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プロポーズ

 海の底で、黒い泡が渦を巻いていた。


 カイサーン城。


 玉座に座るクラーケンは、深海の闇を見つめていた。


 そこへ、海の悪魔とは違う気配が流れ込む。


 重く、湿り、土の底から湧き上がるような黒い気配。


「海の憎しみだけでは足りぬ」


 クラーケンの触手が揺れた。


「何者だ」


「大地の底に封じられし悪意。父なる大地の神と対をなす者。大地の悪魔」


 ひび割れた土のような影が、黒い泡の中に浮かぶ。


「人間の心には、海より深い泥がある。嫉妬、屈辱、執着、怒り。そこに根を張れば、人は容易く怪物となる」


 クラーケンは低く笑った。


「大地の悪魔か。面白い」


「お前の戦いに、我が力を貸そう。だが代償は、人の心だ」


 クラーケンの目が不気味に光った。


「ならば、ちょうどよい心がある」


     *


 金城邸の夜は、静かだった。


 庭園の池には月が映り、廊下には柔らかな灯りが落ちている。


 だが、金城豊は眠れなかった。


 お嬢様勝負の一件以来、彼の心は乱れていた。


 鷹司美麗の挑戦。


 瑠璃の揺れる表情。


 そして、誰よりも静かな品格を見せた真珠。


 花園真珠。


 長年そばにいたメイド。


 幼い頃から一緒にいた少女。


 守らなければならない存在。


 そして、愛してしまった女性。


 廊下の先で、真珠が一人、銀の燭台を片付けていた。


「真珠」


「はい、坊ちゃま」


 真珠はいつものように頭を下げる。


 その仕草が、豊には苦しかった。


「もういい。今日は休め」


「いえ、まだ片付けが残っております」


「命令だ」


 真珠は静かに手を止めた。


「かしこまりました」


 それでも彼女は、メイドとして一礼した。


 豊は思わず言った。


「真珠。もう、その顔で俺を見るな」


 真珠が驚いて顔を上げる。


「坊ちゃま?」


「メイドとしての顔だ。俺を主人として見る顔だ」


 豊の声は震えていた。


「俺はもう、耐えられない」


 真珠は息をのんだ。


「坊ちゃま……」


「瑠璃との婚約は、俺の意思だけで決まったものじゃない。家の事情だ。財閥の事情だ。だが、俺の心は違う」


 豊は一歩近づいた。


「俺は、お前を愛している」


 真珠の表情が大きく揺れた。


 その言葉は、ずっと聞きたかった言葉だった。


 けれど、聞いてはいけない言葉でもあった。


「いけません」


 真珠は目を伏せた。


「坊ちゃまには瑠璃様がいらっしゃいます」


「分かっている」


「わたくしはメイドです」


「分かっている」


「身分が違います」


「それも分かっている」


 豊は真珠の手を取った。


「それでも、俺はお前と生きたい」


 真珠の目に涙が浮かんだ。


「いけません……」


「真珠」


 豊はまっすぐ彼女を見た。


「俺と結婚してくれ」


 長い沈黙が落ちた。


 真珠は震えていた。


 好きだった。


 ずっと好きだった。


 けれど、だからこそ受け入れられない。


 自分がうなずけば、瑠璃を傷つける。


 金城家を揺るがす。


 豊を困らせる。


 そして、自分が守ってきたメイドとしての誇りも壊れてしまう。


 真珠は涙をこぼしながら首を振った。


「お受けできません」


「真珠」


「わたくしは、坊ちゃまのお幸せを願う者です。坊ちゃまの人生を乱す者にはなれません」


 豊は真珠を抱き寄せた。


 真珠は抵抗しようとして、できなかった。


 長い年月、押し殺してきた想いが、二人の間で崩れていく。


「坊ちゃま……」


「真珠」


 その先の言葉は、夜に溶けた。


 廊下の灯りが揺れる。


 月が雲に隠れる。


 越えてはいけない一線を、二人は越えてしまった。


     *


 翌朝。

 豊の隣で目覚めた真珠は飛び起きた。

 脱ぎ捨てられたメイド服を着ると、昨晩の事など無かったかのように豊を叩き起こし、ベッドのシーツを取り替えると言って強引に剥ぎ取った。


