■第七十四話 封印された初代魔王が、敵対的買収の相談役になっていた
魔王城の地下宝物庫には、鍵より厄介なものが封じられていた。
「我が名は初代魔王ガルディオン。世界を恐怖に沈めし……」
「相談料、一時間金貨百枚」と吉岡が読み上げた。
「……何?」
「あなたの封印箱に貼ってあります」
箱の中から低い咳払いが聞こえた。
「恐怖にも経費がかかるのだ」
俺は箱の前にしゃがみこんだ。
封印を解けば災厄が起きると聞かされていたが、相手は箱から出られないまま、敵対的買収の助言を売っているらしい。
「誰が金を払ってる?」
「灰冠財団の代理人だ」とガルディオン。
「買収には弱点を突く知恵が要る」
「お前、子孫の会社を売る手伝いをしてるのか?」
「会社? 我の時代は土地と兵だけで国を支配した。今は紙を集めれば王になれるのだろう。実に面白い」
ゼルガディスが背後で歯ぎしりした。
「先祖よ、少しは子孫の立場を考えろ!」
「お前はまず署名する前に文字を読め」
思わぬ正論に、ゼルガディスが黙った。
エリナは相談記録を確認した。
助言の中心は『議決権の分散』『債権の買い集め』『株主の不安を煽る情報開示』。
魔法は一つもない。
「恐ろしいのは初代魔王ではなく、助言を実行する側ですね」
「では封印を解くか?」とガルディオン。
「いや」と俺。
「封印したまま、こっちにも聞く」
「金貨百枚だぞ」
「初回相談無料って書いてある」
箱が沈黙した。
吉岡が札を裏返すと、確かに『新規のお客様限定』と小さく記されていた。
「最初の質問だ。あんたなら、買収される側の社員をどう守る?」
箱の中から、今度は笑い声ではなく、長い沈黙が返ってきた。
「答えられぬのか、初代魔王」
俺が問い直すと、箱の中で鎖の擦れる音がした。
「守る、という言葉を知らぬわけではない。ただ、我の時代に守るべきは城壁だった」
「城壁の内側にいた人は?」
「兵だ。食料を作る農民は外にいた」
「それで城だけ残って、国が滅びたのか」
箱が小さく揺れた。
「……痛いところを突く勇者だ」
エリナは買収側に渡った助言記録を読み直した。
「この資料に『創業者の権威を用いて現経営陣の正統性を否定せよ』とあります。ガルディオン様、誰が書いた言葉ですか」
「我は『創業者の権威は便利だ』と言った。それを文書にしたのは代理人だ」
「便利というだけで、会社を奪えるんですか」と吉岡。
「お前たちが創業者を崇めるならな」
俺は吉岡を見た。
「お前、崇めてる?」
「社員証の裏に初代魔王の肖像があります」
「それは崇拝か?」
「入館時の認証に使う透かし模様です」
「まさかの防犯用途!」
笑っている場合ではなかった。
灰冠財団は古い肖像と創業者の言葉を使い、社員へ『正統な魔王軍を取り戻す』という手紙を配っていた。
配達係のゴブリンが、封筒の束を持ってきた。
「今朝からこれが食堂にも置かれています。読んだ新人が、勇者社長は会社を売り払うつもりだって」
「そんなことは決めてない」
「でも、創業者の印章が押されています」
エリナが印を確かめた。
印章は本物だ。
ただし、箱に刻まれたものと同じ形だった。
「ガルディオン様。封印中でも印を押せるんですか」
「箱の底に押印板がある。相談料の領収書に使う」
「その板、誰でも触れますね」
「……ああ」
俺は額を押さえた。
世界を震え上がらせた初代魔王の権威が、領収書のゴム印並みに扱われていた。
「まず押印板を回収しよう」
「相談業務ができなくなる!」
「その相談業務で会社が危ないんだよ!」
ゼルガディスが一歩前に出た。
「先祖よ。灰冠財団の味方を続けるなら、我は子孫として反対する」
「お前にそんな度胸があったか」
「昔はなかった。借金の契約書を読まずに署名する程度には愚かだった」
「今は?」
「まだ愚かだ。だからエリナに読んでもらう」
「自分で読んでください」とエリナ。
「……読めるよう努力する」
ガルディオンが、腹の底から笑った。
「我の子孫が勇者と並び、帳簿を読むとは。これを敗北と呼ぶべきか」
「会社が残るなら、勝ちでいいだろ」と俺。
しばらくして、箱から紙が一枚押し出された。
灰冠財団に渡した助言の控えだった。
そこには『北方金鉱・旧境界図』という項目があり、図面の写しが添えられている。
「この地図は何だ?」
「我が治めた時代の鉱山だ。戦費を得るため、鉱区を分けて売った」
「分けて?」
「地表の権利と地下の権利を別にした。だが境界線は同じだった」
エリナが顔を上げた。
「同じ鉱区に複数の権利が残っている可能性があります」
「今も使われてるのか、その契約」
「分からん」とガルディオン。
「だが、古い契約ほど、誰も確かめずに信じる」
俺たちは写しを持って地下室を出ようとした。
「待て、勇者」と箱が呼んだ。
「まだ相談料の話か?」
「違う。灰冠財団へ渡した情報は、我の言葉だけではない。封印箱の外から誰かが、近年の決算書を差し込んでいた」
「誰だ?」
「顔は見えぬ。ただ、紙から薬草の匂いがした」
吉岡が眉をひそめた。
「薬草の匂いがする書類は、救護部門でも使います」
「犯人扱いはするな」と俺。
「まず書類の経路を調べよう」
エリナが頷く。
「それと、創業者の発言を社内の命令として扱わないと、全社員に通知します。命令権は現在の役職と手続きに従う。古い肖像にはありません」
「肖像がかわいそうだな」と俺。
「肖像に人事権を持たせた方がかわいそうです」
夜、吉岡が新しい社員証の試作品を持ってきた。
裏の肖像は残っていたが、横に小さな文字が増えている。
『この肖像に決裁権はありません』
「そんなこと書く必要ある!?」
「本日、実際に混乱が発生しましたので」
ゼルガディスは試作品を眺め、少しだけ笑った。
「先祖よ。これが今の魔王軍だ」
封印箱の奥から、諦めたような声が響いた。
「ならば、次の相談料は金貨ではなく、最新の社員規則を持ってこい」
「初代魔王が研修を受けるのか?」
「創業者が会社を知らぬまま口を出すのは、さすがに格好がつかぬ」
俺は思わず笑った。
歴史を変えるのは剣よりも、案外、研修資料なのかもしれない。
エリナは社員証を机に置いた。
「権威を疑うことと、歴史を忘れることは違います」
「そうだな」と俺。
「古い地図だって、今の危険を教えてくれる」
翌朝、北方鉱山から緊急の報告が届いた。
同じ番号の境界杭が、谷の両側に一本ずつ立っているという。
ガルディオンは封印箱の内側から、古い会議規則を読み上げた。
『反対する者は追放』
「それじゃ会議じゃない」と俺。
『では、今の規則は?』
「反対意見を議事録に残す」
箱の中が静かになった。
『……我の時代にも、それがあれば違ったかもしれぬ』
ゼルガディスは何も言わず、最新の社員規則を箱の前に置いた。




