表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/29

姉さんは漁師の娘

 金城邸の朝は、いつも静かに始まる。


 広い庭園に朝露が降り、使用人たちが音を立てずに廊下を磨き、食堂には焼きたてのパンと紅茶の香りが漂う。


 そのはずだった。


 だが、その朝。


 金城邸の正門に、巨大な魚箱を二つ担いだ女が現れた。


 黒い革ズボン。


 黄色いパーカー。


 乱暴に束ねた髪。


 そして、肩に担いだ木箱からは魚の尾がはみ出している。


 新フゴーイエロー、ソフィア・アレクセーエヴナ。


 本名は、花園朱珠(はなぞのすず)


 けれど本人は、まだその名前を自分のものとして受け止めきれていない。


 記憶の中にあるのは、ソビエト極東の漁村。


 冬の海。


 漁師アレクセイの大きな手。


 そして、十年間呼ばれ続けた名前。


 ソフィア。


 だから今日も、彼女はソフィアだった。


「おーい! 開けろ! 魚が傷む!」


 門番が目を白黒させる。


「ど、どちら様で……」


「昨日からここに住むことになったソフィアだ。真珠の姉だ。腹減った。台所はどこだ」


 門番は慌てて通信を入れた。


     *


 金城邸の食堂。


 金城豊、財前守、京極怜音、花園真珠(はなぞのましろ)、リュビィが朝食の席についていた。


 真珠は落ち着かない様子で紅茶を注いでいる。


 昨夜から、ソフィアは金城邸に滞在することになった。


 日本に来たばかりで行くあてがない。


 何より、真珠の実の姉である。


 金城家としても、彼女を放り出す理由はなかった。


 ただし、問題は一つあった。


 ソフィアは、金城邸の空気にまったく合っていなかった。


 廊下の向こうから、どすどすと足音が近づく。


 真珠が顔を青くする。


「まさか……」


 食堂の扉が勢いよく開いた。


「おはよう!」


 ソフィアが魚箱を担いだまま入ってきた。


 使用人たちが悲鳴を上げる。


「食堂に魚箱を持ち込まないでください!」


 真珠が叫んだ。


 ソフィアは平然としている。


「早起きして築地まで行ってきた。いい魚が入ってたぞ」


 豊が目を丸くする。


「築地まで?」


「市場は朝が勝負だ。金持ちの家なら魚くらい見る目があると思ったが、昨日の冷蔵庫はなってない。あれじゃ漁師の娘が泣く」


 怜音が笑いをこらえる。


「金城邸の食材管理にダメ出しかよ」


 守は端末に記録する。


「行動力は高い。社会適応は要観察」


 リュビィは魚箱を覗き込んだ。


「お魚!」


 ソフィアは得意げに箱を開ける。


「見ろ。いい鯛だ。こっちは鮭。あと蟹も――」


「カニ!?」


 リュビィの顔色が変わった。


 箱の中には、立派な蟹が何杯も入っていた。


 ソフィアは腕まくりをする。


「今から捌いてやる。蟹は新鮮なうちが――」


「カニィィィィ!」


 リュビィが悲鳴を上げて椅子の下に潜り込んだ。


 豊が慌てる。

挿絵(By みてみん)

