↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/120

■第四十四話 人間王国の商人が魔界の株を買い始めた日、魔族がざわついた

魔王城の前に、百人ほどの魔族が集まっていた。

手にしているのは剣でも槍でもない。

株券だった。

「勇者社長! 魔王軍が人間に買われるって本当か!」

「俺たちの会社を返せ!」

「いや、まだ誰にも売ってないぞ!」

俺が答えると、群衆の最後尾で老ゴブリンが一枚の紙を掲げた。

「今朝、商人が来た。これを三倍の値段で買うと言ったんじゃ」

紙には『魔王軍株式会社 一株』とある。

角は擦り切れ、何度も折り直した跡があった。

「なぜ売らなかったんです?」

「息子が戦争で死んだとき、給料の代わりに渡された。あいつがここで働いた証なんじゃ」

俺は言葉を失った。

そこへエリナが駆けつけた。

「社長、証券取引所で王国商会の買い注文が急増しています。仲介名義を分けていますが、資金の出どころは同じです」

「グレゴールか」

「まだ断定できません。ただし、売買そのものは合法です」

合法。

その言葉で安心できる状況ではなかった。

魔界証券取引所は、戦場より騒がしかった。

掲示板の前で小鬼たちが叫び、奥の窓口では骸骨が指を一本ずつ折って売買数量を数えている。

「指が足りません!」

「自分の肋骨を使うな! 会計が混乱する!」

俺は受付に頼み、取引の記録を見せてもらった。

昨日まで百株単位だった買い注文が、今朝から千株単位に膨らんでいる。

しかも買い手の名前は六つに分かれていた。

「これだけ買えば、会社を乗っ取れるのか?」

エリナは首を横に振った。

「今日の数量だけでは無理です。ですが、株主総会で経営方針を左右できるほど集まれば話は別です」

「俺だって株を集めて魔王を追放したんだ。相手に同じことをするなとは言えないな」

「その通りです」

容赦がない。

取引所の隅にいた若い魔族が口を開いた。

「でも人間が株主になったら、魔族を解雇するんでしょう?」

「誰がそう言った?」

「昨日から街中で噂になってます。王国の商人が工場を閉めるって」

俺はエリナを見た。

「買い付けと一緒に噂も広がっているのか」

「安く売らせるための工作かもしれません。証拠はありませんが」

証拠のない相手を悪人と決めつけるわけにはいかない。

それでも、黙って見ているわけにもいかなかった。

老ゴブリンの持つ株券には、戦死した息子の名前があった。

「これを売れば孫の薬代になる。でも売ったら、あいつの働いた証までなくなる気がしてな」

エリナは株券を丁寧に戻した。

「売却しても、働いた事実は消えません。けれど今すぐ決める必要もありません」

俺たちは医療費の相談窓口を紹介した。

翌週、老人は株券を持ったまま薬を受け取れたという。

株価だけ見ていたら、見落とす一人だった。

「なるほど。あなたの会計責任者は、公平という名の刃物を持っている」

「私の武器は算盤です」

「算盤の方が怖いな」

俺とグレゴールの声が重なった。

株を買うことは、魔界の未来に口を出すことでもある。

俺は出資者の国籍より、議決権の使い方を問うた。

午後、グレゴール本人が魔王城に現れた。

「勇者殿。市場経済を導入したのはあなたでしょう。人間の投資だけ拒むのですか?」

「拒まない。ただ、何のために買っているのか聞きたい」

「利益のためです。商人にほかの理由が必要ですか?」

「それだけなら、堂々と名乗ればいい」

グレゴールの笑みが少し薄れた。

「投資家には匿名を望む者もいます」

「それも分かる。でも工場が閉鎖されるという噂が流れている。あなたの商会は関係しているのか?」

「知らない噂の責任まで負えません」

嘘か本当か、俺には見抜けなかった。

そこでエリナが帳簿を置いた。

「では、提案があります。大口株主の保有状況を全員に同じ条件で開示し、今後の重要な経営方針は事前に説明する制度を設けます」

「私だけを狙い撃ちにするのですか?」

「いいえ。勇者社長の保有株も公開します」

「えっ、俺も?」

「当然です」

グレゴールが初めて声を出して笑った。

説明会の準備には思ったより時間がかかった。

大口株主の持ち株だけを公表すれば、小さな株主は自分の取引まで見張られると思うかもしれない。