 豊はそこに昨晩の過ちで出来た赤いシミを見た。


 豊は彼女に言い訳を始めた。


「真珠、昨日のことは――」


 真珠は深く頭を下げた。


「お気になさらないでください」


「そんな言い方をするな」


「コレもメイドの仕事です」


 豊の顔が強ばった。

 真珠は昨晩の過ちも、ベッドのシーツを取り替えることも、全てがメイドの仕事であると言い張ろうとしていた。


「わたくしは金城家のメイドでございます。それ以上でも、それ以下でもありません」


 それは嘘だった。


 豊にも分かっていた。


 真珠自身にも分かっていた。


 だが、そう言わなければ壊れてしまう。


 真珠は逃げるように廊下を去った。


 豊は追えなかった。


     *


 廊下の曲がり角。


 海宝瑠璃は、すべてを見ていた。


 昨夜、真珠が豊の部屋へ向かったこと。


 今朝、二人が目を合わせられないこと。


 真珠が「メイドの仕事」と言って逃げたこと。


 瑠璃の心の中で、何かが音を立てて壊れた。


 婚約者は自分だ。


 豊の隣に立つために育てられてきた。


 家のため。


 誇りのため。


 そして、いつしか本当に豊を愛するようになっていた。


 なのに、豊が選んだのは真珠だった。


 メイド。


 幼なじみ。


 自分よりも静かで、優しくて、強い女性。


 瑠璃の胸に、黒い泥のような感情が広がった。


「許せない……」


 その時、背後から声がした。


「その怒り、受け取ろう」


 瑠璃が振り向く。


 そこには、ひび割れた土のような影が立っていた。


 大地の悪魔。


「あなたは……」


「お前の心は美しい。嫉妬に濡れ、屈辱に震え、愛を奪われた怒りに燃えている」


 瑠璃は後ずさる。


「来ないで」


「人間でいるから苦しいのだ。誇りを捨てろ。愛を捨てろ。人間をやめれば、傷つくこともない」


 瑠璃の目に涙が浮かぶ。


「わたくしは……」


「奪われたくないのだろう?」


 大地の悪魔の影が、瑠璃の胸に入り込む。


「ならば奪え。婚約者の座も、愛も、命も」


 瑠璃が叫んだ。


 青い宝石の光が、彼女の身体を包む。


 白い肌が瑠璃色の結晶へ変わる。


 ドレスが砕け、鉱石の鎧へ変わる。


 瞳が青く光る。


 海宝瑠璃は、人間ではなくなっていく。


 怪人ラピスラズリ。


 青い宝石の怪人が、そこに立っていた。


「豊様……」


 その声には、まだ瑠璃の悲しみが残っていた。


「わたくしを選ばないなら、すべて壊して差し上げますわ」


     *


 カイサーン城。


 クラーケンの前に、怪人ラピスラズリとなった瑠璃が現れた。


 その隣には、大地の悪魔の影。


 さらに、海の悪魔の黒い泡が渦巻いている。


 烏賊王子は目を細めた。


「地上人の令嬢が、怪人になったか」


 ラピスラズリは冷たく笑った。


「わたくしはもう海宝瑠璃ではありません。怪人ラピスラズリ」


 クラーケンは満足そうに言った。


「よい。お前の嫉妬と怒りは、海の悪魔にも劣らぬ深さだ」


 海の悪魔の黒い泡が、ラピスラズリの身体を包む。


 大地の悪魔の土の闇が、そこへ重なる。


 二つの悪魔の力。


 海と大地の暗黒。


 クラーケンは両腕を広げた。


「ついに二つの悪魔の力が我が手に入った。これよりカイサーンは、新たな段階へ進む」


 黒い泡と土の闇が混ざり合い、新たな怪人が生まれた。


 岩と海藻をまとった怪人。


 海底の泥を固めたような身体。


 怪人ドロイソギンチャク。


 クラーケンは命じた。


「行け。フゴーイエローを失ったダイフゴーを叩き潰せ」


「ドロドロ……承知」


 ラピスラズリは静かに微笑んだ。


「わたくしも参りますわ。最後に、あの方々へご挨拶をしなければなりませんもの」


     *


 ダイフゴー基地。


 警報が鳴り響く。


『緊急警報。市街地にカイサーン反応』


 豊、守、怜音、真珠、リュビィが集まる。


 だが、瑠璃はいない。


 豊が言った。


「瑠璃は?」


 誰も答えられない。


 守が端末を見た。


「海宝瑠璃の通信反応、消失」


