しいと宇宙人(2)
トイレに行くと言い残して出てきたけど、本当はそんなつもりはなど全くもって無い。どうしたものかと思案していると、とうとうT字路に行き着いてしまった。仕方なくその場で立ち止まり、同じように足を止めたであろうトマス(姪)を振り返ると、やはりそこには金髪爆乳が立っていた。
「えっと、トイレなら真っ直ぐ行って左手に……」
「いえ別に。先程の目くばせはついて来いという意味だと思って着いて来たのですが」
本当にトイレに行くつもりで着いてきていたならどうしようかと思っていたけど、やはりそうではなかったらしい。
「違うのですか?」
「いや、違ってないよ?あ、じゃなくて、違ってないです。合ってます」
トマス(姪)の顔が少し引きつったところで、ようやく気がついた。さっき拝名者は敬われるって言ってたけど、私の予想的には“辺境”の人間はきっと、いや絶対間違いなく見下されてると思う。それで、私はその“辺境”のやつで、年下でタメ口で……だめだ、ちょっと考えたら分かることなのに。これは瞬殺確定案件だ。
「申し訳ないです、顔に出ていたでしょう。頭ではそこらの人間と貴女が全く違うことぐらい、分かっているのですが。とにかくそのように畏まらなくても良いのです。貴女は神楽殿の教え子なのでしょう?それに神楽様は大層貴女のことを気に入られているご様子。拝名者でなくても胸を張ればいいのです」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
よかった。とりあえず、まだ殺されないらしい。
「えっと、立ち話もなんですし、バーラウンジにでも」
「この建物には酒場もあるのですか」
「ここで働いている殆どの社員は住み込みですし、いくら優秀でも息抜きは必要なので。実はここのバー、仕事をしないで社員の愚痴ばっかり聞いてる名物バーテンダーがいるんですよ」
途中、寄ってくる社員を接待中だからと鼻であしらって、エスカレーターを何回か乗りついで海上階へ向かった。やがて薄く、暖かい光が差し込んでくる。
トマス(姪)は私の話に「へえ」と返しながらも心ここに在らずという様子だった。社員が仕事をしている姿が珍しいのか、辺りを何度も見回している。ラウンジに着きカウンター席に座ると、例の相談屋が目の前にやってきた。珍しく注文を取ってくれるらしい。「いつものを二つ」と言うと、静かに頷き厨房の方へ消えていった。
「あの」
「はい?」
「この星の人間は皆このように働いているのですか」
「えっと、それはどういう?」
「会合ならいざ知らず、なぜデスクワークをあのように集まってやっているのですか。あのような仕事はパーソナルスペースでやるものでしょう」
「パーソナルスペースって、多分使い方間違ってます」
「それは失礼。地球にはそれらしい概念も物も無いのです。私たちの星には……そう、敢えて言えばアニメのロボットのコックピットのような、仕事用の個人スペースがあるのですよ。まあ神楽殿はよく“このようなものは必要ない”と苦言を呈していらっしゃったけれど」
「あの」
「はい?」
「ぜうす先生とトマスさん達はどういうご関係なんですか?」
「どういう関係かと言われると複雑なのですが、道を歩いていた叔父を遊び相手として神楽様が呼び止めたのが始まりだとは聞いています」
え、何それ。どういう状況……
「やはり聞いていないのですね。きっと神楽様は自分でお話しされたくなくて私たちとの会談をセッティングしたんでしょう。お聞きになられますか?神楽様の過去を」
「そりゃあもちろん、聞きたいです。お願いします」
「私が生まれる前の話です。と言っても、私も授業で習っただけなのですが……」
トマス(姪)は胸ポケットから黄色いカプセルを取り出し、ホログラムを出現させた。今はよく分からない謎の文字が映し出されている。
「それは?」
「私が過去に受けた授業を録画したものです」
すぐに映像が再生し出し、頭頂部が薄い細身の男が登壇してきた。
「423ページを開いて。今日はクレウツ政変について話す」
何を言っているかは全く分からなかったが、親切なことに手前に日本語字幕が表示されていて、歴史の授業らしいことが分かった。ちなみに、男の名前はフェウリーと言うらしい。続けてフェウリー教授の映像の下方に423ページが表示される。
