■第八十七話 神界が橋の上の空に通行料をかけたので、勇者が契約書を調べた
天使の検査官は、橋の中央に白い杭を打ち込んだ。
「この先は神界の空域です。上空の管理区域を通過する車両にも、荷の高さに応じた占用料がかかるという新規則です」
橋は魔界と王国の職人が共同で架けたものだった。
杭を境に、荷車の列が動かなくなる。
「橋の上に空があるのは昨日も同じだろ」
俺が抗議すると、検査官は図面を広げた。
境界線は橋脚ではなく、空中に引かれている。
エリナが図面を見比べた。
「境界を設定した日付が、橋の完成より後です。しかも住民への通知記録がありません」
「空に線を引けば何でも自分のものか?」
ゼルガディスは空を睨んだ。
「昔のわしでも、そこまで図々しくはなかった」
「いや、結構やってたぞ」
「細部を覚えているな、勇者」
俺たちは荷車の積荷を調べ、腐りやすい食料だけ先に通す暫定措置を求めた。
争う相手は神界でも、腹を空かせるのは橋の両側の人間だった。
橋のたもとで、野菜を積んだ荷車の少年が泣き出した。
病院へ運ぶ食料が傷み始めていた。
検査官は通行許可の印を押す権限がないと言う。
エリナは橋の建設協定を取り出し、両岸の住民が維持費を分担する条項を示した。
「新規則の対象が空域だとしても、既存の橋を通る荷車まで止められる根拠がありません。境界を後から引いたことで、以前から認められた通行権まで消せるとは思えません」
検査官は本部へ問い合わせ、傷みやすい食料や救急物資を運ぶ緊急輸送だけを先に通した。
ゼルガディスは荷車を押しながら言った。
「昔なら橋ごと奪った」
俺は笑わなかった。
「奪ったあと、誰が直すんだ」
その夜、橋のこちら側の宿屋は荷車の御者でいっぱいになった。
宿代を払えない者は荷台で眠り、病院へ野菜を運ぶ少年は傷んだ葉を一枚ずつ取り除いていた。
「明日、橋を渡れても、もう売り物にならないかもしれない」
俺は財布に手を伸ばしたが、少年は首を振った。
「お金より、次の荷車が止まらないようにしてよ」
ゼルガディスは黙って傷んだ野菜を運び、宿屋の主人に頼んで温かいスープに使ってもらった。
「昔のわしなら、通行料を取る側だった」
「今は?」
「橋の修理代を払う側だ」
俺は翌朝の協議に、荷の損害と待機した人々の証言も提出することにした。
通行権は地図の線だけでは測れない。
翌朝、橋の管理組合へ届いた請求書には、通行料の支払義務者として組合の名が書かれていた。
荷車が払わなくても、組合の預金を差し押さえるつもりらしい。
「橋を守る人から金を取るのか」と俺。
エリナは先日示した建設協定の原本を、今度は組合への請求書と並べた。
住民の通行権が認められているのに、なぜ組合の預金まで差し押さえられるのか。
「通行権の問題に加え、請求先の根拠も示してもらう必要があります」
検査官の照会を受けた神界本部の通行管理責任者が、組合宛ての書面で一般通行の暫定再開を承認した。
緊急輸送だけを認めていた第一段階の措置を拡大するものだった。
料金請求そのものの適法性は、公開の協議で調べることになった。
橋のたもとでは、緊急輸送の対象から外れ、一般通行の再開を待っていた病院向けの保存食の荷車が動き始めた。
少年は運転台に飛び乗り、手を振る間も惜しんで走り去った。
公開協議の日、検査官は神界の古い地図を広げた。
空域の境界線は確かに橋の中央を通っている。
「規則に従って徴収しているだけです」
エリナは建設協定の成立日と境界指定日を並べ、先に認められた通行権を後の規則で一方的に消せないと主張した。
組合の代表は、通行止めで傷んだ荷の損失を提出した。
検査官は料金請求の執行を一時停止し、通行権と損害について第三者審査を受けると約束した。
徴収の適法性はまだ確定していない。
審査が終わるまで、組合の預金差押えも行わないと文書に残した。
橋の白い杭は、通行を妨げない岸の脇へ移された。
「これで全部終わったわけじゃないな」と俺が言うと、エリナはうなずいた。
「ええ。通行は再開しましたが、料金請求の根拠と荷の損害については第三者審査が残っています」
橋を渡れるようになったことと、橋を利用する権利が確定したことは違う。
俺たちは次の審査日を確認してから、ようやく橋を後にした。