 真珠の顔が青ざめる。


「瑠璃様……」


 モニターに怪人ドロイソギンチャクが映る。


 市街地の道路を泥と海藻で覆い、人々を捕らえている。


「ドロドロ……海と大地の泥に沈め」


 豊は迷いを振り払うように叫んだ。


「出るぞ!」


     *


 市街地。


 ダイフゴーが到着すると、道路一面に黒い泥が広がっていた。


 人々は逃げ惑い、車は泥に沈みかけている。


 怪人ドロイソギンチャクが、海藻の触手を揺らしながら笑った。


「ドロドロ……来たか、欠けた戦隊」


 豊たちは変身ブレスを掲げる。


「富轟チェンジ!」


「ダイフゴー!」


 赤、青、黒、桃の光が弾ける。


「巨万の勇気! フゴーレッド!」


「相場を制する知略! フゴーブルー!」


「漆黒の旋律! フゴーブラック!」


「奉仕の真心! フゴーピンク!」


 四人が並ぶ。


 だが、そこに黄色はいない。


 いつもの名乗りが途切れたように、空白が残る。


 フゴーブラックが悔しそうに言った。


「五人そろわないと、締まらねえな」


 フゴーブルーが冷静に答える。


「戦力も連携も大きく低下している」


 フゴーレッドは歯を食いしばった。


「それでもやるしかない!」


 リュビィも皇女の十字架を掲げる。


皇女の十字架クレースト・ツァレヴナ!」


 青と緑の光が彼女を包む。


「母なる海と父なる大地の命を持つ者!」


「愛の戦士リュビィ、参上!」


 その時、黒い泥の向こうから、青い光が差した。


 全員が振り向く。


 そこに立っていたのは、瑠璃色の宝石をまとった怪人だった。


 青い鉱石の鎧。


 鋭く輝く瞳。


 かつての上品な立ち姿を残しながらも、すでに人間ではない姿。


 怪人ラピスラズリ。


 フゴーレッドが息をのんだ。


「瑠璃……?」


 フゴーピンクの声が震える。


「瑠璃様……」


 ラピスラズリは静かに笑った。


「その名で呼ばないでくださいまし」


 彼女は一歩前へ出る。


「海宝瑠璃は死にました。いえ、捨てました。豊様の婚約者として、金城家の未来を支えるはずだった愚かな女は、もうおりません」


 フゴーレッドは近づこうとする。


「瑠璃、何があった。戻れ」


「戻る?」


 ラピスラズリの声が鋭くなる。


「どこへ戻れとおっしゃいますの? あなたの隣ですか? それとも、あなたが真珠さんを見つめる姿を、黙って眺める場所ですか?」


 真珠が一歩前へ出た。


「瑠璃様、わたくしは――」


「黙りなさい!」


 青い結晶の刃が、真珠の足元へ突き刺さった。


 フゴーピンクは動きを止める。


 ラピスラズリは真珠をにらんだ。


「あなたはいつもそう。控えめな顔をして、何も望まないふりをして、結局すべてを奪っていく」


「違います!」


「違わない!」


 ラピスラズリの身体から、青い光と黒い土の闇がにじむ。


「お嬢様勝負でも、豊様の心でも、最後に選ばれたのはあなたでしたわ。メイドの顔をして、誰よりも強欲なのはあなたです」


 フゴーレッドが叫ぶ。


「やめろ、瑠璃!」


 ラピスラズリはレッドへ向き直る。


「豊様。あなたにも申し上げておきます」


 声は静かだった。


 だからこそ、深く刺さった。


「わたくしは、あなたの婚約者であることを誇りに思っていました。たとえ家同士の約束でも、いつか本当に心を通わせられると信じていました」


 レッドは何も言えない。


「でも、あなたはわたくしを見ていなかった。いつも真珠さんを見ていた。わたくしは、ただ金城財閥に都合のよい飾りだったのですわね」


「違う。俺は――」


「言い訳は結構です」


 ラピスラズリは青い結晶の剣を作り出した。


「本日をもって、海宝瑠璃は富轟戦隊ダイフゴーと決別いたします」


 ダイフゴーの四人が息をのむ。


「わたくしはカイサーン新幹部、怪人ラピスラズリ」


 彼女は冷たく微笑んだ。


「次にお会いする時は、敵同士ですわ」


 フゴーピンクが叫んだ。


「瑠璃様!」


 ラピスラズリは一瞬だけ目を伏せた。


 ほんの一瞬、泣いているようにも見えた。


