■第四十五話 魔王軍の配当を決める会議で、アンデッドが千年分を要求した
「千年分の配当を要求する」
会議室に入るなり、リッチのボーン理事長が宣言した。
「千年?」
「正確には九百八十七年です。端数は切り捨てました」
「その端数が俺の寿命より長いんだけど!」
ボーンは胸元から古い株券を取り出した。
紙は黄ばんでいるのに、本人の骨だけは妙に艶がいい。
「我々アンデッド年金基金は、魔王軍の創業時から株を保有している。長年の忠誠に報いるべきだ」
エリナが静かに帳簿を開いた。
「確認します。千年間、配当を出すという約束はありましたか?」
「ない」
「配当可能な利益はありましたか?」
「戦争に使った」
「では千年分の配当債務は存在しません。配当は勤続年数に応じた給与ではなく、決算で利益と支払能力を確認し、定められた機関が決める株主への分配です。過去の未決議分を、いま一括で請求することはできません」
「夢がない!」
骨が机を叩き、指が一本飛んだ。
吉岡が拾って返した。
「理事長、備品ではないので落とし物として処理します」
「わしの指だ!」
笑って済ませられる話ではなかった。
ボーンが代表する年金基金には、引退した骸骨兵や傷を負った魔族たちの生活費が預けられている。
「社長、彼らは本当に困っています」
エリナが小声で教えた。
「年金の支払いが増える一方、基金の運用益が足りません。配当を期待する理由はあります。ただし年金基金の受給権と、基金が保有する株の配当請求権は別です。受給者を守る責任を、会社の株主だけに押しつけるわけにもいきません」
「なら、配当を出せばいいだろ?」
「今年は黒字ですが、借入金の返済と設備修理が残っています。利益があることと、現金が余っていることは違います。配当できる額は帳簿上の利益そのものではありません。決議前に資金繰りと分配可能な範囲を確認します」
前に聞いた説明だ。
何度聞いても胃が痛くなる。
ボーンは椅子から立ち上がった。
「若い勇者には分からん。わしらは魔王のために働き、死んでからも働いた。老後くらい安心させてくれ」
「死んでからも働いた、って普通に言うなよ……」
「アンデッドの普通を否定するのか!」
「そういう意味じゃない!」
俺は口を閉じた。
老後が長すぎることを笑っても、生活の不安まで笑ってはいけない。
俺たちは年金基金が支援する共同住宅へ向かった。
廊下では骸骨の老人が編み物をしていた。
編んでいるのは手袋だ。
「骨に手袋?」
「冬は関節がきしむんじゃ」
隣の部屋では元兵士が壊れた義足を修理していた。
「会社の医療制度は使わないのか?」
「手続きが難しい。書類に『生年月日』とあってな。生まれた国がもう存在せん」
吉岡がその場で記録を取った。
「生年月日が不明な長命種向けの申請欄を設けます」
「年金より先に書類が直るとはな」
老人は笑ったが、俺は笑えなかった。
ボーンが言った。
「配当を求めたのは金だけではない。わしらの働きを、帳簿の外へ追いやられたくなかったんじゃ」
「……分かった。でも、ない金を配る約束はできない」
「勇者のくせに冷たいのう」
「勇者だからこそ、守れない約束はしたくない」
「配当は利益から、未払い給与は債務から」
エリナは二つの帳簿を並べた。
俺はようやく、同じ金の話でも順番を間違えてはいけないと理解した。
「それは別の話じゃ。混ぜると会計責任者に怒られる」
「よく分かってるな」
エリナを呼ぶと、彼女は古い名簿を一冊ずつ確認した。
「株主への配当と、実際に働いた人への賃金は別です。未払いが確認できるなら、支払い義務を調べます」
「千年前の記録も?」
「証拠が残っている範囲で。存在しない数字を作るわけにはいきません」
ボーンは大きく息を吐いた。
肺がないので、音だけだった。
「わしは千年分の配当と言ったが、本当に欲しかったのは、誰も忘れられんという約束かもしれん」
「それなら、帳簿から始めよう」
俺が答えると、吉岡は新しい台帳の表紙に『旧部隊勤務記録調査』と書いた。
「社長、調査には時間がかかります」