エリナは開示する情報の範囲を決め、個人の住所や家族の事情は伏せた。

「公平と、何でもさらすことは違うんだな」

「はい。説明責任を果たすために、守るべき情報もあります」

吉岡は会場に人間用と魔族用の入口を二つ作ろうとした。

「入口は一つでいい。株主総会だろ」

「では椅子の大きさは?」

「ドラゴンだけ別に考えよう!」

翌朝、同じ入口から入った人間と魔族は、互いの顔を見てぎこちなく会釈した。

説明会の朝、取引所から速報が入った。

【六つの仲介名義による買付け、合計で議決権の九パーセントに到達】

「九パーセントなら、まだ大丈夫だろ?」

「単独では過半数に届きません。ただし、ほかの株主と協調すれば取締役の選任に影響します」

エリナは俺の前に二つの書類を置いた。

ひとつは買付けに関する質問状、もうひとつは従業員の雇用状況を説明する資料だ。

「相手を排除するための書類じゃないんだな」

「はい。誰が株主になっても、議論を同じ土俵に乗せるためです」

翌日、公開説明会を開いた。

俺は最初に、自分が株を買い集めて社長になった経緯を話した。

従業員代表の席から「株主が変わったら、明日から俺たちの職場はどうなる」と声が上がった。

エリナは議決権と雇用契約の違いを説明した。

俺は雇用条件を一方的に変更しないことと、取締役会に従業員の声を届ける窓口を設けることを提案した。

「だから、人間が株を持つことを悪いとは言わない。ただ、会社をどう変えたいのか、株主にも社員にも説明してほしい」

そのとき、王国商会の代理人が立ち上がった。

「人間の株主だけに追加の質問状を送るのは差別では?」

広間の空気が固まった。

確かに俺たちは、相手が人間だから疑っているように見える。

「質問状は大口の買い手全員に送る。魔族の年金基金にも、俺自身にも同じ基準を当てる」

「社長自身にも?」

「俺がまた株を買い集めて社長の椅子を守ろうとしたら、真っ先に疑ってくれ」

エリナが素早く書き留めた。

「議決権に影響する大口保有の状況と、会社への提案内容を公平に開示する。個人の住所や家族情報は出さない。これを取締役会へ諮ります」

「つまり、人間を締め出さないのか」と若い魔族。

「締め出したら、俺が社長になれた理由まで否定するだろ」

若い魔族は反論しかけて、口を閉じた。

老ゴブリンが立ち上がった。

「わしの一株は、誰のものになるんじゃ?」

「あなたが売らなければ、あなたのものです」

「売ったら?」

「買った人のものです。でも、息子さんがここで働いた記録は消さない。株券と記録は別です」

エリナがうなずいた。

「会社の古い雇用台帳を保存する事業を始めます。株の売買に関係なく」

老人は長く黙っていた。

「……それなら、株を持っている理由が一つ増えたな」

説明会が終わると、魔族の若い職人が人間商人に歩み寄った。

「株を買うなら、うちの炉を見てからにしてくれ。数字だけで値踏みされたくない」

商人は一瞬戸惑ったが、頭を下げた。

「明朝、案内していただけますか。帳簿だけでは分からないことがありそうです」

俺は二人の間に割り込まなかった。

会社を変えるのは、社長の言葉だけじゃない。

その後、何人かの株主は売り、何人かは買い増した。

株価は上がったり下がったりした。

俺には相変わらず、数字の動きが魔法陣より難しかった。

だが一つだけ分かった。

「社長、どうしました?」

「俺は魔王を追放するために株を買った。でも今は、誰かが追放されない会社にしたいんだ」

エリナは少し考えてから言った。

「それは経営方針として、もう少し具体的に書いてください」

「感動する場面じゃないのか!」

「議事録には感動も記載できます。ただし決議にはなりません」

吉岡が真顔で筆を構えた。

そのとき、取引所から新しい知らせが届いた。

王国の投資家だけでなく、魔界の年金基金まで株を買い増しているという。

「ボーン理事長が?」

「はい。次の株主総会で、配当を要求するそうです」

取引所の前で魔族の若者が聞いた。

「人間が大株主になったら、俺たちの仕事はなくなるのか」

俺は即答できなかった。

だからこそ、株主の国籍ではなく、雇用と安全に関わる決定を誰が監督するか、次の総会の議題に加えた。

俺は椅子に沈んだ。

株主総会が、また戦場になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。