「命歴1億6845年、つまりボルゾケイティ皇年42、第二皇子クレウツが、外遊していたときに一時行方不明になった。実際はワープに失敗して銀河系番号100万365号にジャンプしていたと言われている。そうしてクラウツは175番生存可能惑星を発見した。第二皇子に少々気分屋なところがあったというのは有名な話で、捕虜として連れてきたこの星の人間の中からカグラユメを見初めて妾として囲った」
教授の右上に175番生存可能惑星と思わしき青い星と、黒髪の少女の像が現れた。
「この175番惑星が地球です。それからこのカグラユメという人が」
トマス(姪)が言い終わる前に教授が話を再開してしまった。けれど分かる。絶対この人はぜうす先生のお母さんだ。
「当時カグラユメは妊娠中で、そのまま連れてくるばかりか妾として囲ったことが領土拡大反対派閥の令嬢方の反感を買い、第2皇子の正妻であったサリー派のウェーネ・ストロシュを中心として司法院に訴えを出した。最後には同じくサリー派の現第3皇妃様まで出てくる始末となった。その後、第2皇子は軍法“捕虜取扱事項”違反および国家反逆の罪状で配流され、間も無くして皇籍を離脱した。これを皮切りとして次々と粛清が行われることとなる。統計資料によれば属領の八分の一、皇領の五分の一が革変されたとされている。これをクラウツ政変という。今日はここまで。該当する生徒は週末までに課題を提出すること――」
そこで映像は途切れいた。
何という急展開。てか、捕虜の横領?とか悪いヤツみんなやってそうなことじゃん。それで配流されて皇籍離脱とか、もしかして結構な法令遵守主義集団なの?
「決して支配体制が軟弱であったということではなくてですね」
「いや、そこは別に気にしてないんですけど。えっと、ぜうす先生のお母さんは結局どうなったんですか?」
「第3皇妃様の計らいで、皇太子殿下のもとに嫁がれました。あとはご想像の通りだと思います。決して高い身分ではなかったのですが、桐壺の更衣や楊貴妃のように寵愛を受け、神楽様をご出産なさいました。まあ本星にいたのも半年ほどで、すぐに病を患ってしまわれて、療養地を巡った後地球に戻られ、最後の一年はこの地で穏やかに過ごされたそうです」
返す言葉に困っていると、空気を読んだように注文の品が運ばれてきた。「ミラクルオレンジピール」と言い残して、相談屋は去っていく。
「それで、ぜうす先生は?」
「5歳のときにご家族と共に地球に戻ってこられて、6歳でお母様を亡くされてから8歳まで行方不明になっていたのですが、捜索隊が出されてすぐに発見されました。それからは行ったり来たりという感じだと聞いています」
そんな簡単に行ったり来たり出来るのか。
七色のアイスをちょっとずつ口に運んでいると、トマス(姪)もそれを真似てアイスをすくっていた。
地球にも、それくらい科学力あったらなあ
「地球にも、それくらい科学力あったらなあ」
思わず口に出してしまった。
「貴女は、その“カガク”の先に何があると思っているのですか」
唐突にそんな質問が飛んでくる。呟きのような問いかけのようなよく分からない言葉で、なんとなくアイスに向かいかけていた手が止まってしまった。
「別に、幸福だとか綺麗事を言うつもりは無いけど、発展とか繁栄とか、そういうものは手に入れられるんじゃないんですか?全然まだまだですけど、いま私の会社で空中都市を作ろうって話してるんです」
「そういう意味ではなくてです」
そういう意味ではなくて……なら、どういう意味か。カガクの先に明るい未来はあるか、カガクの先に魔法はあるか、カガクの先に神様はいるか。そういう意味なのだろうか。
「トマスさん達は、答えを持っているんですか」
ガラスにスプーンの当たる音がした。
「いえ、今のは忘れてください」
「そうですか」
無理矢理話題を変えて、ぜうす先生の話に舞い戻った。ぜうす先生と五男の喧嘩話だったりあちらでの様子だったりを聞いて、溶けるアイスをスプーンに乗せながら異質な女子トークに花を咲かせる。それからカガクの話はめっきり出てこなかった。
*
