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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第七話 魔王、人生で初めて株主に頭を下げる

臨時株主総会。

会場は魔王城の大広間だった。

普段は勇者を処刑するために使われる場所だ。

だが、今日は違う。

巨大な長机。

無数の椅子。

壁には会社の旗。

そして正面には、大きな文字が掲げられていた。

【魔王軍株式会社 臨時株主総会】

俺はエリナとともに会場へ入った。

「……本当に株主総会なんだな」

「はい」

「魔王城でやる必要あるのか?」

「本社所在地ですから」

「……なるほど」

会場には、さまざまな魔族が集まっていた。

オーク。

ゴブリン。

スケルトン。

リッチ。

ドラゴン。

そして……

「勇者様!」

オークの隊長が手を振っていた。

「おお、来たか!」

「はい! 今日は全力で応援します!」

「頼むぞ!」

「週休二日制、お願いします!」

「分かってる!」

周囲の魔族たちも声を上げた。

「残業代!」

「有給休暇!」

「育児休暇!」

「勇者社長!」

「勇者社長!」

俺は苦笑した。

「……まだ社長じゃないぞ」

そのとき、会場の扉が開いた。

魔王ゼルガディスが現れた。

漆黒の鎧。

巨大な角。

六枚の翼。

圧倒的な威圧感。

魔王は壇上に立った。

「諸君!」

低い声が響いた。

「本日は、我が魔王軍株式会社の株主総会に集まってくれたことを感謝する!」

会場が静まり返る。

「我が軍は、これまで数多くの戦争に勝利してきた!」

魔王は拳を振り上げた。

「今後も人類を征服し、世界を支配する!」

沈黙。

誰も拍手しなかった。

魔王が戸惑う。

「……どうした?」

一人のゴブリンが手を挙げた。

「魔王様!」

「何だ!」

「戦争を続けると、会社の利益は増えるんですか?」

「……利益?」

「はい!」

魔王は胸を張った。

「当然だ! 領土が増える!」

「でも、軍事費も増えますよね?」

「…………」

別のオークが手を挙げた。

「魔王様!」

「何だ!」

「昨年度の営業利益は?」

「……営業利益?」

吉岡が小声で説明した。

魔王の顔色が変わった。

「……赤字だ」

会場がざわめいた。

「赤字?」

「また赤字?」

「何年連続だ?」

エリナが資料を見た。

「七年連続赤字です」

「七年!?」

俺は思わず魔王を見た。

魔王は視線をそらした。

剣では見られなかった表情だった。

魔王は叫んだ。

「戦争には金がかかるのだ!」

すると、リッチ理事長が手を挙げた。

「魔王よ」

「……何だ?」

「我々年金基金は、安定した配当を求めている」

「……配当?」

「七年間、一度も配当が出ておらん」

「…………」

「我々には老後があるのだ」

俺は思わず叫んだ。

「だから、いつ老後になるんだよ!」

会場に笑いが起きた。

魔王の顔が赤くなる。

「静まれ!」

だが、誰も静まらなかった。

「残業代を払え!」

「休日を増やせ!」

「戦争をやめろ!」

「配当を出せ!」

魔王は震えていた。

世界最強の魔王。

人類を恐怖に陥れた存在。

採決前の休憩時間、議場の廊下で揉め事が起きた。

「人間は後ろの席だ! 魔族の会議に口を出すな!」

警備兵が、俺の後ろにいた小柄な商人を押し返している。

商人は震える手で出席票を掲げた。

「私は魔王軍の株を買った。議決権があるはずだ」

吉岡が駆けつけた。

「株主名簿を確認します。お名前は?」

商人が名乗ると、吉岡は眼鏡を押し上げた。

「確かに登録されています。お席はこちらです」

「魔王様に怒られますよ!」と警備兵。

「株主を追い返すほうが怒られるべきです。少なくとも私はそう報告します」

吉岡の声は震えていた。

それでも道を開けた。

議場の後ろで、ひとりのゴブリンが立ち上がった。

「私は魔王様に助けられました。ですが、娘の顔を三か月見ていません」

賛成派も反対派も黙った。

ゼルガディスは反論しかけて口を閉じる。

「我は勝たねばならぬと思っていた」

その声は、戦場で聞いたどの咆哮より小さかった。

俺は勝利のために拍手するのをやめた。

ここは敵を罵る場所ではなく、これからを決める場所だ。

議決権の数字が動くたび、魔王は拳を握り直した。

俺は剣の柄ではなく、委任状の束を握りしめた。

会場の後方で、議決権のない清掃員たちが立ったまま議論を聞いていた。

