クリスマスには鱒を食え
金城邸の大広間は、朝から大騒ぎだった。
巨大なクリスマスツリー。
山のような包装紙。
赤や緑のリボン。
子供向けのおもちゃ。
絵本、文房具、ぬいぐるみ。
そして、金城財閥の名前が入った大量のプレゼント箱。
金城豊は腕まくりをして、真剣な顔でリボンを結んでいた。
「富める者には、富める者の義務がある」
財前守は隣でリストを確認している。
「今年の配布対象は、児童養護施設、病院、小学校、地域福祉団体。合計で三千二百四十七名分だ」
京極怜音はプレゼント箱にサインを入れようとして、花園真珠に止められていた。
「京極様。子供たちへの贈り物に、勝手にご自身のサインを入れないでください」
「将来価値が出るかもしれないだろ」
「転売前提で考えないでください」
ソフィア・アレクセーエヴナは、ロシア式にやけに丈夫な結び方でリボンを縛っていた。
「これなら船の上でもほどけない」
「プレゼント箱に船用の結び方は不要です」
「頑丈な方がいいだろ」
「子供が開けられません」
そんな中、リュビィは床に座り込み、折り紙でクリスマス飾りを作っていた。
赤い星。
輪飾り。
横歩きしている蟹。
そして、なぜか大量の白い六角形。
真珠が覗き込む。
「リュビィ様、これは何ですか?」
「雪!」
「なるほど」
「これは蟹」
「なぜクリスマス飾りに蟹を?」
「かわいいから」
リュビィは真剣だった。
折り紙に夢中になっている姿は、見た目こそ美少女なのに、ほとんど幼稚園児か小学生のようだった。
怜音が小声で言う。
「精神年齢、やっぱり子供だな」
守が淡々と答える。
「実年齢は五百脱皮以上の可能性がある」
「年齢を脱皮で数えるな」
リュビィは得意げに、少し歪んだ紙の星を掲げた。
「できた!」
豊が微笑む。
「上手いぞ」
「ほんと?」
「ああ」
リュビィは嬉しそうに笑った。
その瞬間だった。
リュビィの表情が、ふっと真顔になった。
そして、謎の言葉を吐いた。
「脱皮が始まる」
大広間の空気が止まった。
豊が目を瞬かせる。
「今、何て?」
「脱皮」
リュビィは立ち上がった。
そして、何のためらいもなく白いワンピースを脱いだ。
真珠が悲鳴を上げた。
「男性は後ろを向いてください!」
怒鳴られた三人は背を向けた。
ソフィアが三人を睨む。
「振り向いたら海に沈める」
「振り向かない!」
真珠は慌てて大きな布と衝立を持ってきた。
「リュビィ様、せめてこちらで!」
「脱皮、急ぐ」
「急がなくて結構です!」
衝立の向こうで、かさり、ぱりり、という何とも言えない音がした。
男三人は無言で壁を見つめている。
怜音が小声で呟く。
「クリスマス準備中に脱皮するヒロインって、前例あるのか?」
守が即答する。
「少なくとも、私のデータベースにはない」
豊は頭を抱えた。
「また神秘の力か」
しばらくして、リュビィが衝立の向こうから顔を出した。
「終わった」
真珠が疲れた顔で言う。
「もう振り向いて大丈夫です」
三人が恐る恐る振り向く。
リュビィはいつもの白いワンピースを着直していた。
だが、少し違う。
体の白い部分が増えていた。
腕や脚の一部が、まるで白いタイツを着ているように見える。
真珠は困惑した。
「これは……」
ソフィアが腕を組む。
「冬服か?」
守が眼鏡を押し上げる。
「正確には、衣服ではなく体表の白色化部分が拡大したものだろう」
怜音が首をかしげる。
「知らない人が見たら、白いタイツを穿いてるようにしか見えないな」
豊はリュビィを見る。
「暖かいのか?」
「ぜんぜん」
「冬服じゃないのか」
「神秘の脱皮」
真珠は疲れたように微笑んだ。
「また神秘ですか」
その日の午後、リュビィは相変わらず真冬なのに水風呂につかっていた。
白いタイツのように見える体表になっても、少しも暖かそうではない。
むしろ、水風呂の中で満足そうに鼻歌を歌っている。
守は浴場の外で記録を取った。
