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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第五十五話 勇者、敵対的買収を防ぐために株主の家を訪ねる

「株主の家を訪ねる?」

株主の家を訪ねるのは票を数えるためではない。

何を恐れているか聞くためだ。

吉岡が手帳を閉じた。

「大株主との面談は予定済みでございますが、個人株主は八万人以上おります」

「全員には会えない。だからまず、会える人に会う」

「社長が一軒ずつ回っていたら、八百年かかります」

「元魔王なら長生きだから平気だろうけど、俺は人間だぞ!」

エリナは地図に三つの印を付けた。

「異なる立場の株主を訪ねましょう。従業員、退職者、それから戦争で被害を受けた地域の住民です」

「三人に聞けば八万人の意見が分かるのか?」

「分かりません。分かったつもりにならないために行くんです」

一軒目は、農業機械工場で働くオークのグラムの家だった。

玄関には泥のついた小さな長靴が二足。

壁には『お父さん、休みの日は釣りに行こう』という子どもの絵が貼られていた。

「勇者社長! 家が狭くてすみません!」

「魔王城の玉座より落ち着くよ」

「比較対象がおかしいです」

グラムの妻が笑い、麦茶を出してくれた。

「黒曜投資組合から手紙が届いたんです。市場価格の一・五倍で買うって」

グラムは封筒を差し出した。

金貨の絵が大きく印刷されている。

「高いな。家の屋根を直せる額だ」

「ええ。雨漏りしてるんです。でも売るのが怖い」

「なぜ?」

「買った人が工場を閉めたら、株を売って得た金も、すぐ食いつぶします」

エリナが尋ねた。

「工場の業績はご存じですか?」

「黒字だと聞いてます。だけど帳簿は見たことがない」

「公開資料の閲覧方法をお伝えします。ただし、株価が上がる保証はできません」

グラムの妻が口を開いた。

「社長さん。夫は売りたくないと言います。でも、屋根の下で寝るのは子どもたちです」

グラムは黙った。

俺は二人を交互に見た。

「売るなとは言えない。株は家族の財産だ。俺の経営権を守るために、子どもに雨漏りを我慢させるわけにはいかない」

「それじゃ買収されますよ!」

「そうかもしれない。だから俺がやるべきことは、売らなくても暮らせる会社にすることだ」

妻は封筒を机に戻した。

「それなら、決めるのは私たちですね」

「そうだ。俺じゃない」

二軒目は、城壁の裏手に住むスケルトンの老人だった。

骨だけの指で、老人は屋根瓦を一枚持ち上げた。

「わしは売る。四百年も修理を後回しにした。雨が降るたびに棺桶が水に浮く」

「棺桶が?」

「寝返りを打つと、部屋の反対側まで流されるんじゃ」

「それは直したほうがいい!」

老人は笑ったが、すぐに真顔になった。

「若い連中は、株を売る者を裏切り者と呼ぶ。わしが魔王軍に勤めたのは百年前じゃ。今さら忠誠を試されても困る」

「売るのは自由だ。誰にも責める権利はない」

「その言葉、録音してよいか?」

「もちろん」

吉岡が懐から魔導記録石を出した。

「社長、正式な株主向け発言として保存いたします」

「お前、どこにでもいるな!」

「社長の発言が将来の紛争原因になる可能性がありますので」

老人は骨の肩を揺らして笑った。

「よい総務部長じゃ。昔の魔王様なら、わしを地下牢に入れただろう」

「骨の人を地下牢に入れても、反省するのか?」

「暇だから編み物を覚える」

吉岡は真顔で頷いた。

「地下牢の毛糸代が問題になったことがございます」

「本当にあったのかよ!」

最後に訪ねたのは、人間王国との国境にある村だった。

案内してくれたのは、パン屋のマルタ。

戦争で店を焼かれ、今は魔王軍の物流網を使って小麦を仕入れている。

「私は株を持っていないよ」

「それでも話を聞きたい」

「なら聞きな。あんたたちの株が上がるたび、私の村が心配することがある」

「何だ?」

「また戦争で儲け始めたんじゃないかってことさ」

彼女は古い看板を見せた。

黒焦げの板に、かろうじて店の名前が残っている。

「買収した人が軍需事業を戻したら、ここはまた通り道になる。株主は儲けて、村は焼かれる。そういう時代に戻したくない」

俺は答えられなかった。

「社長さん、株主だけに説明しないでおくれ。会社に人生を左右されるのは、株主だけじゃない」

エリナが手帳に書き込んだ。

「次回の公開説明会には、取引先と地域住民の質問時間も設けます」

「都合の悪い質問でも?」

「むしろ必要です」

マルタは焼きたてのパンを一つ寄越した。

