アイドル・リュビィ
ダイフゴー基地の朝。
リュビィは床に座り、モップを抱えたまま眠っていた。
「カニィ……ごはん……」
花園真珠はその横に立ち、ため息をついた。
「リュビィ。床掃除の途中で眠ってはいけません」
リュビィは目をこすった。
「床、広い」
「お屋敷ですから」
「竜宮城では鯛とヒラメがやってくれた」
「ここは竜宮城ではありません」
そのやり取りを聞いていた海宝瑠璃が、優雅に紅茶を飲みながら言った。
「真珠さん、今日は街へ出ませんこと? リュビィにも、人間社会の常識を教える必要がありますわ」
「それはよろしいですね」
リュビィはぱっと顔を上げた。
「街? ごはんある?」
「買い物です」
「買い物ってなに?」
瑠璃は扇子を広げるように手を添えた。
「お金を払って、必要な物を手に入れることですわ」
リュビィは首をかしげた。
「お金がないと、ごはんも服ももらえないの?」
「基本的にはそうです」
「地上、厳しい」
真珠はにっこり笑った。
「ですから働くのです」
「カニィ……」
リュビィは悲しそうに鳴いた。
*
数時間後。
リュビィは瑠璃と真珠に連れられ、街のショッピングストリートを歩いていた。
瑠璃は上品な白いワンピース。
真珠は清楚な淡い桃色の服。
リュビィは金髪に白い肌、青い瞳。
どこから見ても目立つ三人だった。
通りすがりの人々が振り返る。
「モデルさん?」
「外国の女優かな?」
「すごい美人……」
リュビィは得意げに胸を張った。
「日本一の美少女だから」
瑠璃が冷たく言う。
「神の力で美少女になったインチキ美少女ですけれどね」
「インチキじゃない。リュビィは本物」
真珠は苦笑した。
「まずは服を見ましょう。いつまでも白いワンピース一着では困りますから」
その時だった。
突然、派手なスーツを着た中年男が三人の前に飛び出してきた。
「お嬢さん!」
リュビィはびくっとした。
「カニ!?」
男は名刺を差し出した。
「私は宝石店『ジュエリーマギナ』の社長、宝田光蔵です!」
瑠璃は眉をひそめた。
「怪しいですわね」
真珠も一歩前に出る。
「何のご用でしょうか」
宝田社長はリュビィを見つめ、目を輝かせた。
「まさに奇跡! 金髪、白い肌、青い瞳! そしてこの神秘的な雰囲気! ぜひ、弊社の新作ジュエリーのモデルに!」
「じゅえりー?」
「宝石です!」
リュビィの目が輝いた。
「宝石くれるの?」
「もちろん! 衣装も用意します! 歌って踊れるなら、アイドルにもなれます!」
「アイドル?」
リュビィは首をかしげた。
瑠璃はすぐに止めようとした。
「待ちなさい。リュビィ、知らない方について行っては――」
しかし、宝田社長はすでにリュビィの手を取っていた。
「さあ、スタジオへ! まずは声を聞かせてください!」
「歌うと、ごはんもらえる?」
「豪華弁当つきです!」
「行く!」
「リュビィ!」
瑠璃と真珠が止める間もなく、リュビィは今日会ったばかりの怪しい社長に連れて行かれてしまった。
真珠は青ざめた。
「大変です。リュビィが知らない方について行ってしまいました」
瑠璃は頭を抱えた。
「人間社会の常識を教える前に、最も危険な失敗をしましたわね」
*
連れて行かれた先は、テレビ局の音楽スタジオだった。
なぜか衣装スタッフ、宝石デザイナー、アパレルメーカーの担当者までそろっている。
「この白いドレスを着せましょう!」
「いや、新作のサマージャケットも!」
「胸元には弊社のルビーを!」
「腕にはブレスレット! 腰にもチェーンを!」
リュビィは次々と服や宝石を身につけさせられた。
白と銀のステージ衣装。
赤い宝石のネックレス。
きらきら光るブレスレット。
リュビィは鏡を見て目を輝かせた。
「リュビィ、すごい」
宝田社長は満足そうにうなずいた。
リュビィだは楽しそうだった。
「歌う!」
音楽ディレクターが楽譜を渡す。
「まずはこれを歌ってみよう」
「だいふごーの歌?」
「そう。君が歌うんだ」
リュビィはマイクの前に立った。
最初は首をかしげていたが、音楽が流れ始めると、自然に声が出た。
明るく、透明で、少し幼い。
けれど、不思議な力を持った歌声だった。
*
「愛の富轟! ダイフゴー」
> 海が叫ぶよ 大地が燃える
> 金じゃ買えない 命があるさ
>
> 赤い勇気が 闇を撃ち抜き
> 青い知略が 未来を照らす
> 黒い旋律 黄金の誇り
> 桃色の真心 ひとつに重ね
>
> カニィと泣いたあの日から
> 愛を知った戦士になる
>
> 富轟! 富轟! ダイフゴー!
