16.暴論
「夢は叶うと思う?」
「夢の内容にもよりますが、基本的に夢って、叶わないから夢と呼ぶのではないでしょうか? 実現可能な内容なら、夢ではなく目標と呼ぶでしょうし」
「あ〜、確かにそうかも。・・・・・・本当に夢を叶えたいなら、夢から目標への意識の切り替えが必要なのって皮肉だね」
「そうですね。まあ、夢のまま叶えられることもあるでしょうし、人によっては、すぐに達成できそうなものを夢と呼ぶ人もいるでしょうから、絶対に夢は叶わない、とは言えないですけど、基本的には、夢は叶わないものだとは思います」
「・・・・・・じゃあ、努力は報われると思う?」
「努力も内容次第だとは思いますが、・・・・・・そもそも努力って、どこからが努力になるのでしょう?」
「どこからって?」
「例えばですが、ゲームで友達に勝つために練習するのは努力ですか?」
「それは努力とは違う気がする」
「では、ゲームの大会で優勝するために練習するとしたらどうですか?」
「う〜ん、努力、に入るかも」
「やっている事は同じゲームの練習だとしても、目的が変わるだけで印象も変わりますよね」
「そうだね」
「他の例だと、親に無理矢理やらされた勉強は努力ですか?」
「やらされてやった事を努力と呼ぶのは違和感あるね」
「そうなんですよね」
「それで言うと、目的達成の手段によっても印象は変わるよね。痩せるためにダイエットするのは努力になるとは思うけど、薬を使って痩せるのを努力と呼ぶのは違う気がするし」
「全然違いますね」
「まあ、結局は価値観次第ではあるんだろうけどね。努力の境界線なんて。◯◯はどう思ってるの?」
「私は、・・・・・・正直言うと、努力という言葉自体に違和感を感じてます。他に言い方がないので仕方なく努力とは呼びますが、目的を達成するために何かをするのは当たり前であって、それを努力という言葉で美化することに物凄い抵抗感があるんですよね」
「けどさ、目的を達成するための行動自体を基本的に努力と呼ぶんじゃないの?」
「それは分かってますよ? ただ、その上で、個人的に違和感があるなってだけの話です。努力って、なんか素晴らしいもの、尊敬できるもの、として扱われがちですけど、その努力というものをしてまで、目的を達成したいと思ったからこそ行動に移した訳であって、その努力で得られるものが微妙だとしたら誰も努力なんてしませんからね。飽くまでも割に合うから努力をするんです。そして、基本的には割に合わないことが多いので、努力は報われないものだと感じる方が大勢いるのでしょう」
「・・・・・・なるほど」
「そして私自身、努力は基本的に報われないものという考え方には賛成です。ですが、大きな目標に対して小さな努力でなんとかしようとし、それが上手くいかなかったからといって、どうせ努力したって意味がないと喚く連中にはイラッとします。例えばですが、部活の練習が週一しかないのに、週七で練習してるチームに負けたからといって、どうせ努力したって無駄なんだ、とか言ってたら、何言ってんだって思いますよね?」
「思うね」
「けど、気付いていないだけで、結構そういうことをしてる人って多いような気がするんですよね。少ない練習量で上手くいく人とかもいるので、そういう人と比較しちゃうんでしょうけど」
「そうかもね」
「・・・・・・ただ、人の人生に限りがあるように、努力に費やせる時間にも限りがあります。自分が何に才能があって、どんな努力をすれば大成するかなんてのはやってみなくては分かりません。何かで、この世は99%の努力と1%の才能、みたいな言葉を聞いたことがありますが、私は運が100%だと思ってます。何をやっても上手くいかない時ってありますよね? あれって自分のせいだと思いますか? 私は思いません。運ですよ。運。上手くいかなかった人が必ずしも努力が足りなかったと思いますか? 私は思いません。努力ではなく才能が足りなかったとしても、それも運です。成功者は努力のやり方が上手かったのかもしれません。けど、それも才能のうちですし、他に、目標に対しての向き合い方が上手かったとしても、それに必要な考え方や思考回路なんかは周りの環境などの運が絡みます。結局は運なんです。勿論、こんなのは私の暴論です」
「暴論だね」
「・・・・・・本当に暴論ですね。忘れてください」
「急にどうした」
「すぐに反論が思い浮かんだので」
「そっか。・・・・・・それと、この世は99%の努力と1%の才能、じゃなくて、天才とは1%のひらめきと99%の努力である、が正解だね多分。有名なのは」
「あ〜、確かにそう言われればそうだったような気がします。なんか恥ずかしいですね」
「別に気にしなくていいと思うけどね。人間ってなんとなくで覚えているのが結構多いから、そういうミスって誰しもが経験したことあると思うし」
「まあ、あるあるではありますね」
「その言葉も、99%の努力が必要という意味よりかは、どんなに努力しようが1%のひらめきが無ければ何も成せない、みたいな意味合いだったような気もするし、本来の意味が正しく伝わってない名言ってのは意外と多いのかもね。今言ったのも、うろ覚えだから間違ってるかもしれないし」
「そうかもしれませんね」