「リュビィ、大丈夫か!」


「蟹をバラバラにする! 怖い! 仲間が!」


 ソフィアは首をかしげる。


「蟹は食うものだろ」


 リュビィは涙目で叫ぶ。


「私は元蟹!」


 ソフィアは一瞬止まった。


「……説明が必要だと言ってたな」


 真珠は頭を抱えた。


「ソフィア、まずは魚箱を厨房へ運んでください。それから、蟹をリュビィ様の前で捌くのはおやめください」


「じゃあ裏で捌く」


「捌くこと自体を少し考えてください!」


     *


 厨房は、あっという間にソフィアに占拠された。


 金城家の料理人たちは、最初こそ困惑していた。


 だが、ソフィアの包丁さばきは見事だった。


 魚を三枚におろし、鮭を切り分け、野菜を刻み、鍋に火をかける。


 ロシアの漁村で覚えた料理。


 魚のスープ。


 黒パンに合う塩漬け魚。


 簡単なピロシキ。


 そして、なぜか大量のビーツ。


「ボルシチを作る。寒い日はこれだ」


 料理長が困った顔をする。


「本日はフレンチの朝食予定でして……」


「朝からそんな気取ったもの食って力が出るか」


「いえ、こちらは金城家の朝食で……」


「金持ちこそ食え。戦うんだろ」


 厨房の片隅で、真珠が必死に止めようとしていた。


「ソフィア。金城家には献立の予定があります。料理長の段取りもあります」


「予定は魚の鮮度に負ける」


「負けません!」


 ソフィアは鍋をかき混ぜながら笑う。


「真珠、お前は昔からそんなに堅かったのか?」


 真珠は一瞬、言葉に詰まった。


「昔のことは……まだ、ソフィアは覚えていないのでしょう?」


「ああ。断片だけだ。でも、お前が泣き虫だった気はする」


「泣き虫ではありません」


「昨日も泣いてた」


「それは再会したからです!」


 姉妹のやり取りに、料理人たちは微笑んだ。


 真珠は咳払いする。


「とにかく、今日から礼儀作法を学び直していただきます」


 ソフィアは鍋から顔を上げる。


「礼儀?」


「はい。ソフィアは本来、花園家の令嬢です。記憶を失う前の朱珠姉さんは、上品で、大人しくて、所作も美しい方でした」


「それは本当に私か?」


「本当です」


「別人じゃないのか」


「同一人物です」


 ソフィアは腕を組んだ。


「私は今の私だ。ソフィア・アレクセーエヴナ。漁師アレクセイの娘だ」


 真珠の表情が柔らかくなる。


「分かっています。その十年を否定したいわけではありません」


「なら、令嬢に戻そうとするな」


「でも、せめて魚箱を食堂に持ち込まない程度には……」


「それは分かった」


 真珠はほっとする。


 ソフィアは続けた。


「次からは玄関までにする」


「違います!」


     *


 午前。


 金城邸の応接室は、急遽「令嬢教育」の場になった。


 真珠はソフィアの前に紅茶カップを置く。


「まずは紅茶のいただき方です。カップは静かに持ち上げます。音を立てずに」


 ソフィアはカップを掴む。


 がしっと。


 真珠が固まる。


「ソフィア。掴まないでください。持ち手を優雅に」


「こんな小さい持ち手、指が入らない」


「入ります」


「漁網より難しい」


「紅茶の持ち手は漁網ではありません」


 ソフィアは何とか持ち手に指を通し、紅茶を飲む。


 ずずっ。


 真珠が目を閉じた。


「音を立てないでください」


「熱いんだよ」


「それでも音を立てません」


「金持ちは舌を火傷しても音を立てないのか?」


「そういう問題ではありません」


 横で見ていた怜音が腹を抱えて笑っている。


「真珠、姉さん相手だと完全に先生だな」


 守は淡々と言う。


「令嬢教育の難易度が非常に高い」


 リュビィも隣で練習していた。


「リュビィもお嬢様になる」


 真珠は微笑んだ。


