■第三十三話 魔王軍の広告に勇者を使ったら、人間王国から抗議が殺到した
王都の広場に、俺の顔が三階建ての家ほど大きく描かれていた。
『勇者ジークも愛用! 魔界の万能石鹸!』
「……俺、使ったことないんだが」
その下には、剣を振り上げた俺が白い歯を見せて笑っている。
『写真より強そうですね』
聖剣が嬉しそうに言った。
「絵だ! しかも俺の腕が太すぎる!」
隣の吉岡が帳面を開いた。
「広告は王国の十二都市に掲示済みです」
「今すぐ止めろ!」
「印刷済みの分も含めますと、二万枚ございます」
「俺の顔を二万枚も勝手に配ったのか!?」
広報部長ミミを呼び出した。
「社長の知名度を利用すれば、商品を知ってもらえると思いまして」
「本人の許可は?」
「社長の肖像も会社の資産だと、勝手に思い込んでいました」
「俺は備品じゃない!」
エリナが広告原稿を指さす。
「問題は顔だけではありません。『傷も病も汚れも一度で解決』とあります」
「石鹸で病気は治らないだろ!」
「『気分が良くなる』という意味でした」
「病気の人は気分の話だと思わない!」
ミミはうつむいた。
宣伝を急いだ理由は分かる。
王国の商会が魔界の商品を棚から外し始め、広報部は売り場を失うことを恐れていた。
だが、売り上げを守るために嘘をつけば、もっと大きなものを失う。
広告騒動には、もう一つ厄介な問題があった。
王国の店主たちが「魔族の商品を置いたら裏切り者と言われる」と怯えていたのだ。
俺は商店街の小さな店を訪ねた。
棚の奥には、まだ封を切っていない魔界製の石鹸が積まれている。
「品質は悪くないんです」
店主が言った。
「でも、勇者様の絵があるせいで『国が認めた商品か』と聞かれる。違うと答えると、今度は詐欺師呼ばわりで」
「迷惑をかけたな」
「勇者様に謝られると、こちらが悪いみたいで困ります」
俺は頭をかいた。
「じゃあ、どうしたらいい?」
店主はしばらく考えてから言った。
「商品のことだけを、正しく書いてください。売るかどうかは客が決めます」
その言葉は、どんな広告会議より分かりやすかった。
帰り道、ミミが尋ねた。
「社長、派手な宣伝をやめたら売れなくなるかもしれません」
「そうかもしれない。だからこそ、買ってくれた人を裏切らない商売をしよう」
「……売り上げの数字しか見ていませんでした」
「俺もそうだ。会社が潰れたら困る人がいるからな」
エリナが静かに言った。
「だから数字を見ながら、その数字の向こうの顔も見るんです」
俺は頷いた。
翌日、店主の店には新しい説明札が置かれた。
『石鹸です。
魔法の薬ではありません。
使い方は店主にお尋ねください』
最初の客は、昨日の老人だった。
「正直な札だな」
「社長に叱られまして」
「勇者も商売の勉強中か」
俺は店の外で、その会話を聞きながら苦笑した。
石鹸一個の商売にも、勇者の剣では守れない約束がある。
今度こそ、誰かの信頼を勝手に広告へ印刷させるものか。
そこへ王国の役人が現れた。
「勇者の称号を商業利用するとは何事だ!」
俺は頭を下げた。
「無断掲載はこちらの落ち度です。訂正します」
役人は拍子抜けした顔をした。
「そ、それだけか?」
「ほかに問題が?」
「王国の勇者が魔王軍の広告塔になるなど、国民の感情が許さん!」
「俺は今、魔王軍株式会社の社長なんだが」
「そこが問題なのだ!」
話が堂々巡りになりかけたところで、広場の老人が割って入った。
「わしはこの石鹸を買ったよ。勇者が使うなら安心だと思った」
「申し訳ない。俺はまだ試していない」
老人は目を丸くした。
「なら、広告は嘘か」
「そうなる」
老人の表情が曇る。
役人に怒鳴られるより、ずっとこたえた。
広告の中の俺は、やけに立派な笑顔をしていた。
実際の俺は、抗議文の山の前で胃を押さえている。
