↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/120

■第四十八話 勇者が人間王国の議会で演説したら、魔王扱いされた

王国議会の門で、俺は三度も身分証を見せた。

「元勇者ジーク。現在は魔王軍株式会社の代表取締役……?」

衛兵が書類を裏返す。

「勇者なのか、魔王なのか、はっきりしてくれ」

「俺も毎朝それを考えてる」

「武器の持ち込みは禁止だ」

腰の聖剣が不満そうに鳴った。

『私を傘立てに預けるおつもりですか』

「議会の決まりだ。おとなしくしてろ」

『かつて王を救った聖剣に、番号札の三十七番を渡すとは』

衛兵は顔色一つ変えず、札を鞘に結びつけた。

エリナが隣で資料を抱え直す。

「社長。今日の目的は昨日の国境閉鎖について、医薬品の通行を恒久的に認めてもらうことです。議員と口論することではありません」

「分かってる」

「先ほど『国境を開けないなら門を買う』と仰いました」

「冗談だよ」

「議会では冗談が議事録に残ります」

怖いことを言うな。

議場に入ると、議員たちの視線が一斉に集まった。

議長の横には通商大臣の代理、さらに国境守備隊長ハインツが立っていた。

昨日、鎖を巻いた門の前で薬を通した男だ。

「魔王軍の代表に発言を許すべきではない!」

最前列の議員が机を叩いた。

「我が国の市場を侵略し、今度は議会まで乗っ取るつもりか!」

「今日は市場の話ではありません。病院の話です」

傍聴席の端には、魔王軍との戦争で家を失った人々が座っていた。

俺の会社を信用しろと言っても、すぐに頷けるはずがない。

俺は用意していた「魔界との友好」を語る演説原稿を伏せ、代わりに薬箱の受領書を一枚だけ演壇に置いた。

「詭弁だ! 魔王め!」

議場がざわめいた。

俺は演壇の前で足を止めた。

傍聴席の老人が、胸元で焼け焦げた家の鍵を握っていた。

俺は反論を飲み込み、用意した演説原稿を伏せた。

「まず、薬が届かなかったら誰が困るかを話します」

魔王と呼ばれたのは初めてじゃない。

それでも、人間の議員から言われると妙な気分だった。

「俺は昔、魔王を倒すために剣を握りました」

ざわめきが少し静まる。

「今は、魔族の会社で働いています。だから信用できないと言われるのは分かります。でも、昨日の夜、門の前で待っていたのは兵士じゃない。熱を出した子供の薬でした」

エリナが一枚目の資料を議員席へ配る。

そこには輸送日時、薬の数量、受領した病院の署名が並んでいた。

「この箱は昨日、国境を越えました。ハインツ隊長の判断です」

「軍規違反を美談にするな!」

別の議員が立ち上がる。

ハインツは一歩前に出た。

「命令違反の責任は私が取ります。ただ、荷を止めれば患者が危険だと、現場で確認しました」

「魔族に買収されたのではないか」

「買収されたのなら、私の給料はもう少し高いはずです」

議場の後ろで誰かが吹き出した。

俺は思わずハインツを見た。

こんな冗談を言う男だったのか。

議長が木槌を鳴らす。

「静粛に。代表、続けたまえ」

そのとき傍聴席から、杖をついた老人が立ち上がった。

「息子が国境の病院で働いております。薬が遅れた日の夜、患者の家族が廊下で待っていたと聞きました」

議長が制止しかけると、老人は頭を下げた。

「規則を破るつもりはありません。ただ、議員の皆様には、門の向こうにも同じ国の人間がいると知っていただきたい」

議場の空気が変わった。

俺は老人に礼をした。

声を上げる勇気は、剣を振る勇気とは違う。

「その薬で、戦争で死んだ者は戻るのか!」

反対派の議員が立ち上がった。

胸には戦死した息子の肖像があった。

「戻りません」と俺は答えた。

「俺が勇者だった頃の勝利でも、失われた命は戻りませんでした。だから今、次の家族に同じ知らせを届けたくないんです」

「綺麗事で軍需工場の職は守れん!」

「その通りです。工場を閉めるだけでは平和になりません」

エリナが転業計画を差し出した。

軍用の布を織っていた職人が、病院用の包帯と輸送袋を作る試案だ。

設備転換の費用も、王国側の負担を一方的に増やさないよう記載してある。

「私の選挙区の職人を、勝手に転業させる気か」と若い議員。

「いいえ。職人本人に設計段階から参加してもらいたい。断られたら、別の案を考えます」

議員は書類を受け取り、顔をしかめた。

「演説より先に、こういう数字を出せ」

「次からはそうします」

笑いは起きなかった。