「では、リュビィ様も静かに紅茶を――」


 リュビィは砂糖を山ほど入れた。


「甘い!」


「入れすぎです!」


 ソフィアは感心したようにうなずく。


「リュビィ、分かってるな。甘い方がうまい」


「仲間!」


 真珠は頭を抱えた。


「二人同時は無理です……」


     *


 その頃、海底のカイサーン城。


 怪人ラピスラズリは、静かに水晶の鏡を見つめていた。


 そこには金城邸の様子が映っている。


 ソフィアが紅茶の練習で失敗し、真珠が慌て、リュビィが砂糖をこぼしている。


 それだけなら、ただの騒がしい光景だった。


 だが、ラピスラズリの瞳には違って見えていた。


 真珠が笑っている。


 豊がソフィアを受け入れている。


 ダイフゴーが、もう自分のいない場所で動き始めている。


 新しいイエロー。


 自分の席に座る女。


 しかも、その女は真珠の姉。


 花園家の血を引く者。


 ラピスラズリの指先から、青い結晶が伸びた。


「わたくしの居場所を奪っただけでは足りず、イエローの力まで奪いますのね」


 烏賊王子が横から声をかける。


「気になるのか、新しいフゴーイエローが」


 ラピスラズリは静かに答えた。


「気になる? いいえ」


 彼女は鏡を見つめたまま微笑む。


「目障りなだけですわ」


 玉座のクラーケンが低く笑った。


「ならば、叩き潰せばよい。だが、今までの怪人では足りぬ」


 クラーケンの触手から、黒い泡があふれた。


 海の悪魔の力。


 深海の憎しみ。


 だが、その黒い泡はまだ形を持たない。


 カイサーンの怪人たちがざわめく。


 烏賊王子も訝しげに言った。


「父上、怪人を生み出さないのですか」


「今のダイフゴーには、新たなイエローが加わった。さらにソウルアークと豪商軍が合体する聖商軍もある。海の悪魔の力だけでは不足だ」


 クラーケンはラピスラズリを見た。


「ラピスラズリよ。お前の力を貸せ」


 城内が静まり返った。


 クラーケンが、地上人から生まれた新幹部に力を求めた。


 それは、カイサーンにとって異例のことだった。


 烏賊王子が目を細める。


「父上が、この女の力を必要とするのですか」


 クラーケンは冷ややかに答えた。


「この者はただの地上人ではない。大地の悪魔に選ばれ、人間の嫉妬と誇りを結晶に変えた存在だ。海の悪魔の力だけでは届かぬ場所に、この者の闇は届く」


 ラピスラズリはゆっくりと玉座の前へ進み出た。


 彼女の胸の青い宝石が、暗く輝く。


「わたくしの怨念が必要、ということですのね」


「そうだ。海の憎しみと、大地の嫉妬。二つが合わされば、ダイフゴーを砕く新たな怪人が生まれる」


 ラピスラズリは上品に一礼した。


「よろしいですわ。わたくしの居場所を奪った者たちへ、この怒りを贈りましょう」


 クラーケンの触手から黒い泡が放たれる。


 ラピスラズリの両手から、瑠璃色の結晶光と土色の闇が伸びる。


 二つの力が空中で絡み合った。


 海の悪魔の黒い泡。


 大地の悪魔の結晶の闇。


 それらは渦を巻き、棘を作り、岩の甲羅を作り、毒の光を宿していく。


 やがて、海胆と岩石を合わせたような怪人が姿を現した。


 怪人イワウニ男。


「ウニウニ……生まれたウニ……」


 クラーケンは満足そうに笑った。


「見よ。これが海と大地、二つの悪魔の力を宿す新たなカイサーン怪人だ」


 カイサーン怪人たちは、その光景を畏れをもって見つめた。


 ラピスラズリは、もはや単なる裏切り者の地上人ではなかった。


 クラーケンが新型怪人を生み出すために必要とする、新たな要。


 カイサーンの力の中枢へ入り込んだ新幹部だった。


 ラピスラズリは水晶の鏡に映るソフィアを見つめ、冷たく微笑んだ。


「行きなさい、イワウニ男。新しいイエローを、海と大地の棘で貫いておしまい」


