7人目の戦士フゴードラゴン
小野寺翔太は、普通の小学生ではない。
少なくとも、本人はそう思っていなかった。
学校では、成績優秀。
算数も理科も、教科書だけでは物足りない。
家に帰れば、部屋には電子部品、工具、パソコン、分厚い工学書、怪人出現地点をまとめた地図が並んでいる。
以前、彼は蟹女に助けられた。
赤い甲羅を持つ、奇妙で優しい怪人。
そして、その後に出会った金髪の不思議なお姉さん、リュビィ。
翔太はまだ、蟹女とリュビィが同一人物だとは知らない。
だが、分かっていることが一つある。
カイサーンは本当にいる。
ダイフゴーは本当に戦っている。
ならば、自分もただ見ているだけではいられない。
翔太は机の上に置いた設計図を見つめた。
そこには、人間用とは思えない巨大な装甲服が描かれていた。
龍を思わせる頭部。
金属の鱗のような装甲。
胸に原子炉めいた発光コア。
肩に大型アーマー。
背中に推進翼。
身長二メートルを超える、巨大な戦士。
戦隊というより、メタルヒーロー。
いや、ほとんどロボットに見えるパワードスーツ。
その名は――
フゴードラゴン。
「もう少しで完成だ」
翔太は小さな手でキーボードを叩く。
画面に表示される文字。
『DRAGON SYSTEM 起動準備完了』
隣には、音声変換装置の調整画面がある。
少年の声を、大人の低い声へ変えるボイスチェンジャー。
翔太はマイクに向かって言った。
「テスト。フゴードラゴン、起動」
スピーカーから、低く重い声が響いた。
『フゴードラゴン、起動』
翔太は満足そうにうなずく。
「これなら、正体は分からない」
彼は窓の外を見た。
遠くに、金城財閥のビル群が見える。
ダイフゴー。
リュビィ。
まだ自分は子どもだ。
でも、子どもだから何もできないなんて、誰が決めた。
「今度は、僕が助ける番だ」
*
その頃。
金城邸の庭では、リュビィが真珠に洗濯物のたたみ方を教わっていた。
「リュビィ様、袖をそろえて、端を合わせます」
「こう?」
リュビィはシャツを丸めた。
「違います」
「丸い方がかわいい」
「収納できません」
ソフィアが横で魚の網を繕いながら笑う。
「リュビィには漁網の方が向いてるんじゃないか」
「網ならできる! 蟹だった頃、引っかかったことある!」
「それはできるとは言わない」
金城豊は庭のテーブルで書類を見ていた。
財前守は端末でカイサーンの反応を監視している。
京極怜音はギターを軽く鳴らしていた。
「平和だな」
豊が言うと、守が即座に答えた。
「その発言は危険だ。過去の怪人出現記録では、平和だと言った直後に敵襲が起こる確率が高い」
怜音が笑う。
「お約束ってやつだな」
その瞬間、警報が鳴った。
『緊急警報。湾岸公園付近にカイサーン反応』
豊は守を見る。
「ほらな」
「統計通りだ」
モニターに映ったのは、巨大な吸盤を持つ怪人だった。
全身は赤褐色。
八本の太い腕。
ぬめる皮膚。
そして、鋭い目。
怪人ミズダコ男。
リュビィの顔色が変わった。
「タコ……」
ソフィアが眉をひそめる。
「どうした」
リュビィは小さく震えた。
「蟹の天敵……」
画面の中で、ミズダコ男が笑った。
「タコタコタコ! 蟹など、この吸盤で押さえ込んで食ってやるタコ!」
豊は立ち上がった。
「出るぞ!」
*
湾岸公園。
ミズダコ男は、公園の噴水を破壊し、戦闘員ミジン子を引き連れて暴れていた。
「タコタコ! 地上の公園を海の狩場にしてやるタコ!」
逃げ惑う人々。
倒れるベンチ。
水浸しの広場。
そこへ、五人の戦士が駆けつける。
「富轟チェンジ!」
「ダイフゴー!」
五色の光が弾ける。
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「荒波育ちの黄金魂! 新フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