だが、反対派の机から書類を払い落とす者もいなかった。

議場を出ると、あの議員が廊下で立ち止まっていた。

「息子は戻らない。それでも、次の子どもが同じ目に遭わずに済むなら」

俺は何も言えず、ただ頭を下げた。

議決より重い約束が、そこに残った。

「魔王」と書かれた張り紙を剥がそうとすると、老人が俺の手を止めた。

「怒っているのは名前じゃない。話を聞かれなかったことだ」

俺は張り紙をそのままにして、広場に机を運んだ。

剣を置く場所ではなく、意見を書いてもらう場所にするためだった。

「国境を閉じれば、魔界の商人も困ります。でも、もっと困るのは、今その薬を必要としている王国の人たちです」

「では魔王軍の品を無条件で通せと?」

「いいえ。検査してください。成分も数量も、王国側の担当者に見せます。不正があれば止めてください。ただし、止めた理由と期限を記録してほしい」

「期限?」

「調査の名目で何週間も倉庫に置かれたら、薬は役に立ちません」

エリナが二枚目を掲げた。

【共同検査・緊急医薬品優先通行・記録の相互公開】

三つだけの提案だった。

休憩時間、廊下で年配の議員に呼び止められた。

「君は人間なのに、なぜ魔族の利益を守る」

「会社の社員ですから」

「人間としての誇りはないのか」

返事に迷った。

誇りという言葉で剣を握っていた頃の自分が、胸の奥にいた。

「あります。だから、人間の子供が薬を受け取れるようにしたいんです」

議員は黙った。

「魔族にも子供はいます。そっちも同じです」

「きれいごとだ」

「そうかもしれません。でも、昨日はそのきれいごとで一箱届きました」

廊下の端でエリナが小さく頷いた。

再開した議会では、商会側の代表が質問に立った。

「検査を共同で行うなら費用は誰が負担する。王国の税金か?」

「輸送業者が手数料を負担し、王国と魔界で同じ帳簿を見ます」

「帳簿の改竄は?」

「双方が写しを保管します。違う数字が出たら、そこで止めて調べればいい」

「随分と事務的な勇者だな」

「最近、剣より伝票を持つ時間の方が長いんです」

今度は議員席のあちこちで笑いが起きた。

だが、反対派の議員は笑わなかった。

「緊急医薬品という名目で武器を運ぶ可能性は?」

「封印を破って確認してください。運送記録も公開します」

「魔王軍が約束を破ったら?」

俺は一呼吸置いた。

「契約を打ち切ってください。そして俺を呼んでください。責任者は俺です」

エリナが一瞬だけこちらを見た。

勝手に重い約束をしたのは分かっている。

でも、責任の所在が曖昧な契約では、昨日の門はまた閉まる。

採決の結果、三か月間の試験通行が認められた。

賛成は僅差だった。

恒久化には実績が必要だという。

「試験期間中は、週に一度の報告が必要だそうです」

エリナが新しい用紙を見せる。

「報告書が増えるのか……」

「社長。剣を振らずに勝った代金だと思ってください」

「ずいぶん高いな。しかも紙代までかかる」

「完全な勝利ではありませんね」

議場を出るとエリナが言った。

「三か月で証明しろってことだろ。分かりやすい」

ハインツが門の外で待っていた。

「昨日の病院から連絡が来た。薬は間に合ったそうだ」

俺は肩の力を抜いた。

「よかった」

「ただし、今度は王国側の商人が騒いでいる。共同検査の手数料を誰が取るかでな」

「……また会議か」

「会議だ。しかも商会長グレゴールが、直接お前に会いたいと言っている」

その名を聞いて、エリナが資料を抱える腕に力を込めた。

昨日の国境で薬を通すために協力した、あの商会長だ。

「商売の話か?」

「最後の契約書を持ってくるそうだ」

聖剣が傘立てから戻され、得意げに鳴った。

『ようやく決闘ですね』

「契約書と戦うな!」

三十七番の札を外しながら、俺は短く息を吐いた。

戦争を止めるより、戦争の後始末の方がずっと忙しい。

門の外では、さっきの若い議員が待っていた。

「織物職人の代表を、次の共同検査の協議に同席させたい。医薬品の袋を作る仕事なら、話だけは聞くそうだ」

「歓迎します。契約は本人が納得してからです」

議員は小さくうなずき、立ち去った。

「演説だけじゃ動かなかった人が、数字と仕事の話なら聞いてくれるんだな」と俺。

「その数字を毎週報告するのが、社長の次のお仕事です」とエリナ。

聖剣がため息をつく。

『次の敵は報告書ですか』。

「ああ。しかも三か月分だ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。