姉さんは漁師の娘
金城邸の朝は、いつも静かに始まる。
広い庭園に朝露が降り、使用人たちが音を立てずに廊下を磨き、食堂には焼きたてのパンと紅茶の香りが漂う。
そのはずだった。
だが、その朝。
金城邸の正門に、巨大な魚箱を二つ担いだ女が現れた。
黒い革ズボン。
黄色いパーカー。
乱暴に束ねた髪。
そして、肩に担いだ木箱からは魚の尾がはみ出している。
新フゴーイエロー、ソフィア・アレクセーエヴナ。
本名は、花園朱珠。
けれど本人は、まだその名前を自分のものとして受け止めきれていない。
記憶の中にあるのは、ソビエト極東の漁村。
冬の海。
漁師アレクセイの大きな手。
そして、十年間呼ばれ続けた名前。
ソフィア。
だから今日も、彼女はソフィアだった。
「おーい! 開けろ! 魚が傷む!」
門番が目を白黒させる。
「ど、どちら様で……」
「昨日からここに住むことになったソフィアだ。真珠の姉だ。腹減った。台所はどこだ」
門番は慌てて通信を入れた。
*
金城邸の食堂。
金城豊、財前守、京極怜音、花園真珠、リュビィが朝食の席についていた。
真珠は落ち着かない様子で紅茶を注いでいる。
昨夜から、ソフィアは金城邸に滞在することになった。
日本に来たばかりで行くあてがない。
何より、真珠の実の姉である。
金城家としても、彼女を放り出す理由はなかった。
ただし、問題は一つあった。
ソフィアは、金城邸の空気にまったく合っていなかった。
廊下の向こうから、どすどすと足音が近づく。
真珠が顔を青くする。
「まさか……」
食堂の扉が勢いよく開いた。
「おはよう!」
ソフィアが魚箱を担いだまま入ってきた。
使用人たちが悲鳴を上げる。
「食堂に魚箱を持ち込まないでください!」
真珠が叫んだ。
ソフィアは平然としている。
「早起きして築地まで行ってきた。いい魚が入ってたぞ」
豊が目を丸くする。
「築地まで?」
「市場は朝が勝負だ。金持ちの家なら魚くらい見る目があると思ったが、昨日の冷蔵庫はなってない。あれじゃ漁師の娘が泣く」
怜音が笑いをこらえる。
「金城邸の食材管理にダメ出しかよ」
守は端末に記録する。
「行動力は高い。社会適応は要観察」
リュビィは魚箱を覗き込んだ。
「お魚!」
ソフィアは得意げに箱を開ける。
「見ろ。いい鯛だ。こっちは鮭。あと蟹も――」
「カニ!?」
リュビィの顔色が変わった。
箱の中には、立派な蟹が何杯も入っていた。
ソフィアは腕まくりをする。
「今から捌いてやる。蟹は新鮮なうちが――」
「カニィィィィ!」
リュビィが悲鳴を上げて椅子の下に潜り込んだ。
豊が慌てる。
「リュビィ、大丈夫か!」
「蟹をバラバラにする! 怖い! 仲間が!」
ソフィアは首をかしげる。
「蟹は食うものだろ」
リュビィは涙目で叫ぶ。
「私は元蟹!」
ソフィアは一瞬止まった。
「……説明が必要だと言ってたな」
真珠は頭を抱えた。
「ソフィア、まずは魚箱を厨房へ運んでください。それから、蟹をリュビィ様の前で捌くのはおやめください」
「じゃあ裏で捌く」
「捌くこと自体を少し考えてください!」
*
厨房は、あっという間にソフィアに占拠された。
金城家の料理人たちは、最初こそ困惑していた。
だが、ソフィアの包丁さばきは見事だった。
魚を三枚におろし、鮭を切り分け、野菜を刻み、鍋に火をかける。
ロシアの漁村で覚えた料理。
魚のスープ。
黒パンに合う塩漬け魚。
簡単なピロシキ。
そして、なぜか大量のビーツ。
「ボルシチを作る。寒い日はこれだ」
料理長が困った顔をする。
「本日はフレンチの朝食予定でして……」
「朝からそんな気取ったもの食って力が出るか」
「いえ、こちらは金城家の朝食で……」
「金持ちこそ食え。戦うんだろ」
厨房の片隅で、真珠が必死に止めようとしていた。
「ソフィア。金城家には献立の予定があります。料理長の段取りもあります」
「予定は魚の鮮度に負ける」
「負けません!」