「富轟戦隊!」
「ダイフゴー!」
続いて、リュビィも皇女の十字架を掲げる。
「皇女の十字架!」
青と緑の光が彼女を包む。
「母なる海と父なる大地の命を持つ者!」
「愛の戦士リュビィ、参上!」
ミズダコ男はリュビィを見るなり、舌なめずりするように笑った。
「タコタコタコ! 蟹の匂いがするタコ。お前、元蟹だな!」
リュビィは一歩下がる。
「ち、違うもん。今は日本一の美少女だもん」
「蟹は蟹だタコ!」
八本の腕が一斉に伸びる。
レッドが二丁拳銃を撃つ。
「レッド・ミリオンショット!」
ブルーが大砲銃を放つ。
「ブルー・マーケットキャノン!」
だが、ミズダコ男の腕は柔らかく、弾丸を受け流す。
ブラックのギターアックスも絡め取られ、イエローの矢も吸盤で止められた。
「タコタコ! 吸盤装甲に死角なしタコ!」
ピンクがサーベルでリュビィを守る。
「リュビィ様、下がってください!」
だが、ミズダコ男は地面を這うように腕を伸ばした。
吸盤がリュビィの足を捕らえる。
「カニィ!」
リュビィが転倒する。
ミズダコ男の太い腕が彼女を巻き取った。
「捕まえたタコ。蟹の天敵、水蛸の力を思い知れタコ!」
リュビィはリュビィ・タクトを出そうとするが、腕ごと押さえ込まれて動けない。
「離して!」
レッドが叫ぶ。
「リュビィ!」
五人が駆け寄ろうとする。
だが、ミズダコ男の残りの腕が一斉に襲いかかり、全員を弾き飛ばした。
リュビィが苦しそうに叫ぶ。
「カニィィ……!」
その時だった。
空気が震えた。
低い機械音。
重い足音。
金属が地面を踏む音。
全員が振り向く。
公園の入口に、巨大な戦士が立っていた。
身長二メートル。
戦隊スーツではない。
龍を思わせる頭部装甲。
赤と黒と金のメタリックアーマー。
胸には青白く光る丸いコア。
腕は分厚く、脚は重装甲。
背中には折り畳まれた翼のような推進ユニット。
ロボットにも見える。
メタルヒーローにも見える。
その戦士は、低い大人の声で告げた。
『リュビィを離せ』
レッドが驚く。
「誰だ、お前は!」
謎の戦士はゆっくり歩き出す。
『七番目の富轟。フゴードラゴン』
ブラックが叫ぶ。
「七番目!? 聞いてないぞ!」
ブルーが端末を見る。
「登録データなし。富轟システムにも該当反応なし」
イエロー、ソフィアが目を細める。
「中に人がいるのか? それともロボットか?」
フゴードラゴンは答えない。
ミズダコ男が笑う。
「タコタコ! デカいだけの鉄くずタコ!」
腕がフゴードラゴンへ伸びる。
だが、フゴードラゴンは右腕を振るった。
金属の拳が、ミズダコ男の腕を叩き落とす。
重い衝撃音。
吸盤が弾け、怪人がよろめいた。
「タコッ!?」
フゴードラゴンはさらに踏み込み、左腕から龍の爪のような刃を展開する。
『ドラゴン・クロウ』
一閃。
リュビィを捕らえていた腕が切り離され、リュビィが落ちる。
フゴードラゴンは素早く彼女を受け止めた。
リュビィは見上げる。
「あなた、誰?」
『通りすがりの味方だ』
「通りすがり?」
レッドが駆け寄る。
「リュビィを返せ」
フゴードラゴンはリュビィをそっと下ろした。
『敵ではない』
その声は低く、機械的だった。
だが、リュビィは不思議そうに首をかしげた。
「なんか、子どもみたいな感じがする」
フゴードラゴンの内部。
操縦席で翔太がぎくりとした。
小さな身体が、巨大な操縦フレームに固定されている。
足元には補助ペダル。
腕には操作グローブ。
視界には外部映像。
彼は慌ててボイスチェンジャーを強める。
『気のせいだ』
リュビィはさらに首をかしげた。
「そうかな」
*
ミズダコ男は怒り狂った。
「よくも獲物を奪ったタコ!」
八本の腕が暴れる。
フゴードラゴンは胸のコアを輝かせた。
