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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第八十五話 神様が薬の特許を取ったので、奇跡が有料になった

産室の扉の向こうで、助産師が叫んだ。

「治癒薬の封印が開きません!」

瓶には神界の特許印が巻かれている。

魔王軍の薬師が調合した薬なのに、使うたびに神界へ許可を求めなければならないらしい。

「命がかかってるんだぞ!」

俺が聖剣へ手を伸ばすと、エリナが書類を掲げた。

「緊急避難の条項があります。使用を先に認め、請求の正当性は後で争えます」

助産師が瓶を持って駆け込む。

しばらくして赤ん坊の泣き声が聞こえ、俺は壁にもたれた。

「助かった……」

「一人だけです」とエリナ。

「同じ薬を待つ病院は五つあります」

そこへ老薬師が古い歌集を持ってきた。

「この術式、母が歌っていた子守歌に似ています」

頁の端には神界の特許より古い年代が記されていた。

俺は薬瓶を見つめ直した。

「神様が発明したっていう証拠、どこにあるんだ?」

神界の監督官は病院へ来るなり、開封した薬瓶を差し押さえると言った。

助産師が前へ出た。

「証拠なら私の手にあります。赤ん坊の脈が戻るまで、ここで握っていました」

監督官は一瞬だけ言葉を失った。

エリナは使用時刻、薬剤番号、救命の判断をすべて記録した。

「命を救ったことと、特許が有効かどうかは別の問題です」

老薬師は歌集を抱えて廊下に座った。

かすれた声で旋律を口ずさむと、隣の病室から別の老人が同じ続きを歌った。

工房へ戻ると、薬師たちが封印された瓶と開封済みの瓶を並べていた。

「認証印がないと薬の効き目が落ちるのか?」

「いいえ。成分も効果も同じです。神界の印は調合を変えていません」

エリナは工房の日誌を開いた。

調合の記録は、神界の出願日より古い。

「これなら勝てるんじゃないか?」

「身内の記録だけでは不十分です。外部の証拠が要ります」

老薬師が歌集を机へ置いた。

「私の母が歌っていた子守歌です。熱を下げる調合の手順が、歌詞に隠されています」

「子守歌で特許を倒すのか?」

「歌だけで倒せるとは言っていません」とエリナ。

「いつから使われていた技術なのか、調べる手掛かりです」

その日の午後、五つの病院から同時に連絡が来た。

薬が届いているのに封印を開けられず、治療が止まっている。

俺は剣を抜きかけた。

「俺が全部の封印を斬って回る!」

『久々に勇者らしい仕事だな』と聖剣。

「それでは社長がいない病院で同じことが起きます」とエリナ。

「じゃあ、どうする?」

「緊急使用の手順を共通化します。患者の状態、使用量、判断者、使用時刻を残す。費用の争いは後で行う」

吉岡が用紙を抱えて走り出した。

「全病院へ配布いたします!」

「判子は何個だ?」

「患者の数だけです」

「命が助かるなら押す!」

「社長が押すのは承認欄一か所だけです」

「なら最初からそう言え!」

しかし、薬瓶の検査で別の問題が見つかった。

同じ製造番号を刻んだ偽物が三本ある。

「全部止めろ!」と俺が叫ぶと、薬師が腕をつかんだ。

「本物まで止めれば、待っている患者が死にます」

エリナは偽物の特徴と番号を照合し、該当する製造単位だけを隔離した。

薬師たちは夜通し確認にあたる。

封印を開ける自由を求めながら、危険な薬を野放しにしては意味がない。

俺は工房の扉に検査結果を掲示した。

「安全が確認できた薬は使う。疑わしい薬は止める。判断の理由も公開する」

神界の監督官が顔をしかめた。

「特許料はどうなりますか」

「請求の正当性は争う。でも患者に請求書を持たせて病室から追い返すな」

夕暮れ、朝の赤ん坊の父親が訪ねてきた。

「助けてもらったのに、薬の値段を聞くのが怖いんです」

エリナは通常の診療費だけを示した。

「特許料は係争中として会社側で別勘定にします。あなたに訴訟費用を負わせません」

男は何度も頭を下げた。

「子供の名前は決まりましたか」と俺が聞く。

「母親が、今夜決めると言っています」

朝は生きられるかどうかさえ分からなかった子だ。

その普通の返事が、俺には何よりうれしかった。

神界の監督官は臨時会議を求めた。

「許可なく使用した分は、すべて違反として計上します」

エリナは病院から届いた用紙を一枚ずつ並べる。

「使用理由と患者の状態は公開します。ですが、病院に一律の罰金を課す前に、緊急使用の例外規定を確認してください」

「前例がありません」

「前例がないから、目の前の患者を放置するのですか?」

監督官は言葉に詰まった。

セラフィが横から口を開く。

「神界の規則にも、救命措置を優先した記録があります。三百年前の疫病のときです」

「それは特別な……」

「特別だった命と、今日の命は何が違うのですか」

監督官は即答できなかった。

結局、違反認定は保留となり、救命に必要な薬の使用を妨げない暫定通知が出された。

「勝ったのか?」と吉岡。

「まだだ。次に同じことが起きないようにする仕事が残ってる」

俺は老薬師へ向き直った。

「歌集の原本を傷めないように、写しを作ろう。鑑定には原本が必要になるかもしれない」

「私の母の字が、誰かの命を助けるのなら」

老薬師は少し照れたように笑った。

「母も、きっと喜びます」

夜勤の助産師が薬瓶の棚を確認していた。

「朝、封印が開かなくて、あの子を失うと思いました」

「もう同じことは起こさせない」

「社長、約束は簡単です。夜中でも動く手順を残してください」

俺は吉岡が配った用紙を手に取った。

記入欄は少し多い。

それでも、病院ごとに判断がばらばらになるよりはいい。

「夜勤の人にも読める字で書き直してくれ」

吉岡が深々と頭を下げた。

「承知しました。社長の手書きよりは読みやすくいたします」

「そこは比較しなくていい!」

夜、老薬師は歌集の余白を指さした。

何代も前の母親が、子供の熱が下がった日付を書き残している。

その横に、同じ調合を記した別の筆跡があった。

「これが神界の出願より前の記録なら……」

「明日、第三者の年代鑑定を頼みましょう」とエリナ。

「勝てるか?」

「まだ分かりません。でも、証拠は集まり始めています」

エリナは最後に、病院ごとの緊急使用記録を封筒にまとめた。

誰かの善意だけに頼らず、明日の夜勤でも同じ命を救えるようにするためだ。

俺は封筒に承認印を押した。

隣の病室から、赤ん坊の泣き声が聞こえた。

老薬師が小さく歌い出す。

廊下の向こうから、誰かが続きを歌った。

神様の印より古い歌が、病院の夜をつないでいた。

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