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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第八十六話 千年前の子守歌が、神界の特許を無効にした

薬師の老婆ハンナは、治癒の歌を最後まで歌い切ると、静かに息を吐いた。

「私の祖母も、祖母の祖母も歌っていました。誰が作ったかなんて知りません」

エリナは年代の異なる三冊の記録を並べた。

最も古い写本は旋律を、次の村誌は祭りでの演奏を、最後の薬師日誌は治癒術式としての使用を示していた。

「同じ旋律と術式が記されています。神界の特許申請より古い」

「じゃあ無効だ!」と俺が言うと、エリナは首を振った。

「古いだけでは足りません。公開されていたこと、実際に使われていたことを証明する必要があります」

吉岡が村の祭りの記録を差し出す。

歌を教えた者の名前が何代にもわたって残っていた。

「歌は誰のものでもない」とハンナは言った。

「でも、歌った人の人生は消さないでおくれ」

俺はその言葉を証言録の一行目に記した。

神界に勝つためだけの証拠ではない。

忘れられた人々の仕事を取り戻すための記録だった。

審理の前夜、ハンナは何度も歌い出しを間違えた。

「明日は大勢の前で歌うんだろう。こんな年寄りの声で大丈夫かね」

「記録は十分あります。無理に歌わなくても」とエリナが言う。

「違うよ。あの子たちが熱を出した夜、わたしはこの声で歌ったんだ。書類だけに任せたくない」

俺は聖剣を壁に立てかけた。

戦いの前なら、剣の手入れをしていただろう。

今夜、俺にできるのは証言台までの道を空けておくことくらいだった。

翌朝、村の若い薬師がハンナの椅子を押して法廷へ入った。

客席には、かつて彼女に看病された大人たちがいた。

審理の場で神界の代理人は、歌は家庭内の秘密だったと主張した。

ハンナは震える足で立ち、祭りの絵を広げた。

「この広場に百人いました。子供が熱を出せば、知らない家の者も歌ったんです」

神界側の弁護士はさらに、古い歌が存在しても治療への応用は新発明だと反論した。

「旋律が同じだけでは、特許は無効になりません」

そこでハンナは、祖母から受け継いだ薬草帳を開いた。

神界の請求項にある「特定の旋律に合わせて治癒術式を重ねる手順」と同じ順序が、歌詞の脇に記されている。

薬草帳の年月も出願より古かった。

これは一人だけが秘蔵した記録ではない。

村の薬師たちが代々写しを取り、治療法を教え合う際に参照していた帳面だった。

審理官は証人を呼び、紙と墨の年代を確かめた。

村誌の編者の子孫は、祭りの記録が誰でも閲覧できる集会所に置かれていたと証言した。

薬師二人は、薬草帳の写しを別々の村で保管していたことを示した。

神界の代理人は「後世の書き込みでは」と食い下がったが、写しの年代と異なる筆跡が照合され、出願前から術式の記載が存在したことが確認された。

ハンナ一人の記憶に頼らず、公開性と先行使用を独立した資料で裏付けた。

結論が出るまで病院での使用を止めない暫定措置も決まった。

「患者を待たせる理由にはならない」と俺は言った。

エリナは祭りの証言で公開性を、薬草帳と薬師日誌で治癒術式の先行使用を確認した。

旋律だけでなく、治療への応用まで出願前に知られていたのだ。

審理官は、特許の請求項がいずれも古い公開記録と治癒術式の範囲を超えていないと認定した。

残る独自の発明部分も認められず、特許全体を無効とした。

ハンナは勝利を喜ぶより先に尋ねた。

「明日から、あの病院で歌ってもいいのかい」

俺はうなずいた。

「今夜からでも」

審理が終わると、若い薬師がハンナに尋ねた。

「これからは誰の許可もなく歌えるんですね」

「そうさ。でも、歌い方を間違えれば薬にも毒にもなる。きちんと覚えておくれ」

エリナは写本の年代と術式の注意点をまとめ、誰でも閲覧できる記録にした。

村ごとに旋律が少しずつ違うことも隠さず記した。

「原型を一つに決めないのか?」と俺。

「歌は何百年も、子供を寝かしつける人たちが育ててきたものです」とハンナ。

後日、病院の看護師が歌を習いに来た。

ハンナは歌詞の一節を何度も繰り返し、最後に看護師の手帳を閉じた。

「覚えたら、次の人にも教えておくれ」

特許の独占が消えても、教える責任は残る。

俺は判定書に押された大きな印を眺めた。

千年続いた歌が、ようやく誰のものでもないと認められたのだ。

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