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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第三話 魔王軍の株を買うために、勇者が起業した

「勇者様、会社を作りましょう」

突然そう言い出したのは、王都商業ギルドの会計士だった。

名前はエリナ。

二十二歳。

銀色の髪を持つ、冷静沈着な女性だ。

「……会社?」

「はい」

エリナは、俺個人を請求先とする損害賠償の書類を机に置いた。

【損害賠償請求額 金貨三万五千枚(責任割合は協議中)】

「全額を負担することになれば、普通に冒険者を続けても返済に七十年かかります」

「七十年!?」

「借入れで賠償金を工面すれば、利息次第で百年以上です」

「俺、死んでるだろ!」

「ですから、事業を始めます」

エリナは紙に大きく書いた。

【勇者株式会社】

「……名前がそのままだな」

「分かりやすさが大切です」

「で、何を売るんだ?」

「勇者様の知名度です」

「……知名度?」

「はい。勇者様は世界的な有名人です」

エリナは次々と企画書を並べた。

【勇者印の聖水】

【勇者公認の剣】

【勇者が使ったタオル】

【勇者直筆サイン入り盾】

「待て」

「何でしょう?」

「最後の二つは何だ?」

「高利益率商品です」

「俺のタオルなんか誰が買うんだ!」

「魔王軍の研究部門です」

「敵に売るな!」

エリナは平然と答えた。

「商売に敵味方はありません」

「あるだろ!」

勇者印の聖水を並べた屋台の前で、俺は朝から客を待っていた。

「本物ですか?」

少女が瓶を一つ持ち上げた。

「俺が祝福した。効き目は保証する」

「それ、何に効くんですか」

「ええと……魔物の呪いに」

「うちのお母さん、腰が痛いんです」

「……腰痛には効かない。治療院に行ってくれ」

少女は残念そうに瓶を戻し、屋台を離れた。

その背中を見送りながら、俺は商品の効能をきちんと説明できなかったことを恥じた。

起業の申請書には、剣の腕前を書く欄がなかった。

俺は初めて、自分の名前で責任を負う怖さを知った。

翌日、最初の返品が届いた。

勇者印の聖水だった。

瓶の栓が緩み、治療院へ届く前に半分こぼれていた。

「不良品です」とエリナは淡々と言った。

「俺が作ったんじゃないぞ」

「あなたの名前で売った商品です」

俺は買い手の前で頭を下げ、代金を返した。

剣なら振り下ろした瞬間に勝敗が決まる。

商売では、売った後の責任から逃げられない。

返品伝票の一枚目に、俺は自分で署名した。

最初の仕入れ先は、俺の顔を見るなり契約書を引っ込めた。

「勇者が会社を作っても、明日には魔王城へ突っ込むんだろう」

反論できなかった。

エリナは俺の剣を見ず、納期表を机に広げた。

「社長が不在でも納品できる仕組みを作ります」

俺は剣の稽古の時間を一時間削り、瓶の検品を覚えた。

誰かを守るために必要なのは、必ずしも斬る技術ではない。

エリナは返品された瓶を捨てず、机の端に置いた。

「これは損失ではなく、次に間違えないための記録です」

俺はその瓶に、購入者へ返金した日付を書き込んだ。

売れた数を誇る前に、届かなかった約束を数えよう。

初めてそう思った。

エリナは返品記録を読み返し、屋台で少女に効能を尋ねられたときのことを指摘した。

「今の売り方では利益が出ません」

「効かないものを売るわけにはいかないだろ」

「その判断は正しいです。だから、用途と注意書きを付けます」

彼女は看板に大きく書いた。

【呪い対策用。

病気やけがには使用できません】

「売れなくならないか?」

「嘘をついて一度売るより、信用されて百回売るほうが得です」

午後になると、騎士が二人やってきた。

「勇者の聖水が本物だと聞いた。遠征用に二十本欲しい」

「二十本!?」

エリナは即座に在庫を数え、検品を終えた瓶から納品する日を伝えた。

俺はその手際を見ながら、剣一本では会社は作れないのだと悟った。

夕方、売上を数えると金貨はわずか三枚。

借金の桁には遠く及ばない。

「これを毎日やるのか」

「はい。明日も、その次の日も」

