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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第四十六話 魔界の鉄道を開通させたら、列車をゴーレムが担いで走った

「社長、列車が歩いています」

朝食のパンをかじったまま、俺は吉岡を見た。

「何が歩いているって?」

「列車です。正確には、列車を担いだゴーレムが歩いております」

「鉄道って何だっけ?」

『線路の上を車輪で走る交通機関です。

少なくとも、担がれる交通機関ではありません』

腰の聖剣にまで常識を説かれた。

魔界初の鉄道開通まで、あと二日。

王国との交易が増え、馬車だけでは荷物が運び切れなくなった。

だから俺たちは魔石機関車を造ったのだ。

完成を祝う式典には王国の商人も来る。

駅には子供たちが描いた「はやいきしゃ」の絵が飾られている。

その肝心の機関車が、歩いている。

「現場へ行くぞ」

「社長、式典の挨拶原稿は?」

「機関車が歩いているのに、俺だけ立派な挨拶をしてどうする!」

試運転線に着くと、俺は人生で初めて見る光景に言葉を失った。

巨大な石のゴーレムが客車を両肩に載せ、線路の横をずしん、ずしんと進んでいる。

窓からは試乗中のゴブリンたちが手を振っていた。

「社長! 見晴らし最高です!」

「揺れはどうだ!」

「ちょっと胃袋が上下します!」

最高ではない。

線路脇で頭を抱えていたのは、鉄道技師のルッカだった。

煤だらけの顔をした若いドワーフだ。

「機関車の魔石炉が停止しました。圧力を上げると車輪の軸受けが焼き付きます。予定速度まで届きません」

「だからゴーレムが?」

「工事用に配置した彼が、困っている乗客を見て運び始めたんです」

ゴーレムの胸には白い文字で『工事二号』と書かれていた。

「止めようとしたんですが、乗客が拍手をしてしまって」

「拍手で動くのか?」

「褒められると張り切る型です」

工事二号は胸を張り、客車をさらに高く持ち上げた。

「高い! 高すぎる! 駅の屋根にぶつかる!」

ルッカが叫ぶ。

工事二号は慌ててしゃがみ込み、乗客が一斉に悲鳴を上げた。

俺は聖剣に尋ねた。

「これ、斬れば止まるか?」

『まず運行責任者としての発言を止めたほうがよろしいかと』

もっともだった。

駅の待合室には、荷物を抱えた人々が集まっていた。

「機関車が直るまで延期だな」と俺が言うと、薬箱を抱えた老女が顔を上げた。

「延期すると、山向こうの診療所に薬が届かないよ」

老女は薬剤師のマルタと名乗った。

馬車なら二日かかる山道を、鉄道なら半日で越えられる。

その約束で薬を集めたという。

「診療所の薬は何日分ある?」

「熱を下げる薬は明日の朝まで。雨で街道が崩れて、馬車も通れない」

俺はルッカを見た。

「一編成だけでも安全に走らせられないか?」

「機関車は危険です。車軸の温度が上がりすぎる。今走らせれば脱線します」

ルッカは軸受けから外した小さな留めねじを見せた。

熱で変色し、ねじ山が潰れている。

「この一本が抜ければ、客車ごと横転する可能性があります」

俺は試乗を楽しみにしていた子どもたちを見た。

祝う日を守るために、命を賭けるわけにはいかない。

「じゃあ工事二号に担がせるのは?」

「乗客を載せたままは駄目です。彼は障害物を避けるために突然しゃがむ。荷物だけなら固定できますが、橋の耐荷重を超えます」

つまり、急ぐほど危険になる。

俺はかつて、急げば救えると思って仲間を無理に走らせたことがある。

あのとき負傷した兵士の顔が浮かんだ。

「安全を削ってまで開通させない。ただし、薬は別だ。運ぶ方法を探そう」

ルッカは線路の図面を広げた。

「山の手前までは機関車を使わず、手押しの小型台車で行けます。橋の先はゴーレムの徒歩で運べる。ただし、橋を渡るのは薬箱だけです」

「乗客は?」

「駅に残ってもらいます。今日の試乗は中止です」

待っていた子供が唇を尖らせた。

「乗れないの?」

「乗れない。ごめんな」

俺が謝ると、その子は少し考えてから言った。

「じゃあ、お薬が先でいいよ」

小さな一言に、周りの大人たちが静かになった。

