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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第五十話 勇者、剣ではなく決算書で王国との戦争を終わらせる

王都の大広間に、人間王国の青い旗と魔界の黒い旗が並んでいた。

二十年前なら、旗を並べただけで兵が剣を抜いた。

今日は通商協定の調印式だ。

「最後の資料よ」

エリナが決算書を渡した。

売上、雇用、納税額。

数字の脇に、共同工場と診療所の名前がある。

「勇者様、剣は預けてください」

吉岡が手を差し出した。

「抜かないって!」

『本日は有給休暇です』

「お前まで言うな!」

そのとき、扉が激しく開いた。

「調印は中止だ!」

王国の強硬派議員が、焼け焦げた村の地図を掲げた。

「魔王軍は我々の村を焼いた! 今度は商売の名で侵略する気か!」

会場の空気が凍った。

議員の後ろに立つ老兵は、片足を引きずっていた。

「否定はしません」

俺が答えると、エリナが驚いたようにこちらを見た。

「魔王軍が奪ったものは、決算書の黒字では取り戻せない」

「ならば、なぜ署名する!」

「奪った側が責任を引き受ける条項を入れたからです」

俺は協定案の一枚を開いた。

【戦争被害者への補償基金】

【両国代表による共同監査】

【軍事転用が判明した場合の取引停止】

議員は鼻を鳴らした。

「立派な言葉だ。金はどこから出す?」

俺はエリナに目を向けた。

「今年の営業利益から拠出します。支払額、受給者数、未処理の申請を四半期ごとに公開します」

「会社が赤字になったら?」

「基金を空手形にしないため、王国側の負担と監査費用も協定に明記しています。どちらか一方に押しつけません」

国王アルフォンスが立ち上がった。

「王国も署名する。わが国の商人だけ利益を受け、被害の記録を閉じることは許さぬ」

だが老兵は動かなかった。

「勇者よ。俺の仲間の名前は、その紙のどこにある?」

差し出された木札には、戦死者の名が刻まれていた。

俺は答えられなかった。

基金の額をいくら読み上げても、その名は戻らない。

「ここにはありません」

老兵の顔がこわばる。

「だから、申請を待つだけの制度にはしません。村へ調査員を送り、亡くなった人と残された家族を記録します。名前を消さないための予算もつけます」

「来年には忘れるだろう」

「来年も俺が報告に来ます。逃げたら、その木札を突きつけてください」

老兵はしばらく黙り、木札を俺の手に押しつけた。

「持っていけ。忘れたら許さん」

今度は商会長グレゴールが手を挙げた。

「理念は結構。しかし共同監査で通関が三日遅れれば、薬は腐ります」

「確かに。監査を増やして患者を苦しめたら意味がない」

エリナが輸送記録を示した。

「緊急医薬品は事前登録し、封印した積荷を優先通過させます。抜き取り検査と事後照合で不正を防ぎます」

「誰が検査員を出す?」

「両国から同数。費用も折半です」

「一方の検査員が買収されたら?」

吉岡が即座に書類を差し出した。

「異議申立て窓口と交代規定もございます」

「吉岡、いつ作った?」

「昨夜、社長が『何とかしてくれ』とおっしゃったので」

「俺、そんな雑な指示を?」

「はい。議事録にございます」

「消してくれ!」

「公文書ですので」

会場に小さな笑いが起きた。

強硬派議員も口元を押さえたが、すぐ真顔に戻った。

「条項は読んだ。だが試していない仕組みに国境を預けられるか」

「試験区間を設けましょう」

俺は地図の橋を指した。

「まず一か所で三か月。通過時間、事故、苦情、補償の支払いを公開する。悪化したら双方の合意で手順を改める」

グレゴールが眉を上げた。

「失敗した数字まで公表するのか」

「隠したら、次の戦争の口実になる」

国王が議員を見た。

「反対する権利は守る。だが、反対する者にも検証に参加してほしい」

議員は地図を折りたたんだ。

「私は賛成しない。だが、監査委員は出す。目を離せば、また焼かれる村が出る」

「それで十分です」と俺は答えた。

休憩時間、老兵が廊下で俺を呼び止めた。