「いい。急いで適当な数字を出すより、ずっといい」
ボーンはうなずき、落ちた顎を拾ってはめ直した。
「感動で顎が外れた」
「もともと緩いんじゃないのか!」
配当方針を決める前に、ボーンは俺を地下の記録室へ連れていった。
棚には古い兵士名簿が詰まっていた。
背表紙には百年前、二百年前と年代が記されている。
「この者たちは、みな会社のために働いた」
ボーンが指差した名前の半分は、今の雇用台帳に載っていなかった。
「亡くなった人たちか?」
「いや。死んだあとも勤務していた者が多い。所属部隊が消え、給与を請求する先もなくなった」
「じゃあ配当じゃなく、未払い給与の問題じゃないか」
エリナは名簿を閉じず、勤務記録と支払い記録を机に並べた。
「まず未払い分の確認です。配当とは別の勘定にしなければ、受け取る権利のある人が埋もれます」
「千年分を一晩で解決できるか?」
「できません。だから、確認した分から支払う日付を公表します」
老人はうなずき、骨の指で一人の名前を示した。
「こいつから調べてくれ。まだ、待っているはずだ」
俺はその名に印を付けた。
利益を分ける前に、返すべき給料があった。
翌日の臨時株主説明会は、配当賛成派と反対派で真っ二つに割れた。
「利益は株主に返すべきだ!」
「工場の屋根が雨漏りしているのに!」
「屋根は雨が降ったときだけ困る!」
「配当は出ないと毎日困るんだよ!」
妙に説得力のある応酬だった。
エリナは黒板に三つの数字を書いた。
今期の利益。
返済期日が近い借入金。
修理が必要な設備の費用。
「配当に使える現金は、利益の数字より小さいです」
ボーンが手を挙げた。
「では、来年も出さないつもりか?」
「いいえ。まず借入金の返済計画を公開します。次に、一定の現金準備を確保したうえで配当を検討します」
「検討、という言葉は信用ならん」
「では基準を決めましょう」
俺は黒板の前に立った。
「必要な修理を先送りせず、給料と年金の支払いを守り、返済予定を満たせるときだけ配当する。満たせなかったら理由を公開する」
配当案を見た若い社員が手を挙げた。
「今日の金より、来年の仕事が欲しい」
ボーンはしばらく黙り、「わしにも来年がある」と骨の指を折った。
俺は全員に同じ答えを押しつけず、必要な積立金を数字で示した。
「社長、その条件では株主が怒ります」
「もう怒ってるだろ!」
聖剣が鞘の中からつぶやいた。
『怒りを斬れないのは不便ですね』
「斬るなよ。絶対に」
採決の結果、配当方針は僅差で承認された。
ボーンは配当案を畳み、隣の若い職人へ差し出した。
「お前たちが働けなくなれば、千年生きた意味がない。だが年金を待つ者も忘れるな」
「はい。俺たちも、明日働ける工場を残します」
職人が答えると、ボーンは骨の指で机を二度叩いた。
賛成と反対が消えたわけじゃない。
それでも、同じ会社の明日を見ていた。
ただし、ボーンは最後まで納得しなかった。
「千年分は諦めんぞ」
「だから存在しない債務だって!」
「ならば千年分の感謝状を出せ」
「それなら出せる!」
エリナが横から言った。
「感謝状の印刷費は予算に計上してください」
「感謝にも予算がいるのか!」
「紙とインクは無料ではありません」
後日、共同住宅に届いたのは、一枚の大きな感謝状だった。
そこには『千年分の勤務に感謝する』とは書かなかった。
『生きていた頃も、その後も、ここを支えてくれたすべての人へ』
そう記した。
ボーンは文句を言いながら、食堂の一番目立つ場所に飾った。
ボーンが帰り際に、もう一度だけ俺の方を向いた。
「来年も、ここへ来ていいか」
「株主なら当然だろ」
「配当がなくても?」
「意見を言う権利はなくならない」
ボーンは満足そうに笑った。
今度は指も顎も落ちなかった。
その晩、エリナが新しい資金計画を持ってきた。
「社長、鉄道事業の試験費用が予定を超えています」
「今度は何だ?」
「機関車が止まったので、ゴーレムが列車を担いで走ったそうです」
「それ、鉄道なのか?」
俺は額を押さえた。




