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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第八十一話 神界の営業マンが、天使の羽で名刺を配り始めた

夜学の校舎には、いつもより早く明かりがついていた。

魔界と王国の商取引が落ち着いた頃、今度は誰も仕入れ先を確かめない品物が増え始めた。

先月の取引台帳には、国名も住所もない供給者が載っていた。

契約相手の欄にあるのは「神界商事」の印だけ。

さらに原簿の欄外には、供給元の管理番号として「世界運行契約・付属事業」の文字があった。

吉岡が古い台帳を調べても、契約本体は見つからない。

箱には神界の印があり、値札にはただ一言「無料」と書かれている。

エリナはそれを見て、顔を曇らせた。

「代金を払う人がいない契約ほど、支払うものを確かめなければなりません」

神界製の無限光灯。

昼間のように明るい教室で、子供たちが嬉しそうに本を広げている。

「すごいな。これなら夜でも字が読める」

俺が感心すると、天使セラフィは白い羽を一枚抜いて名刺に変えた。

「神界商事のセラフィです。初月無料。世界を照らす営業部へようこそ!」

「名刺を配るたびに羽が減ってないか?」

「経費で生えます」

「便利だな、天使!」

だが、教室の隅で母親が契約書を握りしめていた。

「無料と聞いたのに、毎晩三十分の祈りが必要だなんて」

セラフィが笑顔のまま答える。

「貨幣はいただきません。祈りは神界の運営資源です」

「時間を取るなら無料じゃないだろ」と俺。

エリナは書類の最後の頁を指さした。

「しかも祈りを忘れると翌月分が自動更新されます。解除方法は神界の窓口へ直接出頭、ですね」

「空の上まで解約に行けるか!」

その夜、教師のマーレが俺たちを職員室へ招いた。

机には児童の時間割が並ぶ。

「農家の子は日暮れまで働いています。ようやく勉強できる三十分を、祈りに使わせたくないんです」

一人の少年が戸口から顔を出した。

「先生。祈らないと灯りが消えるの?」

「契約上はそうなります」とセラフィ。

少年は手元の算数帳を閉じた。

「じゃあ僕、灯りを使わない。お母さんが疲れてるから」

その言葉を聞いた瞬間、セラフィの羽が一枚、床に落ちた。

俺は少年に言った。

「明日はいつもどおり来い。灯りは消させない」

エリナがこちらを睨む。

「勇者様、費用の裏付けは?」

「……今から考える」

「先に考えてください」

翌朝、神界商事の試算表を取り寄せた。

光灯一基あたりの維持費、祈りから得られる魔力、故障時の交換費。

セラフィは堂々と説明した。

「祈りは天界で貯蔵し、季節の奇跡に使われます」

「奇跡の仕入れ先が小学生なのか?」

「年齢による区別はありません」

「だから問題なんだ」

エリナが数字を弾く。

「実際には、魔石灯の方が年間費用は安いですね。神界灯は明るいですが、修理のたびに専属技師が必要です」

「でも、魔石灯では黒板の端が暗い」と教師。

「そこは改良できる」と鍛冶師ガンドルが図面を広げた。

「反射板を付ければ光を机へ集められる」

「今から作れるのか?」

「一晩だ。だが金は取るぞ」

「職人として正しいな!」

セラフィは顔を曇らせた。

「私にも月間契約目標があります。ここで一件も取れなければ、研修からやり直しです」

俺は名刺を拾って返した。

「契約しない人に不利益がある商品を売って、目標を達成しても胸を張れないだろ」

「私は、皆さんが喜ぶと思って……」

「最初に子供たちは喜んだよ。問題は説明の順番だ」

セラフィは契約書を開き直した。

小さな字の規約を、一行ずつ読み上げ始める。

途中で母親が質問した。

「祈りを忘れた子に罰はありますか」

「……契約にはあります。でも、私はそれをお勧めできません」

「営業マンが自社商品を勧めないのか?」と俺。

「天使にも良心はあります!」

「そこは疑ってない!」

比較試験の準備には、思いがけない苦労があった。

ガンドルが持ち込んだ反射板は大きすぎて、教室の扉を通らなかったのだ。

「壊せば入る」とガンドル。

「壊すのは壁か反射板か、先に言え!」

「壁だ」

「絶対に駄目だ!」

結局、俺たちは庭で反射板を分解し、窓から部品を運んだ。

手伝っていた子供たちは笑いながら工具を渡してくれる。

「勇者様って、戦う以外の仕事もするんだね」

「最近はこっちの方が多い」

「魔王を倒したのに?」

「魔王を倒してからが長いんだ」

教師が古い魔石灯を示した。

修理のための予算が足りず、去年から三基のうち一基しか使えていないという。

「神界の営業が来たとき、断れませんでした。無料という言葉が嬉しくて」

「責められないさ。今まで誰も、ここに明かりを届けなかったんだから」

俺は会社の予算書を思い出した。

夜学への寄付欄は小さく、軍用照明の研究費はその何十倍もある。

「エリナ。次の取締役会で、学校の照明費を議題にできるか?」

「できます。ただし一校だけ特別扱いすれば、ほかの学校も困ります。まず必要な校舎数を調べましょう」

「……また調査か」

「調べずに剣を振るうのは、勇者時代だけにしてください」

俺は反論できなかった。

試験前夜、セラフィは教室に残って契約書の訂正版を作っていた。

羽根のペン先が折れるたび、彼女は新しい羽を抜く。

「もう抜くな。羽がなくなるぞ」

「それでも、読めない小さな字よりはましです」

翌朝の書類は、子供でも読める大きな文字になっていた。

『祈りをしなくても罰はありません』。

その一文を見て、教師はようやく肩の力を抜いた。

三日後、夜学で比較試験をした。

神界灯と、ガンドルが反射板を付けた魔石灯。

子供たちにはどちらが見やすいか、教師には維持費と故障時の対応を確かめてもらう。

神界灯は眩しいほど明るかった。

しかし突然、空から『祈り不足』という赤い文字が降ってきた。

「授業中に催促状が降るのかよ!」

聖剣が笑った。

『天罰より事務的ですね』

ガンドルは反射板を少し曲げた。

黒板の隅まで光が届き、子供たちが歓声を上げる。

「こちらなら、私たちで修理できます」と教師。

投票では魔石灯が僅差で選ばれた。

セラフィは負けた結果を営業報告書に記入した。

「神界灯の改善要求として、祈りの義務撤廃と解約窓口の設置を提出します」

「上司に怒られないか?」

「怒られるでしょう。でも、子供たちに嫌われる方が困ります」

帰り際、小さな少女がセラフィの袖を引いた。

「祈らなかったら、悪い子になる?」

セラフィはしゃがんで答えた。

「いいえ。誰かを信じる気持ちは、請求書に書けるものではありません」

少女は安心して笑った。

その夜、校舎には魔石灯がともった。

セラフィは最後の羽名刺を教師へ渡した。

「神界の営業担当としてではなく、次はお手伝いに来てもいいですか」

「もちろんです。ただし、授業中に営業しないでください」

「はい!」

吉岡が耳打ちする。

「社長、神界商事から別の無料サービスの案内が届きました」

「今度は何を取られる?」

「魂の記憶を保存するクラウドだそうです」

俺は嫌な予感しかしなかった。

セラフィは羽根を畳み、教室の明かりを見上げた。

「無料の代金を、子供に払わせてはいけない」

翌朝、彼女が教師に届けた名刺の裏には、解約窓口の場所と、契約を断っても不利益を受けないことが大きく印刷されていた。

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