「ウニウニ。仰せのままに」


     *


 金城邸の庭。


 令嬢教育は屋外へ移っていた。


 真珠はソフィアに歩き方を教えている。


「背筋を伸ばして、足音を立てずに。肩で風を切って歩かないでください」


 ソフィアは不満そうに歩く。


「戦う時に足音を消してどうする。相手に威圧感を出すんだ」


「ここは戦場ではありません」


「金城邸も結構な戦場だぞ。朝から使用人が走ってる」


「ソフィアが魚箱を持ち込んだからです」


 ソフィアは少し考えた。


「それは悪かった」


 真珠は驚いた。


「素直に謝れるのですね」


「悪いと思ったら謝る。漁村じゃそれができない奴は網に絡められる」


「どんな村ですか……」


 その時、豊が庭へやってきた。


「二人とも、順調か?」


 ソフィアは即答した。


「順調じゃない」


 真珠は同時に答える。


「順調です」


 豊は苦笑した。


「どっちだ」


 ソフィアは豊をじろりと見る。


「金城豊。お前にも話がある」


「俺に?」


「真珠を泣かせるなと言った。覚えてるな」


「ああ」


「私はまだ、お前を信用したわけじゃない。金持ちの若造が、妹を幸せにできるか見てる」


 真珠が慌てる。


「ソフィア!」


 豊はまっすぐ答えた。


「当然だ。見ていてくれ」


 ソフィアは少しだけ目を細める。


「逃げないだけマシか」


 真珠は顔を赤くしてうつむいた。


 そこへリュビィが走ってくる。


「ソフィア! 蟹は食べちゃダメ!」


 ソフィアは真顔で答えた。


「分かった。リュビィの前では食わない」


「前じゃなければ食べるの!?」


「食べ物を粗末にするなと父さんに教わった」


 リュビィはショックで固まった。


「人間社会、残酷……」


 その瞬間、庭の地面が揺れた。


 黒い泡と青い結晶の光が同時に噴き上がる。


 怪人イワウニ男が現れた。


「ウニウニ! 仲良し姉妹ごっこはそこまでだ!」


 戦闘員たちも庭に雪崩れ込む。


 真珠がソフィアの前に立つ。


「カイサーン!」


 ソフィアはにやりと笑った。


「ちょうどいい。礼儀の授業より分かりやすい」


 豊がブレスを掲げる。


「みんな、変身だ!」


「富轟チェンジ!」


「ダイフゴー!」


 五色の光が弾ける。


「巨万の勇気! フゴーレッド!」


「相場を制する知略! フゴーブルー!」


「漆黒の旋律! フゴーブラック!」


「荒波育ちの黄金魂! 新フゴーイエロー!」


「奉仕の真心! フゴーピンク!」


 五人が並び立つ。


「富轟戦隊!」


「ダイフゴー!」


 リュビィも皇女の十字架を掲げる。


皇女の十字架クレースト・ツァレヴナ!」


「母なる海と父なる大地の命を持つ者!」


「愛の戦士リュビィ、参上!」


 イワウニ男は棘を広げた。


「ウニウニ! クラーケン様とラピスラズリ様の力で生まれた俺様が、新しいイエローを試してやる!」


 レッドが反応する。


「ラピスラズリ……瑠璃の力で生まれた怪人なのか!」


 ブルーが端末を構える。


「海の悪魔反応と大地の悪魔反応、さらにラピスラズリ特有の結晶エネルギーが混在している。従来の怪人より強い」


 ピンクが声を震わせる。


「瑠璃様が、カイサーンの怪人を……」


 イワウニ男は笑った。


「ウニウニ! ラピスラズリ様はもうカイサーンに必要な新幹部だ。お前たちの知っているお嬢様じゃないウニ!」


 ソフィアは黄金の弓を構えた。


「なら、なおさら止める。妹を傷つけるものは、誰の力でも叩き返す」


 イワウニ男の棘が一斉に飛ぶ。


「岩毒棘!」


 ブルーが叫ぶ。


「毒性反応と鉱物硬化反応を確認。触れるな!」


 イエロー、ソフィアは弓を構えた。


「真珠、下がれ!」


「下がりません!」


