しいと宇宙人(1)
実家に帰省した日から2ヶ月ほど経って、ぜうす先生から電話がかかってきた。ちょうど締め切りが迫っている書類を片付け終わって、紅茶を飲みながら報告書に対する返信メールを打っていたところだった。
「こないだの、宇宙人の話だけど。俺も立ち合うなら話し合いに応じるって」
「よかった。もう忘れられてると思ってた。それで、ぜうす先生はいつ暇なの?」
待ちわびていた連絡に心浮かれていたのだが「いや、今月はちょっと」とぜうす先生の答えは明後日の方向を向いていた。
「そっか。ぜうす先生は忙しいもんね。わかった、暇な時に誘って?」
ぜうす先生はハハと笑って「最近はしいちゃんも忙しいんじゃなかったのか」と溢した。
いやだって、学校祭も終わったし。結局ぜうす先生来てくれなかったし。文句言うの我慢した私、結構偉い。
「本当にごめんな」
「そんな、謝らないでよ。こっちはぜうす先生との結婚を待ちわびてる中学生だからね。気長に待つよ」
まあ、ここでゴネたら完全に我儘で面倒臭い子どもだし。そこら辺はしっかり弁えてるということなのですよ。
「しいちゃんってさあ」
珍しくスルーされない予感。
「一時期、一人称『しい』だったじゃん?」
と思ったけど、絶妙に話題を逸らされたー。
「そうだったっけ?」
言われてみればそんな気もしなくはないけど。
「どうして最近は『私』なの?」
「別に、特に意味はないよ」
「でもさ、しいちゃん、すごい成長したよね」
手元が狂って返信メールの続きに思わず“すごい成長”と打ってしまった。別に身長はあんまり伸びてないんだけど。聞きたい。「具体的にどこが?」と。
「あ、しいちゃんの性格とか人格とかがって意味だよ?他意は無いから。入学してきたときと比べても、なんていうか、アイテムボックスが拡張したみたいな。心の容積が大きくなったって感じがする」
なるほど。体じゃなくて心のことね。心。
「まあ確かに、ちょっとは視野も広くなったかなとは思うけど。言ってもそんなに成長してないよ。何で?」
「いや、俺は全然、まだまだだなあと思ってさ」
「ふうん」
よく分からない話だったけど、きっとぜうす先生にもそうやって落ち込む日があるんだなあと思うと少し口元が緩んだ。
結局、例の宇宙人との話し合いは12月の最初の日曜日になった。
*
そうしてついにその日はやってきた。最初は自宅に招待しようかと思っていたけど、その人たちがどんな姿でやって来て、何を喋って、どんな事が起きるかなんて想像もつかなかったし、最終的にIZUMO天文学センターで話し合いの場を持つことになった。よくよく考えてみるとその人たちが人型だと確定したわけでもないし、家に変な生物が来て噂になったりしたら困るから理に適った選択をしたと思う。
どうやって来る気なのかは知らないけど、宇宙人さん達は頑なに自力で行くと言い張ったらしく、ぜうす先生が珍しく愚痴をこぼしていた。そんなぜうす先生を途中の空港で拾い、センターに向かった。
「久しぶりだねえ、ぜうす先生」
「そうだな。なかなか忙しくて……待たせてごめんよ」
「別にいいってば」
そんな他愛のない話と静かな緊張感が機内を漂っていた。
私達が到着してすぐに職員から連絡が来た。最初、「外務局のトマス様がお見えです」なんて言うから何の話かと思ったら、例の宇宙人のことらしい。とりあえず人間の姿で来たようなので安心した。
しばらくして、スーツに身を包んだ男女がやってきた。2人とも西洋人らしい顔立ちをしていて、男の方は比較的ガッチリめの体型で顎髭ダンディーなおじさまタイプ。身長はぜうす先生と同じくらいだと思う。女の方は推定20代前半。巨乳というか爆乳で、小麦畑のようなブロンドの髪をカールさせているが、しっかり脇役として収まっている。そんな雰囲気だった。
「はじめまして。高梨依鶴です」
互いに歩み寄り、机を挟んで対峙する。そうして握手をしようと視線を合わせると、トマスは白い歯を覗かせた。
「いやいや、本当にこの星の住民は変わっているねえ」
「へ?」
「いんやあ、びっくりさせられることばっかりだよ」
「ええと、そうなんですか?」
トマスは私のことなんてお構いなしに腕を組んでウンウンを頷いてみせる。すると今度は急に金髪巨乳が膝をつき土下座し始めた。
「失礼しました。叔父は少々空気が読めないところがありまして。後ほど、きちんと言い聞かせますので、どうかご無礼をお許しください」
そうして彼女は床に頭をつけたまま動かなくなった。
「あ、あの、頭、あげてください。急にどうしたんですか」
「そうだぞ、姪よ。なぜお前が謝る。私は何も無礼など働いておらん」
「いえ、すでにそのご年齢で姓だけでなく名も授かっていらっしゃるのに、叔父は高梨様が握手をしようと手を伸ばされましたとき、それを無視して話し出しました。ご存知の通り、私たちの星では拝名者には最大の敬意を払わなくてはなりませんし、本来なら斬首に処されるべき悪行です。あまりにも神楽様が寛大で失念しておりましたが一生を以て償うべき罪でございます。どうかご容赦ください」
姪の方のトマスさんは頭を上げようとしないし、叔父の方のトマスはむすっとしているだけだし、なんだかよく分からない。
「おい五男、しいちゃんの前だぞ。もうちょっとちゃんとしろよ。姪は早く立つんだ。しいちゃんは拝名者じゃない」
そんな噛み合わない雰囲気に終止符を打ったのは、ぜうす先生だった。
「おお怖い怖い。こりゃあすまないね、お嬢さん」
「失礼いたしました。神楽様の寛大な御処置に感謝いたします」
「ええと……」
「ごめんね、しいちゃん。意味わかんないよね。えっと、こいつらの星ではある程度階級が上がるか功績を立てないと下の名前を貰えないんだ。ほら、前に俺、宇宙人に誘拐されたことあるって言ったじゃん?それがこいつらの親玉で。その星の一番偉い、日本で言う天皇みたいな人に名前をもらうと“拝名者”って呼ばれて敬われるんだ。おい五男、自己紹介しろよ」
トマス(姪)は私が自己紹介でフルネームを名乗ったから私のことを偉い人だと勘違いしたらしい。ていうか、ぜうす先生がだんだんヤクザになってきてる気がするのは気のせいかな?
