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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第四十三話 初代魔王が封印箱の中から、特許侵害を訴えてきた

地下宝物庫から、怒鳴り声が聞こえた。

『その魔石炉は、わしの発明じゃ!』

「箱がしゃべった!」

吉岡が尻もちをついた。

古い封印箱には、初代魔王ガルディオンの意識が宿っている。

以前、創業者としての権利を主張して大騒ぎを起こした、あの厄介なご先祖様だ。

「今度は何だ?」

『おぬしらが村に設置した魔石炉、わしの特許を侵害しておる!』

エリナが眉を寄せた。

「特許証はありますか」

『あるとも。

箱の底を見よ』

箱をひっくり返すと、紙ではなく石板が落ちてきた。

「重っ!」

『千年前の正式な登録証じゃ』

「登録機関は?」

『わし』

「自分で登録したのか!」

『初代魔王じゃぞ?』

「それは特許庁じゃない! しかも登録しただけで、今も独占できるとは限らないぞ!」

騒ぎを聞きつけて、魔石炉の開発責任者リゼが駆けつけた。

まだ若い魔族の技師で、徹夜明けの目をしている。

「この炉は、村の家を暖めるために作りました。古い炉とは構造が違います」

『火を起こす仕組みは同じじゃ!』

「火を起こすだけなら、焚き火も全部あなたの発明になります」

『焚き火の特許も取っておけばよかった!』

「今からは無理です!」

俺は二人の間に立った。

「まず、何が同じで何が違うか確かめよう」

ガルディオンの石板には、魔石を一気に燃やして熱を出す古い方式が刻まれていた。

一方、リゼの炉は熱を蓄え、少しずつ室内へ送る。

「古い方式だと、夜中に燃料を足さないと消えるんです」とリゼ。

「新しい炉は、子供や老人が寝ている間も温度が急に下がらないようにしています」

封印箱が沈黙した。

『……冬の寒さを知らぬわけではない』

その声が、先ほどより小さくなった。

しかし、問題は技術の違いだけではなかった。

ガルディオンは古い記録を次々と持ち出した。

炉の原型を考えたのは自分だが、実際に組み立てたのは名前の残らない職人たちだった。

「この図面の隅、別の筆跡ですね」とエリナ。

『弟子の一人じゃ。

名前は……』

初代魔王が言葉に詰まった。

『忘れた』

リゼが図面を覗き込む。

「ここに署名があります。『鍛冶師メル』」

『メル……ああ、そうじゃ。

炉が爆発したとき、わしをかばって腕に火傷を負った』

「その人は、発明者として記録されていないんですか」

『当時は魔王の名だけを残すのが当然じゃった』

「当然だったことが、正しいとは限らない」

俺が言うと、箱の中から長いため息が漏れた。

『勇者は説教が好きじゃな』

「社長になってから増えた」

「石板だけでは決められない」俺はリゼに頼んだ。

「実物を動かして、どこが改良されたか見せてくれ」封印箱が鼻を鳴らす。

『わしの目をごまかすでないぞ』「目、あるのか?」『心の目じゃ!』

エリナは権利関係を調べた。

千年前の登録制度はすでに廃止されており、当時の独占権をそのまま認める根拠はなかった。

「ですから、今の炉の製造を止める理由にはなりません」

『では、わしの功績は無かったことになるのか』

その問いだけは、笑い飛ばせなかった。

リゼがしばらく考えてから口を開いた。

「最初の炉がなければ、私も今の炉を作れなかったと思います。でも、改良した人たちの仕事も消さないでほしい」

『……おぬしは、わしの名前を残してくれるのか』

「正しい形なら」

「正しい形?」と俺。

リゼは図面を広げた。

「初代の設計、鍛冶師メルの改良、後世の技師たちの変更。全部を年代順に記録します。誰が何をしたか分かるように」

エリナがうなずいた。

「公開技術史ですね。特定の一人だけが成果を独占しないようにします」

『わしが一番大きく載るのじゃろうな』

「文字の大きさは全員同じです」

『何じゃと!』

「功績の大きさは、文字の大きさでは決まりません」

初代魔王は黙り、やがて小さく笑った。

『メルなら、そう言ったかもしれんな』

翌朝、リゼが石板を抱えて社長室に戻ってきた。

「社長。昨日の石板、裏面に文字がありました」

「初代魔王の隠し財産か?」

『財産ならわしに返せ!』と封印箱。

リゼは箱を無視して、石板の裏を見せた。

細い線で何人もの名前が刻まれている。

「設計を手伝った技師の名前です。途中で削り消された跡もあります」

ガルディオンは急に黙った。

「どうして消した?」と俺。

『当時は魔王の発明として残す決まりだった。

臣下の名を載せれば、王権が弱くなると言われたのじゃ』

「誰に?」

『……わし自身に』

誰も笑わなかった。

リゼは指で削り跡をなぞった。