「魔王を斬るほうが早いな……」

「それでは株主総会に勝てません」

エリナの言葉に、俺は反論できなかった。

翌日は返品が七件だった。

「聖水が薄いと苦情が来ています」

「俺は濃さを指定してないぞ!」

「だから問題なんです。製造担当が井戸水を混ぜました」

エリナは販売を止め、原料の記録と封印付きの瓶を用意した。

返品した客には全額を返した。

三日後、騎士団の衛生係が検査に来た。

「今度は本物だな。百本頼む」

俺は喜んだが、エリナは納期表を差し出した。

「先に百本作れる体制を整えます。注文は、その後です」

その約束を守ってから、勇者印の聖水はようやく売れ始めた。

品質検査に合格して販売を再開した後、最初に注文を受けていた二十本を騎士団へ納品した。

それから数日後、注文した騎士が、使い終えた瓶を持って戻ってきた。

そのうち二本を、丁寧に机へ置いた。

「呪いは解けた。だが、説明書があったおかげで負傷兵を医者に運べた」

「そうか。役に立ったならよかった」

「追加で二十本。今度は請求書も頼む」

俺が喜んでいると、エリナが横から口を挟んだ。

「納品まで七日です。先払いは半額でお願いします」

「えっ、もう決めたのか」

「資金繰りは剣では解決しませんから」

「じゃあ、俺が逃げたら?」

「あなたは会社の代表者です。逃げても、取引先との約束が消えるわけではありません」

俺は伝票を見つめ、慌ててペンを持ち直した。

俺は伝票に署名した。

魔王を倒すまでに、覚えることが山ほどある。

翌週、俺たちはタオルの販売について最初の大喧嘩をした。

「使用済みを売るのは駄目だ」

「研究所から二百枚の注文が来ています。まだ契約前です」

「俺の汗が敵の研究材料になるんだぞ!」

「では、魔力の残留を調べる研究所をこちらで作ります。何を渡すか選べるように」

エリナは平然と言ったが、研究所を作る金などない。

「その費用は?」

「最初の売上から積み立てます。危険な情報を売るより安いでしょう」

俺は唸った。

彼女の言うことはいつも、最初だけ腹が立って、あとから正しいと分かる。

結局、最初の試験販売では洗濯済みの記念品だけを売った。

魔力を求める研究所には販売を断ったが、代わりに冒険者たちが買ってくれた。

「勇者が洗濯してると思うと勇気が出る」と言われたときは、少し複雑だった。

「俺は魔王を倒すために起業したんだよな?」

「はい。まず洗濯表示を覚えてください」

「魔王討伐の難易度が変わりすぎだ!」

エリナは初めて声を出して笑った。

俺もつられて笑った。

借金はまだ重い。

それでも、俺一人ではできなかったことが、少しずつ形になっていた。

勇者公認の剣は、王国中の騎士が購入した。

そして、記念品として人気を集めたのが【勇者が使ったタオル】だった。

「……何で?」

エリナが売上報告書を見せた。

「以前お断りした魔王軍の魔術研究所から、再注文が届いています」

「何に使うんだ?」

「勇者様の魔力を分析するそうです」

「だから敵に売るなって!」

「一枚金貨百枚です」

「……百枚?」

「前回と同じ研究用二百枚です。洗濯済みの記念品ではなく、魔力が残るものを求めています」

「…………」

俺は少し考えた。

「……洗ってから売ろう」

「洗うと魔力が消えるそうです」

「……高値でも、危険なものは売らない」

「はい。前回お断りした条件のままでは売れません。用途と提供範囲を審査し、安全が確認できるまでは今回も受注しません」

研究所の注文は断った。

それでも、勇者公認の剣と洗濯済みの記念品は売れ続けた。

危険な注文を無理に受けなくても、勇者株式会社の売上は伸びていった。

最初の月末、売上金を前に俺は浮かれたが、エリナは仕入れ代と返品引当金を先に分けた。

「売れた金を全部使えば、次の客に商品を渡せません」

俺は金貨を数え直した。

利益とは、手元に積まれた金貨の高さではないらしい。

設立から一か月。

売上は金貨十二万枚。

仕入れ、返品、従業員の賃金、俺への役員報酬一万枚、税金を差し引いた最終利益は金貨八万枚だった。

ただし、帳簿上の利益がそのまま金庫にあるわけではない。

売上の一部はまだ入金されておらず、反対に仕入れ代金の一部はすでに支払いを終えていた。