ソフィアは鍋をかき混ぜながら笑う。
「真珠、お前は昔からそんなに堅かったのか?」
真珠は一瞬、言葉に詰まった。
「昔のことは……まだ、ソフィアは覚えていないのでしょう?」
「ああ。断片だけだ。でも、お前が泣き虫だった気はする」
「泣き虫ではありません」
「昨日も泣いてた」
「それは再会したからです!」
姉妹のやり取りに、料理人たちは微笑んだ。
真珠は咳払いする。
「とにかく、今日から礼儀作法を学び直していただきます」
ソフィアは鍋から顔を上げる。
「礼儀?」
「はい。ソフィアは本来、花園家の令嬢です。記憶を失う前の朱珠姉さんは、上品で、大人しくて、所作も美しい方でした」
「それは本当に私か?」
「本当です」
「別人じゃないのか」
「同一人物です」
ソフィアは腕を組んだ。
「私は今の私だ。ソフィア・アレクセーエヴナ。漁師アレクセイの娘だ」
真珠の表情が柔らかくなる。
「分かっています。その十年を否定したいわけではありません」
「なら、令嬢に戻そうとするな」
「でも、せめて魚箱を食堂に持ち込まない程度には……」
「それは分かった」
真珠はほっとする。
ソフィアは続けた。
「次からは玄関までにする」
「違います!」
*
午前。
金城邸の応接室は、急遽「令嬢教育」の場になった。
真珠はソフィアの前に紅茶カップを置く。
「まずは紅茶のいただき方です。カップは静かに持ち上げます。音を立てずに」
ソフィアはカップを掴む。
がしっと。
真珠が固まる。
「ソフィア。掴まないでください。持ち手を優雅に」
「こんな小さい持ち手、指が入らない」
「入ります」
「漁網より難しい」
「紅茶の持ち手は漁網ではありません」
ソフィアは何とか持ち手に指を通し、紅茶を飲む。
ずずっ。
真珠が目を閉じた。
「音を立てないでください」
「熱いんだよ」
「それでも音を立てません」
「金持ちは舌を火傷しても音を立てないのか?」
「そういう問題ではありません」
横で見ていた怜音が腹を抱えて笑っている。
「真珠、姉さん相手だと完全に先生だな」
守は淡々と言う。
「令嬢教育の難易度が非常に高い」
リュビィも隣で練習していた。
「リュビィもお嬢様になる」
真珠は微笑んだ。
「では、リュビィ様も静かに紅茶を――」
リュビィは砂糖を山ほど入れた。
「甘い!」
「入れすぎです!」
ソフィアは感心したようにうなずく。
「リュビィ、分かってるな。甘い方がうまい」
「仲間!」
真珠は頭を抱えた。
「二人同時は無理です……」
*
その頃、海底のカイサーン城。
怪人ラピスラズリは、静かに水晶の鏡を見つめていた。
そこには金城邸の様子が映っている。
ソフィアが紅茶の練習で失敗し、真珠が慌て、リュビィが砂糖をこぼしている。
それだけなら、ただの騒がしい光景だった。
だが、ラピスラズリの瞳には違って見えていた。
真珠が笑っている。
豊がソフィアを受け入れている。
ダイフゴーが、もう自分のいない場所で動き始めている。
新しいイエロー。
自分の席に座る女。
しかも、その女は真珠の姉。
花園家の血を引く者。
ラピスラズリの指先から、青い結晶が伸びた。
「わたくしの居場所を奪っただけでは足りず、イエローの力まで奪いますのね」
烏賊王子が横から声をかける。
「気になるのか、新しいフゴーイエローが」
ラピスラズリは静かに答えた。
「気になる? いいえ」
彼女は鏡を見つめたまま微笑む。
「目障りなだけですわ」
玉座のクラーケンが低く笑った。
「ならば、叩き潰せばよい。だが、今までの怪人では足りぬ」
クラーケンの触手から、黒い泡があふれた。
海の悪魔の力。
深海の憎しみ。
だが、その黒い泡はまだ形を持たない。
カイサーンの怪人たちがざわめく。
烏賊王子も訝しげに言った。
「父上、怪人を生み出さないのですか」
「今のダイフゴーには、新たなイエローが加わった。さらにソウルアークと豪商軍が合体する聖商軍もある。海の悪魔の力だけでは不足だ」
