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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第九十二話 誰のものでもない星を、三つの世界が奪い合った

観測塔の机に三枚の星図が広げられた。

王国の地図には航路が、魔界の地図には季節の印が、神界の地図には管理番号が書かれている。

同じ星なのに、役割が違う。

「一つの星を三つに分けるのか」と俺は尋ねた。

天文学者サヴィンは首を振った。

「分けるのは権利です。星そのものではありません」

青い星の信号を三界が別々に解読していた。

王国は遭難警報、魔界は種まきの合図、神界は機器の故障通知。

三枚の翻訳文を並べると、同じ光にまるで違う命令が書かれていた。

星の所有証明書には、誰も読めない小さな脚注があった。

天使セラフィが顔をしかめる。

「観測した者の願いは、所有者の許可なく記録される」

俺は港の子供が描いた星図を見せた。

「あの子の願いまで売り物か」

セラフィは契約書を伏せ、観測記録の複製を神界へ持ち帰ることを拒んだ。

所有権を争う前に、記録を守る者が必要だった。

サヴィンは観測記録を三通に複写したが、封筒に宛名を書こうとして手を止めた。

「神界へ渡せば、航海士の願いまで記録されてしまう」

セラフィは机から封蝋を取り上げた。

「私が持ち帰るのは星の明滅時刻だけ。人々の名前は消してください」

エリナは原本を観測塔の耐火庫に納め、写しから個人名を切り離した。

星を誰が管理するか決まらなくても、今夜の航海に必要な情報だけは共有できる。

王国使節は渋々受領印を押した。

三者会議は、最初から妙な空気だった。

人間王国の使節は星を「航海と暦の公共財」と呼び、魔界の代表は「夜間労働の安全設備」と主張した。

神界だけが、星を「独占提供サービス」と記した札を卓上に置いた。

「公共財なら維持費は誰が払う?」

神界法務官の問いに、王国使節は口を閉ざした。

俺も答えられない。

星の光を取り戻したいからといって、維持する仕事を無償で押しつけるのも違う。

エリナが立ち上がった。

「費用が必要なら、何に使っているのか示してください。保守の人件費、設備の交換費、故障への備え。その数字があれば協議できます」

法務官は紙を一枚差し出した。

請求項目は《威厳維持費》と《神聖性加算》だけだった。

「威厳は壊れるのか?」

俺が尋ねると、天使は本気で怒った。

「神々の威厳を疑うのですか!」

「疑ってるのは請求書だ!」

傍聴席にいた港の船長が立ち上がった。

「私は昨日、星が消えて船を失った。息子には帰ると約束していた。あなた方の会計処理が終わるまで、海は待ってくれない」

法務官は初めて視線を逸らした。

会議が休憩に入ると、リュードが俺に観測日誌の別のページを見せた。

そこには、神界の管理が始まった日付と、その前年にも同じ星座が描かれていた。

「古いだけでは証拠として弱いでしょう」とエリナ。

「だからこそ、原本を確かめる場所が必要なんだ」と老人は答えた。

俺は会議録に二つの要求を残した。

星の即時再点灯と、管理権の根拠の開示。

どちらか片方だけで手を打つつもりはなかった。

星の所有権を主張する者たちの書類は、机からあふれた。

俺は窓の外を指す。

「あれを見上げる子供に、許可証を出せと言うのか」会議室に、初めて書類をめくる音以外の沈黙が生まれた。

翌朝、魔王城の会議室に三つの旗が並んだ。

人間王国、魔界、そして神界。

議題はたった一つ。

「古来、星は王家の航海を守ってきた。王国の文化財だ」

「星辰の運行は神界の管理業務です。利用料は当然でしょう」

「じゃあ魔界の空に見えていた星は、誰のものなんだ?」

互いの声が大きくなる。

エリナが机を叩いた。

「星が見えないせいで、昨夜は七隻が遭難しました。所有権争いの間、光を戻す暫定措置を認めてください」

そのとき、扉の外から老人の声がした。

入ってきたのは王国の老天文学者リュードだった。

手に持っているのは、黄ばんだ観測日誌。

「私の師匠の師匠は、神界が星を管理する前から星を記録していた。日誌には、光が弱くなった年もある」

俺は日誌を受け取った。

そこには同じ星が、人間と魔族の二つの言葉で記されていた。

かつて国境の両側で同時に観測した記録だ。

「星が神界の所有物なら、なぜ別々の国が同じ光を見ていたんだ?」

「では、配信設備の所在地と原価明細を提出してください」

「所有権を主張する側が、所有の根拠を機密にするんですか?」

俺たちは星を取り戻せなかった。

代わりに、神界が一度も所有の根拠を示していないことが分かった。

会議後、リュードは俺を中庭へ連れ出した。

「魔王城の地下には古い天文台があると聞く。星を買う前に、そこを見たらどうかね」

「世界が作られたときの記録を残した場所だそうだ」

俺は吉岡に地下区画の図面を持ってくるよう頼んだ。

地図には、城の建設記録より古い部屋が一つだけ描かれていた。

その日の夕方、観測塔へ戻った俺たちは、三界の星図を重ねた。

王国の船乗りは航路、魔界の農夫は種まき、天使は故障番号を読む。

同じ光を見ていても、欲しい情報が違う。

「なら、全部を一枚に書けないのか?」

サヴィンが三つの欄を作り、リュードが古い日誌の日付を照合した。

神界の法務官は所有者欄が空白なのを見て眉をひそめる。

「管理者を決めずに運用するつもりですか」

「暫定的な共同利用です」とエリナ。

「維持費の内訳が出れば負担を協議します。所有権はそれまで保留します」

「保留では神界の権威が……」

「権威で船は帰ってこないぞ」

港の船長の言葉に、法務官は黙った。

夜明け前、最初の共同観測が行われた。

海へ出る船には航路の印を、農村には季節の合図を、神界には故障時刻だけを伝える。

個人の願いも名前も、記録から外した。

望遠鏡を覗いた農夫の婆さんが笑う。

「番号じゃ分からんが、これなら種を蒔く日が分かる」

サヴィンはほっとした顔で筆を置いた。

星を取り戻したわけではない。

それでも今夜、使う人のための図面が一枚できた。

帰り際、リュードが俺に言った。

「魔王城の地下には、城より古い天文台があるそうだ」

「なぜ今それを?」

「神界が管理を始める前、誰が星を見ていたか確かめられるかもしれん」

吉岡が持ってきた古い見取り図には、建設記録のない部屋が一つだけあった。

そこに記された文字を、ゼルガディスが読み上げる。

「創世記録保管室……だと?」

俺たちは顔を見合わせた。

星の持ち主を探していたはずが、世界を作った者の記録へ近づいていた。

創世記録保管室の扉を調べる前に、サヴィンが俺を呼び止めた。

「星図の原本を一か所に集めるのは危険です。誰かが扉を閉めれば、また全員が困ります」

「じゃあ、王国と魔界と神界で一通ずつ保管するか」

「それだけでは足りません。港と村にも、使うための写しを残しましょう」

俺は頷いた。

世界の秘密を見つけても、それを新しい独占の道具にしてはならない。

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