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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第六十三話 穀物倉庫が空っぽなのに、帳簿には百万袋あった

王都西部の穀物倉庫で、俺は生まれて初めて「百万袋の空気」を見た。

帳簿には小麦百万袋。

ところが扉の向こうには埃と鼠の足跡しかない。

「袋はどこだ?」

倉庫番の少女ミーナは鍵束を握りしめた。

「先週、商人が倉庫証券を持ってきました。昨日も別の商人が、同じ番号の証券を持ってきたんです」

エリナが紙を並べる。

どちらにも同じ魔法印が押されていた。

「実物の穀物は一度しか入っていないのに、受け取る権利だけが何度も売られています」

「同じパンを十人に売ったようなものか」

「その十人が明日の食事を当てにしているのが問題です」

倉庫の外では、配給札を握る人々が列を作っていた。

列の最後にいた老人は、足元の小さな袋を撫でている。

「孫に一食だけでも食わせたいんだ」

俺は倉庫の空間を見回した。

誰かを殴って小麦が湧くなら簡単だが、そんな奇跡はない。

「吉岡、今ある穀物の実数を数え直してくれ。エリナ、証券の持ち主を全部洗い出す」

「社長は?」

「配給所に行く。今日の夕飯がない人を先に探す」

ミーナは鍵束を差し出した。

「私も数えます。ここに何もないって、一番知っているのは私ですから」

倉庫番ミーナは、帳簿の端を指した。

「この印、私が押したことになっています。でもその日は熱で寝ていました」

エリナは印章の傷を照合し、同じ傷が二種類の証書にあることを見つけた。

俺が不正だと叫ぶより早く、倉庫の外でパン屋が倒れた。

明朝の粉が届かなければ店を閉めるという。

俺たちは犯人探しと並行して、残っている現物の袋を数え、町の食卓に届く順番を決めることにした。

ミーナが倉庫の床板を持ち上げると、古い封印札が現れた。

「ここに最後の入庫記録があります。私が鍵を預かる前のものです」

エリナは封印札の番号を証券と照らし合わせた。

「同じ穀物に三種類の受取権が発行されています。倉庫証券、先物引換券、戦時補償券。名前を変えて何度も売っています」

「穀物を増やす魔法か?」

「紙だけ増える魔法です。お腹は膨れません」

倉庫の外から怒号が聞こえた。

「俺の証券が先だ!」

「こっちは病院の配給分だぞ!」

列の先頭で二人の商人が掴み合っていた。

ミーナが飛び出そうとしたが、俺は止めた。

「鍵を持っている君が責められる必要はない。記録を守ってくれ」

俺は外へ出て、空の袋を一枚掲げた。

「先に謝る。ここに百万袋はない」

人々が静まった。

「そんなことは見れば分かる!」

「じゃあ、今ある食料と、どこに消えたかを一緒に調べる。順番だけで解決したふりはしない」

薬師の女性が手を挙げた。

「うちの病院には明日までの粥しかありません。証券を持っていても患者は待てない」

「病院と乳幼児への配給を優先する。ただし俺の一存じゃなく、必要量を公開して決めよう」

商人の一人が怒鳴った。

「俺たちの財産権はどうなる!」

エリナが前に出た。

「消しません。受取権は登録して保全します。ですが、今夜の食事を奪ってまで順番を争えば、権利の価値もなくなります」

そのとき、ミーナが倉庫の奥から走ってきた。

「地下の搬出口に、新しい車輪の跡があります!」

俺たちは裏手へ回った。

古い石壁の一部だけ、土の色が違う。

聖剣で石を叩くと空洞の音がした。

『おい、今のは壁だ。

俺を金槌にするな!』

「あとで磨く!」

壁の向こうには細い運搬路が続いていた。

奥には穀物袋の切れ端と、灰冠財団の輸送札。

吉岡が地面に落ちた運送伝票を拾った。

「荷物は北の製粉所へ移されています。三週間で四十七回。運送費は倉庫の帳簿に載っていません」

「製粉所に小麦があるのか?」

「あるとは限りません。途中で別の買い手に渡した可能性もあります」

俺は運送伝票を握り直した。

怒りに任せて製粉所へ乗り込めば、そこで働く人間を巻き込む。

「まず現物を確認する。吉岡は輸送業者を調べてくれ。エリナは証券の番号を公開して、二重登録を止める」

ミーナが言った。

「私、倉庫番を辞めた方がいいでしょうか」

「君は異常を見つけた。辞める理由じゃない」

「でも鍵を預かっていたのに、何も知らなかった」

「鍵を持つ人に、壁の向こうの秘密まで押し付けたら、悪い奴は何度でも逃げる」

ミーナは目を伏せ、やがて小さく頷いた。

夜、倉庫の前に大鍋が並んだ。

別の地区から借り受けた大麦で、薄い粥を炊く。

腹いっぱいには程遠い。

それでも子供たちが温かい椀を受け取ると、列のざわめきが少し静まった。

「これで明日も食べられるのか」と老人が聞いた。

「明日分は確保した。でも一週間先はまだだ」

「勇者でも、すぐには出せないんだな」

「すまない」

老人は首を振った。

「嘘の百万袋より、本当の一杯の方がいい」

その言葉が胸に刺さった。

エリナが新しい台帳を閉じる。

「現物確認が終わるまで、倉庫証券の新規発行を停止します。明朝、すべての保有者に説明会を開きます」

「逃げる人もいるぞ」

「だから記録を残します」

倉庫の扉に、ミーナが自分の字で掲示を貼った。

『現物確認中。

数量が分かるまで、百万袋とは呼びません』

俺はその下に署名した。

剣で守れない約束なら、せめて名前で責任を取ろうと思った。

翌朝、証券を持つ人々が集まった。

中には同じ番号の紙を持った三人がいて、互いに偽物だと罵り合った。

ミーナは紙を一枚ずつ並べ、押印の角度と日付を確認した。

「この三枚、全部本物の印章です。偽物なのは、三回も発行した仕組みの方です」

商人たちは言葉を失った。

「じゃあ誰が責任を取る?」

「発行した者を調べます」とエリナ。

「その前に、被害の順番を決めましょう。生活に必要な食料と、投機目的の保有は分けて扱います」

「金持ちが悪いと言うのか」

「そうではありません。損失を隠したまま全員に満額を約束することが、もっと悪いと言っています」

俺は一人ずつ顔を見た。

怒っている人も、泣きそうな人もいる。

勇者の名で命令すれば、その場だけは静かになるだろう。

でも、食べ物は増えない。

「今日は証券を没収しない。番号を写し、受け付けた順を残す。異議があれば隣の机で申し立ててくれ」

吉岡が椅子を並べた。

長い列が二つに分かれる。

片方は食料の緊急申請、もう片方は権利の登録だ。

ミーナは最初の受付票に自分の名前を書いた。

「責任者の欄、私でいいですか」

「いい。ただし一人で抱えるな。二人で照合する仕組みに変えよう」

昼前、北の製粉所から返事が届いた。

穀物の一部はまだ保管されているが、運送会社が差し押さえを主張しているという。

「やっと場所が分かったのに、また紙か」と俺は額を押さえた。

エリナは苦笑した。

「だから、紙を嫌いにならないでください。正しい記録がなければ、取り返すこともできません」

倉庫の扉を閉める前、ミーナは古い『百万袋』の看板を外した。

「数字を大きく書くより、今ある袋を数える方が難しいですね」

「難しい方をやろう」と俺は答えた。

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