■第三十五話 魔王軍の農場で大豊作になったら、今度は野菜の値段が暴落した
「社長、農場から大豊作の報告が届きました」
朝一番、吉岡がそう言ったので、俺は素直に喜んだ。
「やったじゃないか!」
「農家が泣いております」
「どうして!?」
魔界の農場では、ガンドルが改良した農機具と新しい肥料が成果を上げた。
去年の倍近い野菜が採れたという。
ところが、市場に持ち込まれたキャベツは、荷車一台分でも銅貨数枚にしかならない。
「採れすぎて、値段が付かないのか」
「はい。収穫量は増えましたが、売上は減っています」
エリナが数字を示す。
「収穫量だけを成果にしていたのが問題です」
市場へ行くと、荷車の脇で老オークの農夫がキャベツを積み直していた。
「買ってくれないのか?」
「買う人はいるさ。だが、運ぶ金のほうが高くつく」
彼は一玉を手に取った。
「去年は子供に腹いっぱい食わせられなかった。今年は畑が山ほど実った。それなのに、家の屋根を直す金がない」
俺は言葉に詰まった。
そこへ料理長ボルドが現れ、キャベツをかじった。
「甘いな」
「料理長、勝手に食うな!」
「味見だ。代金は払う」
ボルドは農夫に銅貨を渡すと、俺に向き直った。
「これだけうまい野菜を捨てるのは犯罪だ。料理人として許せん」
「じゃあ全部料理してくれ」
「俺の厨房を何だと思っている。王国の胃袋か?」
聖剣が口を挟む。
『私は野菜を切るのは得意ですよ』
「剣で千切りにしたら衛生検査で怒られる!」
エリナが地面に三本の線を引いた。
「問題は三つです。保存できない。遠くへ運べない。そして、みんなが同じ日に売ろうとしている」
「じゃあ、買い取って倉庫に入れる?」
「倉庫がありません。無制限に買えば会社も倒れます」
俺は周囲の農家に声をかけた。
「一週間だけ、売り方を変える実験をしたい。協力してくれるか?」
老オークは疑わしげだった。
「また偉い奴が数字をいじるのか?」
「失敗したら、俺がここで謝る」
「謝って屋根が直るなら苦労しねえよ。孫の冬靴も、まだ買えてない」
農夫は帳面を開いた。
種と肥料の代金は収穫後払い。
荷車を借りた費用も残っている。
売上が下がれば借金を返せず、次の種すら買えない。
「食べ物は山ほどあるのに、冬を越す金がないんだ」
正論だった。
そこで、俺たちは先に費用と売り先を決めた。
ボルドは余剰野菜を漬物と乾燥野菜に加工する試験を提案した。
ガンドルは使われていない軍の乾燥室を食品用に改装する。
ただし、燃料代と衛生検査の費用は別に計算する。
「軍の施設が、今度はキャベツを守るのか」
「剣より保存食のほうが腹を満たす」とボルド。
吉岡は王都の食堂と学校給食に、事前注文を取る仕組みを作った。
「先に注文を集めて、必要な量だけ運ぶ。これなら輸送の無駄を減らせます」
エリナは試験販売の条件を紙にした。
加工に回す量は注文が見込める範囲だけ。
買い取り価格は農家の運搬費と最低限の手取りを確認して決め、会社の赤字補填には上限を置く。
「全部を救うとは約束できません。でも、誰がどの費用を負担するかは隠しません」
老オークは黙って読み、ようやく頷いた。
しかし初日の試験は散々だった。
乾燥室から出てきたキャベツは、黒い板のようになっていた。
「料理長。これ食べられる?」
「食べ物に謝れ」
原因は、軍用乾燥室の温度が高すぎたことだった。
ガンドルが顔を真っ赤にした。
「鎧を乾かす設定のままだった!」
「野菜を鎧扱いするな!」
翌日、温度を下げてやり直した。
今度は薄く切った野菜がきちんと乾いた。
だが別の問題が起きた。
市場の商人が抗議に来たのだ。