> 輝け ハードカレンシー!
> 富轟! 富轟! ダイフゴー!
> 守れ 海と大地の明日!
>
> ルビーの光 胸に抱いて
> 愛の戦士が駆けてくる
>
> ダイフゴー!
> ダイフゴー!
> 富轟戦隊ダイフゴー!
歌い終えた瞬間、スタジオが静まり返った。
宝田社長が涙を流して拍手した。
「売れる! これは売れるぞ!」
音楽ディレクターも叫んだ。
「後期オープニング、これで決まりだ!」
リュビィはマイクを握ったまま、得意げに笑った。
「リュビィ、歌うまい?」
周囲のスタッフが一斉に拍手する。
「うまい!」
「最高!」
「リュビィちゃん、アイドルになろう!」
リュビィは完全に調子に乗った。
「リュビィ、アイドルになる!」
*
そのまま、駅前広場に特設ステージが組まれた。
なぜこんなに早くステージが用意されたのか。
なぜ客が集まっているのか。
なぜ宝石店とアパレルメーカーの看板がやたら大きいのか。
誰も深く考えてはいけない。
リュビィは宝石をまとった白銀の衣装でステージに立った。
観客が歓声を上げる。
「リュビィちゃーん!」
「かわいい!」
「日本一!」
リュビィは嬉しそうに手を振る。
「日本一の美少女、リュビィです!」
ステージ袖に駆けつけた瑠璃と真珠は、呆然としていた。
瑠璃が言う。
「どうして半日でアイドルステージになっていますの?」
真珠は困ったように答えた。
「リュビィですから……」
やがて曲が始まる。
リュビィは後期オープニングテーマを歌い始めた。
「海が叫ぶよ、大地が燃える――」
街に、リュビィの歌声が響く。
その声は明るく、力強く、不思議と人の心を引きつけた。
観客たちは手拍子をする。
子どもたちは一緒に叫ぶ。
「ダイフゴー!」
リュビィはすっかり気分がよくなっていた。
「もっと歌う!」
だが、その時だった。
広場の噴水が黒く染まった。
水面から、不気味な影が現れる。
黄色と青の斑点。
八本の触手。
毒々しく光る目。
怪人ヒョウモンダコ男である。
「ヒョモモモモ! 楽しそうな歌声につられて来てみれば、ダイフゴーの追加戦士ではないか!」
観客が悲鳴を上げる。
「怪人だ!」
「逃げろ!」
ヒョウモンダコ男は触手を振り上げた。
「この毒で、街中をしびれさせてやるヒョモ!」
リュビィはステージ上でマイクを置いた。
「ライブの邪魔しないで!」
瑠璃と真珠が前に出る。
「リュビィ、下がりなさい!」
「皆様、避難してください!」
そこへ、豊、守、怜音も駆けつけた。
豊はリュビィを見て叫ぶ。
「お前、何をしてるんだ!」
「アイドル!」
「あとで説教だ!」
五人はブレスを掲げる。
「富轟チェンジ!」
「ダイフゴー!」
赤、青、黒、黄、桃の光が弾ける。
「巨万の勇気! フゴーレッド!」
「相場を制する知略! フゴーブルー!」
「漆黒の旋律! フゴーブラック!」
「気高き黄金の誇り! フゴーイエロー!」
「奉仕の真心! フゴーピンク!」
「富轟戦隊!」
「ダイフゴー!」
リュビィも皇女の十字架を掲げる。
「皇女の十字架!」
青と緑の光が彼女を包み、ステージ衣装が白銀の戦闘装束へ変わる。
「母なる海と父なる大地の命を持つ者!」
「愛の戦士リュビィ、参上!」