『ドラゴン・ブラスター』
右腕の装甲が開き、エネルギー砲が現れる。
青白い光弾がミズダコ男を吹き飛ばした。
レッドが叫ぶ。
「今だ!」
五人が武器を構える。
リュビィもリュビィ・タクトを掲げる。
「愛の光よ、伸びて!」
白い光の剣が伸びる。
フゴードラゴンは一歩下がり、戦況を見ている。
ブルーが言う。
「動きに無駄がない。かなり高度な制御系だ」
ブラックが言う。
「あいつ、何者なんだよ」
イエローが答える。
「少なくとも、敵じゃない」
ピンクがうなずく。
「リュビィ様を助けてくださいました」
ミズダコ男が再び立ち上がる。
「タコタコ! まだ終わらないタコ!」
レッドが叫ぶ。
「富轟バスター!」
五人の武器が合体する。
リュビィのリュビィ・タクトが白く輝く。
フゴードラゴンも胸のコアを光らせる。
『ドラゴン・コア、出力上昇』
レッドが引き金を引く。
「ダイフゴー・ゴールドバースト!」
リュビィが叫ぶ。
「ラブリー・レイ!」
フゴードラゴンが腕を突き出す。
『ドラゴン・ブラスター』
三つの光がミズダコ男を直撃した。
「タコォォォ! 蟹を食いそこねたタコォォ!」
ミズダコ男は爆発した。
*
だが、黒い海水が渦を巻く。
カイサーン城からクラーケンの声が響いた。
「海の悪魔よ、ミズダコ男の魂を巨大なる狩人へ変えよ」
さらにラピスラズリの瑠璃色の光が重なる。
「大地の悪魔よ、我が怨念を吸盤の鎖へ変えなさい」
爆煙が膨れ上がる。
巨大ミズダコ男が出現した。
八本の腕がビルを絡め取り、湾岸の橋を揺らす。
「巨大タコ! 今度こそ蟹も富豪もまとめて潰すタコ!」
レッドが叫ぶ。
「豪商軍だ!」
リュビィが続く。
「ソウルアーク!」
五体の富豪メカが出撃し、豪商軍へ合体する。
海からソウルアークも浮上する。
さらに二つのロボが光に包まれた。
「聖魂合体!」
「完成!」
「聖商軍!」
だが、巨大ミズダコ男は強かった。
八本の腕が聖商軍に絡みつく。
粘る吸盤が装甲を固定し、聖商軍の動きが止まる。
ブルーが叫ぶ。
「関節部、拘束!」
ブラックが舌打ちする。
「こいつ、力が強すぎる!」
巨大ミズダコ男の腕がソウルアーク由来の翼を締めつける。
リュビィが苦しそうに叫ぶ。
「聖商軍が動けない!」
レッドが操縦桿を押し込む。
「出力を上げろ!」
だが、ミズダコ男の吸盤はさらに強く張りついた。
「タコタコ! 逃がさないタコ!」
その時、空が光った。
雲を割って、巨大な影が降りてくる。
龍。
いや、龍の形をした巨大メカだった。
銀と赤の装甲。
長い機体。
翼のような安定板。
背中には原子の火を思わせる青白い炉心。
巨大な機械龍が、空から舞い降りる。
フゴードラゴンが空を見上げた。
『来たか』
レッドが叫ぶ。
「何だ、あれは!」
ブルーが端末を見て声を上げる。
「未確認巨大メカ! 出力反応、異常に高い!」
謎の戦士は低く告げた。
『アトミック・ドラゴン』
巨大な龍型メカ、アトミック・ドラゴンが空中で咆哮するようにエネルギー音を響かせる。
フゴードラゴンの背中の推進ユニットが展開した。
『ドラゴン・リンク』
彼の身体が光に包まれ、アトミック・ドラゴンの操縦中枢へ転送される。
内部で翔太は操縦桿を握った。
大人の声で通信する。
『アトミック・ドラゴン、戦闘開始』
アトミック・ドラゴンは急降下し、巨大ミズダコ男の腕に噛みついた。
金属の牙が吸盤を引き剥がす。
「タコォッ!?」
聖商軍の拘束が緩む。
レッドが叫ぶ。
「助かった!」
アトミック・ドラゴンは空へ舞い上がり、背部炉心を輝かせる。
『アトミック・フレア』
青白い火炎が、巨大ミズダコ男の腕を焼き払う。
巨大ミズダコ男がのけぞった。
「熱いタコ! 水蛸なのに焼かれるタコ!」
ブラックが叫ぶ。
「タコ焼きかよ!」
リュビィが震える。
「タコ焼き怖い!」
