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体操服から始めるニート生活  作者: 兎虎彩夜華
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しいと食事会

 


 2020年の8月。いわゆる八月盆というやつだ。

 今はプライベートなジェット機で実家に帰省する途中である。しばらくして、機内放送でパイロットが到着を知らせてきた。


「んーいい天気。あっちは結構降ってたのにね」


 雛子ちゃんは日傘もささずに伸びをしている。


「日焼け止めも塗らないでよく外に出れるよね」


「ビタミンDを作ってもらわなきゃでしょ。それに、ちょっとくらい焼けてた方が異性に好まれるんだよ?」


「ふーん」


 そんな話をしながら、お決まりの白いリムジンに乗り込む。今日は本邸じゃなくて別邸の洋館の方に集まるらしい。ちなみに、しいは真堕町に家を構えるまでは別邸の方で暮らしていた。しいが暮らしていた頃には無かったピンクや白、赤、黄など色とりどりの薔薇のトンネルを抜けると、これまた趣味の悪い女神やら馬やらの銅像があちこちに見えた。


 別邸に到着すると、エイミーとノアが出迎えてくれた。


「「お帰りなさいませ、お嬢様、雛子様」」

「お疲れでしょう。このノアがお部屋までご案内します」

「いえエイミィ(わたくし)がお嬢様をお連れします。ノア、あなたは先に行って部屋の安全を確認してから外で待機していなさい。お嬢様はお着替えをしなければいけないので」

「いや、お前こそ先に行っていろ。万が一何かあった時にお嬢様たちを守るのにお前は邪魔だ」


 今日は息ぴったりだなと思ってたのに、早速始まった。聞いたところによると、最近母上に「あの子たまにしか帰ってこないんだし、常駐の世話係は1人にしてもう1人は雫流(しずる)の方に行ってもらったらいいんじゃない」などと言われたらしく、2人で常駐世話係の座を競い合ってるらしい。


「まあまあ、その辺で。2人とも案内してくれるんでしょう?」


 雛子ちゃんがそう言うと、2人は互いに肩をぶつけ合いながら部屋まで案内してくれた。せっかく着てきた服を脱がされ、メイクも落とされ、上から下まで改造された。ちなみに服は首から鎖骨あたりまでがレースのオープンショルダー系ワンピースで、髪の方は見えなかったからよく分からないけど編み込んでハーフアップにして花やレースのついた髪飾りをどうにかしていた。靴はヒールのある可愛いサンダルだった。ていうか服!もし汁とかタレとかが飛んだら洗濯大変そう。


 その後、しばらくして会場である食堂に向かうことになった。


 それにしても、エイミーもノアもすごい背が伸びたと思う。去年の3月に会った時は(6月は色々あって来れなかったので途中から映像参加だった)、エイミーなんて私より低いか大袈裟に言っても同じくらいだったのに、約半年会わないうちに私の身長を抜いてしまった。ノアに至っては雛子ちゃんを追い越しそうな勢いだ。


 食堂に着くと、まだお父様と母上は到着していないようで、場は静寂に包まれていた。いつも使っていたお誕生日席ではなく、窓と反対の東側の席に案内された。言われるままに座って待っていると数分後に再び扉が開かれ、お父様に続いて母上も入ってきた。


 いつもならお父様は「わがむすめー!」って飛びついてくるけど、母上がいるからか落ち着いてる風に装って、足取り軽く入ってきた。


「久しぶりだな」


 最初に口を開いたのはお父様だった。


「たったの半年しか経ってないじゃん。私はべつに毎回帰って来なくてもいいと思うんだけど」


 そう言うと、母上は首を振った。


「違うわ依鶴(いづる)。半年“も”よ。うちの子どもは目を離すとすぐに予想外な事をするし、新しいことに首を突っ込んでいく。特にあなたは」


 文句を言おうとして立ち上がりかけると、それをお父様に制止された。


「まあまあ、落ち着いて。まずは食事だろう。折角料理人を呼び寄せて作ってもらったのに冷めてしまうよ」


 お父様が扉の前に立つ使用人を見やると彼はその意図を察したようで、扉を大きく開け放った。メイド達は前菜を運び、簡素に今日の料理の説明をして素早く退散した。


 何度かメイド達が出入りして、お父様や雛子ちゃんとの多愛のない会話の間にこれでもかってくらい料理を口に運んだ後、ようやく本題に入る空気が漂ってきた。


「それで、あなたはこの半年の間何をしていたの」


 母上はテーブルナプキンの端で口を拭うとそう言った。ちなみに、この質問は会うと必ずされるお決まりの文句である。


「学校のオンライン授業導入のお手伝いや学校祭の準備、それから自分の会社のメインコンピュータのアップデートの準備に空中都市計画の進行ってところ……です」


「あら、そう。最後のは初耳なのだけれど。詳しく聞かせてくれるかしら」


『あら、そう』の次の言葉なんて初耳だ……っじゃなかった。


「えっと、企業秘密で詳しくは話せないんですけど、母上」


 そう言うと、ギロッと睨まれた


「あ、いや、親会社の顧問だから特別に話してもいいですけど」


「そっちじゃないわ」


「『そっちじゃないわ』とは?」なんて聞けなかった。そっちじゃなかったらどっちなんですか。


「察しの悪い子ね。『母上』は去年卒業したんじゃなかったのかしら?」


 え、ここでも「ママ」って呼べってこと?お父様の目の前で?そんなことしたら嫉妬で泣き喚いて暴れ狂ってお父様のこと「パパ」って呼ばないといけなくなるじゃん。それだけは絶対ダメ。断固拒否。


