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体操服から始めるニート生活  作者: 兎虎彩夜華
22/26

しいとお見舞い

 



 車で10分ほど行ったところに、その温室はあった。私がここを出ていってからできたらしい。すぐそこには本邸が見えた。


「飛行機を降りてから別邸までにもバラはたくさん咲いてたけど、ここでいいの?」


 エイミーは日傘を準備し、ノアはドアを開けてくれた。


「ここには雫流(しずる)お嬢様がいつ訪れても良いように最低一人は庭師が常駐しているので。それに、道に咲いているバラは生命系の秘術でなんとか咲かせていると聞きますし、詰んだら枯れてしまうかもしれません」


「そこのメイド、いい判断だ。この温室に来たと見えるがお嬢ちゃん、今日はどのような御用で?」


 そう言って向こうから庭師がやって来た。


「失礼な。高梨家の長女である依鶴(いづる)お嬢様ですよ」


「そんなのいいってば。雫流が風邪を引いたみたいで、お見舞いにバラの花束を持って行きたいの。案内してもらえるかな?庭師さん」


「こりゃあ失礼しました。成る程最近雫流お嬢がいらっしゃらないと思っていたらそういう事でしたか。分かりました、ご案内いたします。僭越ながら自己紹介を。この温室の管理を承っている庭師の一人、尾崎です」


 尾崎の後に続いてひと通りバラを見回った後、大きなパラソルのついたテーブルに案内された。


「いつも雫流お嬢が飲んでるローズティーです。リラックスできて、解熱や解毒の効果もあります」


 わざわざそんなことを言ってくれるなんて、雫流のところに持っていってほしいみたいだ。


「これも雫流のところに持って行きたいんだけど、大丈夫?」


「もちろんです」


「私はバラのことはよく分からないから尾崎に任せたいんだけど、どうかな?いつも尾崎にお世話になってるみたいだし、私よりあの子に詳しいでしょ?」


 そういうと、尾崎はプハハと笑った。


「ワシはいつも遠くから見ているだけですよ。雫流お嬢と仲が良いのはワシの弟子の方です。せっかくだ。あいつに選ばせましょうか」


 もしや、雫流のボーイフレンドか?


「任せるよ」


 そう返すと、尾崎はおーいと大きな声で弟子を呼んで、花束を見繕うように言った。ノアよりは背は低いけど、しっかりとした好青年という印象だった。


 数分して、青年は戻ってきた。へえ、真紅のバラか。“人は見かけによらぬもの”とはよく言ったものだな。


「どうぞ」


 と花束を渡してくるが、少し本数が少ない気がする。


「あの、少なくない?」


「そいつなりの気持ちですよ」


 後ろから尾崎がそう言って奥に戻っていった。


「風邪を引いてると聞いたので、あまり匂いの強くないものにしました。もしよければ、お大事になさってくださいとお伝えいただけないでしょうか」


 青年は少し俯きそう言った。匂いのキツくないバラがまだあんまり咲いてなかったのかな。逆に7本もあればすごいのかも。


「わかった、ありがとう。ちゃんと伝えておく」




 バラの花束とローズティーの茶葉を持って温室を出る頃には2時を回っていた。雫流の部屋に行くとすでに先客がいた。天蓋の中で雫流と母上が何やら話し込んでいた。出直そうかと思ったが、こちらに気づいたようで、すぐに母上は出てきた。


「雫流は大丈夫そうですか?……ママ」


「あまり無理はさせないように」


 それだけ言って母上は部屋を出ていった。


「お姉ちゃん、お見舞いにきてくれたんですか?ごめんなさい」


「なんで謝るの?可愛い妹が風邪だって聞いたら誰だって心配するでしょ。バラが好きだって聞いたから温室に行ってきたよ」


「わあ、ほんとですか!」


「中、入ってもいい?」


 そう言って天蓋の幕を開けようとすると慌てふためいた声で「ちょっと待ってください」聞こえた。しばらくして「いいですよ」と言われたので中に入ると、足から顎の辺りまで布団にくるまっていた。なんて暑そうな姿だろう。


「はい、ローズティーとバラの花束」


 雫流はローズティーの袋を枕元に置いてから、花束に顔を近づけ匂いを嗅いだ。


「七輪だなんて、お姉ちゃん、もしかして女の子(わたし)が好きなんですか?」


 はて、花の本数に何か意味があるのだろうか。


「え?いや、そんなことないよ?それはあの青年が見繕ってくれたんだけど。お大事にって伝えてって言ってた」


 そう伝えると、雫流の顔はみるみる赤くなっていった。


「ちょっと大丈夫?顔赤いよ。暑いんじゃない?」


 少しでも熱を逃そうと布団を引っぺがすと、そこには未成熟な裸体があった。


「……えっと?」


「お姉ちゃんのおばかあ」


 ついに雫流は泣き出してしまった。だって服着てないとか思わないじゃん。それにしても、寝るときに服脱ぐ人ってやっぱいるんだね。それとも、あの青年が訪ねてくるのを狙って……?っじゃなかった。雫流を抱き寄せて頭を撫でる。


「もうお嫁さんに行けませんぅ」


「だいじょぶだいじょぶ。お姉ちゃんがちゃんと旦那さん探してあげるから、ね?」


「自分の夫くらい……自分で見つけます」


「そっか。お姉ちゃんは用無しかー」


「そっそんなことないです!用ありです!有り有りです!」


「泣きやんだ?」


「ええ、引っ込んでいきました」


 ふふふはははと顔を寄せ合って小さく笑った。


「そうだ。雛子ちゃんはもう来た?」


「雛子さんですか?雛子さんはまだ……」


「じゃあ早く着替えないと。きっとテンション上がって返事も待たずに突進してくるよ」


「それは大変ですね。お姉ちゃん、隣の部屋は私の服専用ですから、お姉ちゃんの好きなように取ってきてください」


「わかった」


 一度部屋を出て隣……とりあえず右側の部屋に入るとランジェリーだたくさん置いてあった。こりゃあ部屋間違えたなと思って左側の部屋に入るとフワフワにピカピカにテカテカでびっくりした。とりあえず普通の寝巻きを探すことにする。部屋の一角にイヌやらウサギやらのフードがついた綿の夏のパジャマを見つけたので、それを持っていくことにした。下着は仕方ないのでさっきの部屋に戻って出来るだけ清楚なものを選んだ。


