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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第七十一話 秘密倉庫にあったのは、武器ではなく大量の契約書だった

灰冠財団の旧倉庫は、鍵を三つ開けてもまだ開かなかった。

四つ目の鍵は、倉庫そのものではなく、そこに入る権利を証明するためのものだった。

「武器庫って聞いてたんだけど」

俺がぼやくと、吉岡は扉に貼られた封印票を読み上げた。

「『保管物は契約書。無断閲覧は損害賠償の対象』とあります」

「紙を見るだけで金を取られるのか?」

「見る権利を先に買った人がいる、という理屈です」

剣で扉を切ろうとした瞬間、エリナが鞘を押さえた。

「切ったら相手の思うつぼです。証拠を壊した社長として訴えられます」

「じゃあどうする」

「封印の裏にある番号を見てください」

番号は三つ。

港湾使用権、水門管理権、穀物倉庫の優先引渡権。

別々の事業のはずなのに、契約更新日だけが同じだった。

奥から老人の声がした。

「更新日に署名しないと、港の船も村の水も止まるんです」

元倉庫番だという老人は、引き出しから古い配送票を出した。

配送票の隅には、財団の印ではなく、見覚えのある魔王軍の古い印が押されている。

「昔の会社が約束したことを、今の会社に払わせる仕組みか」

エリナは首を横に振った。

「まだ断定できません。でも、三つを一緒に縛っている理由はあります」

倉庫の床には雨漏りの跡があり、書類の箱だけが高い台に載せられていた。

武器より大事に守られた紙束。

俺はそれを見て、敵が狙っているのは城ではなく、城の外で暮らす人間の明日だと悟った。

「封印を破らず、契約の当事者全員に開示を求めよう。誰が困るのか、最初に名前を書き出す」

「人数が多いですよ」と吉岡。

「なら、紙が足りなくなるまで書け」

封印票を持ち帰ると、吉岡はまず倉庫の前に立会人を二人置いた。

契約書を開く前に、開いた事実を証明するためだという。

「そんなに用心する必要があるのか?」

「社長が剣で封印を斬ろうとした事実が、すでに三人の証言として残っております」

「その証言は消せないのか」

「消した瞬間に、証拠隠滅という新しい証言が増えます」

エリナは、港の荷主組合、水門の農民代表、倉庫の預け主を別々に呼び寄せた。

全員を一度に集めれば、誰かが契約内容を先回りして書き換えるかもしれない。

最初に来たのは港の女性荷役長だった。

手袋の指先が擦り切れ、腕には新しいあざがある。

「船を動かすたびに通行料を二度払えと言われる。会社に払って、灰冠財団にも払えと」

「二重請求だろ」と俺。

「どちらかを断れば荷物を降ろせない。だから払うしかない」

次に農民代表の老人が、泥のついた長靴のまま入ってきた。

「水門の鍵を持つ者が、畑の水を売り始めた。雨が降らなければ、金を払える村からしか生き残れん」

最後の預け主は、穀物商の若い娘だった。

「倉庫に入れた麦は、私たちのものです。なのに財団は、別の商会に引き渡す権利があると言っている」

三人の話は、同じ契約更新日に行き着いた。

俺は倉庫の古い配送票を机に置いた。

「この印、魔王軍のものだ。うちが全部悪いのか?」

「それはまだ分かりません」とエリナ。

「昔の魔王軍が管理を委託した事実と、財団が今も独占できるかは別です」

「なら、全部公開しよう」

「公開してはいけない部分もあります。預け主の名前や備蓄量を見せれば、盗賊が先に倉庫へ向かいます」

エリナは三色の紙を取り出した。

赤は個人情報、青は権利関係、白は誰でも確認できる履行記録。

俺たちは箱を開けるたび、どの色の紙に写すか相談した。

夕方、最初の契約書が姿を現した。

港の使用権には『水門の維持費を共同負担すること』、水門の管理権には『穀物倉庫の備蓄を優先すること』、穀物倉庫には『港の通行を確保すること』と書かれていた。

「三つが互いの保証人になってるのか」

「一つを止めると、残り二つも債務不履行になる仕組みです」とエリナ。

「誰がこんなものを考えた」

吉岡が古い欄外注記を指した。

【戦時輸送を絶やさないための臨時措置】

戦争中は、どれか一つが止まれば軍の食料が尽きる。

だから三つを結びつけた。

それが平和になった今、暮らしを縛る鎖になっている。

「昔は合理的だったんだな」

「だからこそ厄介です。悪意だけでできた契約ではありません」

倉庫番の老人が言った。

「わしは若いころ、これで飢えた兵を助けた。誇らしかったんです。けれど、今は村の子供が水を買えずに泣いている」

俺は老人の前で頭を下げた。

「過去の仕事を否定するつもりはない。でも、今の使い方は変えたい」

翌日、関係者を集めた公開説明会は怒号で始まった。

港の荷役長が、農民に向かって言った。

「水門の修理代を港に押しつけないで!」

農民も負けじと言い返す。

「港の船を守るために、畑を枯らせと言うのか!」

「待ってくれ!」と俺は叫んだ。

「誰か一人が得をする契約に戻したら、また同じことが起きる」

エリナは三つの契約を壁に並べ、実際に必要な維持費を記入した。

支払先が不明な費目、二重に請求された費目、すでに完了した工事費。

数字が見えるにつれて、怒号は質問に変わった。

「この金はどこへ行った?」

「ここの工事は終わっているのに、なぜ毎年払う?」

吉岡が手を挙げた。

「灰冠財団の代理人は本日欠席です。ただし、質問書は受領させました」

「逃げたのか?」

「回答期限は七日後です。逃げたかどうかは、そのとき判断できます」

俺たちは暫定協定を作った。

水門は止めない。

港の通行料は従来の一回分だけ仮払いし、争いのある分は第三者の口座に保全する。

穀物は預け主の立会いなしに出さない。

誰も満足していなかった。

それでも、明日の船は動き、畑には水が流れ、麦は倉庫に残る。

説明会が終わると、荷役長が俺を呼び止めた。

「勇者様。勝ったんですか?」

「いや。七日間、時間を買っただけだ」

「七日あれば、船を二往復できます」

彼女は擦り切れた手袋をはめ直した。

俺は契約書の山を見た。

剣で倒せない相手にも、守れる一日がある。

その夜、吉岡が最後の箱から一通の封書を見つけた。

封には、元魔王ゼルガディスの署名があった。

「……あいつ、また何に署名したんだ?」

俺は封筒に触れようとして、手を止めた。

ゼルガディスの署名は、二千年前のものではなかった。

「……これ、いつ書いた?」

吉岡が日付を読み上げた。

「先月です」

倉庫の空気が、一瞬で冷たくなった。

契約書の端には、何度も書き直された日付があった。

吉岡が原本の保管印を調べ、エリナが写しとの違いを一つずつ記録する。

俺は早く犯人の名を知りたかったが、急いで決めつければ、今度は無実の誰かを傷つける。

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