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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第六十四話 人間王国の商会長が、勇者に裏切り者の値札を貼った

王都商業会議所の階段には、俺の似顔絵が貼られていた。

鼻は妙に長く、下には大きな字で『裏切り者』と書かれている。

「似ていませんね」と吉岡。

「慰めるなら別のところを選んでくれ」

会議所の扉の前で、商人たちが俺を取り囲んだ。

「勇者が魔族のために穀物を買い占めた」

「戦争を終わらせると言いながら王国を飢えさせるのか」

一人の商人が紙を突き出した。

俺の署名がある会議録だ。

だが会議の日付には、俺が港で水没船の救助をしていた時間が記されていた。

「この日、俺はここにいない」

「社長の署名が偽造されています」とエリナ。

彼女は紙の縁を指で擦った。

「印章は本物に似ていますが、契約用の青い顔料が混ざっていません」

商人の一人が叫ぶ。

「そんな細かいことより、俺たちの店が潰れそうなんだ!」

その声に、俺は言い返すのをやめた。

偽造の紙を信じた人たちも、生活を脅かされている。

「店が潰れそうな理由を聞かせてくれ。俺の責任なら調べる。だが偽の署名で犯人を決めるな」

階段の上から商会長グレゴールが姿を見せた。

彼は俺の似顔絵を一瞥し、静かに言った。

「勇者殿。名誉を守りたいなら、商人の腹を満たしてからにすることだ」

「名誉より先に、事実を確かめたい」

俺たちは階段の真ん中で向かい合った。

会議所を出ると、幼い子が俺の似顔絵に石を投げていた。

「父ちゃんの店が潰れたんだ。勇者のせいだって」

俺は反論しかけて、子の手に残る小さな石を見た。

店が潰れた理由を調べもせず、魔界との取引は正しいと叫んでも意味がない。

商会長の値札を剥がす前に、倒産した店の仕入れ先と借入れを見せてもらう。

俺が選んだ和平に、誰が取り残されたのかを知るためだった。

公開討論会の開始まで一時間。

グレゴールは会議所の裏口から、一人の若い印刷職人を連れてきた。

「この子は印章の版を彫った。だが命じた者の名前は知らない」

職人の少女は指先を隠していた。

青い顔料が爪に残っている。

「本物の印章に青い顔料が使われることは、知っていたのか?」

「いいえ。依頼人は『王国の書式に合わせろ』とだけ。前金で母の薬代を払ってくれました」

俺は怒鳴りそうになった。

偽造は罪だ。

だが、目の前の少女が誰かを飢えさせたかったわけではない。

「依頼人の顔は?」

「仮面でした。右手に、灰色の羽根を刺した指輪がありました」

グレゴールの顔が強張った。

灰冠財団の紋章だ。

「証言を公開していいか?」と俺。

「母まで捕まりますか」

「それは俺が決めることじゃない。だが、あなたが脅された事情も隠さない」

エリナは会場に二つの机を用意した。

一つには偽の会議録、もう一つには本物の出荷記録。

魔族側の輸送量と王国側の受取量を、誰でも照らし合わせられるようにした。

最初に怒鳴ったのは小麦商の男だった。

「数字などいくらでも書き換えられる!」

「そうだ」と俺はそう答えた。

「だから、現物を持ってきた」

吉岡が運び込んだのは封の切られていない麦袋だ。

袋には王国の農家の焼き印と、魔界の倉庫の受領印が並んでいた。

「買い占めたのではありません。契約に従って運んだのです」とエリナ。

「ではなぜ王都の市場から麦が消えた!」

グレゴールが低く答えた。

「私の商会が、通行停止を恐れて出荷を留めた。判断したのは私だ」

会場が騒然となった。

商会長は逃げずに立っていた。

「勇者を疑ったのは、私も同じだ。取引先を守るつもりで、店頭から麦を消した」

「その責任はどう取る?」