エリナが入出金を照合すると、費用として計上済みの俺への役員報酬一万枚を実際に支払う前の時点で、使用可能な現金は七万枚だった。

ギルドの仲裁で、依頼主側の誤認による請求分が取り下げられ、俺個人が負担する賠償額は金貨一万枚で確定した。

エリナは会社の支出と俺個人の支払いを分け、すでに費用計上した役員報酬一万枚を会社から俺に支払った。

俺は受け取った報酬を、そのまま個人の賠償金に充てた。

会社の現金は六万枚となり、うち一万枚を運転資金として確保した。

残る五万枚が株式購入に使える上限だった。

「物流部門の損失で株価が下がり、いまは一株金貨十枚まで戻っています。運転資金一万枚は確保します。向こう一か月の仕入れと給与は賄えますが、余裕はありません。残る五万枚を株式に投資すれば、値下がりによる損失もあり得ます。それでも進めますか?」

エリナの警告に、俺はうなずいた。

「……危険なのは分かった。運転資金は守る。追加投資も当面しない。それでも魔王軍を変えるために買おう」

「それで俺個人の株を買うのか?」

「いいえ。会社のお金を個人の株に流用できません。五千株は勇者株式会社の名義で取得します。会社として購入を決議し、代表者であるジーク様が法人名義の議決権を行使する手続きを取ります。個人名義の二株とは、投票の名義を分けます」

「俺が最初に買った二株は?」

「そちらは個人名義のままです。法人分と個人分を別々に届け出れば、合計五千二株分の議決権行使に関われます」

「五千株か。これで魔王を追い出せるのか?」

「いいえ。株価が上がる前に確保できるのはここまで。勝負はほかの株主の票です」

エリナが用意した投資計画書を確認し、俺は勇者株式会社の代表者として購入を正式に決裁した。

こうして勇者株式会社は、五万枚で魔王軍株式会社の株式五千株を法人名義で取得した。

【議決権行使に関わる株式数:五千二株(勇者株式会社名義五千株・俺個人名義二株。

投票は名義ごとに行う)】

「これで株主として交渉する足場はできました。次は大株主たちに改革案を示しましょう。株を奪うのではなく、賛成してもらうんです」

エリナは株主名簿を指で叩いた。

「つまり、俺の剣ではなく、俺の約束に投票してもらうのか」

「ええ。だからこそ、約束には実行できる裏付けが必要です」

【持株比率:約〇・〇六二五パーセント】

「……まだ全然足りない」

エリナがうなずいた。

「魔王を取締役から解任するには、株主総会で議決権の過半数を集める必要があります。私たちが行使できる五千二株分だけでは足りません」

「他の株主?」

「はい」

彼女は一冊の資料を開いた。

【魔王軍株式会社 大株主一覧】

第一位:魔王ゼルガディス 四十パーセント。

第二位:魔界年金基金 二十パーセント。

第三位:魔族従業員持株会 十五パーセント。

第四位:暗黒銀行 十パーセント。

その他:十五パーセント。

「……魔王、四十パーセントも持ってるのか」

「はい。しかし過半数ではありません」

エリナの目が光った。

「ただし、年金基金二十パーセントと従業員持株会十五パーセントを味方につけても三十五パーセント。暗黒銀行の十パーセントを加えても四十五パーセントです。残る株主の賛成も必要です」

「四十五パーセントじゃ、まだ足りないのか」

「はい。残りの株主から少なくとも六パーセント超の賛成を得て、初めて過半数です。しかも委任状を集めるだけでは駄目。総会当日まで意思を変えられないよう、経営案を示さなければ」

「……なるほど」

俺は思わず笑ってしまった。

「剣では勝てない魔王でも、株主総会なら倒せる!」

「そのとおりです」

こうして俺たちは、魔王軍株式会社の大株主たちに接触することになった。

最初の相手は魔界年金基金。

保有株式二十パーセント。

その代表者は、千年以上生きる伝説のリッチだった。

そして、そのリッチは開口一番、こう言った。

「勇者よ。魔王を追放したいのなら、まず年金の運用利回りを保証してもらおうか」

「……年金?」

「我々には、老後があるのだ」

「アンデッドに老後があるのか!?」

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