会社に戻り、俺はミミと一緒に原稿を直した。
「まず、『愛用』を消す。効果は実験で確認した範囲だけ書く」
「勇者の顔も消しますか?」
「顔を出すなら、俺が何を言ったか正確に載せてくれ」
「では『勇者ジークが認めた石鹸』で」
「まだ認めてない!」
「では『勇者ジークがこれから試す石鹸』」
「それなら嘘じゃないが、宣伝になるのか?」
ミミの目が光った。
「公開実験にしましょう!」
嫌な予感がした。
翌日、広場には桶が三つ並んだ。
一つには泥だらけの布。
一つには油のついた皿。
最後の一つには、なぜか俺の鎧。
「鎧は聞いてない!」
「勇者の鎧がきれいになれば説得力があります!」
「鎧の傷は歴戦の証だぞ!」
『私は洗ってほしいです』
「聖剣まで裏切るな!」
実験は順調だった。
布の泥は落ち、皿の油も薄くなった。
しかし鎧の古い焦げ跡だけは消えなかった。
ミミが困った顔をする。
「ここで魔法を使えば、きれいになります」
「使うな。それじゃ石鹸の実力じゃない」
観客の中から笑いが起きた。
「勇者の鎧は石鹸でも無理か!」
「俺の冒険がしつこすぎたんだ!」
その一言で、広場がどっと沸いた。
笑いが収まったころ、俺は集まった人々に説明した。
「石鹸は汚れを落とす道具だ。病気を治す薬じゃない。使って困ったことがあれば、会社に知らせてほしい」
老人が手を挙げる。
「じゃあ、勇者殿はこれを買うのか?」
「買う。試したうえでな」
俺は銅貨を出した。
ミミが慌てる。
「社長は社員割引で無料です!」
「客に売るものなら、俺も値段を知っておきたい」
エリナが満足そうに頷いた。
「広告費より安い授業料ですね」
「二万枚の刷り直し代は?」
「それは高い授業料です」
「笑えない!」
王国の街角に俺の顔が大きく貼られていた。
広告の下には、俺が言っていない言葉まで書かれている。
「勇者公認」は便利な商売道具だ。
だからこそ、誰が何を公認したのかを曖昧にしてはいけない。
広告の前で泣いている子供がいた。
「勇者様が使っているなら、お父さんも帰ってくる?」俺は石鹸の効能を説明しかけて、やめた。
広告が売っていたのは商品だけではない。
俺の名を借りた、叶わない期待だった。
エリナは掲示を止め、契約のない肖像使用を撤回させた。
売上の数字より、誤解を解く言葉を選ぶのが難しかった。
翌朝、ミミは広告の承認用紙を一枚にまとめた。
肖像の使用範囲、期限、撤去方法。
俺の署名欄は一番下にある。
「裏面の小さい文字は?」と尋ねると、彼女は笑った。
「もうありません。誰が読んでも同じ条件です」
広告に映った勇者の笑顔の下に、小さく「魔王軍公認」とあった。
王国の遺族から抗議が届き、俺は広告を止めた。
「俺の顔で売れるなら、俺の顔で謝る」
エリナは販売促進費の一部を被害者支援に振り替えた。
新しい広告は、派手さを抑えたものになった。
『魔界の石鹸。
汚れは落とします。
勇者の古傷までは落とせません』
「これで売れるのか?」
俺が尋ねると、ミミは自信満々に答えた。
「正直な広告のほうが話題になります!」
その日の売り上げは、前日の倍だった。
ただし、一番人気だったのは石鹸ではない。
俺の鎧の焦げ跡を描いた記念絵葉書だった。
「誰が商品化を許可した!」
「今回は社長の署名があります」
ミミが紙を見せる。
昨日、俺が『広告訂正を承認する』と書いた書類の裏に、小さな文字があった。
『関連記念品を含む』
「契約書を裏まで読めってことか……!」
エリナが冷静に告げる。
「次からは私が確認します」
『社長、まずは文字を読む訓練からですね』
「聖剣にまで言われたくない!」
広場には今日も、魔族と人間の笑い声が混じっていた。
俺の顔が笑われるくらいで平和になるなら、悪くない。
ただし、筋肉を盛るのだけはやめてほしい。