 そんなふうに考えていることが顔に現れたのか、母上は手をひらひらと振って「もういいわ」と言った。

 今度はお父様が口を開いた。


「依鶴はこれからどうするんだい?」


「何を?」


「ちょっとしいちゃん」


 雛子ちゃんはこっちを向いて不安そうな顔で汗を浮かべている。何か変な返し方したかな?


「いいんだよ雛子さん。依鶴、中学校を卒業した後どうするつもりか聞いているんだよ」


 そういうことか。


「エスカレーター式で同じ大学附属の高校に通おうと思ってる」


 その答えに、お父様は軽く目を伏せた。


「敢えて言うが、依鶴は高校や大学なんて卒業しなくても望み通りの仕事に就けるだろう。それこそ私たち()の力なんて借りなくても会社くらいは作れる」


「うん、そうだね。いや、もちろん高校なんて卒業しなくても仕事はできるよ。だけど、逆に言えば仕事なんて高校卒業してからでもできるから。実際大半の人は高校か大学を卒業した後に働いているし。でも、それだけじゃなくて、中学生とか高校生とかは今だけしかできないっていうか。特に、1日を過ごすときに周りが同い年の子だけで、その子たちと一緒に勉強して、遊んで、集まってっていうのは今じゃないとできないじゃん。言ったら悪いけど、仕事は多少後に引き延ばせる。けど、同い年の子たちの中学生や高校生としての感覚とか感じ方って今じゃないと分からないでしょ。同じ時間と空間と将来を背負っている子たちからそういうのが聞けて、感じられて、共有できるのって今じゃないと難しいと思うの。だから……」


「うん、よく伝わったよ。別に反対しようって訳じゃないんだ。依鶴の好きなようにやればいい。だけど、全てが全て今のままで、依鶴の好きなようにやれるってことじゃないんだよ」


「それは、分かってる」


「いや、分かってないだろう。今は未成年だから、中学生だからって理由で色々隠し通せてるが、その理由が使えるのもせいぜい成人までだろう。会社のことだけじゃない。アイドルグループのこともだ。この先、高梨家の人間だからという理由で目を付けられることもあるだろう。雛子さんだって、ずっと依鶴と一緒にいてくれる保証はないんだ。何かあってからじゃ遅いんだ。しっかり考えておきなさい」


「そんな、私はいつまでも」


「ううん、いいの雛子ちゃん。ちゃんと将来のこと、考えておくから」


 お父様は何に満足したのか、それまで纏っていた重苦しいオーラを一気に吹き飛ばした。


「それで、今日雫流(しずる)の調子はどうなのかな?」


「そういえば、雫流はどうしたの?」


「少し風邪をひいて寝込んでいるだけよ。大したことないわ」


 あとで雫流の部屋にお見舞いに行かなきゃいけないな。


「それは、お見舞いのゼリーを作らないとですね。厨房をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「雛子ちゃん……」


 呆れていると母上から「好きにしなさい」と許可が下り、雛子ちゃんは早速厨房に走っていった。


「それじゃあ今日の食事会はお開きかな。久しぶりに我が娘の顔が見れてよかったよ」


 そう言ってお父様はウインクし、母上を伴って部屋から出ていった。残っていた紅茶を飲んでいるとエイミーとノアが迎えに来た。


「ねえ、2人とも。雫流の好きなものって知ってる?雛子ちゃんがゼリー作るって言ってたから、できれば食べ物以外がいいんだけど」


「エイミィのおすすめはバラの花束ですね。以前、雫流お嬢様の使用人が倒れたときに少しだけあちらにヘルプに行った事があるのですけど、バラ園にお供したときに、バラのツルを見ていると依鶴お嬢様を思い出すからお気に入りなのだと仰っていました」


 なるほど、「い()()」で蔓を想起した訳か。


「僕は依鶴お嬢様がいつも使っている物などが良いと思います。この間雫流お嬢様の使用人と話をしたときに、雫流お嬢様は手紙の中のお嬢様しか知らないので一度あちらの方の邸宅にお邪魔してみたいと仰っていたと聞いています。依鶴お嬢様の日常を少しでも感じられるものがあれば喜ばれるのではないでしょうか」


 ほほう。その話は初耳だな。でも殆ど手ぶらで来たし……


「敷地内にバラを摘めるところはある?」


「「ご案内します」」


 こうして、雫流のお見舞いの品はバラの花束に決定した。




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