「私たちは炉の温度を安定させるのに半年かかりました。でも、千年前にも同じ失敗をした人がいたんですね」

『あの者は何度も炉を爆発させた。

腕は良かったが、片づけは下手でのう』

「名前は?」

『バルク。

ドワーフの技師じゃ。

わしより頑固だった』

ガルディオンの声が小さくなった。

『最後に会ったとき、わしは礼を言わなんだ』

俺はエリナに頼んで、古い工房の記録を探してもらった。

残っていたのは賃金台帳の断片だけだったが、バルクという名と、炉の試作に使った魔石の数が一致した。

「少なくとも、実在した技師だったんだな」

「そして、働いた証拠もある」とエリナ。

リゼは新しい図面の端に、小さな欄を設けた。

『原型技術の協力者:バルクほか、当時の工房員』

『わしの名前は?』

「もちろんあります。『発案者:ガルディオン』」

『字が小さくないか?』

「他の人と同じ大きさです」

『初代魔王じゃぞ!』

「共同発明者ですから」とリゼ。

しばらくして、箱から低い声がした。

『……同じ大きさでよい』

その日の夕方、工房の若い技師たちは図面の署名欄を見て、自分の名前も書き込んだ。

失敗した試作品にさえ、担当者の名前を残すことにしたという。

「失敗まで記録するのか?」と吉岡。

「誰かが同じ失敗をしなくて済むからな」と俺。

『ならば、わしの失敗は千年分あるぞ』

「全部書いたら図書館が建つな」

『大図書館にせよ!』

初代魔王の野望は、どうやらまだ尽きないらしい。

公開技術史の原稿が完成すると、初代魔王は最後の頁を見て黙り込んだ。

そこには失敗した試作品と、修理した職人の名前まで載っていた。

『わしの恥も後世に残すのか』。

「失敗を隠したら、次の技師が同じ火傷をする」とリゼ。

箱はしぶしぶ承諾した。

炉の試運転中、村の古い井戸が突然ぬるくなった。

リゼは顔色を変え、設計図を開いた。

「熱が地下の水脈へ逃げています。私の計算ミスです」

封印箱のガルディオンが怒鳴りかけ、言葉を止めた。

『わしの初期設計にも、その欠陥があった』。

「じゃあ一緒に直せるな」と俺が言うと、箱はしばらく黙った。

翌朝、リゼの図面の余白に古代文字の修正案がびっしり書かれていた。

署名は『共同研究者・初代魔王』だった。

リゼは特許の使用条件を、炉の修理手順と一緒に村の掲示板へ貼った。

誰が発明者かは消さない。

しかし、故障したときに誰でも直せるようにする。

「名前を守ることと、技術を閉じ込めることは違うのね」

箱の中から、珍しく反論はなかった。

井戸への熱漏れを直すため、リゼは古代の断熱材と現代の循環管を組み合わせた。

翌日の試験では井戸の水温が戻り、集会所の室温だけが安定した。

ガルディオンは得意げに言った。

『わしがいなければ完成せんかったな』。

「リゼが計算を直さなきゃ、井戸で魚が煮えてたけどな」と俺。

『それは言うな!』。

共同研究の最初の成果は、誰か一人の勝利ではなかった。

一週間後、村の集会所に新しい魔石炉が設置された。

試運転の日、リゼは子供たちに使い方を教えた。

「この赤い印を越えるまで燃料を入れないで。温度が上がりすぎたら、ここを閉めます」

子供の一人が質問した。

「これ、誰が作ったの?」

リゼは炉の横に掲げた小さな板を指した。

そこには初代魔王から現代まで、技術を受け継いだ人々の名が記されていた。

「大勢の人が、少しずつ良くしたのよ」

『最初はわしじゃぞ!』

持ち込まれた封印箱が口を挟む。

「箱がしゃべった!」

子供たちが歓声を上げた。

『初代魔王ガルディオンじゃ! 敬うがよい!』

一人の少女が箱を撫でた。

「おじいちゃん、あったかいね」

『お、おじいちゃん……』

初代魔王が絶句する。

「千歳以上ですから、おじいちゃんで合ってます」と吉岡。

『黙れ!』

だが、その声には以前ほどの怒りがなかった。

帰り道、リゼが俺に言った。

「自分の名前が残るのは嬉しいです。でも、次の人がもっといい炉を作ってくれたら、もっと嬉しい」

俺は思わず笑ってしまった。

「そのときはまた、あの箱が訴えてくるかもな」

『聞こえておるぞ!』

「じゃあ次は、ちゃんと共同発明の相談をしよう」

『……仕方あるまい』

古い魔王が折れた瞬間、村の煙突から白い湯気が上がった。

そのとき少女が、板の一番下を指差した。

「ここ、空いてるよ。次は誰の名前?」

リゼは少し考えて、チョークを渡した。

「次にこの炉を直してくれる人のための場所よ」

『わしの名を一番大きく書いておくべきではないか?』

「最初の名前はもうあるだろ」と俺。

少女は板の空欄に小さく書いた。

『これから』。

ガルディオンはしばらく黙り、やがて箱の中で笑った。

『……その特許だけは、誰にも独占させんでよい』

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