退屈しのぎにしては言いすぎ?やり過ぎ?
マッキー兄弟のお屋敷は西区の貴族街の一画にあった。さっすがお貴族様ねぇ。エンティーカの屋敷とは比べ物にならないくらいの広さを持った前庭。派手な噴水には炎の女神の像が象られている。門にはしゃきっとした門番も立っていて、エンティーカのぐだぐだ加減が浮き彫りになりそうなくらい。
国家魔法使いは多くが貴族から排出される。貴重な魔法書は貴族ぐらいしか読めないし、学を持っているのは多少なりともお金を持った人たちだけだからね。本能的に魔法使いになれるほどの天才は少ないのよね。……あ、自慢じゃないわよ?
門番がカリヤに気づいて門を開ける。すんなりと広い前庭を通って、屋敷の前に馬車が着くと、中から幾人もの使用人が迎え出てきた。てきぱきと荷物が運び出されていく。私はアーシアさんにくっついていようかと思ったら、アーシアさんは使用人として働かなければならないとのことで、あえなく計画は破綻した。仕方ないからフィルにくっついていよう。
「あんたさぁ……」
「なぁに?」
「なんでいきなり殴ってきたんだよ、さっき」
「なんか調子乗った顔をしてるように見えたから」
「全くそんなこと思っていなかったし、そんな顔もしてねーし……」
だってー。なんかちょっとイラッと来たんだもん。仕方ないと思わない?
「可愛い同居人のすることなんだから許してよ」
「自分で可愛いとか言って恥ずかしくねーの?」
「冗談だってわかってるのに聞かないでよ」
私にそんな自意識過剰さがあると思ってるの? 無いとは言いきれないけれど、せいぜい人並みよ。
そんなやり取りをしながら、サリヤとカリヤとも別れて、使用人に客室まで案内してもらう。お屋敷の中も見た目通りに広いわね。私とフィルの部屋は隣同士だった。隣接する壁には扉がついていて、部屋から直接行き来できる構造になってる。便利ね、これ。夕食になったら人が呼びに来るそうなので、それまでのんびりと過ごさせてもらいましょうか。
私もフィルも部屋に引っ込む。荷物もそのままにベッドに転がった。ふかふかよ、ふかふか。うーん、すぐ寝ちゃいそう。寝たら正体無くして寝そうだから、きっと起こしても起きないわ。頑張って人が来るまで起きていないと……。
もぞもぞとベッドから這って出て、フィルの部屋への直通の扉を開く。そろーっと開いたら、案の定、フィルもベッドに転がっていたわ。私は病み上がりだし、フィルは交代しながらとはいえ御者をしてたからね。疲れているのよ。
「ふぃーるー、おしゃべりしましょう?」
「やーだー、俺は疲れたんだ。休むんだ」
「どうせすぐご飯じゃない」
「ご飯食べるための気力回復優先してる」
「なによそれ」
つまんないじゃないの。たとえ短い時間でも、今の私は何か気を紛らわさないと、退屈で寝ちゃいそうなのよー。
うーうー、とベッドに転がったフィルを揺する。うーうー、とフィルは唸って動かない。
わさわさと揺すり続けていると、フィルがうがー!と起き上がって、私を巻き込んでベッドに再び転がった。フィルの心臓の音が呼吸と共に聞こえてくる……ってちょっとまって!
「ちょっと! 離しなさいよー!」
「うるさーい。あんたも病み上がりなんだから大人しくしてろー」
「ちょっ」
いやあのですね! さすがに男の人と同じベッドでしかも抱き抱えられたままの体勢は恥ずかしくてですね!ていうかフィル、耳元でしゃべらないでっ!
ぎゅむぅっと抱き枕のように抱え込まれる……くうぅ、フィルをはがそうとしてもびくともしない……!
「ん? ニカ、体温高いけどまた熱出たか?」
「誰のせいよ、誰の!」
「はぁ? 意味わかんねー」
分からないでしょうねこの鈍感やろう!
お父さん以外に抱きつかれるの好きじゃないのっ!まぁ、お父さんは私から抱きつきに行くことのが多いけれど!
と、とにかく離してって……!
「あんた一昨日だっけ? 自分からくっついてきたくせに……」
「あ、あれは無しよ! お父さんがいなかったから手近なフィルに」
「ほーれ、お父さんだぞー」
「ちょっ、やっ、くすぐらなっ」
フィルさんやめて横腹くすぐらないでぇっ! ちょっ、もっ………………………………………………………………………………………………………………くすぐったいっ!
「ぐふ」
「くすぐったいって言ってるでしょう」
はぁー、はぁー、と肩で息を整えながら、反撃がわりに食らわせたグーパンチをおさめる。さらにするりとベッドから這い出て、乱れた服を整える。あーもー、暴れたからスカートのリボンが崩れてるし。
ぱっぱっと直して、フィルを見ると、フィルがぼそりと呟いた。
「なぜ俺にはなつかないんだ」
「自分の行動振り返りなさい」
というか別になついていないわけじゃないわよ? サリヤとカリヤに比べたら、圧倒的にフィルの方が信頼できるからね。いざとなったら頼りにするわ。
だから、ね?
そんなに拗ねないでよ、フィル。
「どうせ俺なんか良いところのないもぐり魔法使いですよー……」
「そんなことないわよ。もぐりでも魔法が使えれば十分だわ」
「ニカには好かれねーし」
「人の好感度を勝手に測らないで。別に嫌ってないわよ。嫌ってたらあなたと一つ屋根の下に住むのを早々にやめてるわ」
ピシャリと言って、それからフィルに近寄る。
「なので、退屈だから遊んでー」
「俺は暇潰し道具かよ」
ジト目で見られるけど気にしない。
退屈しのぎに相手してもらうくらいには、好きってことよ。
 