「私はこの太陽系の統合参謀、トマス家の五男である。名はまだ無い。こちらは私の姪だ。同じく名はまだ無い。姪は所謂インターンシップというやつで私の仕事に着いてきただけだから気にしないでもらいたい」
五男曰く、トマス家は彼らの星ではあまり地位が高いほうではないのだが、領主が代々拝名者なのが誇りなのだそうだ。
そんなこんなで、ようやく五男とトマス(姪)は椅子に腰掛けた。
「てっきり、神楽様が出府されたときからこの星は我らと同じ光の中にあるものかとばかり」
「そんなわけがなかろう。そもそも拝名者が2人も居るところにこの私が派遣されると思うか」
「悪い意味で、思いません」
「一言余計だ」
やっと話し合いが始まると思ったのに言い合いが始まってしまって、仲裁を頼もうと思って横を向いたらぜうす先生がすごい形相で2人を睨んでいた。私が睨まれてるわけじゃないのに口が渇いていくのを感じる。2人もそんな雰囲気を感じ取ったのか、すぐさまその場に居直った。
「ああいや、えっと、それで、お嬢さんは何が聞きたいのかな?」
そうやって突然話を振られたものだから、考えていた質問も全部飛んでいってしまった。
「ああ、えっと、一つ気になったことがあるんですけど。何で地球を征服しないんですか?」
「ふむ。何故かと言われれば、何故だろうな。そういう方針だからとしか言いようがない。もちろん、大規模戦争でせっかくの惑星が蒸発するような状況ならそれも考えるが、そうでもなかろう?」
さも当然というふうに五男は答える。
「でも、資源とかの面で考えても、占拠して人類を扇動した方が貴方達の星のためになるでしょ?」
「たわけ。この大宇宙にいくつ星があると思っておる。このような辺境まで足を運ぶほど資源には困っておらんし、わざわざ生存可能惑星を資源開発するほど愚かでもないわ」
そう言って五男は口いっぱいに茶菓子を放り込んでもぐもぐさせていた。
「じゃあ何故に“このような辺境”に?」
「決まっています。環境アセスメントから惑星環境の操作に人工太陽の設置まで事業化して人手を割くより既存の生存可能惑星と締約した方がコスパが良いからです」
叔父に代わって姪がそう答える。地球が辺境だとか言ってる時点で想像はつくけど、惑星環境の操作だとか、人工太陽だとか、それをやってのける技術も財力もあるということを隠しもせず口に出してしまうところはとんでもないと思う。いやでも、トマス姪が言うように条約を結びたいなら、この人たちを宇宙人だと認識できない人間だらけの地球に来ても意味無いはずだし、何か他にこの星に来た理由がありそうな気もする。
「えっと、そんな簡単に教えちゃって良いんですか?」
「問題ありません」
即答だった。辺境に来なくても資源は足りてるけど、生存可能惑星と締約したい、と。人口増加問題でも抱えてるんだろうか。
「ええい、つまらん!もっと面白い質問は無いのか!おい神楽、まずお前が答えればすむだろう。ずっと椅子に座りっぱなしで不愉快極まりない。せっかくの私の招待を断りおってからに」
「叔父様、まだ5分しかたっておりません」
五男が我慢できないといった様子で立ち上がった。
「えっ、え、ちょっと待って。私いつトマスさんに招待されたの?」
「何を言う。そこの男にしっかりと招待状を渡したぞ。嘘などつくものか」
今度はぜうす先生が立ち上がる。
「招待状どころか手紙でもなかっただろ。あんなの渡せるかよ。まず五男、お前あんなところにしいちゃんを誘拐して何するつもりだよ。あれ、退役戦艦だろ。ふざけてるのか」
「何を言う。まだ私が乗っている時点でまだ退役しておらん。それにお前が本星で乗っていた船は一級迎賓艦だ。そんなものバカスカ作れるわけがないだろう」
「じゃあせめてどっかの星に基地くらい建てろよ。いつまであのみみっちい艦で生活する気だ」
「閣下に要らぬと言ったのはお前だろう。私は是非建てたいね!そもそもお前がいらんと言ったせいで、わがままを言うなだのお前を見習えだの言われてだな」
だんだん言い争いが激化してきて、2人は自分たちの世界に入っていってしまった。トマス(姪)の方を見ると彼女もまたこちらを向いていて、しっかりと目が合った。
「ちょっとトイレ行ってくるね」なんて小声で言い残して席を立つと、思った通り彼女は私の後について来る。さて、これはどうしたものだろうか。もし、彼女との話し合いのせいで、ぜうす先生に何か不都合が生じたら――そんな千思万考に構わず、目の前には左右に分かれる運命の分岐点が待ち構えていた。
お待たせしてすみません。続きます。




