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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第五話 魔王軍の労働組合が、勇者に助けを求めてきた

従業員数、十二万人。

その内訳は、オーク三万人、ゴブリン四万人、スケルトン二万人、その他三万人。

魔界最大の雇用主だ。

だが、労働環境は最悪だった。

「勇者様! 聞いてください!」

オークの隊長が机を叩いた。

「我々は一日十六時間も働かされているんです!」

「十六時間!?」

「しかも週休ゼロ日!」

「休みがないのか!?」

「はい!」

「……それはひどいな」

「さらに、勇者に倒されても労災が認められません!」

「……え?」

俺は固まった。

「勇者に倒されても?」

「はい!」

オークは涙を流した。

「会社は『勇者による討伐は自己責任』と言うんです!」

「…………」

俺は何も言えなかった。

なぜなら、これまで三万匹以上の魔物を倒してきたからだ。

「……すまん」

「何がですか?」

「いや、何でもない」

エリナが資料を見ながら尋ねた。

「労働組合はありますか?」

「あります!」

オークが胸を張った。

「魔王軍労働組合です!」

「組合員は?」

「八万人!」

「かなり大きいですね」

「ですが、魔王様は交渉に応じてくれません!」

「なぜ?」

オークは悔しそうに答えた。

「『魔王軍に労働基準法など存在せぬ!』と」

俺は額を押さえた。

「……典型的なブラック企業じゃないか」

エリナがうなずいた。

「完全にブラックです」

「魔王軍だけに?」

「はい」

「…………」

二人で少し笑った。

そのとき、ゴブリンの従業員が手を挙げた。

「勇者様!」

「何だ?」

「もし勇者様が社長になったら、週休二日制になりますか?」

「実現を目指す。ただし、交代要員と予算を組んでからだ!」

「残業代は?」

「払う!」

「有給休暇は?」

「導入する!」

「育児休暇は?」

「当然だ!」

魔族たちがざわめいた。

「……勇者って、いい奴じゃないか?」

「魔王様より優しいぞ」

「俺、勇者に投票したい」

エリナが静かに言った。

「皆さんは従業員持株会の会員ですよね?」

「はい!」

「でしたら、株主総会で議決権を行使できます」

「……議決権?」

「魔王様を解任する議案に賛成することができます」

沈黙。

そして、オークの隊長が叫んだ。

「みんな! 聞いたか!」

「おお!」

「勇者様を社長にするぞ!」

「おおおおお!」

魔族たちが一斉に立ち上がった。

「週休二日!」

「残業代!」

「有給休暇!」

「育児休暇!」

魔王軍の兵士たちが、拳を振り上げて叫ぶ。

「勇者社長!」

「勇者社長!」

「勇者社長!」

俺は思わず笑った。

魔王を倒すために旅をしてきた。

何度も死にかけた。

仲間を失ったこともあった。

だが、まさか魔王軍の兵士たちから応援される日が来るとは思わなかった。

エリナが小声で言った。

「これで、年金基金二十パーセントと従業員持株会十五パーセントです」

「合わせて三十五パーセントか」

「はい。さらに、勇者様の保有株式を加えれば三十五パーセントを少し超えます」

「……まだ魔王の四十パーセントに届かないな」

「次は暗黒銀行です」

「暗黒銀行?」

「魔王軍株式会社の株式を十パーセント保有しています」

支持を表明した組合員たちが帰りかけたとき、食堂の奥から小さな声がした。

「週休二日になったら、夜勤の穴は誰が埋めるんですか」

ゴブリンの女性だった。

肩には眠った子どもを背負っている。

「わたしは夜勤専門です。休みが増えるのは嬉しい。でも代わりの人がいなければ、結局わたしたちが呼び戻されます」

オークの隊長が顔を赤くした。

「勇者様の公約に文句を言うのか!」

「違います。守ってほしいから聞いてるんです」

食堂が静かになった。

俺は勢いで『当然だ』と言った自分の口を思い出した。