 ピンクはサーベルで棘を弾く。


 イエローは黄金の矢で棘を撃ち落とす。


 姉妹の連携はまだ荒い。


 だが、息は合っていた。


 イワウニ男が笑う。


「ウニウニ! 荒っぽいな、新イエロー!」


 ソフィアは走りながら言い返す。


「上品に倒されたいなら、妹に頼め!」


 ピンクが叫ぶ。


「ソフィア、左!」


「分かってる!」


 ソフィアは庭石を蹴って跳び上がり、空中から矢を放つ。


「イエロー・ハーバーショット!」


 黄金の矢がイワウニ男の肩に刺さる。


 だが、岩殻が矢を弾いた。


「硬い!」


 イワウニ男は体を丸め、巨大な棘球となって転がり始めた。


「ウニウニローリング!」


 レッドたちが吹き飛ばされる。


 庭の木々がなぎ倒され、石灯籠が砕ける。


 真珠が叫ぶ。


「金城邸の庭が!」


 ソフィアが言う。


「庭より命だ!」


「それはそうですが、庭師の方が泣きます!」


 イワウニ男はピンクへ突進した。


 ソフィアが割って入る。


「妹に手を出すな!」


 イエローは黄金の弓を横に構え、棘球を受け止めた。


 火花が散る。


 足が地面を削る。


「ぐっ……重い!」


 ピンクが横から支える。


「ソフィア!」


「真珠、押し返すぞ!」


「はい!」


 二人の力が重なる。


 イエローとピンクが同時に踏み込み、イワウニ男を弾き飛ばした。


 レッドが叫ぶ。


「今だ、五人で決める!」


 五人の武器が合体する。


「富轟バスター!」


 リュビィもリュビィ・タクトを掲げる。


「愛の光も行く!」


 白い光の剣が伸びる。


「リュビィ・タクト、ラブリー・レイ!」


 レッドが引き金を引く。


「ダイフゴー・ゴールドバースト!」


 黄金の光弾と白い光がイワウニ男を貫く。


「ウニィィィ! 新イエロー、思ったより強いウニィィ!」


 イワウニ男は爆発した。


     *


 カイサーン城。


 水晶の鏡に、イワウニ男が倒された様子が映っていた。


 烏賊王子が悔しそうに言う。


「倒されたか」


 だが、クラーケンは動じなかった。


「まだ終わりではない」


 クラーケンはラピスラズリへ目を向けた。


「ラピスラズリ。もう一度だ。お前の大地の闇を、我が海の悪魔に重ねよ」


 カイサーン怪人たちが再びざわめく。


 怪人を巨大化させる儀式にまで、ラピスラズリの力が必要とされている。


 それは彼女が、クラーケンの作戦に不可欠な存在となった証だった。


 ラピスラズリは静かに微笑んだ。


「ええ。わたくしの怒りは、まだ終わっていませんもの」


 クラーケンが触手を掲げる。


「海の悪魔よ、イワウニ男の魂に深海の憎しみを与えよ」


 ラピスラズリが両手を広げる。


「大地の悪魔よ、我が瑠璃色の怨念を棘と岩に変えなさい」


 黒い泡と瑠璃色の結晶光が、水晶の鏡を通して爆煙へ注がれる。


 倒れたイワウニ男の身体が膨れ上がる。


 岩殻が巨大化し、棘が山のように伸びる。


 巨大イワウニ男が立ち上がった。


「ウニウニ! ラピスラズリ様の怨念で、さらに硬くなったウニ!」


     *


 金城邸の外。


 巨大イワウニ男が街へ向かって転がり出す。


「ウニウニ! 街ごと串刺しだ!」


 レッドが叫ぶ。


「豪商軍だ!」


 リュビィも続く。


「ソウルアーク!」


     *


 五体の富豪メカが発進する。


「ドゾウー、発進!」


「コバンダー、行くぜ!」


「キンカー、任せな!」


「ギンカー、軌道安定!」


「ドウカー、出ます!」


豪商合体(ごうしょうがったい)!」


「完成!」


豪商軍(ゴウショーグン)!」


 同時に、海からソウルアークが浮上する。


 巨大イワウニ男は棘を飛ばし、豪商軍とソウルアークを同時に攻撃する。


 ブルーが叫ぶ。