クラーケンはラピスラズリを見た。
「ラピスラズリよ。お前の力を貸せ」
城内が静まり返った。
クラーケンが、地上人から生まれた新幹部に力を求めた。
それは、カイサーンにとって異例のことだった。
烏賊王子が目を細める。
「父上が、この女の力を必要とするのですか」
クラーケンは冷ややかに答えた。
「この者はただの地上人ではない。大地の悪魔に選ばれ、人間の嫉妬と誇りを結晶に変えた存在だ。海の悪魔の力だけでは届かぬ場所に、この者の闇は届く」
ラピスラズリはゆっくりと玉座の前へ進み出た。
彼女の胸の青い宝石が、暗く輝く。
「わたくしの怨念が必要、ということですのね」
「そうだ。海の憎しみと、大地の嫉妬。二つが合わされば、ダイフゴーを砕く新たな怪人が生まれる」
ラピスラズリは上品に一礼した。
「よろしいですわ。わたくしの居場所を奪った者たちへ、この怒りを贈りましょう」
クラーケンの触手から黒い泡が放たれる。
ラピスラズリの両手から、瑠璃色の結晶光と土色の闇が伸びる。
二つの力が空中で絡み合った。
海の悪魔の黒い泡。
大地の悪魔の結晶の闇。
それらは渦を巻き、棘を作り、岩の甲羅を作り、毒の光を宿していく。
やがて、海胆と岩石を合わせたような怪人が姿を現した。
怪人イワウニ男。
「ウニウニ……生まれたウニ……」
クラーケンは満足そうに笑った。
「見よ。これが海と大地、二つの悪魔の力を宿す新たなカイサーン怪人だ」
カイサーン怪人たちは、その光景を畏れをもって見つめた。
ラピスラズリは、もはや単なる裏切り者の地上人ではなかった。
クラーケンが新型怪人を生み出すために必要とする、新たな要。
カイサーンの力の中枢へ入り込んだ新幹部だった。
ラピスラズリは水晶の鏡に映るソフィアを見つめ、冷たく微笑んだ。
「行きなさい、イワウニ男。新しいイエローを、海と大地の棘で貫いておしまい」
「ウニウニ。仰せのままに」
*
金城邸の庭。
令嬢教育は屋外へ移っていた。
真珠はソフィアに歩き方を教えている。
「背筋を伸ばして、足音を立てずに。肩で風を切って歩かないでください」
ソフィアは不満そうに歩く。
「戦う時に足音を消してどうする。相手に威圧感を出すんだ」
「ここは戦場ではありません」
「金城邸も結構な戦場だぞ。朝から使用人が走ってる」
「ソフィアが魚箱を持ち込んだからです」
ソフィアは少し考えた。
「それは悪かった」
真珠は驚いた。
「素直に謝れるのですね」
「悪いと思ったら謝る。漁村じゃそれができない奴は網に絡められる」
「どんな村ですか……」
その時、豊が庭へやってきた。
「二人とも、順調か?」
ソフィアは即答した。
「順調じゃない」
真珠は同時に答える。
「順調です」
豊は苦笑した。
「どっちだ」
ソフィアは豊をじろりと見る。
「金城豊。お前にも話がある」
「俺に?」
「真珠を泣かせるなと言った。覚えてるな」
「ああ」
「私はまだ、お前を信用したわけじゃない。金持ちの若造が、妹を幸せにできるか見てる」
真珠が慌てる。
「ソフィア!」
豊はまっすぐ答えた。
「当然だ。見ていてくれ」
ソフィアは少しだけ目を細める。
「逃げないだけマシか」
真珠は顔を赤くしてうつむいた。
そこへリュビィが走ってくる。
「ソフィア! 蟹は食べちゃダメ!」
ソフィアは真顔で答えた。
「分かった。リュビィの前では食わない」
「前じゃなければ食べるの!?」
「食べ物を粗末にするなと父さんに教わった」
リュビィはショックで固まった。
「人間社会、残酷……」
その瞬間、庭の地面が揺れた。
黒い泡と青い結晶の光が同時に噴き上がる。
怪人イワウニ男が現れた。
「ウニウニ! 仲良し姉妹ごっこはそこまでだ!」
戦闘員たちも庭に雪崩れ込む。
真珠がソフィアの前に立つ。
「カイサーン!」
ソフィアはにやりと笑った。
「ちょうどいい。礼儀の授業より分かりやすい」
豊がブレスを掲げる。
「みんな、変身だ!」
