↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/120

■第四十二話 勇者の会社が儲かり始めたら、魔界の税務署が本気を出した

「社長。税務署が来ています」

「何か買いに?」

「帳簿を見にです」

「……一番怖いやつだ!」

魔王軍株式会社が黒字になった途端、魔界税務署の監査官ゼノが七人の部下を連れて現れた。

ゼノは細い眼鏡を直し、机に分厚い書類を置いた。

「昨年度の売上、経費、現物支給、魔石の在庫。すべて確認します」

「会社を潰す気か?」とゼルガディス。

「税金を確認するだけです」

「昔は税務官など城門から追い返したものだ」

「だから国庫が空になったんでしょうが!」とエリナ。

元魔王は口を閉じた。

最初の問題はドラゴン配送部の食費だった。

「牛三十頭を『車両燃料費』で計上していますね」

「ドラゴンの燃料は牛です」と吉岡。

「生き物でしょう」

「配送車両として登録されています」

「登録を直してください」

「直すと保険料が変わります」

「そこも直してください!」

監査官の額に青筋が浮いた。

次に出てきたのは、幽霊社員の夜勤手当だった。

「この社員は住所がありません」

「壁の中に住んでいます」

「住民票は?」

「死亡届なら三百年前に」

「どうやって給与を支払うんです?」

「本人の希望で墓地の修繕基金へ振り込みます」

ゼノはしばらく無言で帳簿を見つめた。

「……仕事が増えました」

笑っていられたのは午前中までだった。

経理室の隅で、若いゴブリンの帳簿係が泣いていた。

「私が間違えたんです。村の病院に送った薬を、販売分に入れてしまって……」

確認すると、無償提供した薬が売上として記録されていた。

税額も利益も実態より大きくなる。

「訂正すればいい」と俺は言葉を選んだ。

「訂正には、誰が、いつ、なぜ間違えたか書かなければなりません」

「それは必要だろう」

「前の上司は、間違えた者の名前を城門に貼り出していたんです」

俺は言葉を失った。

ゼノが帳簿を閉じた。

「誤りを隠せば、もっと大きな誤りになります。責任の所在を明らかにすることと、晒し者にすることは違います」

「……税務署の人が言うと重いな」

「我々も昔は失敗しました。処罰を恐れて帳簿を燃やした村があったのです」

エリナが机の上に新しい訂正票を置いた。

「担当者だけに責任を負わせません。確認した上司と、仕組みを作った私の名前も入れます」

若い係は涙を拭いた。

「それでも、私が書いていいんですか」

「あなたが事実を知っているから、書いてほしいの」

監査官は帳簿の間違いを指摘した後、訂正の期限も示した。

俺は敵を見つけた気でいた自分を恥じた。

監査二日目の午後。

ゼノが大きな問題を見つけた。

「魔王城の玉座修理費、金貨八百枚。事業上の必要性を説明してください」

全員がゼルガディスを見た。

「玉座は魔王の威厳に必要だ!」

「現在の業務は?」

「観光客が座る」

「では観光設備としての耐久性と収益記録を」

「……え?」

「壊れたら危険ですから」

ゼルガディスは急に真面目な顔になった。

「確かに。子供が落ちたら困る」

俺は思わず笑った。

税務署は、ただ金を取り立てるだけの場所ではなかった。

支出の理由を問い直すことで、危険な見落としまで見つけていた。

だがゼノは容赦しない。

「もう一点。『勇者の聖剣・精神的慰労費』とは?」

鞘から声がした。

『持ち主が毎日ため息をつくので、刃が曇ります』

「しゃべった!」

『税務官さん、私にも労働者としての尊厳が』

「剣の発言を議事録に載せるのは初めてです」

「載せなくていい!」

「証言は証言です」

ゼノの部下が真剣に筆を走らせる。

監査三日目、ゼノは売上の帳簿ではなく、倉庫の隅にある木箱を指さした。

「これは何ですか」

「廃棄予定の古い魔石です」と吉岡。

「では、なぜ毎月修理費が発生していますか」

吉岡が固まった。

箱の底には、小さな札が貼られていた。

『病院用・緊急時のみ使用』

「捨てられないんです」と倉庫係の若い魔族が言った。

「先月、停電した病院に持っていきました。動かないはずの魔石が、一晩だけ炉を動かしたんです」

ゼノは帳簿を閉じた。

「ならば廃棄物ではありません。予備設備として記録してください」

「そんな区分があるのか?」と俺。

「あります。あなたの会社が使っていなかっただけです」

エリナが静かに頷いた。

「私も売上の集計ばかり見ていました。現場の備えを費用としか考えていなかった」

その日の午後、もう一つ問題が出た。

工場で働くゴブリンの青年が、残業代を受け取っていなかったのだ。

「支払った記録はあります」とエリナ。

「でも、受け取っていません」と青年。