「……その通りだな。俺は約束しただけで、実行する方法を考えてなかった」

エリナが厨房の壁に貼られた勤務表を借りた。

二十人の名前のうち、同じ六人に赤い印が集中している。

「夜勤ができる人を六人しか育てていないのが原因です。訓練期間と交代要員の費用を見積もりましょう」

オークの隊長バルクが、折り目だらけの休暇届を差し出した。

裏には子どもの字で『お父さん、今度は帰ってきて』と書かれている。

「この紙を三度出しました。三度とも、勤務表に空きがないと返されました」

「じゃあ空きを作ろう」と言いかけて、俺は女性の言葉を思い出した。

「まず夜勤を覚えられる人数を増やす。訓練中も給料を出す。できるまで休暇を取り消すんじゃなく、休暇の順番を現場で決めてもらう」

「その間、誰が訓練を教えるんですか」と女性。

バルクが腕を組んだ。

「俺が教える。勇者に倒されない逃げ方もな」

「それはぜひ俺にも教えてくれ」

食堂に笑いが広がった。

そこへ腕を吊ったオークが現れた。

「労災の申請書はどこですか」

吉岡が名簿を調べ、顔色を変えた。

「この方は戦死者として処理されています」

「生きてるぞ!」

「はい。ですから、まず生存確認の手順から改めます」

俺は名簿の彼の名前に線を引かず、横に大きく『帰還』と書いた。

「三十日後、交代表と負傷者の記録を見せてくれ。俺も見に来る」

「社長になれなかったら?」

「それでも来る。約束したのは株主じゃなくて、俺だからな」

笑いが起きた。

だが、女性の子どもは目を覚まして泣き出した。

彼女は慌てて背中を揺らす。

「この子、母親の顔を明るい場所で見たことがないんです」

その一言で、誰も笑わなくなった。

俺は食堂の長机に腰を下ろした。

「組合の要求は書面にしてくれ。俺が社長になれたら、最初の取締役会に出す。だが『明日から全員休み』とは言わない。部署ごとに交代表を作る」

「また先延ばしにされるんじゃ?」

「そう思うのは当然だ。だから期限を決めよう。三十日で試行、九十日で結果を公開する」

エリナが横から付け足した。

「賃金台帳も公開します。ただし個人の給与が勝手に見られない形で」

オークの隊長が手を挙げた。

「それなら、現場の代表も改革会議に入れてください」

「もちろんだ。現場のことを知らない俺だけで決めたら、また失敗する」

女性は子どもを抱き直した。

「……初めて、私たちに『どうしたい』って聞く人を見ました」

俺は胸が痛んだ。

魔王軍の兵士を倒した数なら覚えている。

だが、その一人一人が何時間働いていたかなど考えたこともなかった。

帰り際、隊長がこっそり尋ねてきた。

「ところで勇者様、組合の会費って社長になったら払わなくていいんですか?」

「俺が組合に入る前提なのか!?」

「現場を知るためです!」

エリナは真顔で言った。

「見学から始めましょう。社長にも研修は必要です」

「魔王を倒した勇者だぞ?」

「では、まず休憩室の場所を覚えてください」

言い返そうとして、俺は休憩室がどこか知らないことに気づいた。

俺の新しい敵は魔王ではない。

山積みの勤務表らしかった。

俺は拳を握った。

「よし。行こう!」

だが、その頃。

魔王城では緊急取締役会が開かれていた。

「魔王様! 大変です!」

吉岡が駆け込んできた。

「何事だ!」

「勇者ジークが、弊社の株主を次々と味方につけています!」

「何だと!?」

「さらに、従業員たちが勇者を支持し始めています!」

魔王は玉座から立ち上がった。

「馬鹿な! 我が軍の兵士が勇者を支持するだと!?」

「はい!」

「理由は何だ!」

吉岡は震える声で答えた。

「……週休二日制です」

「…………」

魔王は黙った。

そして、静かに言った。

「……吉岡」

「はい」

「週休二日とは、何だ?」

「…………」

吉岡は眼鏡を外した。

「魔王様」

「何だ」

「弊社の経営は、思った以上に危険な状態かもしれません」

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