「明朝から備蓄を放出する。価格は前週の平均に固定する。損失は私の商会で負担する」

拍手は起きなかった。

市場の怒りは、そんなに簡単に消えない。

少女が震えながら手を上げた。

「私は偽の紙を作りました。誰かの食卓を空にするなんて、思わなかった」

俺は彼女を壇上へ引き上げなかった。

見世物にする必要はない。

代わりに吉岡へ、偽造の依頼書を証拠として保管するよう頼んだ。

「この事件は終わりじゃない。誰が金を出したか、調べる」

グレゴールは俺の似顔絵を剥がし、裏返して机に置いた。

「勇者殿。私が間違ったとき、止めてください」

「俺が間違ったときもな」

会議所を出ると、パン屋の店先にはまだ長い列があった。

俺は列の最後に並んだ。

「社長が並んでどうするんです?」と吉岡。

「俺の分が残るか、確かめる」

「ご自身で買われるのですか」

「誰かのパンを横取りしたくないからな」

前にいた老人が振り返った。

「勇者さん、鼻は絵より短いね」

「そこを褒めるのか!」

老人は笑ったが、手の中の銅貨はぎゅっと握ったままだった。

翌日の証言会で、少女は証言台に立つ前に俺を見た。

「勇者様。私が嘘をついたら、怒りますか」

「嘘なら確かめる。でも、怖くて言えないことまで責めない」

彼女は母親の方を見て、小さく頷いた。

グレゴールは会場の後ろに立っていた。

俺たちは互いに挨拶しなかった。

昨日までの敵意は、一日で帳消しにならない。

それでも証言台の前には、誰の名前も書かれていない椅子が用意された。

翌朝、グレゴールの倉庫が開いた。

番人が錠を外す音を聞いて、列の先頭の母親がほっと息を吐いた。

腕には赤ん坊が眠っている。

「一袋いくらですか」

「昨日と同じ値段です」と番人。

「本当に?」

「商会長の署名入りです」

俺は売り場の隅で袋の数を数えた。

最初の荷車は二十袋、二台目は三十袋。

行列に並ぶ家族は百組を超えていた。

「足りないぞ」と俺。

「だから今日は二袋までの購入制限です」とグレゴール。

「金持ちが人を雇って何度も並んだら?」

「引換札に家の印を押す。抜け道はあるが、昨日よりは公平になる」

完璧ではない。

それでも、誰もが同じ列に並んでいた。

昼には、偽造文書の依頼人が泊まった宿の帳簿が見つかった。

名前は偽名だったが、支払いに使われた硬貨には港の造幣印があった。

「灰冠財団の指輪だけで決めつけないでください」とエリナ。

「分かってる。次は金の流れを追う」

グレゴールが俺に薄いパンを差し出した。

「朝から何も食べていないでしょう」

「売り物だろ」

「私が買いました。商会長にも昼食の権利はあります」

「じゃあ半分ずつだ」

俺たちは階段に腰を下ろし、パンを割った。

昨日まで互いを疑っていた商人と勇者が、同じ硬いパンを噛んでいる。

「王国と魔界の商売は、これからも続くと思いますか」と彼。

「続けなきゃ、困る人がいる」

「それだけですか」

「それで十分じゃないか」

グレゴールは笑った。

「商人らしくない答えですね」

「勇者らしい答えでもないだろ」

広場では誰かが俺の似顔絵を描き直していた。

鼻は前より短い。

だが今度は頭に角が生えていた。

「どうして角がある!」

「魔界と仲良しの勇者だから!」

子どもたちが笑う。

俺は絵を剥がさなかった。

少なくとも、裏切り者の札よりはましだった。

その日の夕刻、少女の母親から手紙が届いた。

『娘をかばってくれたことには感謝します。

でも、罪が消えたとは思っていません』。

俺は手紙を机に置いた。

守ることと許すことは違う。

明日、少女は自分の言葉で証言する。

そのための安全な場所を用意するのが、俺たちの仕事だった。

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