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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第五十九話 勇者が聖剣を担保に入れようとして、剣に訴えられた

「聖剣を担保にできないか?」

俺が言った瞬間、社長室が静まり返った。

『断固反対します』

鞘の中から声がした。

「まだ何も決めてないだろ!」

『私は会社の資産ではありません。

人格を持つ独立した存在です』

「人格って、剣だぞお前!」

『その発言は差別的です。

労働組合に相談します』

エリナが額を押さえた。

「そもそも担保に入れる前に、資金が本当に必要かを確認しましょう」

鉱山事故と資源価格の上昇で、会社の運転資金は厳しくなっていた。

だが、借金を増やせば返済負担も増える。

「短期の資金不足を埋める手段は複数あります」とエリナ。

「在庫の調整、売掛金の回収、支払い条件の交渉。それから、必要なら銀行融資です」

「聖剣は?」

「選択肢にありません」

『当然です』

俺は短く息を吐いた。

「俺の持ち物なのに」

『勇者様。

私は仲間でしょう?』

翌朝、俺は魔界労働相談所へ向かった。

魔界労働相談所の受付で、俺は番号札を渡された。

【相談者二名】

「二名?」

『私とあなたです。

争っている当事者が二人なのは当然でしょう』

「お前、剣のくせに受付票まで書けるのか」

『柄にペンを挟めば簡単です』

「その器用さを戦闘で使え!」

相談員ルナは、聖剣用の椅子を用意した。

鞘を座面に立てると、エクスカリバーは満足そうに輝いた。

「まず、担保にするという発言は本当ですか?」

「言った。でも資金繰りの案として口にしただけで、契約はしてない」

『私は売られるのだと思いました』

その声がいつもより小さく、俺は返事に詰まった。

「お前はずっと俺の相棒だったろ」

『相棒だから怖かったのです。

返済が滞ったら、あなたではない誰かの腰に下げられる。

私は、あなたにそれを決めてほしくなかった』

戦場で何度も命を預けた声だった。

俺は初めて、剣を失うことではなく、剣に見捨てられることを想像した。

「……悪かった。先に相談すべきだった」

ルナが記録用紙に書き込む。

「争点は所有権ではなく、本人の意思の確認ですね」

「本人って、剣だぞ?」

『また言いました!』

「悪かった! 今のは撤回する!」

ルナは平然と続けた。

「勇者様、聖剣様がこれまで断った任務はありますか?」

「断ったことなんか……」

言いかけて思い出した。

北方鉱山の崩落現場で、剣は岩を斬りたがった。

俺は危険だから止めた。

あれは正しい判断だった。

でも、止めた理由を説明しただろうか。

『私は強い武器です。

しかし、強いことだけが私の役目だと決められるのは嫌なのです』

「じゃあ、どうしたい?」

『守るために役立ちたい。

戦う以外の方法でも』

相談所の隅で、訓練中のゴブリンが木剣を振っていた。

避難訓練の講習会らしい。

「救助隊の教官はどうだ? 斬っていいものと、斬らない方がいいものを教えてくれ」

『……斬らない方がいいもの?』

「支柱、避難路、味方の荷車。あと契約書」

『最後の一つは異議があります』

「異議を出すな!」

ルナが笑いをこらえながら契約書を作った。

講師としての仕事、整備の時間、本人が望む休暇。

そして、担保設定には必ず事前の同意を要するという条項。

「剣にも休暇があるのか」と俺。

『あなたが休まないと、私も休めません』

「……それは確かに」

ルナは俺に尋ねた。

「今度は勇者様の希望をどうぞ」

俺は少し考えた。

「困ったとき、黙って怒る前に話してほしい」

『分かりました。

ただしあなたも、困ったときに私を金額で数えないでください』

「約束する」

二人で署名した。

俺は羽根ペン、聖剣は柄で押した判子。

紙の上に、妙に立派な剣の紋章が残った。

相談所を出ると、エクスカリバーが言った。

『ところで勇者様。

私の講師料はいくらですか?』