「人間化直後は、幼体の蟹のように脱皮周期が早いのかもしれない。成長段階、神秘的再構成、あるいは外皮安定化の一環か」
怜音は言った。
「考えるだけ無駄じゃないか?」
豊は頷いた。
「いつも通りにしよう」
真珠も静かに言った。
「はい。いつも通りにいたしましょう」
ダイフゴーのメンバーは、深く考えるのをやめた。
*
その頃、街はクリスマス一色だった。
商店街にはイルミネーション。
洋菓子店にはケーキ。
スーパーにはチキン。
レストランにはクリスマスディナーの看板。
駅前には大きなクリスマスツリー。
その平和な街に、黒い泡と瑠璃色の闇が湧き上がった。
海底カイサーン城では、クラーケンとラピスラズリがまた新たな怪人を生み出していた。
「人間どもは、冬になると浮かれ、鳥を食い、菓子を飾る」
クラーケンが低く言う。
「ならば、その祝祭を海の食卓へ変えてやる」
ラピスラズリは冷たい笑みを浮かべた。
「せっかくのクリスマスですもの。少し趣向を変えましょう」
黒い泡と瑠璃色の光が合わさる。
そこから現れたのは、赤と緑の飾りをまとった魚の怪人だった。
全身は鱒。
頭にはサンタ帽。
背中には海藻のリース。
手にはフライパンと香草の束。
怪人鱒男。
「メリークリス鱒マス!」
烏賊王子が顔をしかめた。
「今、何と言った?」
「メリークリス鱒マス!」
ラピスラズリは微笑む。
「よろしいのではなくて?」
クラーケンも重々しく頷く。
「地上人どものクリスマスを鱒で支配せよ」
「任せるマス! クリスマスには鱒マスを食え!」
*
駅前商店街。
突然、噴水から鱒男が飛び出した。
「メリークリス鱒マス!」
買い物客が悲鳴を上げる。
「怪人だ!」
「逃げろ!」
鱒男はフライパンを掲げた。
「クリスマスには鱒マスを食え!」
怪光線が放たれる。
洋食店のローストチキンが、マスのムニエルに変わった。
ケーキ店のショートケーキが、マスの香草焼き風デコレーションに変わった。
スーパーの七面鳥が、マスのホイル焼きになった。
クリスマスツリーのてっぺんの星は、なぜかヒトデになった。
人々は困惑した。
「えっ、でも……美味しそう」
「香草焼き、いい匂いする」
「ヒトデは困るけど、ムニエルは別に悪くないような……」
鱒男は得意げに笑う。
「困惑するがいいマス! クリスマスはカイサーンの手に落ちたマス!」
街中の料理が、次々と鱒料理に変えられていく。
チキンがマス。
ローストビーフがマス。
ピザがマス。
サンドイッチもマス。
そして、なぜかクリスマス靴下の中には小さなマスのぬいぐるみが詰まっていた。
害があるのかないのか、微妙に判断しづらい。
*
金城邸の地下基地。
守が映像を見ていた。
「街中のクリスマス料理が、鱒料理へ変換されている」
豊は眉をひそめる。
「被害は?」
「食品変質、イベント妨害、軽度の混乱。だが食中毒反応や毒性反応は確認されていない。むしろ栄養価は高い」
怜音が笑う。
「悪いのか、それ」
真珠が困った顔をする。
「クリスマスケーキがマスの香草焼きになるのは、かなり困ります」
ソフィアは少し真剣に言った。
「マスはうまいぞ」
「ソフィアまで」
「ロシアでも魚は大事だ」
リュビィは映像を見て目を輝かせた。
「マス、食べられる?」
豊は額を押さえた。
「食べる前に止めるぞ」
「なんで?」
「クリスマスを勝手に変えられてるからだ」
リュビィは少し考えた。
「じゃあ、倒してから食べる」
「食べない」
守が言う。
「怪人の目的は、クリスマス文化の海産物化。放置すれば、街中の祝祭機能が麻痺する」
怜音はギターアックスを担ぐ。
「つまり、クリスマスソングが全部魚屋の歌になる前に止めるってことだな」
豊がブレスを掲げる。
「行くぞ!」
*
駅前広場。
鱒男は巨大クリスマスツリーの前で踊っていた。
「メリークリス鱒マス! ジングルベルより、塩焼きマス!」
そこへ五人が駆けつける。
「富轟チェンジ!」
「ダイフゴー!」