「棘の貫通力が高い。装甲損傷!」


 ブラックが言う。


「こいつ、丸まられると剣が入らねえ!」


 イエロー、ソフィアが操縦席で歯を食いしばる。


「だったら殻を割るまで叩く!」


 ピンクが言う。


「力任せだけでは危険です!」


「じゃあ、どうする?」


 真珠は一瞬考えた。


 そして、静かに言った。


「棘の間に、わずかな隙間があります。そこを狙えば」


 ソフィアは笑った。


「そういうのは得意か?」


「お裁縫で細かい針目をそろえるのは得意です」


「よし。私は漁網の隙間を読むのが得意だ」


 姉妹の声が重なる。


「そこです!」


「そこだ!」


 キンカーの左腕が動き、黄金の矢を放つ。


 巨大イワウニ男の棘の隙間に矢が刺さった。


「ウニッ!?」


 ソウルアークが光の錨でその隙間を捕らえる。


 リュビィが叫ぶ。


「今だよ!」


 レッドが叫ぶ。


「聖商軍だ!」


 ソウルアークと豪商軍が光に包まれる。


「聖魂合体!」


 豪商軍の背にソウルアークの翼が広がり、胸に魂の宝玉が輝く。


「完成!」


聖商軍(セイショーグン)!」


 聖商軍は白金の光をまとい、巨大イワウニ男を押さえ込んだ。


 巨大イワウニ男は棘を逆立てる。


「ウニウニ! 近づけば串刺しだ!」


 リュビィがリュビィ・タクトを掲げる。


「愛の光よ、棘を切って!」


 聖商軍の手に白い光の剣が伸びる。


 ソフィアが叫ぶ。


「真珠、狙いを教えろ!」


「右上、三本目と四本目の間!」


「了解!」


 聖商軍が踏み込む。


 リュビィの白い光の剣が棘を切り払い、ハードカレンシーソードが隙間へ振り下ろされる。


「必殺!」


「セイント・ハードカレンシー!」


 光の剣撃が巨大イワウニ男を両断した。


「ウニィィィ! ラピスラズリ様の棘まで砕かれたウニィィ!」


 巨大イワウニ男は大爆発した。


     *


 カイサーン城。


 ラピスラズリは、爆発の映像を見つめていた。


 新イエロー、ソフィア。


 そして、ピンクの真珠。


 二人が並んで戦っている。


 姉妹の絆。


 家族。


 取り戻されたもの。


 ラピスラズリの胸の奥で、青い結晶が軋む。


「絆、ですか」


 彼女は静かに呟いた。


「わたくしには、もう何も残っていないのに」


 大地の悪魔の声が囁く。


「奪われたなら、奪い返せ」


 海の悪魔の黒い泡が笑う。


「沈めてしまえば、誰のものでもなくなる」


 クラーケンはラピスラズリを見た。


「案ずるな。お前の力は確かに役に立つ。今日の敗北は、次の怪人をさらに強くする糧だ」


 烏賊王子も、もはや彼女を侮る目では見ていなかった。


 カイサーンの新型怪人は、クラーケンとラピスラズリが力を合わせなければ生まれない。


 その事実が、城内の空気を変えていた。


 ラピスラズリは水晶の鏡に手を触れた。


 鏡の中の真珠が、ソフィアに駆け寄っている。


 その横で、豊が安心したように笑っている。


 ラピスラズリの指先が震えた。


「許しませんわ」


 鏡に青い亀裂が入る。


「真珠さん。ソフィアさん。あなたたちの幸せを、わたくしは許しません」


     *


 金城邸。


 戦いが終わった後、厨房には再びボルシチの香りが漂っていた。


 庭は少し壊れたが、人的被害はなかった。


 料理長は渋い顔をしつつも、ソフィアの作ったスープを味見していた。


「……悪くない」


 ソフィアは満足そうに笑う。


「だろ?」


 真珠はため息をついた。


「厨房を占拠するのは問題ですが、味は確かです」


 リュビィは恐る恐る鍋を覗く。


「蟹、入ってない?」


「入ってない」


「本当?」


「本当だ。今日は鮭だ」


 リュビィは安心してスープを飲んだ。


「おいしい!」