「じゃあこれは前払い。答えがまずかったら次は焦げたのを出すよ」

「怖い株主より怖いな!」

「私は株主じゃないって言ったろ」

村を出るころ、吉岡がこれまでに集まった委任状の数を報告した。

思ったより少ない。

「説得できなかった家も多かったな」

「売る理由を聞けたのは収穫です」とエリナ。

「収穫で買収は止まるか?」

「止まりません。でも、売りたい人を脅して守った会社なら、守る意味がなくなります」

俺はうなずいた。

帰り道、黒曜投資組合が翌朝に新しい買付価格を発表するという予告が掲示されていた。

「……次は数字で勝負してくるか」

『剣を抜く前に、電卓を持ってください』

「電卓は苦手だ」

『剣を振るより簡単です。

逃げなければ』

俺は株主たちから聞いた不安を手帳に書き足した。

買付価格を上回る約束はできない。

それでも、会社が残った先の暮らしなら、数字と実績で説明できるはずだ。

会場の後方で、子どもからの質問を聞いていた母親が静かに手を挙げた。

「売る人を責めないでください。売らない人も、怖いんです」

俺は壇上から頷いた。

「その両方がここにいられる説明会にします」

訪ねた家の玄関には、古い配当通知が大切に貼られていた。

「高く売れるなら売りたい。でも孫の働く工場がなくなるのは困る」と株主は言った。

俺は返答を急がず、その二つの希望を手帳に並べて書いた。

株主は一枚の票ではなく、一人の暮らしだった。

その夜、城の広間に魔導映像板を並べた。

黒曜投資組合の公開買付けについて、判明した条件、分からない資金源、会社が回答を求めている事項を、エリナが一つずつ読み上げる。

説明会の直前、マルタから焦げていないパンと小さな封筒が届いた。

村の子どもたちの質問だった。

『会社が買われたら、学校の馬車はなくなりますか』『また兵隊が来ますか』

俺はその二枚をエリナに渡した。

「株主以外の質問も、今夜ここで答えたい」

「確約できないことは、確約できないと伝えましょう」

映像板に村の子どもたちの文字が映ると、広間が静まった。

「まだ決まっていない。だからこそ、今ある学校の輸送契約と病院への納品を守る準備を進める。結果も公開する」

「社長、それで票が増えるんですか?」と吉岡。

「分からない。でも、この子たちには投票権がない。質問を消す理由にはならない」

「買付けに応じた方に不利益な扱いをすることはありません。売却するかどうかは各自の判断です」

会場から声が飛んだ。

「じゃあ社長は、何のために俺たちに会いに来たんだ!」

「お願いするためじゃない。俺たちが何を守る会社なのか、俺自身が忘れないためだ」

別の株主が立った。

「そんな綺麗事で買収を防げるのか! 俺は売る。社長の理想より、娘の薬代が先だ!」

俺は言い返せなかった。

グラムの家の雨漏りと同じだ。

「売っていい。娘さんの薬代を、俺の経営権のために諦めろとは言えない。だが、買う側が病院の契約をどう扱うかは、今日ここで一緒に問いただしたい」

映像板の向こうで、グラムの妻が手を挙げた。

「私たちは、まだ売るか決めていません。屋根を直す方法も探します」

二軒目のスケルトンの老人も映った。

「わしは売るぞ。棺桶が泳ぐ前にな」

会場に笑いが起きた。

誰も老人を責めなかった。

エリナが議事進行を止めた。

「本日寄せられた質問を、明朝公開する比較表に反映します。売却時に受け取れる金額と支払日、保有を続けた場合の配当見通し、買付け後も契約上守られる雇用条件を、別々に示します」

「屋根の修理費まで載るのか?」とグラム。

「個人の事情は載せません。でも、生活のために現金が必要な人がいることを、判断資料から消しません」

スケルトンの老人が杖を鳴らした。

「わしは売る。じゃが、何を選んだか分かる書類なら、孫にも説明できる」

先ほど薬代の話をした株主が、腕を組んだまま尋ねた。

「その表に、病院への納品が買収後も続く保証の有無は載るのか?」

「保証がなければ、ないと書きます」とエリナ。

男は頷かなかった。

ただ、帰ろうとしていた足を止めた。

吉岡が俺に一枚の紙を渡す。

『公開買付けの追加条件が明朝発表される見込み』

俺は紙を握った。

株主の心を集めても、買収の値段が上がれば答えは変わるかもしれない。

それでも今夜、少なくとも一つだけ確かめられた。

「エリナ、明日の朝、条件を全部見せてくれ」

「はい。社長にも、株主にも」

「隠し事なしだ」

聖剣が腰で震えた。

『ついに敵と戦うのですね!』

「違う。明日は値札と戦う」

『私で値札を斬りますか?』

「それだけはやめてくれ!」

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