日も沈んで、雨が降り出した。怪しい雲行きになってすぐに異星人組は帰ってしまったけれど、その後すぐに雷と強風の注意報が出てしまって、心配性のあいつらとかそいつらのせいで帰れなくなってしまった。
「あれほどIZUMOに天気は大丈夫なの?って聞いたのに」
「仕方ないよ。明日までには帰れるかな?」
「何とかしてみる」
そうは言っても雨は止まない。きっと今夜は泊まることになるだろう。私の部屋は広いけど正直に話せばぜうす先生は「同じ部屋はダメ」って言うだろうし、こないだ浸水騒ぎが起きたせいで客室も埋まっていると聞く。もうこれは知らぬ存ぜぬで押し通すしかない。
「今から部屋に案内するから、ついてきてくれる?」
「え、でもさっきの職員さんは……」
「いいからいいから」
エレベーターで目的の階に向かい、半ば強引にぜうす先生を部屋に連れ込む。ここは私が泊まり込みの時に使用している部屋だ。清掃員さえも入室を許可していないから、あちらこちらに書類をぶちまけたままになっている。でも他の職員だって同じようなものだし、清潔好きの職員は人気ですぐ相方が決まるから空いているベッドも無いだろうだろうし、広いだけまだ私の部屋の方がマシだと思う。
「シャワーもトイレもあるから、自由に使ってね。食べ物はそこから注文したら届けてくれるから。じゃあちょっと私出かけてくる」
そう言って、有無を言わせずすぐに部屋を出た。
他に伝えることはなかっただろうか。早口すぎなかっただろうか。そんな思考が過ぎる。顔を見れなかった。どんな顔をしてたんだろう。驚いた顔?困った顔?それとも、怒った顔?どれも分からない。そういえば静かに「いってらっしゃい」と言っていた。今からぜうす先生があの部屋で食事して、あの部屋でお風呂に入って、私のベットを使うんだと思うとなんとも表現できない妙な気持ちに包まれた。
そうだ、あとでぜうす先生が寝た頃に覗きに行こう。それで、私は下の階で暇を潰せば問題ナシ。
「待ってしいちゃん!」
突如大きな声がしいの肩を引っ張った。ぜうす先生だ。何の用だろう。どうして追いかけてきたんだろう。
進みたいのに、進めない。行きたくない。振り返りたい。そうして純粋無垢な眼に甘えたい。一緒に寝たい。抱きつきたい。でも、そうしたら困るんでしょ?困ったなあって言うんでしょ?それでもきっと拒絶しなくて。でも包み込んではくれなくて……
「待って、しいちゃん」
ついに腕に温かな感触が宿る。トマスさんの手よりもしっかりしていて、すごくあたたかい。
『貴女も、私たちの星に来てはどうですか』
彼女は私にそう言った。でも、ぜうす先生は行かせてくれないと思う。身分とか生まれがどうとか聞いたけど、そんなのはどうでもいい。しいはそんなのに関係なくぜうす先生のお嫁さんになりたいと思う。でも、ぜうす先生はそうじゃない。トマスさんは何も言ってなかったけど、もしかしたらあっちに奥さんがいるかもしれない。もしかしたら、しいのことはお遊びかもしれない。もしかしたら、この星にくることだって、神様のお遊戯みたいに思ってるかもしれない。もしかしたら……
「しいちゃん?」
振り返らないしいを不思議に思ってか、ついにぜうす先生は正面に回り込んできた。もう視界がぼやけてぜうす先生の顔なんてほとんど見えない。
「え、どうしたの?」
そんな私の顔に気づいたようで、ぜうす先生は私の前にひざまづいて私の顔を伺っていた。
「ぜうす、先生」
「うん」
「ぜうす先生」
「うん?とりあえず、部屋戻ろう。な?歩けるか、しいちゃん」
そう言ってぜうす先生は手を引いてくれる。でも何度も生きてるか確認するみたいにこっちを見てくるのが嫌だった。こんな泣き顔、見られたくない。
ぼやけているくせに、目から塩水を流しているくせに、唐突に大きな広い胸が見えた。
「ぜうすせんせい」
「どうした?頭痛い?歩けない?おんぶしようか?」
寄ってくるぜうす先生に両手を広げて抱きついた。縋りついたとかしがみついたと言ったほうがいいかもしれない。とにかく、もう二度と顔が見れないように、胸に顔を押し付け続けた。
「ええ、しいちゃん?大丈夫?ほら、そこに部屋があるから、あとちょっとだから、ね?」