ルッカは壊れた車軸の前にしゃがみ込んだ。

「担いで運べても、次は子どもを乗せたい。揺れない列車にしたいんです」

ゴーレムが大きな手で車輪をそっと支えた。

俺はその手を見て、修理費の承認書に署名した。

試運転の後、ゴーレム整備士が車輪の摩耗を指でなぞった。

「走らせるだけなら今日でもできます。でも明日も走らせるには、点検する人間が要る」

エリナは開業費とは別に、保守費と代替輸送の予算を記入した。

車軸が焼き付いた現物を見たとき、俺は式典の予定表を裏返した。

乗客の命より大切な開通日はない。

昼から輸送が始まった。

小型台車を押すのは、鉄道職員と近くの農家の人たち。

薬箱は防水布で包み、番号を振り、受け渡すたびに吉岡が数を読み上げた。

「一番、解熱薬。二番、包帯。三番、消毒液」

「四番、社長の昼食」

「それは置いていけ!」

「ですが社長、朝から何も召し上がっておりません」

ゴーレムが列車を担いだのは、試運転の帰路だった。

車軸に亀裂が見つかり、乗客を乗せないまま車両を工場へ戻す必要があったのだ。

「これを開通成功とは呼べません」とエリナが言った。

俺は翌日の式典を延期し、乗車券の払い戻しを命じた。

技師長は原因を隠さず、金属の疲労と荷重の計算違いを報告した。

二週間後、交換した車軸で再試験を行い、今度はゴーレムの手を借りずに列車が走った。

「担いだほうが速いぞ」とゴーレムが言ったが、俺は首を振った。

「速さより、毎日安全に走れることだ」

「俺の昼食は医療物資じゃない!」

『食べないと判断力がさらに低下しますよ』

「さらにって何だ!」

笑い声が上がった。

緊張していたルッカも、少しだけ口元を緩めた。

山の橋の手前で、工事二号が薬箱を受け取った。

肩に載せるのではなく、胸の前に抱える。

「工事二号、橋では走るなよ。拍手されてもだ」

石の巨人はこくりとうなずいた。

一歩、また一歩。

橋の板がきしむたび、全員が息を止めた。

俺は対岸の地面に立ち、万一のときは薬箱だけでも受け止めようと身構える。

最後の一歩で、工事二号の足が滑った。

「危ない!」

ルッカが飛び出し、手にした長い棒で橋の欄干を押さえた。

工事二号は片膝をつきながらも、薬箱を高く抱えて守った。

橋を渡り切ったとき、誰かが拍手しかけた。

「待て! まだ橋の上だ!」

全員が慌てて手を止める。

工事二号が完全に土の上へ降りたのを確かめてから、ようやく拍手が起こった。

巨人は照れたように胸の文字を指でこすった。

診療所から受領の知らせが届いたのは、日が沈むころだった。

マルタは駅の長椅子に座り込み、目を閉じた。

「間に合った。ありがとう」

「礼はルッカと工事二号に言ってくれ。俺は昼食を運ばれそうになっただけだ」

エリナが帳簿を開いた。

「臨時輸送費は予定よりかかりました。ですが薬の配送は完了。通常の旅客運行は延期、車軸の設計をやり直します」

「式典はどうする?」

「予定どおり開催できます。ただし『開通式』ではなく『安全試験の公開説明会』です」

「地味だな」

「脱線するよりは地味で結構です」

ルッカが頭を下げた。

「社長、故障を隠さずに済んで助かりました。工事二号にも、正式な仕事を用意してやってください」

「列車を担ぐ仕事以外でな」

「はい。橋の補修と緊急輸送の訓練を」

工事二号が遠くで腕を上げた。

駅の子供たちが手を振り返す。

二日後、式典に来た商人たちは走らない機関車を見て呆れた。

だが、ルッカが焼き付いた車軸を公開し、改善予定を説明すると、ひとりの王国技師が前に出た。

「うちの工房なら、耐熱軸受けを作れるかもしれない」

「王国の工房が魔界の列車を?」

「故障するのに国境は関係ないだろう」

俺は思わず笑った。

鉄道はまだ走らない。

それでも、人と技術は線路より先につながり始めていた。

そのとき吉岡が駆け込んできた。

「社長、国境から緊急連絡です。王国側の検問所が閉鎖されました」

せっかくつながった道の、その先が塞がれた。

俺はルッカに言った。

「車軸の修理を続けてくれ。俺は別の道を開けてくる」

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