↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/120

■第三十五話 魔王軍の農場で大豊作になったら、今度は野菜の値段が暴落した

「社長、農場から大豊作の報告が届きました」

朝一番、吉岡がそう言ったので、俺は素直に喜んだ。

「やったじゃないか!」

「農家が泣いております」

「どうして!?」

魔界の農場では、ガンドルが改良した農機具と新しい肥料が成果を上げた。

去年の倍近い野菜が採れたという。

ところが、市場に持ち込まれたキャベツは、荷車一台分でも銅貨数枚にしかならない。

「採れすぎて、値段が付かないのか」

「はい。収穫量は増えましたが、売上は減っています」

エリナが数字を示す。

「収穫量だけを成果にしていたのが問題です」

市場へ行くと、荷車の脇で老オークの農夫がキャベツを積み直していた。

「買ってくれないのか?」

「買う人はいるさ。だが、運ぶ金のほうが高くつく」

彼は一玉を手に取った。

「去年は子供に腹いっぱい食わせられなかった。今年は畑が山ほど実った。それなのに、家の屋根を直す金がない」

俺は言葉に詰まった。

そこへ料理長ボルドが現れ、キャベツをかじった。

「甘いな」

「料理長、勝手に食うな!」

「味見だ。代金は払う」

ボルドは農夫に銅貨を渡すと、俺に向き直った。

「これだけうまい野菜を捨てるのは犯罪だ。料理人として許せん」

「じゃあ全部料理してくれ」

「俺の厨房を何だと思っている。王国の胃袋か?」

聖剣が口を挟む。

『私は野菜を切るのは得意ですよ』

「剣で千切りにしたら衛生検査で怒られる!」

エリナが地面に三本の線を引いた。

「問題は三つです。保存できない。遠くへ運べない。そして、みんなが同じ日に売ろうとしている」

「じゃあ、買い取って倉庫に入れる?」

「倉庫がありません。無制限に買えば会社も倒れます」

俺は周囲の農家に声をかけた。

「一週間だけ、売り方を変える実験をしたい。協力してくれるか?」

老オークは疑わしげだった。

「また偉い奴が数字をいじるのか?」

「失敗したら、俺がここで謝る」

「謝って屋根が直るなら苦労しねえよ。孫の冬靴も、まだ買えてない」

農夫は帳面を開いた。

種と肥料の代金は収穫後払い。

荷車を借りた費用も残っている。

売上が下がれば借金を返せず、次の種すら買えない。

「食べ物は山ほどあるのに、冬を越す金がないんだ」

正論だった。

そこで、俺たちは先に費用と売り先を決めた。

ボルドは余剰野菜を漬物と乾燥野菜に加工する試験を提案した。

ガンドルは使われていない軍の乾燥室を食品用に改装する。

ただし、燃料代と衛生検査の費用は別に計算する。

「軍の施設が、今度はキャベツを守るのか」

「剣より保存食のほうが腹を満たす」とボルド。

吉岡は王都の食堂と学校給食に、事前注文を取る仕組みを作った。

「先に注文を集めて、必要な量だけ運ぶ。これなら輸送の無駄を減らせます」

エリナは試験販売の条件を紙にした。

加工に回す量は注文が見込める範囲だけ。

買い取り価格は農家の運搬費と最低限の手取りを確認して決め、会社の赤字補填には上限を置く。

「全部を救うとは約束できません。でも、誰がどの費用を負担するかは隠しません」

老オークは黙って読み、ようやく頷いた。

しかし初日の試験は散々だった。

乾燥室から出てきたキャベツは、黒い板のようになっていた。

「料理長。これ食べられる?」

「食べ物に謝れ」

原因は、軍用乾燥室の温度が高すぎたことだった。

ガンドルが顔を真っ赤にした。

「鎧を乾かす設定のままだった!」

「野菜を鎧扱いするな!」

翌日、温度を下げてやり直した。

今度は薄く切った野菜がきちんと乾いた。

だが別の問題が起きた。

市場の商人が抗議に来たのだ。