「富轟チェンジ!」
「ダイフゴー!」
五色の光が弾ける。
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「荒波育ちの黄金魂! 新フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
五人が並び立つ。
「富轟戦隊!」
「ダイフゴー!」
リュビィも皇女の十字架を掲げる。
「皇女の十字架!」
「母なる海と父なる大地の命を持つ者!」
「愛の戦士リュビィ、参上!」
イワウニ男は棘を広げた。
「ウニウニ! クラーケン様とラピスラズリ様の力で生まれた俺様が、新しいイエローを試してやる!」
レッドが反応する。
「ラピスラズリ……瑠璃の力で生まれた怪人なのか!」
ブルーが端末を構える。
「海の悪魔反応と大地の悪魔反応、さらにラピスラズリ特有の結晶エネルギーが混在している。従来の怪人より強い」
ピンクが声を震わせる。
「瑠璃様が、カイサーンの怪人を……」
イワウニ男は笑った。
「ウニウニ! ラピスラズリ様はもうカイサーンに必要な新幹部だ。お前たちの知っているお嬢様じゃないウニ!」
ソフィアは黄金の弓を構えた。
「なら、なおさら止める。妹を傷つけるものは、誰の力でも叩き返す」
イワウニ男の棘が一斉に飛ぶ。
「岩毒棘!」
ブルーが叫ぶ。
「毒性反応と鉱物硬化反応を確認。触れるな!」
イエロー、ソフィアは弓を構えた。
「真珠、下がれ!」
「下がりません!」
ピンクはサーベルで棘を弾く。
イエローは黄金の矢で棘を撃ち落とす。
姉妹の連携はまだ荒い。
だが、息は合っていた。
イワウニ男が笑う。
「ウニウニ! 荒っぽいな、新イエロー!」
ソフィアは走りながら言い返す。
「上品に倒されたいなら、妹に頼め!」
ピンクが叫ぶ。
「ソフィア、左!」
「分かってる!」
ソフィアは庭石を蹴って跳び上がり、空中から矢を放つ。
「イエロー・ハーバーショット!」
黄金の矢がイワウニ男の肩に刺さる。
だが、岩殻が矢を弾いた。
「硬い!」
イワウニ男は体を丸め、巨大な棘球となって転がり始めた。
「ウニウニローリング!」
レッドたちが吹き飛ばされる。
庭の木々がなぎ倒され、石灯籠が砕ける。
真珠が叫ぶ。
「金城邸の庭が!」
ソフィアが言う。
「庭より命だ!」
「それはそうですが、庭師の方が泣きます!」
イワウニ男はピンクへ突進した。
ソフィアが割って入る。
「妹に手を出すな!」
イエローは黄金の弓を横に構え、棘球を受け止めた。
火花が散る。
足が地面を削る。
「ぐっ……重い!」
ピンクが横から支える。
「ソフィア!」
「真珠、押し返すぞ!」
「はい!」
二人の力が重なる。
イエローとピンクが同時に踏み込み、イワウニ男を弾き飛ばした。
レッドが叫ぶ。
「今だ、五人で決める!」
五人の武器が合体する。
「富轟バスター!」
リュビィもリュビィ・タクトを掲げる。
「愛の光も行く!」
白い光の剣が伸びる。
「リュビィ・タクト、ラブリー・レイ!」
レッドが引き金を引く。
「ダイフゴー・ゴールドバースト!」
黄金の光弾と白い光がイワウニ男を貫く。
「ウニィィィ! 新イエロー、思ったより強いウニィィ!」
イワウニ男は爆発した。
*
カイサーン城。
水晶の鏡に、イワウニ男が倒された様子が映っていた。
烏賊王子が悔しそうに言う。
「倒されたか」
だが、クラーケンは動じなかった。
「まだ終わりではない」
クラーケンはラピスラズリへ目を向けた。
「ラピスラズリ。もう一度だ。お前の大地の闇を、我が海の悪魔に重ねよ」
カイサーン怪人たちが再びざわめく。
怪人を巨大化させる儀式にまで、ラピスラズリの力が必要とされている。
それは彼女が、クラーケンの作戦に不可欠な存在となった証だった。
ラピスラズリは静かに微笑んだ。
「ええ。わたくしの怒りは、まだ終わっていませんもの」
クラーケンが触手を掲げる。
