おおよそ、小学生が読む本では無い。


 彼はふと足を止めた。


「……変な臭い」


 潮の匂いではなかった。


 腐った魚。


 発酵した内臓。


 古いドブ水。


 まるで、開けてはいけない缶詰(シュールストレミング)を真夏の海辺で開けてしまったような、鼻の奥を刺す強烈な悪臭だった。


「うっ……なんだよ、この臭い!」


 翔太は思わず鼻を押さえた。

 汚れた海面が、ぶくぶくと泡立つ。

 排水口の奥から、ぎちぎちと嫌な音がした。

 次の瞬間、護岸の下から銀色の影が這い上がった。


 ぬめった鱗。


 細長い魚の顔。


 ぎょろりとした目。


 体のあちこちには海藻とビニール片が絡みつき、鱗の隙間から腐敗した汁のようなものが滴っている。

 (ニシン)の怪人、鰊男である。


「ニシシシシ……臭いか、地上の子供」


 鰊男は、発酵した魚のような息を吐きながら笑った。

「これは貴様ら地上人類が海に捨てた毒と汚れの臭いだ。海をここまで腐らせておいて、鼻を押さえるとは勝手なものよ!」


 翔太は後ずさった。

「く、来るな……!」


「地上人類は、子供のうちから海を汚す悪の種! クラーケン様の正義のため、まずは貴様から始末してやる!」


 鰊男が濡れた爪を振り上げる。

 足元には、腐敗した魚汁のような液体がぽたぽたと落ちた。

 翔太は転んだ。

 ランドセルが地面にぶつかり、中からノートが飛び出す。

 悪臭と恐怖で、息が詰まる。

 鰊男の影が、翔太の上に覆いかぶさった。


「ニシシシシ! 海の恨みを思い知れ!」


 その爪が振り下ろされようとした瞬間、赤い影が横から飛び込んだ。


「カニィ!」


 蟹女だった。

 蟹女は翔太をかばうように立ち、鋏で鰊男の腕を弾いた。

 鰊男は驚いて後退する。


「お前は、地上へ逃げた裏切り者!」


「カニ! カニィ!」


「海の悪魔の祝福も受けぬ半端者め!」


 鰊男は、蟹女をにらみつけた。

 その目にあるのは、同胞を裏切った逃亡者への怒りだけだった。


「クラーケン様に逆らう者め!」


 蟹女を雑魚だと思った鰊男に鋏が振るわれた。

 吹き飛ばされた鰊男は海へ飛び込んで逃げた。


「ニシシシィ!」


 鰊男は消えた。


 路地には、蟹女と翔太だけが残された。

 強烈な臭いだけが、まだ周囲に漂っている。

 蟹女はゆっくり振り返った。

 翔太は壁際で震えていた。

 蟹女は、なるべく優しい声で言った。


「カニィ……」


 「もう大丈夫」彼女はそう言ったつもりだった。

 だが、翔太には「カニィ」としか聞こえない。

 赤い甲羅と大きな鋏を持った異形の怪物。

 翔太は恐怖に押され、近くに落ちていた棒を拾った。


「来るな……」


「カニ?」


「来るな、バケモノ!」


 棒が振り下ろされた。


 ばしっ。


 蟹女の肩に当たる。


「カニィ!」


 蟹女は痛みに顔を歪めた。

 だが、反撃しなかった。

 翔太はさらに棒を振るう。


「来るな! 来るなよ!」


「カニィ、カニィ……」


 蟹女は抵抗しなかった。

 自分がここで手を上げれば、この子はもっと恐怖する。

 ならば耐えるしかないと思った。


 そこへダイフゴーの五人が駆けつけた。


「そこまでですわ!」


 真っ先に飛び出したのは、海宝瑠璃だった。

 彼女の目に映ったのは、棒を持って震える少年と、その前に立つ蟹女。

 事情を知らなければ、蟹女が少年を襲っているようにしか見えなかった。


「やはり本性を現しましたのね!」


「カニ?」


 瑠璃の蹴りが蟹女を弾き飛ばした。


「バケモノめ!」


「カニィィ!」


 蟹女は壁に叩きつけられた。

 花園真珠が叫ぶ。


「瑠璃様、お待ちください!」


「下がって、真珠さん。この怪物は子供を襲ったのですわ」


「でも……」


 真珠は蟹女を見た。

 蟹女は抵抗せず、逃げもしない。

 ただ、必死に何かを訴えている。


「カニィ、カニ、カニ、カニィ!」


 だが、その言葉は届かない。

 翔太は震えながら言った。


「怪物が……怪物が……」


 それで瑠璃の誤解は決定的になった。


