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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第六十八話 二千年前の賠償台帳に、勇者の故郷の名前があった

魔王軍資料保管庫の最下段から、革の表紙が崩れかけた台帳が出てきた。

背には《賠償・二千年前》とある。

「こんな古い請求が、今も有効なのか?」

「法的な時効と、支払われなかった事実は別です」

エリナは手袋をはめ、破れた頁を慎重に開いた。

村名の列に、俺の故郷リベル村があった。

金額の隣には赤い印が押されている。

『支払済』ではない。

『審査保留』だ。

「俺の村が……?」

吉岡が古い地図を広げる。

二千年のあいだに村は移り、名前だけが残った場所もある。

単純に現在の住民へ払えば、別の被害者を取り残す。

「名簿を作ろう」と俺は言葉を選んだ。

「社長、今すぐ払うとはおっしゃらないのですね」

「払う相手を間違えたら、また誰かの名前を消す」

その夜、台帳の写しを作る作業に、元兵站係の老人が加わった。

老人は震える手で一つの欄を指した。

「ここは、金ではなく食糧を渡す約束だった。飢饉で届かなかった」

俺は初めて、賠償が単なる金額ではなく、届かなかった食事の数でもあると知った。

台帳の余白に、子どもの字で一行だけ残っていた。

『冬の麦、まだ届かず』。

エリナは金額を読み上げる手を止めた。

二千年前の銀貨を今の価値に換算するのは難しい。

それ以上に、その冬を越せなかった人へ金を渡すことはできない。

俺は故郷の名前を指でなぞった。

賠償とは数字を消す作業ではなく、消せない記録を誰の目にも見える場所へ戻すことなのかもしれない。

「社長が来たぞ」

古文書係のルークが声を上げた途端、閲覧室の奥で羽根ペンが一斉に止まった。

机には二千年前の戦争で焼けた村の名前が並んでいる。

生き残った家系をたどるだけでも、いくつもの王朝をまたぐ仕事だ。

「リベル村の欄だけ、赤い糸が結んでありますね」

エリナが指さした。

「赤は何の意味だ?」

「未解決、ではありません。支払いを止める命令が出た印です」

ルークは紙を裏返した。

裏面には細い文字で『受取人確認不能につき保留』とある。

ところが、受取人の署名欄には、すでに誰かの名前が書かれていた。

「確認不能なのに署名がある?」

「その矛盾に気づいた職員が、三代続けて異動させられました」

「三代って何だよ。親子で異動させる会社があるか!」

「以前の魔王軍です」

「……あったな」

俺は机の上の封蝋を見つめた。

灰色の冠をかたどった紋章。

最近、買収の裏で何度も見た印だった。

「これを公表したら、会社が補償を踏み倒した証拠になる」

エリナはうなずく。

「逆に隠せば、買収側に握られたとき、会社が隠蔽した証拠になります」

「どっちに転んでも地獄か」

「社長、第三の選択肢があります。調べるんです」

翌朝、俺たちはリベル村の跡地へ向かった。

地図に残る村は、今では川沿いの市場になっていた。

古い石橋のたもとで、薬草を売る老女が足を止める。

「その台帳、見せておくれ」

「読めるのか?」

「字じゃない。紙の端に開いた穴だよ。うちの祖母は、戦争の記録を奪われないよう、帳面に穴を開けて糸でつないでいた」

老女は市場の店先から小さな木箱を取り出した。

中には、同じ間隔で穴が開いた半券が何十枚も入っていた。

「受領証か?」

「食糧引換券さ。村は金より麦を欲しがった。だが、渡されたのはこの紙だけだった」

俺は一枚を裏返す。

引換期限は戦争が終わる前の日付だ。

「期限が切れたら、食べ物は?」

「来なかったよ」

老女は静かに答えた。

「だから、孫に伝えておくれ。お金の話だけにしないでくれって」

エリナが半券を数えた。

台帳の数字と、枚数が合わない。

「四十七枚不足しています」

「紛失したんじゃないか?」

「いいえ。番号が連続して抜けています。誰かが束ごと持ち去っています」

市場の鐘が鳴る頃、吉岡が駆け込んできた。

「社長、保管庫の出納記録に、灰冠財団の前身組織が記されています」

「財団が二千年前からあるのか?」

「名称は変わっております。ただ、保管責任者の印が同じです」

「同じ印を何世代も使い回すなよ。社印の寿命が長すぎる!」

ルークが初めて笑った。

「社長、印は残っても、証言者は残りません。だから記録が要るんです」

その言葉で、俺は方針を決めた。

「台帳と半券を複写する。原本は第三者の立ち会いで封印。請求できる人がいるかどうかは、村の代表も入れて調べる」

「補償額はどうしますか」とエリナ。

「先に数字を決めない。飢えた日の価値を勝手に金貨へ換算したくない」

「ですが予算には上限が必要です」

「分かってる。だから調査費と緊急支援を別にしよう。今困ってる人を、二千年前の審査が終わるまで待たせない」

エリナは少し考えてから帳簿を開いた。

「それなら、現年度の救済基金から支出できます。ただし、使途と審査過程を公開します」

「俺の故郷だから特別扱いしたと思われるな」

「むしろ社長は審査の議決から外れてください」

「自分の村の話なのに?」

「だからです」

ぐうの音も出なかった。

夕方、公開されたのは補償金の額ではなく、欠けた四十七枚の番号だった。

市場の掲示板の前で、若い男が俺に尋ねる。

「勇者様は、村に金をくれるんですか」

「まだ分からない。でも、何が起きたかは調べる。結果が俺に都合悪くても、隠さない」

男は不満そうに口を曲げた。

「約束って、それだけ?」

「それだけを、破らないようにする」

男は去っていった。

拍手はなかった。

その夜、ルークから一通の報告が届いた。

欠けた番号の一つが、リベル村の共同倉庫に残る古い出荷伝票と一致したという。

伝票の署名は、見覚えのある筆跡だった。

父さんの名前だ。

俺は椅子から立ち上がった。

「エリナ、明日の予定を空けてくれ」

「株主対策会議がありますが」

「父さんが何をしたのか、知らないままじゃ会議で正しい顔ができない」

エリナは予定表を閉じた。

「では、社長の欠席理由は『証拠確認』にします。『里帰り』では経費が落ちませんから」

「最後の一言で急に会社になったな!」

それでも俺は少し救われた。

勇者の剣より、明日持っていく帳面の方が、今は重かった。

翌日、ルークは新たに見つかった半券の写しを送ってきた。

四十七枚のうち一枚だけ、受取人欄に名前ではなく「北の陣地」と書かれていたという。

村の人間が受け取るはずの麦を、軍が横取りした可能性がある。

「これで灰冠財団を告発できますか」と吉岡。

「まだだ。印が同じでも、命令した人物まで同じとは限らない」

俺がそう言うと、吉岡は珍しくうれしそうにした。

「社長が証拠と推測を区別なさった」

「成長を褒めるなら、もう少し普通の言い方にしてくれ!」

エリナは半券の番号を帳簿へ転記し、調査委員会への提出期限を三日後と記した。

「期限を過ぎたら?」

「私が社長を催促します」

「それはもう、確実に守られるな」

冗談を言いながらも、俺は分かっていた。

ここで調べるのをやめれば、二千年前に名前を消された人たちは、もう一度消されるのだ。

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