「海の悪魔よ、イワウニ男の魂に深海の憎しみを与えよ」
ラピスラズリが両手を広げる。
「大地の悪魔よ、我が瑠璃色の怨念を棘と岩に変えなさい」
黒い泡と瑠璃色の結晶光が、水晶の鏡を通して爆煙へ注がれる。
倒れたイワウニ男の身体が膨れ上がる。
岩殻が巨大化し、棘が山のように伸びる。
巨大イワウニ男が立ち上がった。
「ウニウニ! ラピスラズリ様の怨念で、さらに硬くなったウニ!」
*
金城邸の外。
巨大イワウニ男が街へ向かって転がり出す。
「ウニウニ! 街ごと串刺しだ!」
レッドが叫ぶ。
「豪商軍だ!」
リュビィも続く。
「ソウルアーク!」
*
五体の富豪メカが発進する。
「ドゾウー、発進!」
「コバンダー、行くぜ!」
「キンカー、任せな!」
「ギンカー、軌道安定!」
「ドウカー、出ます!」
「豪商合体!」
「完成!」
「豪商軍!」
同時に、海からソウルアークが浮上する。
巨大イワウニ男は棘を飛ばし、豪商軍とソウルアークを同時に攻撃する。
ブルーが叫ぶ。
「棘の貫通力が高い。装甲損傷!」
ブラックが言う。
「こいつ、丸まられると剣が入らねえ!」
イエロー、ソフィアが操縦席で歯を食いしばる。
「だったら殻を割るまで叩く!」
ピンクが言う。
「力任せだけでは危険です!」
「じゃあ、どうする?」
真珠は一瞬考えた。
そして、静かに言った。
「棘の間に、わずかな隙間があります。そこを狙えば」
ソフィアは笑った。
「そういうのは得意か?」
「お裁縫で細かい針目をそろえるのは得意です」
「よし。私は漁網の隙間を読むのが得意だ」
姉妹の声が重なる。
「そこです!」
「そこだ!」
キンカーの左腕が動き、黄金の矢を放つ。
巨大イワウニ男の棘の隙間に矢が刺さった。
「ウニッ!?」
ソウルアークが光の錨でその隙間を捕らえる。
リュビィが叫ぶ。
「今だよ!」
レッドが叫ぶ。
「聖商軍だ!」
ソウルアークと豪商軍が光に包まれる。
「聖魂合体!」
豪商軍の背にソウルアークの翼が広がり、胸に魂の宝玉が輝く。
「完成!」
「聖商軍!」
聖商軍は白金の光をまとい、巨大イワウニ男を押さえ込んだ。
巨大イワウニ男は棘を逆立てる。
「ウニウニ! 近づけば串刺しだ!」
リュビィがリュビィ・タクトを掲げる。
「愛の光よ、棘を切って!」
聖商軍の手に白い光の剣が伸びる。
ソフィアが叫ぶ。
「真珠、狙いを教えろ!」
「右上、三本目と四本目の間!」
「了解!」
聖商軍が踏み込む。
リュビィの白い光の剣が棘を切り払い、ハードカレンシーソードが隙間へ振り下ろされる。
「必殺!」
「セイント・ハードカレンシー!」
光の剣撃が巨大イワウニ男を両断した。
「ウニィィィ! ラピスラズリ様の棘まで砕かれたウニィィ!」
巨大イワウニ男は大爆発した。
*
カイサーン城。
ラピスラズリは、爆発の映像を見つめていた。
新イエロー、ソフィア。
そして、ピンクの真珠。
二人が並んで戦っている。
姉妹の絆。
家族。
取り戻されたもの。
ラピスラズリの胸の奥で、青い結晶が軋む。
「絆、ですか」
彼女は静かに呟いた。
「わたくしには、もう何も残っていないのに」
大地の悪魔の声が囁く。
「奪われたなら、奪い返せ」
海の悪魔の黒い泡が笑う。
「沈めてしまえば、誰のものでもなくなる」
クラーケンはラピスラズリを見た。
「案ずるな。お前の力は確かに役に立つ。今日の敗北は、次の怪人をさらに強くする糧だ」
烏賊王子も、もはや彼女を侮る目では見ていなかった。
カイサーンの新型怪人は、クラーケンとラピスラズリが力を合わせなければ生まれない。
その事実が、城内の空気を変えていた。
ラピスラズリは水晶の鏡に手を触れた。
鏡の中の真珠が、ソフィアに駆け寄っている。
その横で、豊が安心したように笑っている。
ラピスラズリの指先が震えた。
「許しませんわ」
鏡に青い亀裂が入る。
「真珠さん。ソフィアさん。あなたたちの幸せを、わたくしは許しません」