「勇者。さっきは言わなかったが、村の若者たちは協定に反対している」

「なぜ?」

「工場ができれば仕事は増える。だが、昔の魔王軍の制服を着た連中と働けと言われるんだ。簡単に笑えると思うか」

「……思わない」

「なら、現場に押しつけるな」

老兵の声は怒鳴り声ではなかった。

だからこそ、俺は背筋が伸びた。

「共同工場の配置は、本人の希望を聞いて決めます。拒否した人の賃金や雇用を不利にしない。その確認も監査対象にします」

「綺麗な答えだ。守れるか?」

「守れなかったら、俺の名前で苦情を受けます」

「社長一人で十二万人の苦情を聞く気か?」

背後からエリナが口を挟んだ。

「勇者様。苦情受付窓口を設けるのは賛成ですが、全件を社長に回すのは反対です。三日で倒れます」

「三日も持つのか?」

「二日かもしれません」

老兵が初めて笑った。

「その会計士の言うことは聞いておけ」

「いつも聞いてますよ」

「社長、それは事実と異なります」

「今くらい味方してくれ!」

老兵は木札を指でなぞった。

「俺はお前を許したわけじゃない。ただ、子どもが同じ戦場に立たずに済むなら、邪魔はしない」

その言葉が、どんな拍手より重かった。

和平文書の控えを閉じると、戦場で拾った古い剣帯が机の端に見えた。

あの頃は、終戦の日に誰が何を食べるかなんて考えもしなかった。

今は翌朝の給食費が気になる。

俺はその変化を、少し誇らしく思った。

再開した会議で、エリナは最後の修正案を配った。

「補償基金の初年度支出には上限を設けます。ただし、上限を超えた申請は消さず、翌年度の予算審議に回します。未払い額も公開します」

「未払い額まで見せれば、会社の信用が落ちるぞ」

グレゴールが渋い顔をした。

「隠した方が、発覚したときにもっと落ちます」とエリナ。

俺は別紙を見た。

そこには補償金だけでなく、診療所への輸送費と橋の維持費が並んでいた。

「戦争が終わるって、支払いがなくなることじゃないんだな」

「支払う相手が変わるんです」とエリナは答えた。

強硬派議員が紙を一枚持ち上げた。

「監査委員会の議事録は誰でも読めるのか?」

「個人情報と軍事上の機密を除いて公開します。非公開部分の理由も記録します」

「なら私が最初に読もう。粗探しをするためにな」

「歓迎します。粗があれば、直せますから」

議員は苦い顔で座り直した。

吉岡が小声でつぶやく。

「社長、敵対者を監査委員に迎えるのは前代未聞です」

「敵じゃない。協定に反対してる人だ」

『敵を斬らない勇者、やはり職務放棄では?』

「聖剣、お前は今日は休暇中だろ!」

議員の肩がわずかに震えた。

笑いをこらえているらしい。

両国の代表が署名した。

拍手が起きるまで、ほんの一呼吸の沈黙があった。

俺はその沈黙を忘れないことにした。

調印式の後、エリナが決算速報を届けた。

【営業利益 金貨一千二百万枚】

「目標の一千万枚を超えた!」

「戦争を再開せずに、です」

俺は木札と決算書を机に並べた。

「利益が出た。だからこそ、使い道をごまかせないな」

吉岡が帳簿を開く。

「補償基金への初回拠出、今夜の取締役会に上程します」

「頼む。それと国境の医薬品輸送を最優先に」

『私は?』と聖剣。

「休暇を続けていいぞ」

『勇者に戦う気がないとは、伝説の危機です!』

「世界平和の危機じゃなくてよかったな」

窓の外では、人間と魔族の商人が同じ荷車を押していた。

これで少しは休める。

そう思った瞬間、魔導通信機が鳴った。

『勇者よ! 世界旅行から戻ったぞ!』

「ゼルガディス……?」

『我は新会社を設立した! その名も魔王ホールディングス!』

エリナの笑顔が消えた。

『今度は我がお前の会社を買収してやる!』

俺は聖剣に手を伸ばしかけ、決算書をつかんだ。

「……魔王って、どうして戦い方だけ進化するんだよ!」

それでも俺は、剣に戻る気はなかった。

次に必要なのは勝利の報告ではない。

戦争が終わったあとも給料が支払われ、橋を渡れるという証拠だ。

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