「会社が農家から直接買えば、俺たちの商売が消える!」
確かにそうだ。
農家を救って商人を潰せば、次の問題を作るだけだ。
俺は商人に、保管と配送の仕事を頼めないか尋ねた。
「ただの仲介じゃない。傷んだ野菜を見分けて、売り先まで運ぶ仕事だ。技術が要る」
商人は腕を組んだ。
「手数料は?」
「実費と利益を明示して決めよう」
「社長が値切るんじゃないのか?」
「値切りすぎて誰かが倒れたら、また会社の仕事が増える」
エリナが頷いた。
「珍しく、経営者らしい発言です」
「珍しくって言うな!」
一週間後、農家の老オークは小さな袋を俺に渡した。
中には乾燥野菜が入っていた。
「王都の食堂が買った分だ。大儲けではないが、屋根の修理代の一部にはなった」
「よかった」
「だが、全部の野菜が売れたわけじゃない」
俺は頷いた。
実験で救えたのは、収穫の一部だけだった。
売れ残りは家畜の餌や堆肥に回し、来年の作付けを分散する相談を始める必要がある。
「来年は何を植える?」
「キャベツを減らして、豆を増やす。隣の畑と話して決めるさ」
農夫は初めて笑った。
「去年は不作で泣いた。今年は豊作で泣いた。農業ってのは難しいな」
「会社経営も似たようなもんだ」
帰り道、ボルドが俺を呼び止めた。
「社長。余ったキャベツで新商品を考えた」
「何だ?」
「山盛りキャベツ定食だ」
嫌な予感がした。
「主菜は?」
「キャベツ」
「副菜は?」
「キャベツ」
「汁物は?」
「キャベツのスープ」
「客が逃げるだろ!」
翌日の社員食堂では、なぜかその定食が完売した。
吉岡が報告書を持ってくる。
「社員からの感想です。『安くて腹いっぱい』『もうしばらくキャベツは見たくない』」
成功なのか失敗なのか、判断が難しい。
エリナは売上表の下に、こう書き加えた。
『豊作の成果は、収穫量だけでは測れない』
俺はその言葉に丸を付けた。
来年は、農家が笑って収穫を迎えられる数字を作ろう。
数日後、王都の学校から礼状が届いた。
『乾燥野菜のおかげで、雨の日にも温かいスープを出せました』
その横には、子供たちが描いた絵が添えられていた。
大きな鍋。
湯気。
笑う顔。
「社長、これも決算書に載せますか?」と吉岡。
「載せられるのか?」
「絵の評価額が決まりません」
エリナが紙を受け取り、静かに言った。
「売上には計上できません。でも、次の取引を続ける理由にはなります」
その日の夕方、老オークの農夫が再び城へ来た。
「畑を見に来ないか」
案内された畑には、キャベツの株を抜いた跡が並んでいた。
「もう終わりか?」
「いや、次の準備だ」
農夫は土を掘り起こし、小さな豆を掌に載せた。
「今年は採れた数を自慢した。来年は売れた分で屋根を直して、孫に靴を買う。それを自慢したい」
俺は豆を一粒受け取った。
「来年、また見に来る」
「約束だぞ、社長」
「それと、来年の値段は収穫前に相談しよう。豊作を喜んだあとで農家だけが泣くのは、もう嫌だからな」
農夫は豆を握り直し、「その約束なら、畑の皆にも伝える」と笑った。
魔王を倒したとき、俺は世界が変わる瞬間を見たと思った。
けれど本当に変わっていくのは、こういう畑の、来年の予定なのかもしれない。
帰り際、吉岡が畑の端で立ち止まった。
「社長。次年度の農業予算ですが、収穫量だけでなく販売単価と廃棄量も報告項目に加えます」
「農家の手取りも頼む」
「承知しました」
ボルドが遠くから叫んだ。
「来週は豆料理の試食会だ!」
「また主菜も副菜も豆なのか?」
「よく分かったな!」
俺は空を仰いだ。
平和な国を作るのは難しい。
だが、次の献立を心配できる程度には、俺たちは前へ進んでいる。