*
金城邸。
戦いが終わった後、厨房には再びボルシチの香りが漂っていた。
庭は少し壊れたが、人的被害はなかった。
料理長は渋い顔をしつつも、ソフィアの作ったスープを味見していた。
「……悪くない」
ソフィアは満足そうに笑う。
「だろ?」
真珠はため息をついた。
「厨房を占拠するのは問題ですが、味は確かです」
リュビィは恐る恐る鍋を覗く。
「蟹、入ってない?」
「入ってない」
「本当?」
「本当だ。今日は鮭だ」
リュビィは安心してスープを飲んだ。
「おいしい!」
ソフィアは嬉しそうに笑った。
「もっと食え。戦士は食わなきゃ倒れる」
豊もスープを口にする。
「うまいな」
「当然だ。漁村仕込みだ」
怜音がパンをちぎりながら言う。
「金城邸、しばらく騒がしくなりそうだな」
守がうなずく。
「だが、戦力と士気は確実に回復している」
真珠はソフィアを見つめた。
「礼儀作法の授業は明日も続けます」
ソフィアは顔をしかめる。
「まだやるのか」
「もちろんです」
「じゃあ、明日はお前に魚のさばき方を教える」
「なぜそうなるのですか」
「姉妹だからだ。お互い教え合う」
真珠は一瞬驚き、それから小さく微笑んだ。
「……分かりました。蟹以外でお願いします」
「リュビィの前ではな」
「前だけではなく」
リュビィが叫ぶ。
「蟹禁止!」
食堂に笑い声が広がる。
上品だった姉は、荒波に鍛えられて帰ってきた。
真珠の姉、ソフィア。
新たなフゴーイエロー。
金城邸には、また一つ騒がしい日常が増えた。
だが、食堂が少し静かになった頃、真珠はソフィアを屋敷の奥へ案内した。
「ソフィア、少しだけ見ていただきたい場所があります」
「また礼儀作法か?」
「違います」
そこは、古い音楽室だった。
窓際に、一台のグランドピアノが置かれている。
黒く磨かれた、美しいピアノ。
真珠はそっと鍵盤に触れた。
「これは、母がよく弾いていたピアノです」
ソフィアはピアノを見つめた。
胸の奥が、かすかに痛む。
「母……」
「わたくしも、少しだけ教わりました」
真珠は椅子に座り、短い旋律を弾いた。
静かな、優しい曲。
ソフィアは何も言わなかった。
だが、その曲を聞いた瞬間、脳裏にぼやけた景色が浮かんだ。
白いカーテン。
午後の日差し。
ピアノの前に座る母。
隣で眠そうにしている小さな真珠。
そして、その横に立っている自分。
いや、自分なのか。
花園朱珠なのか。
ソフィアは額を押さえた。
「……なんだ、今の」
真珠は演奏を止める。
「ソフィア?」
「思い出せそうで、思い出せない」
ソフィアはピアノへ一歩近づいた。
「私は……本当に、花園朱珠なのか?」
真珠は静かに立ち上がった。
「はい」
「でも、実感がない。私はソフィアだ。アレクセイの娘だ。漁村で魚を運んで、網を直して、冬の海で生きてきた」
「それも、あなたです」
真珠はソフィアの手を取った。
「朱珠姉さんだった頃のあなたも、ソフィアとして生きてきたあなたも、どちらも本当です」
ソフィアは小さく笑った。
「お前、強くなったな」
「ソフィアが戻ってきたからです」
ソフィアはピアノを見つめた。
「この曲……もう一度聞かせてくれ。何か、思い出せそうなんだ」
真珠はうなずき、再び鍵盤に指を置いた。
優しい旋律が、静かな音楽室に広がっていく。
ソフィアは目を閉じた。
まだ思い出せない。
けれど、確かに何かが近づいている。
母の面影。
遠い日のピアノ。
失われた花園朱珠の記憶。
その扉が、ほんの少しだけ開きかけていた。
---
## 次回予告
昔のことが思い出せそうで、思い出せないソフィア。
自分が本当に花園朱珠なのか、まだ実感が湧かない。
そんな時、妹の真珠がピアノを弾いている音を聞き、ソフィアの心に懐かしい光景がよみがえる。
この曲は、母が教えてくれた……
次回、富轟戦隊ダイフゴー。
## 母のピアノ
失われた記憶が、優しく悲しい旋律に導かれる。