 だが次の瞬間、青い結晶の仮面の奥から冷たい光が戻る。


「さようなら、ダイフゴー」


 彼女が手を振ると、ドロイソギンチャクが泥の触手を広げた。


「ドロドロ……別れの挨拶は済んだか」


 ラピスラズリは背を向ける。


「後は任せますわ。欠けた戦隊がどこまで耐えられるか、見せていただきます」


 彼女の姿は青い光に包まれ、消えた。


 レッドはその場から動けなかった。


 ピンクも震えていた。


 リュビィだけが小さく言った。


「瑠璃、泣いてた……」


     *


 ドロイソギンチャクは笑った。


「ドロドロ……心が乱れた。沈めるにはちょうどよい」


 泥の触手が四人へ襲いかかる。


 レッドは反応が遅れた。


「レッド!」


 ブルーが大砲銃で触手を撃つ。


「ブルー・マーケットキャノン!」


 ブラックがギターアックスで泥を弾く。


「ブラック・ロックアックス!」


 ピンクはサーベルで真珠色の泥を切り払う。


「ピンクサーベル!」


 だが、ドロイソギンチャクは泥の身体で攻撃を吸収する。


 四人の連携には、いつもの隙を埋めるイエローの矢がない。


 ピンクをかばうタイミングも、レッドの射線を作る支援も、どこか噛み合わない。


 さらに、五つの武器がそろわないため、富轟バスターも完成しない。


 レッドが叫ぶ。


「富轟バスターが使えない……!」


 ブルーが続ける。


「豪商軍も合体不能だ。キンカーの操縦者がいない」


 ブラックが舌打ちする。


「まじかよ!」


 ドロイソギンチャクは泥の触手を伸ばし、四人をまとめて弾き飛ばした。


「ドロドロ……これが欠けた戦隊の末路」


 レッドは地面に膝をつく。


 その時、リュビィが前に出た。


「みんなをいじめるな!」


 胸元の光が輝く。


 リュビィ・タクトが現れた。


 リュビィはそれを握りしめる。


「愛の光よ、伸びて!」


 白い光の剣が伸びる。


「リュビィ・タクト、ラブリー・スラッシュ!」


 白い光の刃が泥の触手を切り裂いた。


 ドロイソギンチャクがよろめく。


「ドロッ!? 海と大地の泥が切られた!」


 リュビィは叫んだ。


「この光は、悪い大地も悪い海も切る!」


 レッドが顔を上げる。


「リュビィ……」


 リュビィはタクトを掲げた。


「私がやる!」


 白い光が赤い宝石に集まる。


「リュビィ・タクト、ラブリー・レイ!」


 白い光線がドロイソギンチャクを貫いた。


「ドロォォォ! 二つの悪魔の泥がぁぁ!」


 ドロイソギンチャクは爆発した。


     *


 だが、海の悪魔と大地の悪魔の二重の闇が渦を巻く。


 クラーケンの声が響いた。


「海の悪魔よ、大地の悪魔よ、泥の怪人に再び形を与えよ」


 黒い泡と土の闇が混ざり合い、巨大ドロイソギンチャクが現れた。


「ドロドロ……巨大なる泥となりて街を沈める」


 レッドが通信を入れる。


「豪商軍を――」


 途中で言葉が止まる。


 豪商軍は五体合体。


 フゴーイエローがいなければ、キンカーは動かない。


 豪商軍は完成しない。


 ブルーが言った。


「豪商軍は出撃不能」


 ブラックが拳を握る。


「くそ!」


 リュビィは空を見上げた。


「ソウルアーク!」


 海の方から光が昇る。


 魂の箱船ソウルアークが浮上し、巨大ロボへ変形する。


 リュビィは光に包まれ、操縦席へ転送された。


「みんな、私が止める!」


 ソウルアークは巨大ドロイソギンチャクへ立ち向かう。


 泥の触手が絡みつく。


 ソウルアークの装甲に、黒い泥と土の闇がこびりつく。


 リュビィは歯を食いしばった。


「重い……!」


 操縦席に、金城夫妻、花園夫妻、蟹大王の魂の光が揺れる。


 蟹大王の声が響く。


「リュビィよ。悪しき大地の力に惑わされるな。大地は憎しみではなく、命を育むもの」


 花園夫妻の光が、真珠を見つめるように輝く。


 金城夫妻の光は、豊へ向けて揺れていた。


 リュビィはうなずいた。


「うん!」


 彼女はリュビィ・タクトを掲げた。


 ソウルアークの右手に、巨大な白い光の剣が伸びる。


