■第三十話 勇者、戦争をやめるために武器工場の社長と殴り合わず交渉する
「勇者なら、剣で決着をつけろ!」
王国の武器工場で、社長のドレイクが怒鳴った。
背後には売れ残った長剣が山のように積まれている。
俺は剣の柄を握った。
いつもなら抜いていた。
だが今日の相手は魔物ではない。
給料を払えなくなりかけた工場の社長だ。
「剣を抜いて、来月の二百人の給料が払えるのか?」
ドレイクは答えなかった。
工場には二百人の職人がいた。
戦争が終わり、軍からの注文は十分の一になった。
倉庫には未納品の剣が残り、材料の代金だけが毎月出ていく。
「お前たち魔王軍が戦争をやめたせいだ」
「そうだな」
俺が認めると、ドレイクは拍子抜けした顔になった。
「否定しないのか」
「戦争を終わらせた責任はある。だが、再開するつもりはない」
工場長ガンドルが炉の前から歩いてきた。
「ドレイク殿。こちらの刃を見てくれ」
彼が差し出したのは、魔界で作った農具の刃だった。
「剣より短い。だが土を切るには、こっちの角度がいい」
ドレイクは鼻を鳴らした。
「剣職人に鍬を作れと?」
「剣職人だから、金属の癖が分かるだろ」
「誇りを捨てろというのか!」
ガンドルは黙って炉の火を見た。
「俺も、最初はそう思った」
俺たちは工場の帳簿を見せてもらった。
材料費、賃金、借入金、倉庫代。
利益の欄には、三か月続けて赤い数字が並んでいる。
「今月、何人を解雇する予定だ?」
「四十人だ」
ドレイクの声が小さくなった。
「一番若い連中からだ。熟練工を残さねば、工場が潰れる」
「若い連中は、次にどこへ行く?」
「知らん」
「知らないで済ませるのか」
ドレイクが机を叩いた。
「俺だって好きで首を切るんじゃない!」
その瞬間、隣の部屋から金属の落ちる音がした。
若い徒弟が、研磨中の剣を取り落としていた。
手は震えている。
「社長。俺、来月から来なくていいんですか」
ドレイクは口を開けたまま、何も言えなかった。
「三日だけ時間をくれ」
俺は言葉を選んだ。
「三日で戦争を起こすのか」
「起こさない。注文を探す」
エリナは眉をひそめた。
「社長。採算の取れない注文を押しつけても、会社は助かりません」
「分かってる。だから使う人に聞く」
翌日、俺たちは農村、橋の修復現場、病院の器具室を回った。
農民は丈夫な鍬を欲しがっていたが、剣と同じ鋼では高すぎる。
橋の職人は釘と金具を大量に必要としていた。
病院は器具を欲しがったが、衛生上の仕上げが難しい。
「全部できるとは言えないな」
「最初から全部できる工場なんてありません」
エリナが答える。
「何を作らないかも、経営判断です」
三日目。
ドレイクの工場に戻ると、俺は試作の注文書を三枚置いた。
橋の補修用金具、農具の刃、荷車の車軸部品。
「軍需品の代わりに、これを作ってほしい」
「量が少ない」
「試作品だからな。品質が通れば追加注文がある」
「値段が安い」
「その分、工程を変える必要がある。ガンドルが協力する」
ガンドルが頷く。
「炉の温度を変えれば、燃料を節約できる。俺たちも失敗した方法を教える」
「失敗した方法?」
「成功例より役に立つぞ。工場を三回止めたからな」
「威張ることじゃない!」
俺とドレイクの声が重なった。
少しだけ空気が緩んだ。
「工場を守る」と口で言うのは簡単だ。
俺は試作費の上限と、失敗したときにも賃金を支払う条件を契約書に書き込ませた。
帰り際、ドレイクは新しい注文書を見せた。
橋の金具だけでなく、洪水で壊れた水門の部品も並んでいる。
「剣より安い。だが、次の冬にも注文が来る」
俺はその数字を見て初めて、彼が拳を下ろせた理由を理解した。
だが、問題は残った。
試作に成功しても、来月の賃金は払えない。
エリナが資金繰り表を示す。