「聞きましたわね。やはりこの怪物が!」


 金城豊は黙って蟹女の目を見ていた。

 そこに敵意はなかった。

 だが、少年が怯えているのも事実だった。


「檻へ戻す」


 豊は低く言った。


「だが、乱暴にするな」


 瑠璃は不満そうに眉をひそめる。


「豊様、この怪物に情けは不要ですわ」


「判断はまだ早い」


 蟹女は再び拘束された。


 花園真珠は、蟹女に近づこうとした。


「蟹女様……」


 蟹女は真珠を見た。


 そして、小さく鳴いた。


「カニ……」


 その声は、あまりに悲しかった。


     *


 その頃、先日の戦いが終わった砂浜では、警察官たちが現場検証を行っていた。

 ウニドゲスの爆発で飛び散った破片が、砂の上に散らばっている。


「なんだこれは……生物なのか?」


「着ぐるみじゃないぞ。中身まである」


「本庁に連絡しろ。普通の事件じゃない」


 警察官の一人が、破片を証拠袋に入れようとした。


 その時、浜辺に冷たい風が吹いた。


 真夏の海岸にはありえない冷気。


 人間の背骨を、深海の闇が撫でるような悪寒。


「寒い……?」


「おい、なんだこの空気……」


 波音が変わった。


 ざざん、ざざん、という音が、まるで呪文のように響く。


 そして深海の闇の奥から、クラーケンの声が聞こえた。


「海の悪魔よ……」


 砂浜に散ったウニドゲスの肉片が震え始める。


「ウニドゲスの骸を、生贄に捧げ賜う」


 黒い水が砂に染み出した。

 破片が寄り集まり、棘が伸びていき、砕けた顔が再生していく。

 警察官たちは悲鳴を上げて逃げ出した。

 砂浜が盛り上がり、巨大な影が立ち上がる。


 身長五十メートル。


 巨大ウニドゲスである。


「ウニィィィィ!」


 海岸に咆哮が響いた。


「ダイフゴー! 今度こそ串刺しだ!」


     *


 ダイフゴー基地。


 蟹女は、前よりも頑丈な檻に入れられていた。

 水木茂雄博士は計器を見ながら首をひねった。


「檻を破った力は相当なものだ。だが逃走中に何かを壊したり、誰かを傷つけた様子は無い、悪意があったとは思えん」


 海宝瑠璃は冷たく言った。

「博士は甘すぎます。怪物は怪物ですわ」


 真珠は何も言わず、檻の中の蟹女を見つめていた。

 その時、基地にサイレンが鳴り響いた。


『緊急警報。海岸地区に巨大生命反応』


 巨大モニターに映像が映る。


 砂浜に立つ巨大ウニドゲス。


 踏み潰される海の家。


 逃げ惑う警察官たち。


 財前守が端末を操作する。


「反応はウニドゲスと一致。だが質量は前回の数万倍だ」


 京極怜音が舌打ちした。


「倒したはずの客が、巨大化してアンコールかよ」


 豊は画面を見据えた。


「街へ向かわせるな。出撃する」


 水木博士が管制席へ走る。


「ついに使う時が来たか」


 博士はマイクを握り、叫んだ。


豪商軍(ゴウショーグン)、出撃!」


 基地の奥深く。


 巨大格納庫のライトが次々と点灯する。


 財宝を守る土蔵型メカ、ドゾウー。


 小判型メカ、コバンダー。


 金貨型メカ、キンカー。


 銀貨型メカ、ギンカー。


 銅貨型メカ、ドウカー。


 五体の富豪メカが、轟音と共に目覚めた。


 豊たちはスロープを駆け下り、それぞれのメカへ乗り込む。


「ドゾウー、発進!」


「コバンダー、行くぜ!」


「キンカー、参りますわ!」


「ギンカー、軌道安定」


「ドウカー、出ます!」


 海辺の崖が割れ、五体のメカが飛び出した。


 巨大ウニドゲスが海岸で吠える。


「ウニニニ! 小さな玩具を並べたところで、この俺には勝てん!」


 豊は操縦桿を握った。


「見せてやる。富を守るためではない。富を使って人々を守る力を!」


 水木博士の声が通信で響く。


『合体シーケンス開始!』


 五人が叫んだ。


豪商合体(ごうしょうがったい)!」


 ドゾウーが胴体へ変形する。


 赤い土蔵の扉が開き、内部に収められた財宝の光が胸部エネルギー炉へ集まる。


 重厚な蔵の壁が装甲となり、金の縁取りが胸を飾った。