「愛の光よ、泥を払って!」


 白い刃が泥の触手を切り裂く。


 巨大ドロイソギンチャクが叫ぶ。


「ドロォ!」


 リュビィはさらに力を込めた。


「母なる海、父なる大地、みんなの魂!」


 ソウルアークの胸が開き、青と緑と金の光が集まる。


 そこにリュビィ・タクトの白い光が重なる。


「ティーターノマキアー・ラブリーブレイク!」


 白く輝く魂の光が、巨大ドロイソギンチャクを包み込む。


「ドロォォォ! 海と大地の闇が、光に戻されるぅぅ!」


 巨大ドロイソギンチャクは浄化されるように消え、最後に大爆発した。


 ソウルアークは爆炎を背に立つ。


 だが、そこに勝利の明るさはなかった。


 フゴーイエローはいない。


 瑠璃は、自分の言葉でダイフゴーに決別を告げたのだ。


     *


 カイサーン城。


 怪人ラピスラズリは、戦いの映像を見ていた。


 リュビィが怪人を倒した瞬間、彼女の瞳に冷たい光が宿る。


「わたくしがいなくても戦えるのですね」


 烏賊王子が横から言った。


「妬ましいか」


 ラピスラズリは微笑んだ。


「いいえ。ただ、もっと壊したくなりましたわ」


 クラーケンは満足そうに笑う。


「ラピスラズリよ。お前は今日よりカイサーンの新幹部だ」


 ラピスラズリは優雅に一礼した。


「ありがたき幸せ。海の皇帝クラーケン様」


 その声には、かつての海宝瑠璃の気高さが残っていた。


 だが、もう人間の温かさはなかった。


     *


 ダイフゴー基地。


 戦いの後、誰も口を開かなかった。


 豊はモニターに映ったラピスラズリの姿を見つめていた。


 青い宝石の怪人。


 あれが瑠璃だと、信じたくなかった。


 真珠は自分の手を握りしめていた。


「瑠璃様……」


 怜音は壁にもたれたまま言った。


「イエローが敵になった。しかも、目の前で決別宣言つきだ。洒落にならないな」


 守は冷静な声を保とうとしていた。


「戦力面でも深刻だ。富轟バスター不可。豪商軍合体不可。今後の戦闘継続に重大な支障がある」


 リュビィはリュビィ・タクトを抱えたまま、静かに言った。


「瑠璃、怒ってた。でも、泣いてた」


 豊が振り向く。


「分かるのか」


「うん。あれは、泣いてる怒り」


 豊は拳を握りしめた。


 自分が招いたことだった。


 真珠への想いを抑えられず、瑠璃を傷つけた。


 その心の隙に、大地の悪魔が入り込んだ。


 真珠が震える声で言った。


「わたくしのせいです」


 豊は首を振る。


「違う。俺のせいだ」


「いいえ。わたくしが――」


 言い合いになりかけた二人を、守が止めた。


「今は責任の所在を議論しても解決しない。必要なのは、瑠璃を救う方法と、新たな戦力だ」


 豊は目を閉じた。


 ダイフゴーは五人そろわない。


 婚約者は敵になった。


 真珠との関係も、もう元には戻らない。


 海の悪魔。


 大地の悪魔。


 二つの闇を手に入れたクラーケン。


 すべてが、これまでより危険な段階へ進んでいた。


 豊は静かに言った。


「瑠璃を取り戻す。そして、カイサーンを止める」


 だが、その声には苦しみがにじんでいた。


 富轟戦隊ダイフゴー。


 最大の危機が、始まっていた。


---


## 次回予告


 フゴーイエローを失い、苦境に立たされるダイフゴー。


 金城豊と花園真珠は、リュビィの神秘の力に導かれ、ソウルアークに宿る死んだ両親の魂と再会する。


 そこで二人は気づく。


 十年前の海難事故で両親と共に死んだはずの、真珠の姉、花園朱珠の魂がいない。


 朱珠は生きていた。


 海へ投げ出され、漂流していたところをソビエトの漁師に救われ、「ソフィア」という名で暮らしていたのだ。


 失われた記憶を少しずつ取り戻し、日本へやってきた朱珠。


 妹を守るため、彼女は新たなフゴーイエローとなる。


 次回、富轟戦隊ダイフゴー。


## 新フゴーイエロー


 姉妹の絆が、黄金の戦士をよみがえらせる。


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