俺が振り返ると、一人が小さく首を振る。

余計なことを言わないでくれ、という合図にも見えた。

魔王を追い詰めるだけなら簡単だ。

だが、明日この床を磨く者の仕事まで奪っては意味がない。

俺は演説原稿の『魔王軍の解体』を二重線で消し、『事業の転換』と書き直した。

ゼルガディスは演壇に置かれた謝罪文を見て顔をしかめた。

「我が謝るべき相手は株主だけか」

吉岡は従業員の欠勤届を差し出した。

「こちらにも、待っている者がおります」

魔王はしばらく黙り、演説の冒頭に一行を書き足した。

その魔王が……

株主たちに追い詰められていた。

そして、議長を務める吉岡が告げた。

「それでは、次の議案に移ります」

会場が静まり返る。

「第一号議案」

吉岡は書類を読み上げた。

「取締役ゼルガディスの解任について」

魔王の顔が引きつった。

「……何?」

「本議案は、株主ジーク様より提出されたものでございます」

魔王は俺を見た。

「……勇者」

俺は立ち上がった。

「ああ」

「貴様……!」

魔王の全身から、凄まじい魔力が噴き上がった。

だが、俺は動かなかった。

聖剣にも手をかけない。

ただ、静かに言った。

「魔王。今日の俺は、お前を倒しに来たんじゃない」

「……何?」

「お前を、解任しに来た」

会場が静まり返った。

そして吉岡が告げた。

「それでは、採決を行います」

議決権を託す従業員は、魔王の目を恐れて署名をためらっていた。

吉岡は投票用紙を封筒に入れ、誰がどちらに投じたか経営陣に渡さない手順を説明した。

俺が守るべきものは、賛成票の数だけではなかった。

俺は商人に声をかけた。

「魔王軍の株なんて、どうして買ったんだ?」

「戦争で家を失った。復興用の資材を売るには、魔王軍の商会を通さなきゃならない。だから一株だけ買って、話を聞いてもらおうと思ったんだ」

「一株で?」

「一株しか買えなかったんだよ」

俺は返す言葉を探した。

自分たちは何パーセント集めたかばかり考えていた。

一株を手にするまでの事情を、考えたことがなかった。

議場に戻ると、魔王はまだ演説の原稿を握りしめていた。

端には吉岡の赤い書き込みがある。

【『征服する』ではなく『市場を開拓する』とご説明ください】

「言い換えただけじゃないか」と俺。

「私もそう思います」と吉岡。

「お前、魔王の部下だろ?」

「ええ。だからこそ、間違いは間違いだと伝えなければなりません」

吉岡は原稿を伏せた。

「魔王様は怖い方です。しかし、この会社がなくなれば十二万人が困ります。私の仕事は、魔王様を喜ばせることではありません」

エリナが小さく頷いた。

「議長として、採決は公正にお願いします」

「もちろんです。賛成票も反対票も、同じ一票ですから」

そのとき、先ほどの商人が俺の隣に座った。

「勇者さん。私はあんたに投票する。でも、魔王が辞めても町の壁が直らなかったら、次はあんたを責めるぞ」

「……分かった」

「簡単に返事するなよ。こっちは家族の冬がかかってる」

俺は頷き直した。

魔王を倒した後のことなど、旅に出たときは考えなかった。

だが今、俺の前にいるのは倒すべき敵ではなく、答えを待つ人々だった。

鐘が鳴り、休憩の終了を告げた。

吉岡は深く息を吸って議長席に戻る。

魔王の翼が広がり、会場の窓が震えた。

それでも吉岡は席を離れなかった。

議事録を握る指は震えていた。

それでも彼は、次の発言者の名を間違えなかった。

議場の外では、警備兵が人間の商人に水を差し出していた。

さっきまで追い返そうとしていた相手だ。

「すまなかった」と小声で謝る兵士に、商人は「次からは最初に名前を聞いてくれ」と返した。

たったそれだけのやり取りなのに、俺には剣を収めるより難しいことに思えた。

吉岡はその光景を見て、受付規則の紙に一本、太い線を引いた。

「株主の種族による区別を禁ずる」

そう書き足した文字は少し曲がっていたが、誰にも消させなかった。

休憩が終わる直前、ゼルガディスが吉岡に小声で尋ねた。

「議事録には、余が頭を下げたことも残るのか」

「ご希望なら、正確に記載いたします」

魔王は長い沈黙のあと、頷いた。

「残せ。今日、余は初めて、命令では人がついてこないと知った」

吉岡は震える筆でその言葉を書いた。

俺は魔王の背中を見た。

敗北を認めることが、あいつにとって最初の改革なのかもしれなかった。

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