五色の光が弾ける。
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「荒波育ちの黄金魂! 新フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
「富轟戦隊!」
「ダイフゴー!」
リュビィも変身する。
「皇女の十字架!」
「母なる海と父なる大地の命を持つ者!」
「愛の戦士リュビィ、参上!」
鱒男は振り向いた。
「来たマスね、ダイフゴー!」
レッドが銃を構える。
「街のクリスマスを返してもらうぞ!」
「嫌マス! クリスマスには鱒マスを食え!」
鱒男がフライパンを振る。
「マス・ムニエル光線!」
光線を受けたブラックのギターアックスが、一瞬ムニエルの皿に変わりかけた。
「うわっ、俺の武器が香草の匂いに!」
ブルーが叫ぶ。
「食品変換光線だ。装備に当てるな!」
イエロー、ソフィアは身軽にかわす。
「魚料理に変えるだけなら、怪人じゃなくて料理人になれ!」
「失礼マス! 料理人魂もあるマス!」
ピンクがサーベルで斬りかかる。
鱒男はフライパンで受け止めた。
「ムニエル返し!」
ピンクが跳ね飛ばされる。
レッドが支える。
「真珠!」
「大丈夫です!」
リュビィがリュビィ・タクトを掲げる。
「ラブリー・スラッシュ!」
白い光の剣が鱒男のフライパンを弾く。
「マスッ!」
リュビィは真剣に言った。
「クリスマスはみんなが楽しい日。勝手にマスだけにしたら駄目」
鱒男は言い返す。
「マスも楽しいマス!」
「でもケーキもいる」
「マスケーキでいいマス!」
「それは嫌」
リュビィの表情が本気になった。
「ケーキはケーキがいい!」
ブラックが頷く。
「そこは同意だ」
ブルーが解析する。
「鱒男の変換光線はフライパンが発生源だ。あれを破壊すれば効果は止まる」
レッドが叫ぶ。
「狙うぞ!」
イエローの矢が飛ぶ。
「イエロー・ハードショット!」
フライパンに命中。
続けてブラックのギターアックスが叩きつけられる。
「ブラック・ロックアックス!」
フライパンがひび割れた。
ピンクがサーベルで斬る。
「ピンク・メロディサーベル!」
フライパンが砕け散る。
「マスゥ! 調理器具が!」
レッドが叫ぶ。
「富轟バスター!」
五人の武器が合体する。
リュビィもタクトを掲げる。
「ラブリー・レイ!」
「ダイフゴー・ゴールドバースト!」
黄金の光と白い光が鱒男を直撃する。
「メリークリス鱒マァァァス!」
鱒男は爆発した。
街の料理が元に戻っていく。
ムニエルはチキンへ。
香草焼きはケーキへ。
ヒトデは星へ。
人々が歓声を上げた。
「クリスマスが戻った!」
「でも、マスのムニエルも美味しそうだったな」
「今夜、追加で作るか」
鱒男の作戦は、微妙に食文化だけ残して終わった。
*
しかし、黒い泡が広がる。
カイサーン城からクラーケンの声が響いた。
「海の悪魔よ、鱒男を巨大なる祝祭魚へ変えよ」
ラピスラズリの瑠璃色の力も重なる。
「大地の悪魔よ、クリスマスを奪われた怒りを鱗に変えなさい」
鱒男が巨大化した。
「巨大クリス鱒マス!」
巨大鱒男は、駅前の巨大ツリーを抱え上げた。
「このツリーもヒトデにするマス!」
レッドが叫ぶ。
「豪商軍!」
リュビィが続く。
「ソウルアーク!」
さらに空から、青白い炎を引いてアトミック・ドラゴンが現れた。
フゴードラゴンの声が通信に入る。
『援護する』
ブラックが笑う。
「来たな、謎の七人目!」
リュビィが手を振る。
「ドラゴン!」
聖商龍に合体するほどの強敵ではない。
今回は豪商軍とソウルアーク、アトミック・ドラゴンの連携で挑む。
巨大鱒男は鱗を飛ばす。
「マススケイル・シャワー!」
鱗がクリスマス飾りのように輝きながら降り注ぐ。
当たったビルの看板が魚料理店の看板に変わる。
ブルーが叫ぶ。
「巨大化後も変換能力が残っている!」
