↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/120

■第九十一話 神界が取引停止したので、魔界の夜空から星が消えた

星が消えた夜、魔界の港から鐘が三度鳴った。

最初は停電かと思った。

だが発電所は動いている。

空にだけ、星が一つもなかった。

港の沖では、帰港予定の船が航路を見失っていた。

港の見張り台から、俺は海面を見つめていた。

反射鏡の光が届く境界の向こうに、黒い影が見え隠れしている。

「船長は老練な男です。しかし積荷は病院向けの薬草で、海水をかぶれば使い物になりません」

吉岡は運航記録を差し出した。

船名は《明日の風》。

乗組員は十二人。

乗客は三人。

うち一人は妊婦だという。

「荷を捨てれば船は軽くなる。だが薬草が届かなければ、今度は病院で人が困る」

空に星は戻らない。

売上でも株価でもないものが失われたのだ。

「まず船を戻す。原因を調べるのは、その後だ」俺は見張り台の灯りを増やすよう命じた。

「社長。荷物と命を天秤に載せないでください」

「救助船を出す。薬草は後で手配する」

「そういう個人の美談で会社を動かさないでください。緊急救助費の予備枠があります」

エリナは帳簿を開いた。

財政危機を経験したあと、彼女が最後まで削らなかった予算だ。

沖へ飛んだゼルガディスから伝令が届く。

『船体に穴。

甲板の右舷が沈みかけている。

荷を海へ落とすぞ』

『昔のお前なら、もっと早くそう言っただろうな』

ほどなく海上に二つの灯が浮かんだ。

聖剣の光を合図に、救助船と《明日の風》が綱でつながる。

船長は最後まで舵を離さなかった。

全員が移ったと確認した瞬間、傷ついた船が波に呑まれた。

港で待つ少年は、父の姿を見つけるまで泣かなかった。

父が岸壁へ上がると、星図を握りしめたまま駆け寄った。

「星がなくても、帰りを待つ人がいたから戻れた」

俺はその言葉を記録させた。

神界への抗議文に、損失額だけでなく、失われかけた十五人の命を記すためだ。

別の見張りが報告した。

「まだ六隻、沖で航路を見失っています」

少年の手には、航海士の父親からもらった星図があった。

墨で描かれた北の星を、指で何度もなぞっている。

そう言いかけて、俺は言葉を飲んだ。

必ずという約束を、根拠もなくしてはいけない。

「今できる手段を全部使う。船の名前を教えてくれ」

魔導通信は遠洋まで届かない。

聖剣が鞘から声を出した。

『私の光なら、海上から見える距離を延ばせます。

ただし三十分が限界です』

『剣を灯台扱いするとは、勇者の職務はずいぶん変わりましたね』

俺たちは漁師から小舟を借り、沿岸に反射鏡を並べた。

岬の聖剣が白く輝く。

鏡が光を次々と海へ送る。

灯りを見た一隻が汽笛を鳴らした。

そのころエリナは神界から届いた通知を調べていた。

【星辰表示サービスの提供停止。

未払い管理料を理由とする】

「神界はそう主張しています。でも契約書には、星の光を消してよいとは書かれていません」

「抗議だけでは今夜の船は救えません」

彼女は古い航海記録を広げた。

月の位置、海流、風向き。

星を使わない帰港法が残っていた。

俺は元魔王に伝令を飛ばした。

六枚の翼を持つ男なら、沖合まで行ける。

夜明け前、七隻のうち六隻が帰港した。

残る一隻には元魔王が伴走していた。

船底を損傷し、速度が出なかったのだ。

港に汽笛が響く。

少年は父親の胸へ飛び込んだ。

俺は安心して座り込んだが、エリナの表情は硬かった。

「星が戻ったわけではありません。神界は次に月も止めると言っています」

その問いに、社長である俺は答えられなかった。

だから決めた。

神界の請求書より先に、星の所有権そのものを調べる。

今日、俺の机を占領していたのは星明かり供給契約だった。

「隠しているのではありません。確かめているんです。夜空の星は神界が貸し出す演出設備だった」

相手は答えず、星明かり供給契約を指さした。

夜空の星は神界が貸し出す演出設備だった。

「航海と夜間の救急搬送が危険になる」

魔族側の代表、人間側の代表、そして星図職人の少女ルナが同じ卓につく。

それでも、航海と夜間の救急搬送が危険になるという問題だけは誰も否定しなかった。

俺は紙の余白に、地上の灯台網と航路標識を整備すると書いた。

「今日から、地上の灯台網と航路標識を整備する。ただし、何でも解決したと宣言するつもりはない」

俺は星明かり供給契約をもう一度見た。

現場に着いたとき、俺が最初に見たのは潮位記録と十五人の乗船名簿だった。

書類に書かれた数字と、目の前で起きていることが一致していない。

港の消えた灯台の空気は重く、仕事を止めた人々が遠巻きに俺たちを見ていた。

魔王軍株式会社の社長になってから、数字を見て安心できた日は少ない。

だが、数字を無視して救えた人もいない。

俺は記録の端を指で押さえ、現場の責任者に最初から説明してもらうことにした。

「結論から聞く前に、誰が何を失ったのかを教えてくれ」俺がそう言うと、船長ラグナが一歩前へ出た。

話は途中で何度も途切れた。

怒りと疲れが入り混じり、同じ出来事でも見ていた場所によって説明が違う。

エリナはすぐに裁定しなかった。

聞き取った時刻を紙に並べ、確認できた事実だけに印を付けていく。

吉岡は証言した者の名前を控え、あとで訂正できるよう余白を残した。

「社長、ここで断定すると、声の小さい人が置いていかれます」その忠告は、俺の焦りを正確に言い当てていた。

俺たちは灯台の代わりに漁船の鏡を並べることにした。

机の上では簡単に見えた作業が、現場では思うように進まない。

道具が足りず、担当者は互いの指示を待ち、古い慣習が新しい手順を妨げる。

ゼルガディスが力ずくで片付けようとしたが、エリナが止めた。

「一度だけ成功しても、明日同じことができなければ仕組みとは呼べません」元魔王は不満そうに腕を組んだものの、やがて一番重い荷物を黙って運び始めた。

誰もその姿を笑わなかった。

問題は夜間航行を禁止すれば漁村の食料が途絶えるという点だった。

どちらを選んでも誰かに負担が残る。

船を失った船長は、補償金より先に明日の天気を知りたがった。

エリナが示した予算表には灯台の修理費しかない。

俺は気象観測の人員を追加するよう頼んだ。

事故の後始末だけでは、次の遭難を防げない。

港の少年が紙の星を一枚ずつ桟橋に置いていた。

「父ちゃんの船は、あの星を目印に帰ってくるんだ」

俺が灯台の増設を約束すると、少年は首を振る。

「灯りがあっても、沖で嵐になったら見えない」

エリナは航海士を呼び、星に頼らない方位磁針と浮標の試験を指示した。

神界への抗議文を書くより先に、船を帰す方法を増やさなければならない。

聖剣が『光るのなら得意だ』と言ったが、眩しすぎて漁師全員に却下された。

夕暮れの港に、十五隻目の漁船が戻った。

船長ラグナは桟橋に膝をつき、濡れた航海帳を抱えた。

星はまだ戻らない。

それでも岸には、町の子供たちが灯した百個の明かりが続いていた。

「これなら明日も帰れる」と船長は言う。

俺は頷いたが、エリナは空白の星図を指した。

「灯りは応急策です。星の所有権を誰が主張しているのか、明日はそこを確かめます」

星のない空で、聖剣だけが妙に眩しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。