「会社が農家から直接買えば、俺たちの商売が消える!」

確かにそうだ。

農家を救って商人を潰せば、次の問題を作るだけだ。

俺は商人に、保管と配送の仕事を頼めないか尋ねた。

「ただの仲介じゃない。傷んだ野菜を見分けて、売り先まで運ぶ仕事だ。技術が要る」

商人は腕を組んだ。

「手数料は?」

「実費と利益を明示して決めよう」

「社長が値切るんじゃないのか?」

「値切りすぎて誰かが倒れたら、また会社の仕事が増える」

エリナが頷いた。

「珍しく、経営者らしい発言です」

「珍しくって言うな!」

一週間後、農家の老オークは小さな袋を俺に渡した。

中には乾燥野菜が入っていた。

「王都の食堂が買った分だ。大儲けではないが、屋根の修理代の一部にはなった」

「よかった」

「だが、全部の野菜が売れたわけじゃない」

俺は頷いた。

実験で救えたのは、収穫の一部だけだった。

売れ残りは家畜の餌や堆肥に回し、来年の作付けを分散する相談を始める必要がある。

「来年は何を植える?」

「キャベツを減らして、豆を増やす。隣の畑と話して決めるさ」

農夫は初めて笑った。

「去年は不作で泣いた。今年は豊作で泣いた。農業ってのは難しいな」

「会社経営も似たようなもんだ」

帰り道、ボルドが俺を呼び止めた。

「社長。余ったキャベツで新商品を考えた」

「何だ?」

「山盛りキャベツ定食だ」

嫌な予感がした。

「主菜は?」

「キャベツ」

「副菜は?」

「キャベツ」

「汁物は?」

「キャベツのスープ」

「客が逃げるだろ!」

翌日の社員食堂では、なぜかその定食が完売した。

吉岡が報告書を持ってくる。

「社員からの感想です。『安くて腹いっぱい』『もうしばらくキャベツは見たくない』」

成功なのか失敗なのか、判断が難しい。

エリナは売上表の下に、こう書き加えた。

『豊作の成果は、収穫量だけでは測れない』

俺はその言葉に丸を付けた。

来年は、農家が笑って収穫を迎えられる数字を作ろう。

数日後、王都の学校から礼状が届いた。

『乾燥野菜のおかげで、雨の日にも温かいスープを出せました』

その横には、子供たちが描いた絵が添えられていた。

大きな鍋。

湯気。

笑う顔。

「社長、これも決算書に載せますか?」と吉岡。

「載せられるのか?」

「絵の評価額が決まりません」

エリナが紙を受け取り、静かに言った。

「売上には計上できません。でも、次の取引を続ける理由にはなります」

その日の夕方、老オークの農夫が再び城へ来た。

「畑を見に来ないか」

案内された畑には、キャベツの株を抜いた跡が並んでいた。

「もう終わりか?」

「いや、次の準備だ」

農夫は土を掘り起こし、小さな豆を掌に載せた。

「今年は採れた数を自慢した。来年は売れた分で屋根を直して、孫に靴を買う。それを自慢したい」

俺は豆を一粒受け取った。

「来年、また見に来る」

「約束だぞ、社長」

「それと、来年の値段は収穫前に相談しよう。豊作を喜んだあとで農家だけが泣くのは、もう嫌だからな」

農夫は豆を握り直し、「その約束なら、畑の皆にも伝える」と笑った。

魔王を倒したとき、俺は世界が変わる瞬間を見たと思った。

けれど本当に変わっていくのは、こういう畑の、来年の予定なのかもしれない。

帰り際、吉岡が畑の端で立ち止まった。

「社長。次年度の農業予算ですが、収穫量だけでなく販売単価と廃棄量も報告項目に加えます」

「農家の手取りも頼む」

「承知しました」

ボルドが遠くから叫んだ。

「来週は豆料理の試食会だ!」

「また主菜も副菜も豆なのか?」

「よく分かったな!」

俺は空を仰いだ。

平和な国を作るのは難しい。

だが、次の献立を心配できる程度には、俺たちは前へ進んでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。