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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第八十話 勇者と元魔王が同じ議案に賛成した日、買収戦争が終わった

臨時株主総会の朝、魔王城の門前には二種類の旗が並んだ。

勇者ジークを支持する青い旗と、灰冠財団を支持する黒い旗。

その間を、社員食堂の料理長ボルドが鍋を抱えて歩いていた。

「投票前に食わせろ! 腹が減ると判断を間違える!」

「それ、選挙運動じゃないのか?」

俺が聞くと、ボルドは胸を張った。

「両方に配る。平等だ」

聖剣が鞘で拍手した。

『民主主義はカレー味なのですね』

「お前は少し黙ってろ」

会場の入口で、ゼルガディスは一度だけ俺を見た。

敵だった頃なら、互いの手には剣があったはずだ。

今は議案書がある。

「今日の結論がどうなっても、わしの考えまで同じだと思うな」と元魔王は言った。

「分かってる。でも守りたい人間は重なっている」

ボルドが最後の皿を片づけ、エリナが議事日程と採決手順を確認する。

たとえ今日の勝敗が決まっても、壊れた港や未払いの賠償は残る。

俺たちが勝っても、被害者が救われるわけではない。

議案書の末尾には、補償の進捗を次の総会で公開するという一文があった。

俺は手元の控えの確認欄に自分の名前を書いた。

株主へ送付済みの正式議案書を書き換えたわけではない。

総会場の前列にはクラウスが座り、その隣に元魔王ゼルガディスがいた。

俺たちは視線を合わせたが、挨拶はしなかった。

昨夜まで皿を洗っていた男が、今日は俺の経営権を奪う側に座っている。

それでも、あいつの顔には以前のような傲慢さがなかった。

エリナが議長席に立った。

「議決権の確定について報告します。重複した株式は、権利者が判明するまで集計から除外しました」

会場がざわめく。

「そんな決定は無効だ!」

クラウスが立ち上がる。

取引所長サヴィンが封印された原簿を掲げた。

「双方の立会いで照合した結果です。異議は議事録に残します。ただし、未確定の株を二重に数えることはできません」

「買収側の票を減らすための陰謀だ!」

「現経営陣の票も減っています」

エリナは一歩も引かなかった。

最初の議案は、灰冠が提出した取締役全員の解任だった。

俺は壇上に立つ。

「この会社には失敗がある。給与の遅配も、設備更新の先送りも、過去の戦争被害への補償不足も。俺が社長になってから見つけた問題だけじゃない。俺が見逃した問題もある」

客席から怒声が飛ぶ。

「だったら辞めろ!」

「辞めれば済むなら、そうしたい。でも、誰が次にやるにしても、問題は消えない」

俺はエリナを見る。

「だから、事前に提出した三項目の修正議案を、今日ここで承認してほしい」

クラウスが笑った。

「経営権を争う場で、夢を語るつもりか」

「夢じゃない。設備の点検費と、未払い賃金と、被害者補償の予算だ」

「金はどこから出す?」

「隠れた負債を先に出す。足りないなら、俺の報酬から削る。それでも足りない分は、事業を見直して説明する」

吉岡が小声で言った。

「社長の報酬だけでは到底足りません」

「分かってる! 今は格好つけさせろ!」

少しだけ笑いが起きた。

そこでゼルガディスが立ち上がった。

「私からも発言する」

会場が静まる。

「私はこの会社の前身を軍として率いた。戦争のために人を雇い、村を焼き、補償を数字に変えた。今朝、その村の生き残りから手紙を受け取った」

あいつは折り畳んだ紙を取り出した。

「『謝罪より先に、冬の燃料を届けてください』と書かれていた」

ゼルガディスは顔を上げた。

「私が求めていた王座には、その手紙を読む場所がなかった」

クラウスが立ち上がる。

「契約を忘れたのですか!」

「忘れていない。だからこそ、灰冠との契約の無効を法廷で争う。だが、今この場で行使するのは、わし自身の名義で確定した議決権だ。契約の争いと投票は別の問題だ」

