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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第五十二話 魔界の銀行で取り付け騒ぎが起きた日

暗黒銀行の本店前には、夜明け前から列ができていた。

ゴブリンは通帳を握り、オークは金庫を背負い、リッチは千年前の預金証書を掲げている。

「預金を返せ!」

「銀行が潰れるって本当か!」

俺が到着すると、頭取バルガスが窓口に座っていた。

巨大な黒竜が、小さな伝票に爪で判を押している。

「頭取が窓口にいるのか?」

「行員が足りん。しかも客がわしの顔を見ると泣き出す」

「ドラゴンが窓口にいたら怖いに決まってるだろ!」

バルガスは一枚の怪文書を差し出した。

【暗黒銀行、巨額の不良債権を隠蔽。

預金の返還不能は時間の問題】

署名は黒曜投資組合。

エリナが目を走らせる。

「数字が古い。返済済みの貸付まで含めています」

「なら嘘だと発表すればいい!」

「一部は事実です。融資の多くは長期で、今日すぐ現金にはできません」

バルガスが重く頷いた。

「金庫には金貨がある。だが全員が同時に引き出せば足りん」

「普段なら問題ないのか?」

「預金をすべて寝かせておいたら、農場にも診療所にも貸せん。銀行は金を動かす仕事だ」

窓口から悲鳴が上がった。

「列の後ろで、子どもが倒れました!」

俺は走った。

母親らしいゴブリンが、幼い娘を抱いている。

「熱があるんです。診療所で薬を買うために並んでて……」

「なら先に診療所へ!」

「お金が引き出せなければ薬を買えません」

俺は財布を出しかけたが、エリナに腕を止められた。

「一人分を払っても、列の全員は救えません。緊急の支払いができる仕組みを作りましょう」

「今ここで?」

「今ここでです」

銀行の会議室には、帳簿が積み上がっていた。

バルガスが爪で金貨の山を示す。

「手元の現金は十分に見えるだろう。だが今朝だけで通常の十日分の引き出しが来た」

「魔王軍の金庫から貸せないのか?」

「会社の金を勝手に移せば、今度は従業員の給料が払えなくなります」とエリナ。

「じゃあ、どうする?」

彼女は黒板に三つの欄を書いた。

【今すぐ必要な支払い】【数日待てる支払い】【銀行が持つ資産】

「まず現金不足と資産不足を区別します。銀行の帳簿を第三者に確認してもらい、その結果を公開する」

「第三者って誰だ?」

「魔界年金基金と王国商業監査院です。互いに都合のいい数字を隠しにくい組み合わせです」

バルガスは鼻を鳴らした。

「わしの帳簿を人間に見せろと?」

「見せないままでは、預金者が明日も列を作ります」

しばらくの沈黙のあと、黒竜は金庫の鍵を机に置いた。

「よかろう。ただし預金者の名前は守れ」

「もちろんです。公開するのは残高と資産の分類です」

俺は窓口へ戻った。

「聞いてくれ! 銀行の帳簿を調べる。結果は今日の夕方に公表する!」

「それまで待てってことか!」

「薬代も食費も待てない!」

怒鳴り声が飛んだ。

俺は一度頭を下げた。

「そうだ。待てない支払いがある。診療所と食料店への支払いは、本人の同意を取って銀行から直接決済できる窓口を作る。現金が必要な人には優先順位をつける」

「金持ちが先になるんじゃないだろうな!」

「病気や生活の事情で決める。身分では決めない」

前列のオークが腕を組んだ。

「勇者の口約束を信じろと?」

「信じなくていい。ここに担当者と受付時刻を貼る。決定に不服があれば記録を残してくれ」

吉岡が慌てて板を運び、エリナが手順を書いた。

銀行の前で、老人が通帳を握りしめていた。

「預けた金がなくなるって本当か」

俺は『大丈夫だ』と言いかけて止めた。

根拠のない安心は、次の不信を生む。

エリナは支払える金額と期限を、誰にでも読める字で掲示した。

列の最後尾には、給料を引き出せない食堂の店員もいた。

頭取は金庫の残高を示したが、エリナは資産の売却期限を問い直した。

「足りないのは金か、時間か」

俺は窓口に並ぶ人たちの顔を見た。

違いを確かめるだけで、救える店がある。

窓口の若い行員は、最後の預金者に頭を下げた後、椅子に座り込んだ。

「今日は一度も、安心してくださいと言えませんでした」

俺は答えた。

「言えないことを言わなかったなら、それでいい。明日は根拠を用意しよう」

午後、診療所の薬師が銀行に駆け込んできた。

「直接決済の証書があれば、薬を渡していいんですね?」

「銀行が支払う」とバルガス。

「では先ほどの女の子に、すぐ薬を」

俺はほっとした。

だが、列はまだ長い。