観客の子どもたちが叫ぶ。
「リュビィだ!」
「本物だ!」
リュビィは得意げにポーズを取った。
*
ヒョウモンダコ男は触手から毒針を飛ばした。
「ヒョウモン毒針!」
フゴーレッドは二丁拳銃で撃ち落とす。
「レッド・ミリオンショット!」
フゴーブルーは観客の避難経路を確保する。
「ブルー・マーケットキャノン!」
フゴーブラックはギターアックスを振るい、戦闘員をなぎ払う。
「ブラック・ロックアックス!」
フゴーイエローの矢が、ヒョウモンダコ男の触手を縛る。
「イエロー・ゴールドアロー!」
フゴーピンクはステージ前の子どもを守る。
「こちらへ!」
だが、ヒョウモンダコ男は強かった。
触手が八本同時に伸び、ダイフゴーを翻弄する。
「ヒョモモモ! 毒の舞を受けろ!」
レッドたちが押される。
リュビィはステージの上から叫んだ。
「みんな、私の歌を聞いて!」
ブラックが振り向く。
「今かよ!」
リュビィは歌った。
「富轟! 富轟! ダイフゴー!」
その歌声に、クレースト・ツァレヴナが反応する。
赤い宝石が輝き、ダイフゴーの五人に光が届いた。
ブルーが驚く。
「味方の出力が上がっている。歌に増幅効果がある」
イエローが言った。
「スポンサー都合の歌が、本当に力になるとは驚きですわ」
レッドは笑った。
「リュビィ、歌い続けろ!」
「うん!」
リュビィの歌声に合わせ、五人が一気に反撃する。
ヒョウモンダコ男の触手が次々と切り払われる。
「ヒョモッ!? 歌で強くなるなど聞いていないヒョモ!」
リュビィはクレースト・ツァレヴナを銃へ変形させた。
「必殺!」
「蟹光線!」
同時に、ダイフゴーの五人も武器を合体させる。
「富轟バスター!」
レッドが叫ぶ。
「ダイフゴー・ゴールドバースト!」
黄金の光弾と赤い蟹光線が、ヒョウモンダコ男を直撃した。
「ヒョモモモモ! アイドルソング恐るべしぃぃ!」
ヒョウモンダコ男は爆発した。
*
だが、黒い海風が広場へ吹き込む。
クラーケンの声が響く。
「海の悪魔よ、ヒョウモンダコ男の毒ある魂を捧げ賜う」
爆煙から、巨大ヒョウモンダコ男が現れた。
八本の巨大触手がビルを絡め取り、街を揺らす。
「ヒョモモモ! 巨大毒でステージごと沈めてやる!」
レッドが叫ぶ。
「豪商軍だ!」
リュビィも叫ぶ。
「ソウルアーク!」
*
五体の富豪メカが出撃する。
「ドゾウー、発進!」
「コバンダー、行くぜ!」
「キンカー、参りますわ!」
「ギンカー、軌道安定!」
「ドウカー、出ます!」
「豪商合体!」
「完成!」
「豪商軍!」
同時に、海から魂の箱船ソウルアークが浮上する。
豪華客船が光に包まれ、巨大ロボへ変形した。
リュビィはソウルアークに乗り込む。
「行くよ!」
巨大ヒョウモンダコ男は八本の触手で豪商軍とソウルアークを同時に縛りつける。
「ヒョモモ! 動けまい!」
ブルーが叫ぶ。
「機体拘束!」
ピンクが歯を食いしばる。
「このままでは毒針が!」
リュビィは操縦席でマイクのようにクレースト・ツァレヴナを握った。
「もう一度、歌う!」
ソウルアークの胸部から、後期オープニングの旋律が流れた。
リュビィの歌が、街に響く。
