■第八十八話 雨を止められた村が雷で発電したら、神界から電気代を請求された
雨が降らなくなった村で、井戸の底が初めて見えた。
「神界の天候契約を更新できなかったんです」
村長はひび割れた畑を指した。
空は青く、作物は黄色い。
水を買う金がなければ収穫が減り、収穫が減れば来年はもっと払えない。
「契約を切ったら雨まで止めるのかよ」
俺が尋ねると、神界の担当天使は帳簿を差し出した。
「雲を動かすには維持費が必要です。滞納分を回収しなければ、ほかの村への供給も維持できません」
「費用がかかるのは分かる。でも、村を干上がらせたら回収どころじゃない」
エリナは数字を確かめた。
「過去三年、干ばつで収入が減るたびに契約単価が上がっています。これでは負担が増える一方です」
「神様が取り立て屋になってどうする」
『勇者よ、取り立て屋にも職業倫理はあります』と聖剣。
「神界の営業研修に参加するな!」
まず俺たちは、水路を掘り直した。
ゼルガディスは魔法で谷を削ろうとしたが、村の農夫が怒鳴った。
「そこは畑だ! 板を押さえるだけでいい!」
元魔王は泥に膝をつき、三人がかりで堰板を支えた。
「我に土木作業をさせるとは……」
「給料は出るぞ」
「ならば労働時間を記録せよ」
吉岡が嬉しそうに帳簿を開いた。
水は少しずつ戻った。
それでも診療所には別の問題が残った。
夜の出産に使う魔石灯の燃料が、あと二日分しかない。
「神界の雷を蓄えて発電できないか」とガンドルが言い出した。
「落雷を待つのか?」
「呼ぶんじゃない。既存の避雷塔で受けた魔力の一部を、蓄電石へ逃がすんだ。失敗したら即座に切り離す」
村長は首を振った。
「水不足の村に危ない実験を持ち込むな」
ガンドルは怒らず、集落から離した試験位置と、作業員の退避線を地面に描いた。
「子供を近づけない。最初は小さな魔石だけ。診療所へ送るのは、安全を確かめてからだ」
「中止するのは誰が決める?」
「現場監督だ。俺でも社長でもない」
村長はようやく図面を受け取った。
試験当日、俺は避雷塔を見上げていた。
空に雲が集まり、ガンドルが接地線を二重に確認する。
「雷を飼いならせると思うなよ」と彼は職人たちに言った。
最初の稲光が走った。
蓄電石が淡く光る。
「成功か?」
「まだだ。温度を測れ」
次の雷で、職人の手袋が焦げた。
「遮断!」
現場監督が即座に装置を切り離した。
俺が叫ぶより早かった。
手袋の持ち主は無事だったが、指先が震えている。
「試験を続けますか」と天使が尋ねた。
「今日は止める」と俺。
「社長、燃料が足りません」と診療所の看護師が言う。
「だからこそ、ここでけが人を増やせない。今夜の灯りは別の村から魔石を運ぶ」
吉岡が輸送隊を手配した。
ゼルガディスは黙って荷車を引いた。
翌日、接地線を増設し、独立した計測器を置いた。
天使も村長も数値を確認できる位置だ。
「それほど測る必要がありますか」と神界の担当者。
「請求書に雷の本数が書いてあるんだろ。使った分と、地面へ逃げた分を分けるためだ」
エリナが契約書を裏返した。
「そもそも、発電設備を使う契約者欄が空白です。落雷を所有する権利と、村が蓄えた電力の権利は別でしょう」
担当者は反論できず、公聴会までの請求保留を認めた。
「勝った!」と俺が叫ぶと、エリナは首を振る。
「請求が保留になっただけです。村の電力はまだ安定していません」
「今日ぐらい喜ばせろよ」
「喜ぶのは診療所が安心して使えるようになってからです」
再試験では小さな魔石だけを充電し、診療所の予備灯一基につないだ。
白い光が窓にともり、看護師が手を振った。
村長は目を潤ませた。
「これで夜に子供が生まれても……」
その言葉が終わる前に、灯りが揺れた。
「切替え!」
若い職人が予備電源の取っ手を握り損ねた。
光が消え、部屋が暗くなる。
「本番じゃなくてよかったな」と俺が言うと、エリナは首を振った。
「本番ではないから、失敗を見つけられたんです」
職人は悔しそうに頷き、手順書を読み直した。
次の訓練では三秒で予備灯がついた。
看護師は妊婦の手を握り、「これなら安心して待てます」と言った。
公聴会には、天候契約に賛成する隣村の代表も来ていた。
「うちの村は代金を払って雨を買っている。払わない村にも同じ雨を降らせるなら、こちらが損ではないか」
俺は言葉に詰まった。
干ばつの村を助けたい。
それでも、約束どおりに支払ってきた村を無視していいわけじゃない。
エリナは二つの帳簿を並べた。
「雨の維持費は、村ごとの最低限の水量を確保した上で、余剰分の使用に応じて負担を分けられませんか。まず実際に必要な費用を開示してください」
神界の担当者はため息をついた。
「その計算には、過去の契約を全部見直す必要があります」
「なら見直そう」と俺。
隣村の代表が腕を組んだ。
「俺たちにも数字を見せてくれるなら、話は聞く」
誰も拍手しなかった。
合意にはまだ遠い。
それでも、初めて二つの村が同じ帳簿を見た。
村長は計測器の前で、読み書きのできない農夫にも分かるよう、使った電力を小石の数で示してほしいと頼んだ。
ガンドルは頷き、蓄えた分だけ白い石を置いた。
「数えられなければ、請求が正しいかも分からんからな」
天使は黙って同じ数を帳簿に写した。
発電の仕組みを聞いた村の少年は、空を見上げた。
「雷を使うなら、雨も戻せるの?」
俺はすぐには答えられなかった。
電気が灯っても畑のひび割れは消えない。
エリナは発電の契約書とは別に、水の供給交渉を残した。
夕方、神界から正式な請求書が届いた。
【落雷使用料・三十七回分】
吉岡が試験記録を開く。
「実際に蓄えたのは二回分です。しかも請求書の契約者欄は空白でございます」
「使ってない雷の料金まで取るのか!」
担当天使は真っ赤になり、請求書を回収した。
「計測方法から見直します」
「そうしてくれ。天気は売れても、住民の同意まで勝手に売るなよ」
帰り道、ゼルガディスの角には泥と藁が絡まっていた。
『今日の元魔王の肩書は?』と聖剣。
「土木作業員兼、非常用魔石運搬係だ」
「……残業代はつくのであろうな」
吉岡はすでに残業申請書を差し出していた。
夜、診療所の灯りがまた一度揺れた。
今度は若い職人が迷わず予備電源へ切り替えた。
窓の向こうから、生まれたばかりの赤ん坊の泣き声が聞こえた。
俺はようやく、エリナに向かって小さく言った。
「今なら喜んでもいいか?」
「はい。今日の分だけは」
空では雷が鳴っていた。
明日の安全確認も、明日の交渉も残っている。
それでも今夜、村の灯りは消えなかった。




