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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第六十七話 買収屋の正体は、魔王に城を焼かれた元商人だった

旧国境の焼け跡で、男は黒焦げの秤を磨いていた。

買収屋クラウス。

金さえ払えば誰の株でも買うと噂される人物だ。

「私の店はここにありました」と彼は言った。

壁のない場所に、秤だけが残っている。

「戦争が始まる前は、麦を量って売っていた。焼いたのは魔王軍だ」

俺は謝ろうとしたが、クラウスは首を振った。

「勇者が謝っても店は戻りません。私が欲しいのは、二度と同じ命令を出せない仕組みです」

「それで魔王軍の株を買い集めているのか」

「支配する側の帳簿を、支配される側にも開かせるためです」

エリナが同行していなかったことを後悔した。

だが、俺はその場で答えを約束しなかった。

誰の金で、誰から株を買っているのか。

そこを確かめなければ、正義の言葉で新たな被害者を作る。

クラウスは焼けた床石の下から、家族の名前を刻んだ板を取り出した。

「私を敵だと思って構いません。ただし、ここにいた人たちを数字から消さないでください」

俺は板に手を触れなかった。

触れていいかも分からなかったからだ。

城へ戻る途中、吉岡から買付けの資金提供者一覧が届いた。

最後の欄だけが空白だった。

クラウスは焼けた秤の皿に銅貨を一枚置いた。

「これが私の店の最後の売上です」

ゼルガディスが何か言おうとすると、クラウスは手を上げた。

「謝罪の前に、誰の命令で火がついたか記録を見せてください」

俺は二人の間に立つのをやめた。

元魔王が過去の命令書を自分で探し、被害者の前に持ってくる。

それができなければ、どんな買収提案も和解の代わりにはならない。

クラウスの話を聞き終えた俺は、焼け跡に残った井戸を覗いた。

水面に、灰色の空が映っている。

「店はいつ焼かれた?」

「二十一年前。魔王軍がこの街道を奪った日です」

「その日の命令書は残っているかもしれない」

「残っていたとして、誰が裁くのです?」

俺は答えられなかった。

会社を変えたからといって、過去が消えるわけではない。

クラウスは小さな木箱を開いた。

中には金貨ではなく、焼け焦げた伝票が入っていた。

「客が預けた麦の受領証です。店が焼けたあとも、私は返せなかった麦の量を数え続けました」

「何袋だ」

「四百十七袋。名前の分かる人は百二人。亡くなった人もいます」

「株を集めて、その人たちに返すのか?」

「違います。魔王軍の利益がどこから来たか、株主総会で問いたいのです」

そのとき、吉岡から届いた資金提供者一覧を広げた。

最終欄は黒く塗られている。

「ここを隠したのは誰だ」

クラウスは目を逸らさなかった。

「私も知りません。財団に資金を出す匿名の出資者です」

「知らない金で会社を買おうとしているのか」

「あなたも、最初は二株しか持っていなかったでしょう」

「俺は少なくとも、金を出した相手の顔を知っていた」

クラウスは口を閉じた。

俺は彼を逮捕する権限も、ここで裁く資格もない。

ただ、会社の株を買う者に資金源を尋ねる権利はある。

「株主として公開質問状を出す。答えがなければ、その事実も公表する」

「私を悪者にするのですか」

「分からないことを、分からないままにする。お前が言った『帳簿を開かせる』を、お前自身にも求めるだけだ」

クラウスは長い間、黒焦げの秤を見つめていた。

「では私からも条件を一つ。魔王軍の過去の補償台帳を公開してください」

「個人情報を守れる形なら、調べる」

「約束ですか」

「調査する約束だ。すぐ賠償できると嘘はつかない」

帰り道、俺はゼルガディスを訪ねた。

元魔王は報告を聞くと、最初は黙っていた。

「その街道は覚えているか」

「……焼いた命令は、わしが出した」

俺は息を呑んだ。

「当時は敵の補給を断つためだった。民間の店があると報告を受けていたかどうかは、覚えておらぬ」

「覚えてないなら、記録を探そう」

「責めぬのか?」

「責めるためだけに調べるんじゃない。誰が何を失ったかを、会社の帳簿に戻すためだ」

ゼルガディスは古い鍵を差し出した。

魔王城の地下資料庫の鍵だった。

「開けろ。わしが見たくないものも、そこにはある」

城へ戻ると、エリナが帳簿の保管年限を確認していた。

「二千年前の台帳まであります。ですが、分類が『勝利』『損失』『処分』だけです」

「人の名前は?」

「別冊にあるはずです。探しましょう」

俺は焼けた秤を思い出した。

重さを量る道具が、今は誰かの喪失を量っている。

地下へ続く階段は暗かった。

聖剣が小さく光る。

『今度は何を斬る?』

「鍵の錆くらいかな」

『世界最強の剣を錆落としに使うな』

笑いながら扉を開けた。

中には、戦争が終わっても終わらない数字が眠っていた。

魔王城の地下資料庫には、鍵が三つ付いていた。

ゼルガディスが渡した鍵で一つ目は開いた。

二つ目は吉岡の総務部長印、三つ目はエリナの会計責任者印が必要だった。

「過去の魔王が勝手に帳簿を燃やせないようにしたのか?」

「ええ。実際に三度、燃やそうとされました」と吉岡。

「三度も!?」

「四度目からは火災報知器を付けました」

扉の奥には、革表紙の台帳が何列も並んでいた。

勝利の記録、戦費の記録、略奪品の記録。

その隅に、薄い背表紙の帳面がある。

【民間被害・未整理】

俺は一冊を抜き取った。

最初の頁には、焼けた橋と壊れた井戸の絵が描かれている。

文字を読めない兵士が報告したのだろう。

「これも記録なのか」と俺。

「誰かが捨てずに残したのでしょう」とエリナ。

ページをめくると、古い街道の名前が出てきた。

クラウスの店があった場所だ。

【麦四百十七袋・徴発】

「数が一致する……」

吉岡は眼鏡を外した。

「徴発と書かれていますが、補償の欄は空白です」

「命令したのは誰だ」

「署名は読めません。ただ、命令印は当時の魔王直属軍のものです」

俺は帳面を閉じなかった。

過去の責任が見つかるのは怖い。

だが、見つけない方がもっと怖い。

クラウスへ使い魔便を出した。

『四百十七袋の記録が見つかった。

調査に立ち会ってほしい』

返事は短かった。

『行きます。

ただし、私だけでなく、店を失った人たちも連れていきます』

「いい返事だ」と俺。

エリナは慎重に言った。

「原本の保存と写しの公開を分けましょう。被害者の名前が勝手に広まれば、別の問題になります」

「分かった。本人たちが確かめられる仕組みを作る」

廊下へ出ると、ゼルガディスが待っていた。

「何か見つかったか」

「お前が見たくない数字だ」

元魔王はしばらく黙り、俺の横を通って資料庫へ入った。

「ならば、わしも見る」

その背中は、玉座にいたころより小さく見えた。

翌朝、クラウスたちが城へ到着した。

焼けた秤を抱えていた彼は、台帳の数字を見て膝をついた。

「覚えていた者が、いたのですね」

「忘れないために残したんだと思う」と俺。

クラウスは涙を拭い、顔を上げた。

「では次は、返す方法を考えましょう」

戦争を終わらせる仕事は、ようやく始まったばかりだった。

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