調べると、同じ名前のゴブリンが二人いた。

片方の口座へ、三か月分がまとめて入っていた。

「返せと言われても、もう家の修理に使いました……」

間違って受け取った方のゴブリンが震える。

「責任は登録を確認しなかった会社にある」と俺は言った。

ゼノは厳しい目でこちらを見た。

「それを口約束で終わらせますか」

「終わらせない。未払い分は今日支払う。誤送金は返済計画を一緒に作る。誰もいきなり追い出さない」

エリナは二人の名前に生年月日と社員番号を加えた。

「同じ名前だからといって、同じ人生ではないものね」

「当たり前のことを、帳簿が忘れていたんだ」と俺。

ゼノはようやく一つだけ赤印を消した。

「監査は間違いを見つける仕事です。しかし、間違いを直すのは会社の仕事です」

その言葉が、どんな罰金の通知より重く聞こえた。

税務官は帳簿の端に赤い印を付けた。

「この費用の受益者は誰ですか」

俺は会社の利益になると答えかけ、言葉を止めた。

便利な説明ほど、具体的な相手が消えてしまう。

エリナは領収書を一枚ずつ並べ直した。

監査官ゼノが差し戻した伝票には、孤児院へ届けた毛布が「広告宣伝費」と記されていた。

「名前を載せていないのに宣伝?」と俺が聞くと、担当の若いゴブリンは俯いた。

「寄付だと税金が増えると聞いて……」

エリナは叱る代わりに、領収書と寄付先の受領記録を並べた。

「事実を書きましょう。損得はその後です」

翌日、孤児院の院長が署名した受領書が届いた。

帳簿の一行が、初めて誰かの暮らしとつながった。

ゼルガディスは請求額を見て固まった。

「玉座の維持費が、こんなに……」

エリナは一枚の領収書を裏返した。

「支払うか、私物として持ち帰るか、選んでください」

元魔王はしばらく黙り、震える手で自分の財布を開いた。

ゼノは追徴の数字だけでなく、修正後の申告書を俺たちの前に置いた。

「罰するために来たのではありません。来年も同じ間違いをしないためです」

吉岡は新しい確認欄を作り、俺の判子の横に自分の名前を書いた。

税務署の調査官は、戦争で失われた伝票を理由に追徴を求めた。

エリナは現存する納品書と倉庫記録を突き合わせた。

「払う税は払います。でも、存在しない利益には払えません」

俺は横で判子を押す役に徹した。

最終日、ゼノは訂正箇所と追加納税額を示した。

思ったより大きな金額だった。

「払えば終わりか?」

「いいえ。次の年度も同じ間違いをしない仕組みが必要です」

エリナがうなずいた。

「部門ごとに費用区分を統一します。ドラゴンの食費も、幽霊の給与も、例外のまま放置しません」

「監査に協力した社員が不利益を受けないことも、記録してください」とゼノ。

「分かった。俺が署名する」

署名を終えたとき、若いゴブリンの係が新しい帳簿を抱えて入ってきた。

「社長、病院への薬の無償提供、今月分から正しく分けられました!」

「よし」

ゼノは少しだけ口元を緩めた。

「では、次の監査ではその帳簿を見せてください」

「来年も来るのか!?」

「もちろんです。会社が続く限り」

ゼルガディスが青ざめた。

「魔王よりしぶとい敵だ……」

「敵ではありません」とゼノ。

そのとき聖剣が小さく言った。

『この人、絶対に倒せないタイプですね』

俺は心から同意した。

そのときゼルガディスが、もう一枚の伝票を見つけた。

「待て。この『玉座修繕費』はなぜ会社の経費なのだ?」

「お前が請求したからだろ」

「我の玉座は城の備品だ!」

エリナが購入記録を裏返した。

そこには元魔王の私的な別荘への配送印がある。

「会社の玉座ではなく、元魔王様の私物ですね。経費から除外し、本人への請求に切り替えます」

「我に払えと!?」

「はい。会社の金で王様ごっこはできません」

ゼノが静かに頷いた。

「この修正なら認めます。会社と個人を分ける。それが黒字企業の最初の仕事です」

俺は元魔王に請求書を渡した。

「お前が払うまで、玉座は差し押さえ候補だ」

『ついに勇者が魔王の玉座を奪いました!』と聖剣。

「違う。経理が取り返したんだ」

エリナは最後の伝票に訂正印を押した。

ゼルガディスは請求書の額を見て、懐から古びた金貨袋を出した。

「これは……余が魔王だった頃の褒賞金だ。使わずに残しておった」

「足りるのか?」

「足りぬ」

「じゃあ、玉座を売れ」

「それだけは嫌じゃ!」

ゼノは表情一つ変えず、分割納付の用紙を差し出した。

「魔王でも、期限と利息は守ってください」

聖剣が震えた。

『勇者様。

世界を救ったときより、今の方が魔王に効いています』

俺は用紙に目を落とした。

剣では切れなかった魔王の特権が、一本の訂正線で消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。