窓口の若い行員がバルガスに詰め寄った。

「頭取。三営業日以内の決済なんて、銀行が約束して本当に守れるんですか。私が嘘つきになるのは嫌です」

黒竜は爪を止めた。

「その通りだ。だから、今日の金庫残高と明日入る返済金を、お前たちにも開示する。足りなければ、わしの役員報酬から先に削る」

「頭取の報酬って、金貨ですか?」と俺。

「宝石じゃ」

「換金しろ!」

行員が初めて笑った。

だが、その目は真剣だった。

夕方、監査人が第一報を出した。

【預金総額を上回る資産を確認。

ただし一部資産は現金化に時間を要する】

「つまり安全なのか?」と俺。

「即時に全額払えるという意味ではありません」とエリナ。

「ややこしい!」

「ややこしいことを簡単だと言ったら、また騒ぎになります」

バルガスは預金者の前に出た。

「わしは銀行を守るために黙っておった。だが黙ったせいで、お前たちの不安を大きくした。すまなかった」

黒竜が頭を下げると、列の先頭にいた老ゴブリンが目を丸くした。

「ドラゴンが謝った……」

「百年ぶりだ」とバルガス。

「前は何を謝ったんだ?」

「利息の計算を一桁間違えた」

「それはもっと早く謝れ!」

小さな笑いが広がった。

全員が納得したわけではない。

窓口に残った人もいる。

それでも怒号は少しずつ減った。

帰り道、エリナが怪文書を見直していた。

「黒曜投資組合は、なぜ返済済みの融資まで知っていたのでしょう」

「昔の帳簿を手に入れたんじゃないか?」

「それなら、普通は外に出ない貸付番号まで一致する理由が説明できません」

俺は足を止めた。

「内部の誰かが渡した?」

「その可能性があります。しかも、噂が広まる直前に銀行株を売った口座がある」

「元魔王の会社か?」

「まだ決めつけられません」

翌朝、俺は銀行の裏口で、昨日の母親と再会した。

娘はまだ顔色が悪かったが、手には小さな紙袋を持っている。

「薬を受け取れました。ありがとうございます」

「よかった。具合は?」

「熱は下がり始めました。でも、薬局の主人が『証書は本当に換金できるのか』と心配していて」

俺は銀行に引き返した。

窓口の職員は、直接決済の証書を山ほど抱えていた。

「社長、薬局への支払いが翌月になる仕組みでは、店が先に潰れます」

「そうか。銀行が助かっても薬局が倒れたら意味がない」

エリナは帳簿を確かめ、生活必需品の取引先には短期で決済する案を出した。

「すべてを同じ条件にすると、資金が足りません。診療所と食料店を優先し、その理由を公表しましょう」

バルガスは顎を鳴らした。

「不公平だと怒る者が出るぞ」

「怒るでしょう。でも、理由が見えないまま待たせるよりいい」

窓口に新しい掲示が出た。

【薬・食料の決済は三営業日以内。

その他の支払いは順次案内】

最初に文句を言ったのは宝石商だった。

「わしの金貨は後回しか!」

「宝石の仕入れより薬が先だ」とバルガス。

「ドラゴンがそんなことを言う時代か!」

「わしも驚いておる」

老ゴブリンが吹き出し、列のあちこちに笑いが広がった。

俺は窓口の横に椅子を運んだ。

立って待てない老人が座れるようにするためだ。

「社長、そんな仕事は職員に」と吉岡。

「職員は伝票で手いっぱいだろ。椅子くらい俺が運ぶ」

かつて剣を握っていた手で、俺は最後の椅子を窓口へ運んだ。

座った老人が通帳を握り直す。

「今日、全部引き出さなくてもいいのかい」

「引き出す権利はあります。ただ、帳簿の検査結果も確認してから決められます」

老人は頷き、順番を待った。

取り付け騒ぎはまだ終わらない。

それでも、恐怖で走り出す人を一人減らすことなら、今ここでできる。

その夜、監査院から速報が届いた。

黒曜投資組合の怪文書に記された貸付残高は、半年前の数字だった。

だが、未回収の債権も確かに残っている。

「全部が嘘なら、話は簡単だったのにな」と俺。

「本当の不安に嘘を混ぜるのが、一番厄介です」とエリナ。

速報を公表すると、窓口の列はわずかに短くなった。

代わりに、銀行の大口預金者が動き始めた。

魔界年金基金から緊急の照会が届いた。

『預金の安全性を説明できなければ、基金として全額の引き出しを検討する』

「ようやく列が短くなったのに……」

エリナは首を振った。

「明日の朝までに、基金の理事へ監査結果と資金繰り表を示します。説得ではなく、判断材料を渡すんです」

聖剣が鞘の中で呟いた。

『敵を倒すより、並んでいる人を帰すほうが難しいのですね』

「ああ。しかも明日は、千年分の年金が相手だ」

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