「既存在庫の一部を金属材料として再利用し、銀行には返済猶予を交渉します。魔王軍株式会社は試作分だけ前払いします」
「工場そのものを買ってくれないのか」
ドレイクが聞いた。
「買えば楽かもしれない。でも、お前たちの工場を、お前たちが立て直せる道を残したい」
「失敗したら?」
「そのときは、もう一度数字を見て考える。嘘の保証はしない」
エリナは契約書の末尾に、試作の評価日と支払い期日を記した。
「初回の検収は二週間後。品質が基準に届かなければ、原因を双方で記録します」
若い徒弟が小さく手を挙げた。
「失敗した試作の時間も、給料は出ますか」
ドレイクが先に答えた。
「出す。お前らが失敗を隠したら、この工場はまた同じ間違いをする」
ドレイクは長いこと黙っていた。
「……殴り合いなら、俺が勝つと思っていた」
「俺は勇者だぞ」
「なら、なおさら殴らなくてよかった」
ガンドルは試作を始める前に、農夫から土質と石の多さを聞き取った。
「剣なら相手を斬れば終わりだ。鍬は毎日、何百回も石に当たる」
ドレイクは職人たちを集め、使う人の声を記録する係を決めた。
俺はその姿を見て、戦い方を変えるとは武器を持ち替えるだけではないのだと知った。
工場を出る前、ドレイクは俺を古い展示室へ案内した。
壁には、先代の社長が鍛えた名剣が飾られている。
戦場で何百人を倒したかという説明まで付いていた。
「父は、この剣を誇りにしていた」
「お前は?」
「俺も誇りにしていた。今は……何を誇ればいいのか分からん」
俺は展示台の埃を指で払った。
「名剣を作れる腕があるなら、橋を支える金具も作れる。腕の価値は、斬った人数で決まるわけじゃない」
「勇者がそれを言うのか」
「俺も最近、そう思うようになった」
ドレイクは苦笑した。
試作初日、農具の刃は次々に割れた。
「剣と同じ焼き入れをしたからだ」
ガンドルが割れた刃を拾う。
「土の中の石に当たる道具は、硬いだけじゃ駄目だ。しなりも要る」
若い徒弟が首をかしげた。
「硬い方が強いと思っていました」
「戦場ならそういう場面もある。畑では違う」
職人たちは炉の温度を下げ、材料の配合を変え、何度も試した。
夕方、初めて折れない刃ができた。
ドレイクはそれを手に取り、黙って何度も曲げてみた。
「……剣より難しいじゃないか」
「だから面白いんだろ」
ガンドルが笑った。
帰り際、ドレイクが倉庫の扉を開けた。
売れ残った剣の山を見つめ、「全部溶かすのは惜しいな」と呟く。
「何本かは残せばいい。何を作ってきたか、忘れないために」俺が言うと、彼は一本を選んで壁に掛けた。
銘板には戦果の代わりにこう刻まれた。
『この工場は剣を作っていた。
そして、橋を作り始めた』
エリナが試作契約書を読み上げる。
「不良品が出た場合、交換は無償。納期が遅れた場合は双方で協議」
「厳しいな」
「戦場なら命で払った失敗を、今は書類で防げるんです」俺はその言葉を、忘れないように書き留めた。
二週間後、最初の金具が橋の現場へ届いた。
職人が金具を打ち込み、ぐらついていた橋板が固定される。
工場の若い徒弟が、遠くからそれを見ていた。
「俺の作ったものが、人を渡らせてる」
「そうだな」
「剣だったら、誰かを止めるために使われたかもしれない」
ドレイクはその肩を軽く叩いた。
「金属は、使う者次第だ。だから、作る側も考えなきゃならん」
帰り道、聖剣が不満そうに鳴った。
『私は橋の金具にはなれませんね』
「お前は剣だからな」
『平和な世の中では、役立たずでしょうか』
俺は少し考えた。
「そんなことない。橋が壊れたら、お前で縄を切れる」
『用途が地味すぎませんか』
「昔よりずっといいだろ」
工場からは、槌の音が聞こえ続けていた。
戦争のためではなく、明日も誰かが働くための音だった。