 ソフィアは嬉しそうに笑った。


「もっと食え。戦士は食わなきゃ倒れる」


 豊もスープを口にする。


「うまいな」


「当然だ。漁村仕込みだ」


 怜音がパンをちぎりながら言う。


「金城邸、しばらく騒がしくなりそうだな」


 守がうなずく。


「だが、戦力と士気は確実に回復している」


 真珠はソフィアを見つめた。


「礼儀作法の授業は明日も続けます」


 ソフィアは顔をしかめる。


「まだやるのか」


「もちろんです」


「じゃあ、明日はお前に魚のさばき方を教える」


「なぜそうなるのですか」


「姉妹だからだ。お互い教え合う」


 真珠は一瞬驚き、それから小さく微笑んだ。


「……分かりました。蟹以外でお願いします」


「リュビィの前ではな」


「前だけではなく」


 リュビィが叫ぶ。


「蟹禁止!」


 食堂に笑い声が広がる。


 上品だった姉は、荒波に鍛えられて帰ってきた。


 真珠の姉、ソフィア。


 新たなフゴーイエロー。


 金城邸には、また一つ騒がしい日常が増えた。


 だが、食堂が少し静かになった頃、真珠はソフィアを屋敷の奥へ案内した。


「ソフィア、少しだけ見ていただきたい場所があります」


「また礼儀作法か?」


「違います」


 そこは、古い音楽室だった。


 窓際に、一台のグランドピアノが置かれている。


 黒く磨かれた、美しいピアノ。


 真珠はそっと鍵盤に触れた。


「これは、母がよく弾いていたピアノです」


 ソフィアはピアノを見つめた。


 胸の奥が、かすかに痛む。


「母……」


「わたくしも、少しだけ教わりました」


 真珠は椅子に座り、短い旋律を弾いた。


 静かな、優しい曲。


 ソフィアは何も言わなかった。


 だが、その曲を聞いた瞬間、脳裏にぼやけた景色が浮かんだ。


 白いカーテン。


 午後の日差し。


 ピアノの前に座る母。


 隣で眠そうにしている小さな真珠。


 そして、その横に立っている自分。


 いや、自分なのか。


 花園朱珠なのか。


 ソフィアは額を押さえた。


「……なんだ、今の」


 真珠は演奏を止める。


「ソフィア?」


「思い出せそうで、思い出せない」


 ソフィアはピアノへ一歩近づいた。


「私は……本当に、花園朱珠(はなぞのすず)なのか?」


 真珠は静かに立ち上がった。


「はい」


「でも、実感がない。私はソフィアだ。アレクセイの娘だ。漁村で魚を運んで、網を直して、冬の海で生きてきた」


「それも、あなたです」


 真珠はソフィアの手を取った。


「朱珠姉さんだった頃のあなたも、ソフィアとして生きてきたあなたも、どちらも本当です」


 ソフィアは小さく笑った。


「お前、強くなったな」


「ソフィアが戻ってきたからです」


 ソフィアはピアノを見つめた。


「この曲……もう一度聞かせてくれ。何か、思い出せそうなんだ」


 真珠はうなずき、再び鍵盤に指を置いた。


 優しい旋律が、静かな音楽室に広がっていく。


 ソフィアは目を閉じた。


 まだ思い出せない。


 けれど、確かに何かが近づいている。


 母の面影。


 遠い日のピアノ。


 失われた花園朱珠の記憶。


 その扉が、ほんの少しだけ開きかけていた。


---


## 次回予告


 昔のことが思い出せそうで、思い出せないソフィア。


 自分が本当に花園朱珠(はなぞのすず)なのか、まだ実感が湧かない。


 そんな時、妹の真珠(ましろ)がピアノを弾いている音を聞き、ソフィアの心に懐かしい光景がよみがえる。

 この曲は、母が教えてくれた……


 次回、富轟戦隊ダイフゴー。


## 母のピアノ


 失われた記憶が、優しく悲しい旋律に導かれる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