アトミック・ドラゴンが空から火炎を吐き、鱗を焼き払う。
『アトミック・フレア』
ソウルアークが白い光の盾を展開する。
豪商軍が剣を構える。
レッドが叫ぶ。
「今だ!」
豪商軍のハードカレンシーソード。
ソウルアークの魂の光。
アトミック・ドラゴンの青白い炎。
三つの攻撃が重なる。
「ハードカレンシー!」
「ティーターノマキアー!」
『アトミック・ドラゴンブレス』
巨大鱒男は光に包まれる。
「クリスマスには、鱒も少しは食べてほしいマスゥゥゥ!」
大爆発。
空に魚型の煙が浮かび、すぐに雪のように消えた。
*
戦いの後。
金城邸の大広間では、予定通り子供たちへのプレゼント配布会が始まった。
ツリーは無事。
飾りも無事。
リュビィの折った蟹の飾りも、なぜか一番目立つ場所に吊るされていた。
子供たちは大喜びでプレゼントを受け取っている。
豊はサンタ帽をかぶり、少し照れくさそうに箱を渡していた。
「メリークリスマス」
真珠は隣で優しく微笑む。
「大切に使ってくださいね」
ソフィアは大きな袋を軽々と担いでいる。
「次、こっちだ」
怜音は子供たちに囲まれ、なぜか即席ミニライブを始めていた。
「ジングルベル、ロック版でいくぜ!」
守は配布数と残数を正確に管理している。
「残り二百三十七個。予定通りだ」
リュビィは、子供たち一人一人にプレゼントを渡していた。
「メリークリスマス!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「リュビィお姉さんだよ」
その列の中に、小野寺翔太がいた。
彼は、あくまで普通の子供として並んでいた。
誰も知らない。
この少年こそが、フゴードラゴンであることを。
翔太の番が来る。
リュビィはにこにこと箱を差し出した。
「翔太、メリークリスマス!」
翔太は少し照れながら受け取る。
「ありがとうございます、リュビィさん」
「中身、何かな?」
「開けるまで秘密です」
「リュビィも見たい」
「あとで見せます」
リュビィは嬉しそうに笑った。
「約束」
翔太は小さくうなずいた。
「約束です」
その様子を、豊たちは微笑ましく見ていた。
ブラックが小声で言う。
「やっぱり子供同士みたいだな」
ブルーが淡々と答える。
「片方は五百十八脱皮だが」
「その数え方やめろ」
豊は苦笑した。
「いいじゃないか。今日はクリスマスだ」
真珠も頷く。
「子供たちが笑っているなら、それが一番です」
リュビィは折り紙の星を翔太に見せていた。
「これ、リュビィ作った」
「すごいですね」
「これは蟹」
「クリスマスに蟹?」
「かわいい」
翔太は笑った。
「はい。かわいいです」
その笑顔は、どこから見ても普通の少年だった。
*
夜。
小野寺翔太の秘密基地。
翔太はプレゼント箱を机の上に置いた。
中に入っていたのは、工具セットと子供向け科学実験キットだった。
金城財閥の贈り物らしく、かなり本格的なものだ。
翔太は少し笑う。
「子供扱いされたな」
けれど、嫌ではなかった。
画面には今日の戦闘記録が表示されている。
鱒男。
変換光線。
巨大化。
アトミック・ドラゴンの援護。
そして、リュビィの脱皮記録。
翔太はその項目で手を止めた。
『人間化後の第二次外皮変化を確認』
『白色体表部位拡大』
『衣服状外皮との境界不明』
『神秘エネルギー安定化の可能性』
彼は深く考え込む。
「神秘の力は、環境に合わせて変化する。脱皮は再構成。なら、装甲にも応用できるかもしれない」
フゴードラゴンの設計図が画面に開く。
外装。
コア。
神秘科学融合機関。
翔太はプレゼントされた工具セットを開いた。
「ありがとう、リュビィさん」
彼は小さく呟いた。
そして作業を始める。
子供たちの笑顔を守るため。
リュビィの笑顔を守るため。
戦え、ダイフゴー。
戦え、フゴードラゴン。
クリスマスの夜、少年の秘密基地には、静かな機械音と小さな決意だけが響いていた。