イエローが言う。
「怖がるところが違う!」
フゴードラゴンの声が響く。
『聖商軍。今だ』
レッドはうなずいた。
「よし、決めるぞ!」
聖商軍の剣に白金の光が集まる。
アトミック・ドラゴンは空中で旋回し、龍の口に青白いエネルギーを溜める。
リュビィがリュビィ・タクトを掲げた。
「愛の光よ!」
ピンクが叫ぶ。
「皆様の想いを!」
イエローが続ける。
「荒波ごと切り裂け!」
レッドが叫ぶ。
「セイント・ハードカレンシー!」
フゴードラゴンの低い声が重なる。
『アトミック・ドラゴンブレス』
聖商軍の白金の剣撃と、アトミック・ドラゴンの青白い龍の炎が、巨大ミズダコ男を挟み撃ちにする。
「タコォォォ! 蟹の天敵が、龍に焼かれるタコォォ!」
巨大ミズダコ男は大爆発した。
*
戦いが終わった湾岸公園。
フゴードラゴンは、地上に降り立った。
アトミック・ドラゴンは空中で旋回し、雲の中へ消えていく。
レッドたちは変身を解かず、謎の戦士を囲む。
「お前は何者だ」
フゴードラゴンは静かに答える。
『フゴードラゴン。それ以上でも、それ以下でもない』
ブルーが言う。
「富轟システムとは別系統の装備だ。誰が作った」
『答える義務はない』
ブラックが笑う。
「クールだねえ。正体不明の七番目ってわけか」
ピンクが丁寧に頭を下げる。
「リュビィ様を助けてくださり、ありがとうございました」
リュビィもぺこりと頭を下げる。
「ありがとう、ドラゴン」
フゴードラゴンは一瞬だけ沈黙した。
内部で翔太は、少し照れていた。
だが、外の声は低く落ち着いている。
『礼は不要。カイサーンを倒す目的は同じだ』
イエロー、ソフィアが腕を組む。
「お前、中に誰かいるな」
フゴードラゴンは沈黙する。
ソフィアは一歩近づいた。
「背はでかいが、気配が妙に若い」
翔太は操縦席で冷や汗をかく。
『気のせいだ』
リュビィが言う。
「さっきもそれ言った」
『気のせいだ』
レッドはじっとフゴードラゴンを見る。
「まあいい。敵じゃないなら、今は助かった」
フゴードラゴンは背中の推進翼を展開した。
『必要な時に現れる』
「待て。連絡先くらい――」
『不要』
青白い光が噴き上がる。
フゴードラゴンは空へ飛び上がり、そのままビルの向こうへ消えた。
ブラックが肩をすくめる。
「謎を残して去る。完璧に新キャラだな」
ブルーは端末を見つめる。
「通信追跡不能。技術レベルは侮れない」
ピンクはリュビィを見る。
「お怪我はありませんか?」
「うん。でもタコ怖い」
ソフィアは笑った。
「蟹の頃の本能か」
リュビィは頬を膨らませる。
「今は美少女!」
レッドはフゴードラゴンが消えた空を見上げた。
「七人目の戦士、か」
*
夜。
小野寺翔太の部屋。
巨大パワードスーツは、地下の隠し格納庫に戻っていた。
アトミック・ドラゴンも、分解偽装モードで格納されている。
翔太はヘルメットを外し、椅子に座り込んだ。
額には汗。
身体は疲れている。
だが、目は輝いていた。
画面には、ダイフゴーとリュビィの戦闘映像が映っている。
そして、フゴードラゴンの初陣記録。
「うまくいった……」
彼は小さく笑った。
誰にも正体はばれていない。
ダイフゴーにも。
リュビィにも。
彼らは、フゴードラゴンの中に小学生の自分が入っているとは思ってもいない。
翔太は机の上のノートに書き込んだ。
『フゴードラゴン実戦投入成功』
『アトミック・ドラゴン初戦闘成功』
『課題:ソフィアに気配を読まれかけた。ボイスチェンジャー強化。内部熱対策』
彼は窓の外を見る。
夜空の向こうに、金城邸の明かりがある。
「まだ、僕は名乗れない」
翔太は静かに呟いた。
「でも、必ず助ける」
七人目の戦士フゴードラゴン。
その正体を、まだ誰も知らない。
天才少年、小野寺翔太。
彼の戦いは、始まったばかりだった。