「裏切りだ!」

「裏切ったのは、被害者への補償を買収の道具にした者だ」

エリナが、事前に株主へ送付済みの三項目の修正議案を読み上げた。

議長は提案手続きと審議対象を確認し、異議を議事録に残したうえで審議に入った。

第一に、戦争被害の補償請求を、買収の成立や経営者の交代と切り離して扱うこと。

第二に、魔導炉など生命に関わる設備の点検予算を、経営陣の都合で流用できないようにすること。

第三に、社員代表を含む監督委員会を設け、食堂と医療、未払い賃金の状況を公開すること。

「これは買収側にも現経営陣にも、同じ義務を課します」

エリナが言った。

「反対する理由がある方は、ここで説明してください」

クラウスは唇を噛んだ。

「資金計画が甘い」

「おっしゃるとおりです。実施時期と財源は四半期ごとに公開し、未達なら再審議します」

「そんな制約では、経営ができない」

「人命と賃金を守れない経営を、自由と呼ぶべきではありません」

客席から拍手が起きた。

採決の前、ボルドが俺のところへ来た。

「勇者さん、最後の一票をどうするか、まだ聞きたいか」

「いや。自分で決めてくれ」

「そうか」

料理長は投票箱へ歩いていった。

俺はその背中を見送りながら、剣で魔王を倒した日のことを思い出していた。

あのときは勝てば終わると思っていた。

だが会社では、勝っても翌朝の朝食を作らなければならない。

全株主の投票が終わり、議長が投票箱を閉じた。

立会人の前で開票と照合が行われ、集計が終わった。

解任議案は僅差で否決された。

俺は息を吐いたが、歓声を上げる気にはなれなかった。

灰冠を支持した人々の不安が消えたわけではない。

続いて、エリナの三項目の議案が採決にかけられた。

俺は賛成票を入れた。

反対側の席で、ゼルガディスも賛成票を投票箱に入れた。

「賛成だ」

その声に議場が静まった。

続いてほかの株主たちも投票を済ませ、集計の結果、議案は可決された。

クラウスは最後まで反対したが、議事録への記載を求めるだけにとどまった。

採決後、エリナは可決された三項目の実行計画を示した。

「北方金鉱の設備更新費は、買収防衛資金のうち用途変更が認められた分から捻出します。社員食堂の無償食は福利厚生費として明示し、戦争被害者への補償基金は独立監査の対象にします」

「配当を減らせば株主が逃げるぞ」とクラウス。

「その心配も議事録に残してください」とエリナ。

彼女は昨年の事故による休業損失と、配管交換費を黒板に並べた。

事故の損失の方が大きい。

「実施時期と財源は四半期ごとに公開します。補償の監督には被害者代表も参加していただきます」

約束が議事録に残る。

その重みを、俺は数日前の炉の熱より強く感じた。

総会が終わると、ゼルガディスが近づいてきた。

「私はお前の部下になったわけではない」

「分かってる」

「法廷にも行く。償いも終わっていない」

「それも分かってる」

元魔王はぎこちなく手を差し出した。

俺は握り返した。

「皿洗いは続けるのか?」

「当然だ。ボルドにまだ一人前と認められていない」

「王より厳しい相手だな」

「まったくだ」

門を出ると、青い旗も黒い旗も片づけられていた。

代わりに食堂の前に、長い行列ができていた。

「社長!」

吉岡が駆け寄ってくる。

「人間界の商会と神界の企業から、共同事業の申し入れが届いております」

「今日くらい休ませろ!」

『世界は閉店しませんからね』

聖剣が言った。

俺はカレーの皿を受け取り、湯気の向こうのゼルガディスを見た。

買収戦争は終わった。

だが、会社が守るべき日常は、ここから続いていく。

俺たちが次に争うのは、相手を倒す権利ではない。

誰にも暮らしを奪わせないための契約の中身だ。

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