「整備と休暇じゃなかったのか?」

『新しい鞘も検討したいのです』

「労働条件の交渉が始まった!」

その日の夕方、聖剣はさっそく坑道の救助訓練へ向かった。

オーク隊長が岩を模した木箱を積み上げる。

「先生、これを一刀両断すれば通れますか?」

『いいえ。

上の箱が落ちてきます。

まず支えを置きなさい』

オーク隊長は木箱の下に支柱を差し込み、左右から二人で支えた。

「先生、これなら大丈夫ですか?」

『まだです。

奥の避難路に人がいないか確認してください』

「奥には誰も……いや、いた!」

積まれた箱の陰から、救助される役の小柄なゴブリンが手を振った。

「危なかった。箱を崩したら、あいつの逃げ道を塞いでたぞ」

俺は背筋が冷たくなった。

魔王軍と戦っていた頃の俺なら、岩を斬って道を開けることしか考えなかったかもしれない。

『勇者様。

敵を倒すときは速さが役立ちます。

でも、誰かを助けるときは、立ち止まることも必要です』

「先生らしいことを言うじゃないか」

『本日から正式な講師ですので』

「まだ初日だろ!」

オーク隊長が全員を集め、もう一度最初から手順を確認した。

人数を数え、退避先を決め、支柱を置く。

最後にようやく木箱を一つずつ動かした。

「時間はかかったな」と俺。

『その間、誰も怪我をしていません』

「……そうだな」

訓練を見ていた若いドワーフが、ぽつりと漏らした。

「事故の日、俺たちも岩を砕こうとしたんです。でも仲間が止めてくれた」

聖剣はしばらく黙った。

『止める勇気も、勇気なのですね』

俺は思わず笑った。

「そうだ。お前がそれを教えるとはな」

帰り道、エクスカリバーが小さく言った。

『私は、担保になるより先生になれて嬉しいです』

「俺もだ。だけど次に訴えるときは、先に相談してくれ」

『承知しました。

まず内容証明を送ります』

「それは相談じゃない! せめて一緒に話し合おう!」

その夜、俺は商会の代表を訪ねた。

売掛金の期日を早めてもらうためだ。

「支払いを急げと言われても、うちにも仕入れがあります」と代表は渋い顔をした。

「全額じゃなくていい。先に納めた医療用魔石の分だけ、検収済みの金額を払ってほしい。値引きが必要なら、その根拠も一緒に決めよう」

代表は納品記録を確かめた。

「病院への配送が止まらないなら、半分は前倒しできる。ただし次回の納品日は守ってくれ」

「無理な日程には署名しない。物流部に確認して明朝返事する」

俺がそう答えると、代表はようやく印を押した。

帰り道、聖剣が尋ねた。

『私を売るより、面倒でしたか?』

「ずっと面倒だ。でも、お前を売ったら、もう一緒に帰れないからな。会社を守るために仲間を手放したら、何を守ったのか分からなくなる」

『……その判断には賛成します』

翌日の救助訓練では、オーク隊長が聖剣へ敬礼した。

「先生のおかげで、誰も怪我をしませんでした」

聖剣は少し照れたように鞘を鳴らした。

『それが今日の戦果です』。

俺は笑った。

斬らなかったことを誇る剣なんて、昔の俺には想像できなかった。

その翌朝、エリナは資金繰り表を社長室に広げた。

「売掛金の早期回収と不要在庫の整理で、当面の給与支払いには間に合います。支払期限の再交渉も進めています」

「聖剣を担保にする必要はないんだな」

『最初から、その表を見ていただきたかったです』

「反論できない……」

俺は使わなくなった鎧を倉庫から持ってきた。

「これも査定に出す。俺の持ち物から始めるよ」

『勇者の威厳は大丈夫ですか?』

「威厳じゃ社員の給料は払えない」

聖剣が、笑ったように鞘を震わせた。

そこへ吉岡が駆け込んできた。

「社長! 灰冠財団の使者が、魔王城の門前に来ています!」

「何の用だ?」

「『魔界の未来を買いたい』と申しております」

俺は聖剣を腰に差した。

「買えるものと、買えないものがあるって教えてやろう」

『その前に、私の講師料の振込日も決めてください』

「お前まで値段の話に戻すな!」

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