「ルビーの光 胸に抱いて 愛の戦士が駆けてくる――」
魂の箱船が輝く。
豪商軍も黄金に光る。
触手が弾け飛んだ。
レッドが叫ぶ。
「今だ!」
「必殺、ハードカレンシー!」
「ティーターノマキアー!」
豪商軍の黄金の剣撃と、ソウルアークの魂の光が、巨大ヒョウモンダコ男を貫く。
「ヒョモォォォ!」
巨大ヒョウモンダコ男は大爆発した。
豪商軍とソウルアークが、夕日の街を背に並び立った。
*
戦いの後。
金城邸の応接室には、宝田社長が正座させられていた。
目の前には、金城豊。
その横に、瑠璃、真珠、守、怜音。
そして、リュビィ。
宝田社長は汗をだらだら流している。
「い、いやあ、私はですね、リュビィさんの才能を世に出したい一心で……」
豊は低い声で言った。
「リュビィの保護者である俺に何の確認もなく連れ回したわけだな」
「そ、それはその……」
「しかも契約書もなし。宝石と衣装を渡して専属アイドルにしようとした」
豊は書類を一枚置いた。
「金城財閥法務部が処理する。今後、リュビィに近づく時は必ず俺を通せ」
宝田社長は泣きそうになった。
「は、はい……」
怜音が笑う。
「完全に泣き寝入りだな」
守が冷静に言う。
「自業自得だ」
宝田社長はしょんぼりして帰っていった。
リュビィは首をかしげる。
「アイドル、もう終わり?」
真珠が怖い顔で近づいた。
「それより、リュビィ」
「はい」
「知らない人について行ってはいけません」
「でも、ごはんくれるって」
「それが一番危険です」
瑠璃も厳しく言った。
「宝石をくれる、服をくれる、食事をくれる。そう言われても、知らない相手にはついて行かないこと。分かりましたわね」
リュビィはしょんぼりした。
「はい……」
豊は少しだけ優しく言った。
「歌いたいなら、ちゃんと俺たちに言え。勝手について行くな」
リュビィは顔を上げた。
「歌っていい?」
豊は苦笑した。
「ほどほどにな」
リュビィは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、歌う!」
真珠がすぐにモップを差し出した。
「その前に、今日の床掃除です」
リュビィは固まった。
「アイドルなのに?」
「アイドルでも働きます」
「愛の戦士なのに?」
「愛の戦士でも働きます」
「日本一の美少女なのに?」
「日本一の美少女でも働きます」
リュビィは涙目でモップを受け取った。
「カニィィ……」
怜音が笑う。
「後期オープニング歌手、床掃除から再スタートだな」
リュビィはモップを握りながら、小さく歌を口ずさんだ。
「富轟、富轟、ダイフゴー……」
基地に笑い声が響く。
こうして、リュビィの半日アイドル騒動は幕を閉じた。
次回予告
リュビィの歌声が街で話題になる中、ダイフゴー基地ではもう一つの異変が起きていた。
大地の神が遣わした謎の使徒、蛙娘。
「ゲコ、ゲコ」としか話さない彼女に、ついに隠された力が目覚める。
母なる海のリュビィに呼応するように、父なる大地の祝福が輝く時――
蛙娘の身体が光に包まれ、疾走する鋼の姿へ変わる!
次回、富轟戦隊ダイフゴー。
ツァレヴナ・リグーシカ
大地の神が遣わした蛙娘が、バイクに変身する!