それでも足は動かない。追いかけてきたぜうす先生が悪い。腕を握ったぜうす先生が悪い。何度も見てきたぜうす先生が悪い。しいをお嫁さんにしないぜうす先生が悪い。全部ぜうす先生が悪い。
そうしているうちに、急に足が地から離れた。
「ちょっとだけだから、我慢してくれ。すぐそこだから」
抱っこされているとか、そんなのはどうでもよかった。とにかく悲しかった。苦しかった。もやもやしてぐるぐるしているこれを、どうにかしたかった。
「ほら、着いたよ」
背中に柔らかい感覚が広がる。
「しいちゃん、ちょっと離して。すぐ戻ってくるから」
いやだ。離したくない。離れないで。ほどかないで。行かないで。置いていかないで。
「いやあ、いや!いやあぁ」
「大丈夫。大丈夫だから。大丈夫」
そう言いながらも声は遠ざかっていく。大丈夫じゃない。近くにいてほしい。しいのところにいてほしい。しいだけを見ていてほしい。しいのために生きてほしい。いやだ。私の知らないぜうす先生も、ぜうす先生に縋りつくしいも、いやだ。縛りつけようとして醜いしいも、結婚を迫るしいも、大人なフリして我慢するしいもイヤだ。いやだ。嫌だ。
「ぜうす先生、ぜうす先生……」
何度呼んでも冷たい布団しかそこにはない。
「ぜうす先生……」
すっと力が抜けていくのを感じる。何かはわからないけど水の音がしている。瞼が重い。
「しいちゃん、大丈夫だからな」
そんな、優しい声が聞こえた。
*
何か聞こえる。猫に語りかけるような優しい声。私を呼ぶ声。優しいぬくもり。そう、これは、撫でられる感覚。どんどん明るい方へ引っ張られる。
「しいちゃん?」
「ふえ?」
耳元でぜうす先生の声が聞こえた。視界が広がり、心配そうな顔のぜうす先生が目に映る。
「大丈夫?」
白く明るい光が差し込んでいる。雨ももう降っていないようで、日は高く昇っていた。
「ぜうす、先生?」
「大丈夫?どこも痛くない?」
「うん。大丈夫」
敢えて言うなら、寝過ぎたような気だるさはある。まだ微睡んでいたい、そんな気分。
「よかった。しいちゃん、3日も眠ってたんだよ」
ぜうす先生はベッドの脇に座り、しいの横髪を耳に掛けたり前髪を振り分けたりして撫でてくれている。
「本当によかった。もう目覚めないんじゃないかって、心配で。でも雛子さんは寝かせとけば大丈夫だって言うし」
言うし?
「それに、食べ物は注文したら届くから停電ではないと思うんだけど、鍵がかかってて他の部屋に入ったりとかエレベーターを使ったりとかができないんだ。雛子さんに聞いてみたんだけどセンターのことはよく分からないって言うし、青島も権限が無いからどうにもならないって。しいちゃんなら何とかできる?」
さては、IZUMOの仕業だな。後で何企んでたか吐かせないと、と思っていたら、人知れずカチャリと音がした。しいとぜうす先生がいる階の内構造と外構造のフレームが合致した音だ。やはりIZUMOの計略らしい。
「あと、」
「あと?」
「その、あの服は苦しいだろうと思って着替えさせたんだけど、ごめんね」
服。服……そういえば、服。視線を落とせばぜうす先生の言う通り、しいはバスローブを着ている。3日前はどんな服を着てたっけ。確か、肩より上がレースの長袖……
「もしかして、見たの?」
「ちょっとだけ」
ぜうす先生がボタンを外して、袖から腕を引き抜いて……なんかちょっと想像できるのが悔しい。
「下着まで見るつもりはなかったんだけど、間違えて上の服と一緒にインナーも一緒に引っ張っちゃって……」
ねえ、それ言っちゃう?言っちゃう?もう一回言うよ。それ言っちゃう?もうアウトだよね。それ、アウトですよね!へそも鎖骨もみんな見えたって事ですよね?
ていうか体に傷とかなくてよかったー。ダイエットした後でよかったー。って、それどころじゃない!
「ぜうす先生?」
「はい」
起き上がってわざとらしく下を見て、それからざわとらしく自分の肩を抱いて見せてみる。
「わたしもうお嫁さんに行けない」
「それは大丈夫」
なにが大丈夫じゃあ!激おこ!多分もう、私の眉間ぴきぴき言ってると思う。
「あの、しいちゃん。この雰囲気で言う事じゃないかもしれないんだけどさ」
なに、何ですか。まだ何かあるんですか。
「一緒に、あっちに移住しようか」
たしかにぜうす先生はそう言った。