「遅かったですね、お姉ちゃん」


「ごめんごめん、いっぱいあったから探すのに手間取っちゃって」


「どうでした?あの部屋は」


「色々あるなと思ったけど、あれ全部雫流が着るの?」


「いえ、お客様に売り出すんです。普段着る服は使用人たちが準備してくれるので問題ないですけど、たまには自分で作った商品も着てみようかと思いまして」


 逆にあれだけの服を自分でデザインしたってことか。すごいな。

 少し待っていると着替えが終わったようで「どうですか」という声が聞こえた。天蓋の中に入ると、そこには小さなウサギちゃんが!オーマイグンネッス!めちゃ“KAWAII(天使)”!


「実はこれ、お姉ちゃんに着てほしくて作ったんですよ?その、よければお姉ちゃんも着てくれませんか?」


 えっ……と、この可愛らしいパジャマをですか。


「気が向いたらね」


「ぜひお願いします」


 雛子ちゃんが来るのを少し待っていたけど、風邪を移すといけないからと雫流に半ば強引に部屋を追い出された。別邸に戻ると、部屋でお父様が待ち構えていた。


「どうだった?雫流の様子は」


「そんなに気になるならお父様が直接見に行けばいいじゃないですか」


「だって、こないだ仕事が終わって就寝時間直前に雫流の部屋に行ったら入らないで来ないで見ないでって言われたし」


 うんだかんだとうじうじ言っている。まあ確かに、あの姿で寝ようとしてるところに来られたらそうなるわな。


「きっと今度は大丈夫だよ。それで、ここにはそんなこと言いにわざわざ来たの?」


「いや、そうじゃない。最近うちの会社は特にデパート部門が調子が悪くてね。もし依鶴たちの方にしわ寄せが行ってたら嫌だなと思って確認しに来たんだよ」


 なんだそんなことか。うちの会社は内部と外部で完全に分けてるから仕事も回ってるし、なんの影響もないと言ったら嘘になるけど、少なくとも親会社から無茶を言われるようなことは起こっていない……はずだ。まあ、私からの無茶に答えてくれる精鋭揃いだからへっちゃらだと思うけど。


「多分無いと思う。ちゃんと確認しとくね」


「ありがとう。私は心配しているんだ。依鶴が好きなようにやれてるか、無理してないか、ちゃんと生きてるかってね。それは母さんも一緒だよ」


「母上が?」


「ああ、もちろん。『次いつあの子は帰ってくるのかしら』『体を壊してないかしら』『ちょっとあなた様子見てきなさい』って、それが口癖だよ。今日は『なんでママって呼んでくれないのかしら?いつでもそう呼んでほしいのに、あなたが拗ねると思って躊躇っているのよ』って叱られたんだ。とんだとばっちりだよ」


 え、それお父様が捏造してない?ちょっと無理があるでしょそれ。


「本当にそんなこと言ったの?」


「ああ。あいつは、依鶴のお母さん……茉依(まより)みたいに素直になれないんだ。だから、あんまり上手く伝えられない時もある。だから、母さんが依鶴のことをちゃんと心配してるってことも覚えておいて」


「ねえ、お父様」


「うん?」


「本当に私ってそんなに皆んなに心配されてるの?私は普通の子と違うし、ちっぽけな存在で、誰の中にも根付いてない。どうも私は自分のこと、アルバムを見ても名前も思い出されないような存在で、知らない間に居なくなっても誰も気付かないような人間な気がしてならないんだよ。きっとみんなが見てる私は幻想なんだと思う」


「依鶴、こっちへおいで」


 それは、子どもの頃からお父様が私や雫流をなだめる時にする動きだった。手を広げるお父様の膝に座り、その胸に顔を(うず)める。自然とその大きな腕は私の体を包み、手は頭を撫でていた。


「依鶴、そんな悲しいことを言わないでおくれ」


「だって」


「だってじゃない。少なくとも父さんは依鶴のことそんなふうに思ってないよ。絶対にだ。依鶴が居なくなったら父さんも母さんも、雫流も雛子さんも悲しむに決まってるだろう。それじゃあダメかな?」


「ううん、ダメじゃない」


「よかった。もう、いいかい?」


「ううん、もうちょっとこのまま」


 お父様の大きな体はぜうす先生や青島のともまたちょっと違って、すごく暖かかった。



 そうしているうちに、雛子ちゃんが帰ってきた。


「あらあらあらあら、しいちゃんったら、ファザコン?」


「っ、そんなんじゃないし!」


思わずお父様のことを突き飛ばしてしまった。


「ええ、依鶴は父さんのこと嫌いかい?」


「嫌いじゃないけど」


「けど?」


「ええいっ!もう帰るよ!」


「服とか靴とかはどうすんの?」


「んーもうっ!郵送でどうにかする!」


別に、嫌いじゃないし

「別に、嫌いじゃないし」


うひゃっ、声に出てた。まあ、本当のことだし。


大好き……だし?

「大好き……だし?」


「わがむすめええええええええええ!」


耳の先まで熱くなるのを感じた。

帰りに窓の外を眺めていると、夕日に映えてバラの花が黄金に輝いていた。




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