 黒い小判型メカ、コバンダーが右腕へ。


 楕円形の小判装甲が肩となり、黒金の腕が力強く伸びる。


 黄色い金貨型メカ、キンカーが左腕へ。


 丸い金貨の紋章が左肩に輝き、黄金の拳が展開する。


 青い銀貨型メカ、ギンカーが右足へ。


 銀色の硬貨装甲が膝とすねを覆い、青い駆動部が唸る。


 桃色の銅貨型メカ、ドウカーが左足へ。


 赤銅色の硬貨紋章が輝き、桃色の脚部が地上を踏む準備を整える。


 五体のメカが空中で連結する。


 金属音が響き、巨大な兜が降りた。


 額には「富」の紋章。


 胸には五色の財宝エンブレム。


「完成!」


 五人の声が重なる。


豪商軍(ゴウショーグン)!」


 巨大ロボが砂浜に降り立った。


 大地が揺れ、海が割れる。


 ウニドゲスは棘を震わせた。


「ウニィ! そんな金ぴか人形で、この俺を倒せるか!」


 豪商軍は背中から巨大な剣を抜いた。


 ハードカレンシーソード。


 銀色の刃に、金貨の紋章が輝く。


 ウニドゲスが棘ミサイルを放つ。


 豪商軍は剣で弾き返した。


 爆発。


 水しぶき。


 砂煙。


 巨大ロボと巨大怪人の戦いが、浜辺を揺らした。


「棘の密度が高い。正面攻撃は効率が悪い」


 守が分析する。


「だったらリズムを変えるぜ」


 怜音が笑う。


「右へ誘導しますわ」


 瑠璃が操縦桿を引く。


「足元、波で滑ります。姿勢制御をこちらで補助します」


 真珠が計器を見つめる。


 五人の息が合った。


 豪商軍はウニドゲスの突進をかわし、横から剣を打ち込む。


「ウニィ!」


 だが、ウニドゲスの体から黒い霧が噴き出した。


 海の悪魔の力である。


 その気配を、基地の檻の中で蟹女が感じ取った。


「カニィ!」


 彼女は格子にしがみつく。


 あれは普通の怪人ではない。


 死体を無理やり動かしている。


 海の悪魔の力を断たなければ、危険だ。


「カニ! カニィ!」


 蟹女は必死に叫んだ。


 だが、その声は戦場に届かない。


     *


 豪商軍は、ウニドゲスの体当たりを受けて後退した。


 コクピットが激しく揺れる。


「くっ!」


 豊が歯を食いしばる。


 水木博士の声が通信で飛ぶ。


『五人のエネルギーを剣に集中しろ! 豪商軍最大の必殺剣を使うんだ!』


 守が叫ぶ。


「出力限界まで上げる。失敗すれば機体がもたない」


 怜音が笑った。


「一発勝負か。燃えるじゃねえか」


 真珠が静かに言った。


「坊ちゃま、参りましょう」


 豊はうなずいた。


「みんな、心を一つにしろ!」


 五人の操縦席が黄金の光に包まれる。


 豪商軍の剣が輝く。


 土蔵。


 小判。


 金貨。


 銀貨。


 銅貨。


 五つの富の紋章が胸で回転した。


 ウニドゲスが突進してくる。


「ウニィィィ! 串刺しだぁ!」


 豊が叫ぶ。


「今だ!」


 五人の声が重なった。


「必殺!」


 豪商軍が剣を大きく振り上げる。


「ハードカレンシー!」


 黄金と銀の光をまとった剣が、巨大ウニドゲスを一刀両断した。


「ウニィィィィ!」


 黒い霧が裂ける。


 クラーケンの声が、遠い海の底から響いた。


「おのれ、ダイフゴー……!」


 ウニドゲスは最後の叫びを上げた。


「クラーケン様ぁぁぁ!」


 次の瞬間、巨大な爆発が砂浜を照らした。


 豪商軍は爆炎を背に立つ。


 人々の歓声が海岸に広がった。


「すごいぞ、ダイフゴー!」


「ありがとう!」


「巨大ロボだ!」


 豊はコクピットで静かに息を吐いた。


「豪商軍、初陣成功だ」


 真珠が胸に手を当てた。


「守れましたね、坊ちゃま」


「ああ。だが、これで終わりではない」


 海の向こうには、まだ黒い気配が残っていた。


     *


 海底のカイサーン城。


 クラーケンは玉座で怒りに震えていた。


「ウニドゲスを二度も倒すとは……」


 その隣で、烏賊王子が静かに目を細めた。


「富轟戦隊ダイフゴー。侮れませんね、父上」


 赤い甲羅の女怪人は、烏賊王子の横で微笑んだ。


「地上に逃げたあの蟹も、ダイフゴーの近くにいるようですわ」


 クラーケンは低く笑った。


「構わぬ。地上人どもは、アレを言葉の通じぬ怪物として檻に入れている」


「哀れですわね」


「民には引き続き伝えよ。蟹大王は地上人類の毒で死んだ。蟹大王の娘は烏賊王子と共にあり、クラーケンこそ正当な王であるとな」


 烏賊王子は無言で頷いた。

 その表情には、父への忠誠とも、何か別の感情ともつかぬ影があった。


     *


 ダイフゴー基地。


 戦いを終えた五人は、再び檻の前に集まっていた。


 蟹女は檻の中でうずくまっている。


 水木博士はモニターを見つめた。


「ウニドゲスは完全に破壊された後、黒いエネルギーで再生・巨大化した。科学だけでは説明できん」


 守が言った。


「海の悪魔、という表現が最も近いかもしれない」


 怜音が腕を組む。


「敵は海底人だけじゃなく、悪魔の力まで使うってことか」


 瑠璃は檻を指さした。


「その答えを知っているのは、この怪物だけですわ」


「カニ……」


「でも言葉は通じない。子供を襲った疑いもある。わたくしは、危険な存在だと思います」


 真珠が一歩前に出た。


「瑠璃様。わたくしには、この方が悪い方には見えません」


「真珠さんは甘いですわ」


 瑠璃の声は鋭かった。


「怪物は怪物です」


 豊は静かに言った。


「俺も、まだ判断はできない」


「豊様」


「だが前回も今回も、蟹女が動いた後にカイサーンの怪人が現れた。敵ならば、俺たちに知らせるような行動を取る必要はない」


 守がうなずく。


「怪人出現や海の悪魔の気配を、事前に察知している可能性がある」


 水木博士も言った。


「彼女は、カイサーンを知る重要な存在だ。殺すなど論外だ」


 瑠璃は納得しきれない顔で黙った。


 真珠はそっと調理室へ向かい、白い皿を持って戻ってきた。


 皿には上等なマグロの切り身が並んでいる。


「蟹女様。お食事でございます」


 真珠は檻の小窓から皿を差し入れた。


 蟹女は恐る恐る近づく。


「カニ?」


「どうぞ」


 蟹女はマグロを一切れつまみ、口に運んだ。


 目が少しだけ丸くなる。


「カニ……カニィ」


 嬉しそうな声だった。


 少しだけ、信じてもらえたのかもしれない。


 蟹女はそう思った。


 まだ檻の中だ。


 まだ言葉は通じない。


 まだ怪物として扱われている。


 けれど、真珠は自分を見てくれている。


 豊も、少しだけ疑ってくれている。


 それだけで、蟹女はマグロの切り身を美味しそうに食べた。


 瑠璃はその様子を見つめていた。


 檻の中の蟹女。


 その蟹女に優しくする真珠。


 そして、真珠を見つめる豊。


 瑠璃は小さく唇を結んだ。


     *


 夕方。

 小野寺翔太は、自宅の部屋で自分の手を見つめていた。

 昼間、蟹女を棒で殴った手だった。

 あの時は怖かった。

 赤い怪物が目の前にいた。

 だから殴った。

 でも、何度思い出してもおかしい。

 最初に自分を襲ったのは、あの魚の怪物だった。

 吐き気がするほど臭い、銀色の怪物。

 赤い蟹の怪物は、自分と魚の怪物の間に飛び込んだ。

 しかも、自分が殴っても反撃しなかった。


「……あいつ、助けてくれたのか?」


 翔太は机の上のパソコンを立ち上げた。

 ブラウン管モニターが低い音を立てて明るくなる。

 通信ソフトを起動した。


 ニュース掲示板。


 未確認生物。


 海岸の怪事件。


 ダイフゴー。


 検索できるものは、何でも調べるつもりだった。


「赤い蟹の怪物……海から来た……言葉はカニ……」


 翔太はキーボードを叩いた。

 画面に文字が並ぶ。

 その目には、もうただの恐怖はなかった。


 疑問と後悔。


 そして、知りたいという強い意志。

「もし助けてくれたなら……謝らないと」


 夕暮れの光が、部屋の窓から差し込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